九月 side.陽仁 [2]
今回、少し短めです。すみません。
いつも待ち合わせている病院内のカフェに入ると、すでに桧凪は着いていて、軽く手を振った。
いつものように向かいの椅子に座りながら思った。
もう、九月も終わりがけだ。こうして会うのも、これで最後になるだろう。
お互いの近況について他愛もない話をした後、それとなく聞いてみた。
「施設の名前とか聞いてもいい?」
今まで避けていたのは意識的だった。
案の定、桧凪は困ったように笑うだけだった。訊いても答えてくれないだろうと思っていたから、仕方ないと諦めて、それでも諦めきれずに訊いてしまう。
「教えてくれないのは、僕に死ぬところを見せたくないから?」
桧凪は瞠目した後、ふっと表情を和らげて頷いた。
「そうだね」
少し湿った声の同意に、それ以上何も言えなくて黙ってしまう。
複雑な感情が心を駆け巡って、ふと、これでもう最後か、と思った瞬間、僕は彼女の名前を呼んでいた。
「桧凪」
言っておかないと、もう二度と言えなくなる気がした。
「中学のとき、僕は君が好きだった」
桧凪は束の間きょとんと目を瞬いて、それから苦笑した。
「何を今更」
「今言っておかないともう言えない気がしたから」
そう言うと桧凪は少し考え込む表情になった。
「三年のとき…」
桧凪はそう呟いて、穏やかな笑みを浮かべた。
「覚えてる?中三のとき、君がオリオン座教えてくれたの。塾で天体の授業してて、どの方角に見えますか?っていう問題があって」
そこまで聞いて思い出した。
──どの方角かなんて、別に空に星を繋ぐ線が書かれてるわけでもないんだし、適当な星をそれっぽく繋いだら全部オリオン座になるでしょ。
いつもの水槽の横で、中三の桧凪は餌を片手に不満を零した。
──満点だったくせに、文句言うの?
中三の僕は思わず吹き出して、そう突っ込んだ。理科が得意な桧凪は、塾でやらされる理科の基礎問題集みたいなプリントをほぼ満点でパスしていた。
──だって、月とか金星とかならともかく、実際に夜空を見上げたってどれがオリオン座なのかなんて分からないし。知らない星座が南東に見える時間はいつですか?ってそんなこと知ってるわけないじゃん?大体、クリスマスさえ塾の受験対策で潰れてる受験生相手に、オリオン座なんていうリア充の代表格みたいな星座出してくるなんて出題者は相当性格悪いよ。
桧凪はまくし立てて息が切れていて、僕は笑いすぎて涙が出てきていた。
その話をした日の夜、僕はオリオン座を調べた。受験対策で次の日も塾だったから、次の日の休み時間に駐車場に出て、あれがオリオン座だよ、と教えた気がする。
そんなようなことをまとめて言うと、桧凪は頷いて言った。
「あれから毎年、冬になるたびにオリオン座を探してたの、私。いじましいよねぇ」
自嘲気味に笑う彼女はいじましいという言葉よりいじらしいという言葉が似合うような気がする。
「今更だけど、私も君が好きだったよ。何なら、多分今でも」
そう。だから、君は教えてくれないんだろう。施設の場所──君がどこで死ぬのかを。
君は、格好つけたがりだから。
そろそろ出ようか、と桧凪が立ち上がったのに続いて立ち上がる。お会計を済ませて外に出た。
いつものように軽く片手を上げて、じゃあ、と言ったけれど、またね、とは言わなかった。
踵を返しかけて、お礼を言うのを忘れていたことを思い出して、振り向いた。
「今まで、ありがとう」
桧凪も同じように振り向いて、同じように言った。
「今まで、ありがとう」
次々回、完結…?




