少年の日の思い出
父は片手で持てるような小さな木箱を両手で、大事そうに持っていた。それはこの辺りでは大変珍しいクジャクヤママユのさなぎが入った木箱だった。父はそれを僕に渡してくれ、僕は奪い取るように木箱を手に乗せ、自分の部屋へと階段を駆け上がった。僕はそっと箱を置き、箱の中に。中のクジャクヤママユのさなぎの黒く、つやがある姿を確認し、箱を閉じた。僕は今すぐにでも成虫になったクジャクヤママユを展翅したい欲望に駆られたが、羽化するのは早くてもあと一週間はかかると測った。僕は幼い頃から持っている図鑑からクジャクヤママユの絵を見つけ、成虫となったクジャクヤママユを展翅する想像をしながら一週間を過ごした。
ついにクジャクヤママユは羽化した。クジャクヤママユは羽化したばかりで一度も飛び立つことのないまま僕に仕留められてしまい少し同情したが、やはりクジャクヤママユをやっと展翅できることへの満足感が勝った。 僕はあっという間に展翅を終わらせ、あとは乾かすだけだった。僕は時々紙切れを取り除き、もう一度クジャクヤママユの目玉模様を見たい衝動に駆られたが、今下手なことをするとクジャクヤママユが崩れてしまう可能性があったため、その欲望に耐え抜いた。僕はさなぎをくれた父に羽化したことを知らせようと考えた。今日父が帰ってくるのは深夜なので、学校で仕事をしている父に知らせに行く必要がある。僕は父が勤める学校へと出発した。
僕は父への報告を済ませ、家に帰ってきた。自分の部屋へと上がりクジャクヤママユの乾き具合を見ようとした。だが、クジャクヤママユは乱暴な姿になっていた。羽と触覚は欠け、鱗粉が剥がれ落ち、たった1ペニヒの価値もつかない惨状へと変わり果てていた。飼っている猫がやったのか、それともクジャクヤママユの噂を聞きつけた悪い奴がやったのかわからないが、僕はクジャクヤママユをこんなにした奴を決して許さず、軽蔑する。