只今調整中
青年はこの日、職場で必要となるマイナンバーをコピーするため、近所のスーパーに赴いた。コンビニにもコピー機はあるが、もう一つのお目当てはお総菜売り場のハムカツ。スーパーならではの出来立てのハムカツが、美味しいのなんのって……いやいや、先にマイナンバーのコピーだ。(マイナンバー……ッと!)カッターシャツの胸ポケットからマイナンバーを取りだし、コピー機に挟んだ。(モノクロ、一部!)〈ピッ〉側にあるフードコートで、お客達が楽しそうに飲食してくつろいでいる。「塩ラーメンお待たせしました!」「ソフトクリーム、バニラ味で」「何にする?」「私、焼きそば!」美味しそうな風味が鼻をくすぐり、食欲を掻き立てる。(美味そうだな……僕もコピーしたら、買いものの前に何か食べようかな)日のお昼のフードコートには、お客でいっぱい。「カレーか?うどんも捨てがた……。あ―……早く食べたい」コピー用紙が出てくるのを待つが、少し遅い。「?出てこない。なんでだ?」青年は用紙が出てくる部分を、しゃがみこんで調べてみた。するとそこの死角になっている部分に、張り紙がはってあるのに今気が付いた。『只今調整中』「ええっ⁉」青年の姿に、悔しさが窺える。「……っんだよ!もうっ!」(こんな分かりにくい所に貼っても気付かないだろ!)青年はお釣りの返却口のボタンを押すが、お釣りも出ない。「えええ……?」難度か押したが、やはり反応なし。悔しさが更に膨れ上がり、怒り直前にまで達してきた。(なんだよ……もう……!)怒りがおさまらないが、コピー機相手にキレてもどうしようもない。(買いものだけ済ませて、他の店でコピーしよう)フードコートに行く気はなくなり、用件のみを片付ける事にした。マイナンバーをとろうとコピー機の上部を上げたその時、そこからソレが現れた。「んえ?」映像……この店内の映像が現れたのだ。「塩ラーメンお待たせしました!」「ソフトクリーム、バニラ味で」「何にする?」「私、焼きそば!」(なんだ?これ……)先程起きていた出来事が、映像と化して青年の前で再現されている。(システム障害?いや、コピー機のシステム障害って、こんなの?)「ん?」映像に映り込む高齢の男性の背後、明らかに男性をつけている男子高校生が見える。「これ……まさか?」何かを予感した青年の目は、男子高校生の動きを凝視する。(……!やっぱり!)男子高校生が高齢の男性が持つエコバックから、財布を抜き取ったのだ。(あの場所、カメラの死角になってる位置だ!)高齢の男性は全く気付いていない。「あっ!逃げた!」思わず声をだし、そして青年は男性高校生を追った。(間に合え!)青年が向かうのは駐車場。あの男子高校生がバイクに乗り込むところだ。「でやあああああ……っ!」青年が助走をつけて、男子高校生目掛けて飛び掛かった。「!」男子高校生は気が付いたが、ほぼ同時に青年が彼に掴みかかっていた。周囲にいた買い物客や警備員が彼らに視線を向けた。「泥棒です!泥棒!」「なんだよ、おっさん!離せ!」穏やかでない状態に、警備員が駆け寄る。「ちょっと……暴行だよ!警備員さん、捕まえ……」「お年寄りから……財布を取った……だろう‼返せ!」青年の手が男子高校生の胸ぐらを掴んだ。「知らねえよ、なぁ……このおっさん、捕まえてくれ!」警備員の目が二人を捕らえる。「悪人は、捕まえないとダメだろう?」男子高校生が言う。「どの口が言うか?」そう言ったのは、青年ではない。「おっさん、舐めんなあ‼」警備員も男子高校生の動きを止め、青年に加担した。買い物客が通報したらしく、警察官が到着した。男子高校生は連行され、財布は高齢の男性に返された。男性は何度も何度も青年にお礼を言い残し、孫娘と帰宅した。
「感謝します。数ヵ月前から、高齢の方ばかりがスリに遭う事件が連続していたんです。カメラからは見えない場所での反抗でして、我々も捜査が行き詰まっていたところです」「ええっ?以前から?」「貴方が発見して、それどころかスリの犯人を追い詰めて下さったおかげで、この事件は解決しました」(あのコピー機……もしかして……)コピー機は役目を果たしたように突然起動し、青年のマイナンバーをコピーした用紙が出された。続いてお釣りの返却口からも数えきれないくらいの小銭が放出されたのだ。何度も犯行の映像を見せていたのだが、気づかれなかったのだろう。青年と警備員は後日警察署から表彰され、彼らは『オヤジヒーローズ』としてちょっとした有名人になった。そしてあのコピー機はと言えば、復活して『コピー機』の役割を果たしている。(まあ、なおって良かったけど……また『調整中のコピー機』に戻って欲しいな、なんて)青年は夢を見ていたような気持ちになっていた。




