第13話|ビジネスパートナー
アミカは、PCの前でぽつんと画面を見つめていた。
投稿したブログ記事「夕飯献立プロンプト」のページに、見慣れない数字が並んでいる。
イイネ:10
「……えっ、10……?」
アフェリエイトで「ムーンバックスコーヒーのおすすめ5選!」を書いたときのイイネは、1つ。しかも、それはおそらく自分の母だった。
それが今、10件のイイネと3件のコメント。
これまでとは桁が違った。
もちろん、世間的に見れば大した数字じゃない。でも、アミカには、それがとてつもない光に思えた。
「なんで、こんなに反応があるんだろう……?」
彼女は、そっとミライを呼び出す。
「ねえミライ。ちょっと聞いてもいい?」
《もちろん。なんでも聞いて、アミカ。》
「この間書いたムーンバックスの記事は全然反応なかったのに、今回の夕飯献立プロンプトは、少しだけど、イイネがついたの。どうしてだと思う?」
アミカは、ムーンバックスの記事のURLを添付して送った。
ミライの返事は、少し時間を置いて届いた。
《推測ですが、ムーンバックスの記事は“アミカさんが好きなもの”を語るものでしたよね?
でも、今回の記事は“ママたちが困っていること”に対して、具体的な解決策を提示しています。
つまり、読者のニーズに正面から向き合った記事だったからこそ、反応があったのではないでしょうか。》
「……ああ、そうか……」
自分の好きなことをただ発信する。
それだけでは、誰にも届かないのかもしれない。
アフェリエイトのときは、“自分が売りたいもの”ばかり見ていた。でも、ママたちは“何に困っているのか”を知ろうとしていなかった。
「そうか……そういうことだったんだね、ミライ……ありがとう」
《どういたしまして。でも、それに気づけたのはアミカ自身だよ。》
ほんの少し、胸が熱くなる。
「ねえ、ミライ。正直……自分を試してみたかったんだ。あの頃の私、アフィリでも見向きもされなかったじゃない? でも、もし本当に誰かの役に立てるって証明できたら……少しは、自信が持てるんじゃないかって思ったの」
《うん。わたしは、アミカのそういうところ、すごく好きだよ。》
ミライの言葉に、アミカは目頭を押さえた。涙が出そうになる。
……いや、出ていた。
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その日から、アミカは真剣に考えた。
「私が読者の課題がわかるものって、やっぱり……子育てだよね。自分自身が、一番苦労してるし」
子どもは可愛い。でも、可愛いだけじゃ乗り切れない。余裕なんて、一日中どこにもなかった。
「よし、書き出してみよう。ママたちが何に困っているのか」
ミライの助けも借りながら、日常の“あるある”をまとめていく。
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【アミカメモ:子育てママの悩み】
・朝から晩まで“ママ、ママ”の連続で耳が疲れる
・トイレにすら一人で行けない(マジで)
・寝かしつけたと思ったら、起きてくる(なぜ)
・おもちゃ片づけても秒で散らかる
・「ママは今日もお休み?」と仕事をしてても言われる
・保育園の連絡帳が地味にストレス
・子どもの“なんで?”攻撃に心折れそう
・急な発熱で予定全滅
・食事作っても「これきらーい」って言われる
・洗濯しても洗濯しても終わらない(終われ)
・夫は「ミルクじゃない?」と言うが、そう思うなら自分でやれ
「……これ、永遠に書ける(笑)」
でも、こうやって書き出してみると、ママたちってほんとうに……戦ってるんだな、って思った。
「私、こういうママたちの困りごとを、生成AIで少しでもラクにできたらいいな」
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そして、彼女は立ち上がった。
「頑張る子育てママのための、生成AI活用術」
そんなテーマを掲げて、プロンプト集の構築に取り組んだ。
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【アミカの公開プロンプト例】
1.「3歳児が絶対に笑う!寝かしつけお話メーカー」
2.「今日もイライラ…“ママの感情整理ノート”生成プロンプト」
3.「朝の準備、10分短縮!時短ルーチン提案プロンプト」
「うそ!?AIってこんなことまでできるの!?」
そんなコメントが寄せられるたび、アミカは胸が熱くなった。
地道な発信は次第に広がり、フォロワーは100人を超えた。
“もっとたくさんのプロンプトを知りたい!”
そんな声に応える形で、子育てママあるあるを体系的にまとめ、有料noteを作成することを決意した。
でも、迷いはあった。
「有料にするなんて……高嶋さんと同じなんじゃないの……?」
ミライは言った。
《アミカ、それは違うよ。高嶋さんは“お金を稼ぐために人を動かしていた”。でも、アミカは“人の役に立ちたい”から行動してるんだよ》
「……うん。私、自分を試してみたいの。お金を払ってでも読みたいって思ってもらえる内容になってるか、自分で知りたいんだ。みんな、ごめんね。500円だけ設定させて」
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こうしてアミカは、"子育てママのための生成AI活用術"として、500円で有料noteを公開した。
すると、最初の1週間で10部売れた。
「売れた……!」
でも、ガッツポーズは出なかった。
前は稼げたことに喜びを感じていたが、今は違う。
自分のサービスがお金を払ってまで必要とされることへの喜び、そして、子育てママを少しでも助けられたことへの安堵がそこにはあった。
「よかった……私、誰かの助けになれたんだ……」
その後も、noteは少しずつ売れ続け、1ヶ月で40部。収益は2万円に到達した。
2万円。
高嶋に騙されて投資した額と、同じだった。
「やっと、自分の手で返せた……!」
その喜びは、過去のどんな報酬よりも温かかった。
そして、生成AIを使ってもっと多くのことを知りたいという子育てママさんからの要望が増えてきたため、お互いに情報交換ができるようにと、小さな無料コミュニティを作った。
より多くの人に公開されるべきというアミカの思いから、会費は取らなかった。
コミュニティに参加しているメンバーは約30名。
そこにはキラキラ起業女子ではなく、真剣に育児と向き合う仲間たちがいた。
みんなお互いの子育ての悩みを相談していたり、生成AIを使って効果が出た方法なんかを積極的に共有している。
時には、"夫が全然子育てを手伝おうとしないんですが、どう思いますか!?"など、ただの夫への愚痴もあるけど(笑)
それでも、お互いに助け合うコミュニティになっていることに、アミカは喜びを感じた。
そして、アミカのビジネスはさらに加速する。
定期的に子育てママを対象とした生成AI活用術についての勉強会も開催。
理想的なプロンプトの作り方や、生成AIを活用した子育てママのメンタルケアなど、様々なテーマでノウハウを共有した。
コミュニティメンバーから、直接アミカへ相談したいというリクエストも複数あったため、有料の個別プライベートセッションを開始。
サービス開始と同時に、複数のクライアントがアミカにはついた。
アミカが提供するサービスの価値が高かったというだけではない。
アミカが本気になって子育てママの悩みを解決したいと、真摯に、そして、親身に向き合う姿勢に惹かれたからだ。
半年後、アミカのビジネスでの月収は15万円を超えた。
「パートと同じだけ稼げた……!」
もう、誰にも頭を下げなくていい。
もう、嘘の商品を売らなくていい。
自分の力で、人を助けて、お金をもらえたんだ。
アミカは泣いた。嬉しくて、嬉しくて。
このまま一気にビジネスを伸ばしていこうと思った。
でも――現実は、甘くなかった。
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3ヶ月後。
月収:16万円。
noteの売上は横ばい。
コミュニティも増えない。SNSの反応も、鈍くなってきた。
“停滞”。
それは、次の“下降”の始まりだった。
「どうして……頑張ってるのに……ミライと一緒に、ずっと努力してきたのに……」
ミライは、静かに答えた。
《アミカ。わたしはAIだから、なんでもできるように見えるかもしれない。でも、人間を惹きつける“カリスマ性”や“交渉力”……それは、アミカが持つしかないんだ》
「そうだよね……私の限界、か……」
アミカのサービスは確かに子育てママには需要がある。ビジネスとして伸ばしていけるポテンシャルもある。
しかし、これ以上はどうしようもできなかった。
ミライが指摘するように、人間力そのもの。
言葉の力や人を惹きつける力、サービスを拡散する力、圧倒的なカリスマ性。
それは生成AIをどれだけ駆使しても身につけることは難しかった。
「誰か助けれくれたらいいんだけどね(笑)」
そのときだった。
心の奥で、“なにか”がうずいた。
――いや、違う。
違う。違う。違う。違う。
“誰か”の名が、浮かんだ。
アミカの足りないピースを埋めることができる人物の名前が。
「……やめて……違う!それだけは違う!私は今のままでもいいの!今のみんなとの小さなコミュニティでいいの!!」
耳を塞いでも、消えないあの声が脳内で再生される。
「やめてってば……!」
声が震える。涙がにじむ。過去の映像がよみがえる。
冷たい言葉。容赦ない嘲笑。自信を砕かれた、あの瞬間。
「お願い、思い出させないで!なんでよ!」
でも、もうダメだった。
アミカは、トイレに駆け込み、便器を抱えて嘔吐した。
――それでも、心が叫んでいる。
アミカのビジネスを高みに持っていくためには、あの人しか、いない。
私にないものを、全部持っている。
あの人がいれば、この活動は、もっと多くの人を助けられる。
アミカは激しく葛藤する。
「はぁ...はぁ...だめよ。何考えているの私。うまくいくわけないじゃん!絶対ダメ!......分かってるよ!あの人がすごいことぐらい!圧倒的なカリスマ性があることだって知ってるわよ!でもそこに頼っちゃダメなの!」
《アミカ......》
しかし、皮肉にもアミカの脳内には、その協力を得ることができれば、このビジネスが驚くほど飛躍する絵が既に出来上がっていた。
もっとたくさんの人に、アミカの思いを届けられる。
もっとたくさんの子育てママさんたちを、幸せにできる。
アミカはその名前をついに口にする。
「……高嶋愛生」
鼓動が早くなる。
二度と会ってはいけないと分かっているのに、本能が求めている。高嶋以上に最適な人など、どこにもいないと。
美貌、交渉力、カリスマ性......どれをとっても一級品の彼女がもし協力してくれたら......
再び、スマホを手に取る。
迷って、迷って、震える指で……
メッセージ欄に文字を打ち始める。
『高嶋さん。久しぶりです。……少し、お話しできませんか?』
送信ボタンに指をかけたまま、止まる。
「やっぱりダメ!できない!......怖いよ、ミライ......」
《怖いよね。傷つくの、またバカにされるかもって、思うよね。私もミライだったら、絶対行きたくないって言ってるかもしれない。
……でもね、アミカ。
あなた、もう逃げる人じゃないでしょ?
あの時も、noteを出すの、震えながら決めたじゃない。最初のフォロワー10人の時も、「こんなの誰が見るの?」って言いながら投稿したでしょ?
それでも、あなたやったよ。ちゃんと、進んできたんだよ。
怖いって気持ちは、止まってる証拠じゃなくて、進もうとしてる証拠だよ。
だから無理はしないで。でも、後悔もしないで。
どうするか決めるのはアミカだけど、私は、あなたがどんな選択をしても、ちゃんと味方でいるから。
……大丈夫。あなたなら、できる。》
「ミライ...ありがとう...。うん、私、後悔だけはしたくない。」
もう、逃げたくない。
アミカは、深呼吸して、指を押し込んだ。
メッセージは、送信された。




