八月 side.桧凪 [4]
短いです。すみません。
来週こそは、日曜六時に投稿します。来週こそは…!
「白血病って…本当?」
八月最後の面会日。陽仁はドアを閉めるなり、そう言った。
驚くと同時に、呆れた。噂が広まるのは早いし、笹木さんが知っていた以上他の人が知っていてもおかしくないと思っていたけれど、患者に聞こえるようなところで噂話をするなんて。
──陽仁にだけは、知られたくなかったのに。
「ごめん。同室の人から、看護師さんが君の話してたって聞いて」
私が苛立ったのが分かったのか、陽仁は申し訳なさそうに謝った。
「いや、陽仁に怒ってるんじゃなくて、なんで患者の前で噂話なんてするかなぁと思っただけだから」
個人情報保護とか教えられなかったのだろうか。そもそも笹木さんに伝わっている時点で個人情報の保護など無いに等しいけれども。
陽仁はじっとこちらを見つめて、私が話すのを静かに待っている。誤魔化せそうにない。
ふぅ、と軽く溜め息を吐き、口を開く。
「本当だよ」
視線を逸らしたから、陽仁の反応は分からなかった。
「…仕事辞めるかもしれないって言ってたのはそれが原因?」
独り言のような問いに、軽く頷く。
「そうだね」
「よく知らないんだけど、最近は治療すれば治るんだよね?」
質問と言うよりは、そう口にすることで安心しようとしているような気がして、私は黙った。こういうとき、何と言えばいいか分からなかった。
「死なない、よね?」
視線を逸らしたまま黙っていると、陽仁は目を伏せて掠れた声で呟いた。
「…ごめん」
「私こそ、ごめん」
死なないと答えてあげられれば良かったのだけれど、嘘をつけるしたたかさは私にはない。かといって、生きたくないときっぱり言えるほどの毅さもない。
俯いたまま、陽仁は後ろめたそうに言った。
「治りにくい種類の白血病だって、聞いたんだ。君が治療する意思を示してないことも」
その先を言い淀んで口を噤んでしまった陽仁を窺いながら、口を挟んだ。
「…治療を受けた方が良いって話なら、」
「違う」
陽仁は私の言葉を遮って、首を振った。
「君のしたいようにすべきだと、僕は思う」
思わず顔を上げて陽仁の方を見た。
「考えてたんだ。僕は彼になんて言うべきだったんだろうって。絶対に他に方法があったはずで、あれが正答例だったとは思えない。でも、あのときの彼にとって死は唯一の救いだったのかもしれない…」
真意を図りかねて、黙ったまま耳を傾けた。
「今回の話を聞いて、思い出したんだ。君は、一度も自殺が悪いことだとは言わなかった。それは君が死にたいと思っているからじゃないか。…あのとき自殺しなかったことを、君は後悔しているんじゃないか」
「後悔してるわけじゃないよ」
思わず口を挟んでしまった。
「生きていて良かったって思うことも沢山あった。自殺を肯定しているわけでもないよ」
どう言えば良いんだろう、と迷いながら、口を開くと、思いがけずスルスルと言葉が出た。
「私は私らしく生きたい。その『私らしく』には、引き際も含まれてる気がするの」
口をついて出た言葉は、私の本心を表しているような気がした。
そうだ。私は、死に際でさえ「私らしく」生きたいんだ。




