七月 side.桧凪 [2]
白い封筒の封を切って検査結果が書かれた用紙を抜き取る。「異常なし」の文字ばかりが羅列されている紙の上に目を走らせ──要検査、の文字で息を呑んだ。
血液検査の白血球数が異常に多く、赤血球数や血小板数が異常に少ない。
ドクン、と心臓が鳴った。手が震える。
水を飲もうと顔をあげ、目の前が暗くなって咄嗟に近くの棚に掴まる。
そう言えば、最近、眩暈がして立ち眩むことが増えた。熱っぽい日もしばしばだ。もともと貧血気味で平熱も三十六分七度と高めだから、気のせいだろうとあまり気にしていなかったけれど、これは──。
とにかく再検査しないと、と、次の日の仕事終わりに血液内科へ行き、採血をしてもらった。
検体を取り違えたんだろう。多分、貧血が少し酷くなってるとかその程度だ。貧血気味だから目眩なんて普通にあるし、熱っぽいなんてただの感覚で当てにならない。そう、思い込もうとした。
しかし、数日後に手渡された結果は前回と全く同じだった。
白血病の可能性があります、骨髄穿刺の検査を受けることをお勧めしますと話す血液内科の医師に頷きながら、全く実感は湧かなかった。
勧められるまま骨髄穿刺を受け、急性骨髄性白血病と診断された。急性骨髄性白血病の中でも特に五年生存率が低い、FLT-3-ITDという遺伝子の異常を有する白血病だった。
大学生のころの授業が蘇る。慢性の白血病と比べても治りにくい急性の白血病。その中でも急性骨髄性白血病は治りにくく五年生存率が低いが、高齢者に比べ若者は治りやすい。
FLT-3-ITDという遺伝子名に聞き覚えはあるけれど、具体的に何なのかは分からなかった。
スマートフォンの検索アプリに、FLT-3-ITD、スペース、白血病と入力して虫眼鏡をタップする。片端からサイトを開いていく。FLT-3-ITDという遺伝子の異常を有するものは遺伝子異常を有さない急性骨髄性白血病に比べ生存率が大きく下がります、FLT-3-ITD遺伝子の異常を有する白血病は特に五年生存率が低く二十パーセント前後です。どこを読んでも同じような文章が書かれている。
三つ目のサイトを読み切って、ふと我に返った。もともと夕暮れで薄暗かった窓の向こうは、すっかり闇に包まれている。
──ご家族やご親族の方で白血病を患っていたといった話を聞いたことがありますか?
このタイプの白血病は遺伝も大きく関係しているので、と付け加えた医師に、分かりませんと首を振った。
両親が亡くなったのは、大学四年、二十二歳のときだ。交通事故で、即死だった。
母の実家は厳しく、半ば駆け落ちのような形で結婚したようで、母方の祖父母とは絶縁状態だった。母が亡くなったときも役所で調べて一応便りは出したものの、連絡は返ってこなかった。父方の祖父母も私が物心つく前に亡くなってしまっているので、両親亡き今、天涯孤独の身と言っても過言ではない。
私には白血病の家族や親族がいるか訊く相手はおろか、治療の同意書を書いてもらう人すらいないことに気づいてしまった。──私が最近、ぼんやりと抱いていた嫌悪感の正体にも。
詰まるところ、私は羨ましいのだ。育児や家事の愚痴を言い合える医療事務のパートさんたちが。親孝行をしないとね、という話ができる笹木さんが。──自殺未遂をしても、心配してくれる親や友人がいる、陽仁が。
羨ましいから、陽仁の相談に乗った。アドバイスをした。そうして優位に立った気になって安心しようとしている自分に、嫌気がさした。
目眩がしないようゆっくり立ち上がって、コップに水を注ぐ。それを飲み干して、息を吐いた。
兎にも角にも私は白血病を発症しているわけで、早急に治療するかしないかを決めなければならない。
まだ若く治る確率も高いので諦める必要はありません、悲観的にならないでくださいと言われたし、治療するしかないんだろう。
しかし、治療したとしても八十パーセントの確率で五年以内に死ぬわけで、治療の同意書に署名してくれる身内もいない。
このあたりで血液内科があるような大きな病院は勤務先くらいで、同じ病院の血液内科へ通っていれば噂が広まるのはあっという間だ。今は貧血が酷くなってしまったため薬をもらっているのだと誤魔化しているが、入院ともなればすぐに白血病らしいと噂されるに違いない。それは嫌だ。
──そもそも私は、生きたいわけじゃない。
ふと、そんな台詞が頭に浮かんだ。
それで私の心は決まった。
生きたいわけじゃないのなら、治療はしない。
やりたいことを全てやって、私のままで生き切ってみよう。




