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君は、  作者: 千草色
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八月 side.桧凪 [3]

完全にペース配分と時系列を間違えました。

また、直しておきます。すみません。

八月 side.桧凪 [3]

 仕事は辞めなければならないので、看護師長と藤木先生に事情を話し、八月末に職を辞すことになった。

 まだ治療を受けるかどうかは決めかねていたけれど、美奈子さんの勧めで緩和ケアを行っている施設を調べて見学に行くことにした。

 電話口で糸が切れたように話してしまったことは向こうにとって全くの想定外だったようで、かなり狼狽していたようだった。それでもすぐに、私ができることは全部するからと言ってくれたことには、深く感謝している。

 一度会って今後のことを相談しましょうと美奈子さんに言われるがまま、次の休日に会っていろいろと相談した結果、とりあえずどちらの選択肢も見据えて準備していこう、ということになったのだ。治療をするか迷っていることを話したら否定されると思っていたけれど、意外にも美奈子さんは軽く頷いただけだった。口を出すべきじゃないと判断したのか、はたまた親がいない身で生きていく苦労を知っているからこれ以上生きたくないと考えても仕方ないと思ったのか。穏やかな表情からは分からなかったが、今の私にとってはその対応はとても新鮮で、ありがたかった。…年の功かもしれない。

 勧められるまま、その場で三つの施設の見学予約を申し込んだ。

 一つ目の施設は、アットホームな雰囲気で職員の方もにこやかに対応してくれたが、入居者はほとんど八十歳以上で、私のような若い人は場違いなような気がしてしまった。

 二つ目の施設では、対応してくれた職員の方はフレンドリーな雰囲気だったものの、入居者に対しては「さっさと食べて」「それくらいできるでしょ」などと言っている声が聞こえてしまったので、却下。

 そして三つ目が、──ここだ。調べたところによると、入居者が十人前後しかいない、小さな施設らしい。

 たんぽぽホーム、という施設名を確認して、ドアのインターホンを押す。田んぼの中に立つ二階建ての木造建築は少し古めの学校の寮といった感じの外観だ。

 はーい、と答える声とともにパタパタという足音が近づいてきて、ドアが開いた。

「見学にいらした浜名さんですねー。初めまして、一応施設長やってます、伊東って言います。よろしくお願いしますねー」

 伊東さんはそう言って、ふわっと笑った。語尾が伸びるのが、ゆったりした空気を作っていて心地良かった。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「いえいえー。ささ、立ち話もなんですから入ってくださいー」

 ペコッと一つお辞儀をしてから入ると、木の香りが鼻腔を抜けた。

「良い匂い…」

 思わず呟くと、伊東さんはまたふわっと笑った。

「ここの家具は、ほとんど木でできてるんですよー。机も椅子も、靴を入れる棚も木製なんですー」

 言われて目を向けると、確かに木製だった。

「森の中にいるみたいでしょー?リラックス効果があるみたいですー」

「確かに、そうですね。なんか落ち着きます」

 目を瞑って深呼吸をすると、本当に森の中にいるようだ。

 案内されるまま食堂へ行くと、入居者らしき人が数人、集まってトランプをしていた。

 そのうちの一人、五十代くらいの男性がこちらに気づいて片手を上げた。

「おぉ、伊東さん。見学の人かい?」

「そうですよー」

「伊東さんも入る?大富豪」

 三十代くらいの女の人の誘いに、伊東さンは首を振った。

「まだ案内してる途中なんですー」

「昨日のリベンジに、一回くらいやっていけばいいじゃない。見学の人も一緒にどう?」

 急に話を振られてちょっと驚いたが、純粋にやってみたいので頷く。

「じゃあ、一回だけですよー?」

 伊東さんはわざとらしくやれやれと首を竦めて椅子に座った。私も空いていた椅子に座る。

 一回だけと言っていたはずなのに、なかなか白熱してしまい、見学者の立場を忘れるほど打ち解けた。五回目が終わったところでさすがにそろそろ…と伊東さんが言ったころにはすっかり仲良くなっていた。

 手早く他のところを見学し、この日は終わりになった。帰りがけ、見送りに出てきてくれた入居者の人に手を振りながら、施設に入るならここがいいと切実に思ったのだった。

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