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君は、  作者: 千草色
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七月 side.陽仁 [1]

七月 side.陽仁 [1]

「…それで、少し悩んでるんだけど…」

 どう思う、と続けるつもりで発した一言は尻すぼみに消えていった。こちらを見ているはずの桧凪が、何処か遠くを見ていたからだ。

「…桧凪?」

 声をかけると桧凪はハッとしたように顔を上げた。

「ごめん、聞いてなかった。もう一回言ってもらってもいい?」

 申し訳なさそうに窺う桧凪に戸惑いながらも頷いた。

「笹木さんからそろそろ退院後のことを考えていきましょうって言われて少し迷ってるって言ったんだけど…大丈夫?何かあった?」た

「大丈夫、何もない。ただボーッとしちゃたてただけ」

 ごめんね、と再び謝る桧凪に首を振る。

「疲れてるんじゃない?……だいぶ前に母が来たって聞いたし、もしかしてまた何か…」

 僕が言いかけたのに苦笑して否定した。

「それは本当にあれ以来ないから、大丈夫」

 多分気付かないうちに疲れが溜まってたんだと思う、今日はちゃんと休むことにするから心配しないでと桧凪は言ったけれど、なんとなく疲れとかそういう類のものではない気がした。とはいえ、本人が疲れだと言っているものを否定するのも可笑しい話なので、ゆっくり休んでよ、と言うのに留めておく。

 桧凪は頷いて、話を戻した。

「それで…退院後の話だったよね。笹木さんからは何て言われてるの?」

「実家で暮らすか一人暮らしするか。他にグループホームとかルームシェアっていう選択肢もあるって。最終的には家族と相談して決めることにはなるだろうけど、入院したきっかけを考えても一人暮らしは勧められないし、実家に帰るなら少しずつ慣らしていくのが良いと思うって言われた」

 桧凪はやや考え込んでから口を開いた。

「うーん…あんまり私の立場からこれがいいと思う、とかは言えないんだけど…。陽仁はどうしたいの?」

「……正直、実家には帰りたくない。というか、ここに入院する前と同じ心理状態になりそうで怖い」

「ここに入院する前?」

 疑問符を浮かべた桧凪に、付け足す。

「退院しそうになってたとき」

 ──なんでこんなことをしたの。

 貴方は疲れているだけよ、と決めつけた母は僕の本質を見ているつもりになっているけど、母が僕に向き合ったことなど一度もない。

 閉鎖病棟に入院してからもう五ヶ月も経つ。そろそろ僕の頭がおかしいんだと認める気になったのだろうか。はたまた、まだ自分の息子は正常だと信じ込んでいるのか。

 どっちにせよ僕には、あの母と向き合う自信も気力も、精神的な余裕もない。

「母に言わせれば多分、僕の今の状況は甘えで、恥ずかしいことだから…」

 他人に言われた通りの働きができないと自分は駄作だと思い込んでしまう。僕の考え方の癖だ。

「焦って追い詰められたら、自傷してしまう可能性が高い」

 自傷するのは悪いことだと思っているから尚更、自傷行為が加速していく。自傷が僕のストレス発散方法の一種になってしまっているからだ。

 他のストレス発散法に置き換えることももちろん大事だが、そもそものストレスを減らすことも重要だ。そしてストレスを減らすためには実家で暮らすのはあまりにも適さないと思う。

「もちろん、一人暮らしが推奨できないのは当たり前だから、それもなしで…」

 とすると、残る道は一つだ。

「病院と提携を結んでるグループホームがあるって話を聞いたんだ。そこに入れたらって、思ってる…けど、本来身寄りのない人が優先して使うべき施設だろうし、知らない人と生活できるのかなって不安はあるし」

 悩んだ末、桧凪の意見を聞いてみようと思ったのだ、と締めくくると、桧凪は首を傾けながら言った。

「身寄りのいない人が優先して利用するべきだ、っていうのは、あんまり考えなくていいと思うけど…どう考えてるのか、先生か笹木さんに一度言ってみるのがいいと思う。──今、笹木さんや藤木先生と陽仁のお母さんとで相談したり話し合ったりもしてるみたいだし、お母さん側の意識も少し変わってるかもしれない」

 母の話を出されて僕の表情が凍りついたのが分かったのだろう、桧凪は慌てて付け加えた。

「もちろん、実家に戻った方がいい、とかそういう意味じゃなくてね。というか、あのお母さんから離れて生活しないとこれから先、自立する機会がないだろうから…グループホームに行くのは私は良いんじゃないかなって思う。看護師の観点からとか忘れて友人って立場で言わせてもらうならね」

 ピピッと鳴り出した面会時間の終わりを告げるタイマーを操作して桧凪は続けた。

「似た境遇の人の話を聞くのも良い体験になると思うよ」

 帰ろうか、と立ち上がった桧凪に続いて面会室を出る。また三日後に、とお決まりの約束をして別れる。

 閉鎖病棟の出口の方へ歩いていく彼女の姿が小さくなっていくのを見ながら、ふと、ここを出るときは向こうの道を辿るのだな、と思った。

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