七月 side.桧凪 [1]
当初の再開予定から一ヶ月も遅くなってしまってすみません。
そして、文字数がいつもよりやや少なくてすみません。
「この前仁敷と話したんだ」
七月初旬の夕方。外はもうすっかり真夏で、早朝だろうと夜だろうと蒸し暑い。
陽仁と私はいつものように面会室で向かい合って座っていた。
「なんて言えばいいか分からなくて黙っていたら謝られて驚いた。…自殺は結局逃げる手段でしかないし、先に相談するべきだったんだなってやっと気付いた」
陽仁はどこか吹っ切れたような顔で苦笑しながらそう言った。
「そうだね。君は基本的に言葉が足りないから」
冗談っぽく茶化す。君もでしょ、と陽仁が呆れたような声で返した。
「それはそう。というか、ほぼ全ての日本人は言葉が足りないと思うよ。けど、私はそれが悪いことだとは思わない」
真面目なトーンでそう言った私に、陽仁は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「え?」
「言葉が足りないと言われるとき、相手にどう思われるか不安だとか、相手を傷つけたくないとかそういう理由からあえて言わないこともある。…言葉が足りないのは、必要なことを言ってないんじゃなくて、言わないという話し手の配慮でもあるんじゃないかと思う」
「そ、か…確かにね」
納得したように呟いた。ちょうどそのときタイマーが鳴り、席を立って面会室を出る。
「じゃあまた、三日後に」
次の約束して、面会室の前で別れた。
四月の下旬に面会が許可されてから、もう三か月弱。過去を打ち明けて罪悪感がやや軽くなったのか、精神状態はだいぶ安定してきている。──退院を考えても良いと思えるくらいに。
ナースステーションの前を通ると、ちょうど陽仁の母との話し合いが終わったらしい笹木さんが向こうから歩いて来るところだった。
「お疲れ様です。…どんな様子でした?」
「たいそうご立腹だったわ。なぜ息子に会わせてもらえないのか、廣中さんはなぜ面会を断るのかってすごい剣幕だった。あのままではこの前の二の舞になりそうね」
笹木さんは小さく溜息を吐いた。
「以前の母子関係を知っている身からすると、実家よりはグループホームか、いっそ一人暮らしの方が…と思ってしまいます」
困ったように眉根を寄せて言う私に、笹木さんは苦笑した。
「それを決めるのは廣中さんだから、私達が最初から可能性を狭めてしまうのは良くないけど、そうね…閉鎖病棟に移った原因を考えると、このまま帰らせるわけにもいかないし。どんな選択を取るにせよ、一度話す機会を設けるべきかもしれないわね」
考え込む笹木さんに頷く。
「そう、ですね…。私もそう思います」
「うん、また先生に話してみるわ。お疲れ」
お疲れ様です、と会釈してナースステーションを後にした。
長い廊下を歩きながら、笹木さんとの会話を反芻する。
最初の自殺未遂の引き金は友人の自死だろうけれど、私には、自殺未遂に至るほどの抑うつ状態は陽仁の母の影響もあるように思えてしまう。
──自殺は結局逃げる手段でしかない。
ふと、先刻の陽仁の台詞を思い出した。
あの台詞には、まるで日常的に自殺企図をしていたかのような響きがあった。
そもそも普通に生きていたら、自殺が何たるかなんて考えることはない。実際に自殺企図をしたことがなければ、自殺が逃げる手段だなんて解釈にはならない。
もともと抑うつでギリギリの精神状態だったところへ、友人が自殺して決壊してしまった。もとの抑うつの原因は母の過干渉による慢性的なストレスではないか──とそこまで考えて、頭を横に振る。
先入観を持つべきじゃない。
それ以上は考えるのをやめ、いつの間にか着いていたアパートの自室の鍵を開けた。




