epilogue
「わざわざこんなところまで来ていただいて、ありがとうございました」
そう頭を下げると、桧凪の叔母は悲し気な笑みを浮かべて首を横に振った。
「いいえ。結局、こんなことくらいしかできませんでしたから」
それでは、とお互いに言って、踵を返した。グループホームの方向へ足を踏み出す。
僕が桧凪の死を知ったのは、ちょうど一か月後の命日だった。桧凪の叔母が桧凪の遺志を果たせるよう、桧凪の元職場である病院を通じて連絡を取ってくれたのだ。
桧凪が残した遺言状には、財産の三割を僕に、もう三割を桧凪の叔母に、残りの四割をNGOに募金して欲しいと記載されていたらしい。しかし、僕の連絡先までは記載されておらず、連絡が取れなかったらNGOへの募金に充てて欲しいとも書いてあったそうだ。
桧凪らしくないはっきりとしない遺言だな、と一瞬思ったが、僕が受け取らないかもしれないと考えたのかなと思い直した。敢えて連絡先を書かずに運に任せたのなら、桧凪らしいやり方かもしれない。
そしてそれは、お墓について聞いたことで確信に変わった。
お墓参りに行きたいと言うと、桧凪の叔母は困ったように眉根を寄せた。桧凪の遺骨は、本人の希望で両親のものもまとめて永代供養にしたそうだ。合祀型(遺骨を骨壺から出して、他の方の遺骨と一緒に一つの場所に埋葬する方法)なので、特定のお墓はないのだと教えてくれた。
桧凪は、「浜名桧凪」という存在自体を忘れて欲しいのかもしれない。僕に遺産を残したいけれど僕に忘れて欲しいという矛盾の間で、最後の最後まで迷って運に託すことにした、という筋書きはいかにも彼女が思い描きそうなプロットだ。
空を見上げて、ねぇ、と呟く。
ねぇ、そっちはどんな感じ?
現世と同じ?それとも、現世より楽しい?
現世より辛いなら、死んだって報われないね。
ねぇ、あのとき死ななかったこと、本当に後悔してない?
死ななくて良かったって思えた瞬間が、一度でもあったのかな。
僕にも、いつかそんな瞬間が来るのかな。
問いはシャボン玉のように浮かんでは弾けていく。もう、答えてくれる人はいない。
最後に会ったとき、オリオン座の話をしていた彼女を思い出す。
──あれから毎年、冬になるたびにオリオン座を探してたの。
いじましいよねと笑っていた彼女は、僕に朧月を教えたのを覚えていたのだろうか。たぶん、覚えていなかっただろう。
あれは梅雨時だった。授業が終わって外に出たとき、月に雲がかかっているのを見て、君は朧月夜だ、と呟いた。
おぼろづきって何?と僕が怪訝そうに尋ねると、君は聞かれていると思っていなかったのか弾かれたように振り向いて、やや苦笑しながら説明してくれた。
──ああやって月に雲がかかってて、月の輪郭がぼやけてるのを朧月って言うの。
僕はそれ以後、朧月を見るたびに桧凪を思い出している。もう、しっかりと心に刻まれているわけだ。
空に浮かぶ月に向かって、僕は心中で呟いた。
だからね、もう手遅れだよ。君は、しっかり僕の心に焼き付いている。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
少しでも読者の皆様の心に染みる作品になっていれば、と思います。
番外編等のリクエストがありましたら、メッセージ等で送っていただけると嬉しいです(最近、アカウントのところにXのリンクを貼ったので、そこからDMしていただいても大丈夫です)。
次回作の投稿は三月を予定しています。
できれば投稿日を日曜に変えたいな…と思っていますが、怠惰なので変わらない可能性もあります(曖昧ですみません)。
また活動報告で通知させていただきます。
よろしくお願いします。




