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君は、  作者: 千草色
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九月 side.陽仁 [1]

 予定通り八月末に退院した僕は今、グループホームで生活している。

 僕が入所した施設は、完全個室制だった。キッチンは自由に使うことができ、朝食と昼食は自炊だが、夕食は施設側で用意してくれる。あくまで自立援助が目的であり、また、トラブルを防ぐためにも、家事は原則自分でやることになっていた。

 施設に入ってから、アルバイトも始めた。個人店の小さな洋食屋で、精神疾患患者に理解のある店だ。週に三回、洗い物やご飯の盛り付けなど簡単な厨房仕事をしている。

 そのアルバイトも今日は休みだった。午前中は施設で過ごし、午後からは診察が入っている。

 平日の午前は、創作活動や運動療法、園芸療法などのプログラムが組まれており、毎朝、玄関前に掛けられているホワイトボードに書かれた自分の名前の横の参加か不参加に丸をつけておく。

 この日は園芸療法だった。近くの畑まで歩いていき、施設で育てている白菜や大根、人参などに水をやって、草むしりをする。

 一緒に活動することで、だんだんとほかの入居者と仲良くなっていくようだ。僕も、入居してからまだ二週間も経っていないが、作業中に雑談をするくらいの顔馴染みは何人かできている。

 普段は午前十一時くらいには終わるが、今日はちょうどサツマイモの収穫日だったので、活動時間はいつもより少し長かった。収穫したものは夕食で出てくるらしい。

 プログラムを終え、帰ってくるとすでに十二時半を過ぎていた。プログラムに参加していた人たちで協力してご飯を作り、昼食を摂る。作るのに二十分かかったので、食器を洗い終わったころには十三時半を過ぎていた。

 病院の予約は十五時半なので余裕があるが、今日は診察前に桧凪と会う約束をしている。早めに行かないと、と立ち上がると、顔馴染みのうちの一人である中根(なかね)さんが声を掛けてきた。

「廣中くん、今日はゆっくりしていかないの?」

 昼食後は雑談したり、誰かが持ってきたカードゲームで遊んだりするのが恒例だ。普段なら僕も参加しているのだが、今日は時間の余裕がない。はい、と頷いて、付け足した。

「この後ちょっと、診察で」

 病院と連携している施設なだけあって、ほぼ百パーセントの人が通院している。僕の説明で中根さんは納得したようだった。

「ああ、なるほど。いってらっしゃい」

「ありがとうございます。また誘ってください」

 そう言い置いて自室に戻り、手荷物を持って施設を出た。

 桧凪とは今も、診察の前後で予定が合うときに会っている。今のところ夜勤の日ばかりなので診察の前だが、日勤だと後になるのだろう。一度桧凪の休みに被ったときには一緒に昼食をとったこともある。

 ──とはいえ、その生活ももう今月で終わりだ。

 病院までは徒歩で約十五分。覚えたばかりの道を辿りながら、この前桧凪が言っていたことを思い返した。

 桧凪は九月末で病院をやめて、施設に入るらしい。余生を楽しく過ごすための施設と言うべきだろうか。ホスピスよりもアットホームで自由な施設のようで、緩和ケアでさえ痛みを取るために必要な最低限しか行わないようだった。

 一番自分らしく居られそうだったから、と話す桧凪の表情には、死に対する恐れも不安もなく、むしろ心から安心しているようだった。

 良かったねと言うべきだったのか、悲しむべきだったのかは分からなかったけれど、桧凪は深い森の中の湖のように静かで穏やかだった。

 あと心配なのは君のことくらいかな、と桧凪は茶化し気味に言った。──せめて安心していいよと胸を張れるくらいの、安定した生活がしたいな、と、思った。 

 入院していたときとは違い、地に足がついている気がする。入院中より希望が見えているからだろうか、周囲の人たちも前を向こうとする意識が高い人が多かった。それに引っ張られて僕もポジティブになっているのかもしれない。

 このまま一歩ずつ進んでいけば、多分大丈夫。

 そんな気がした。

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