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君は、  作者: 千草色
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六月 side.陽仁 [1]

六月 side.陽仁 [1]

 仁敷と僕は、大学四年で同じ研究室に配属されてから六年半、同じ教授に師事し、ともに学んでいた仲だった。

 自宅から通える範囲の生物系の私立大学へ進んだ僕は、植物ホルモンに興味を持ち、大学院の修士課程を経て博士課程へと進んだ。高校の頃から生物は得意だったし、そんなに高い学力の大学へ進んだわけでもなかったので、学部生の頃から成績は上位三分の一には入る程度だった。

 僕が所属していた研究室は大学内では小さめの研究室で教授も若く、一言で言ってしまえば軽視されがちな発言権の低い研究室だった。けれどその分、研究室内はアットホームな雰囲気で、僕は研究自体にも魅了されたが研究室の居心地も良く気に入っていたのだ。

 ひたすら実験と観察を重ね、結果を出す。言葉を発しない植物を相手に淡々と試行錯誤を重ねていくのは僕の性に合っていたし、楽しかった。

 そんな日々が一変したのは、大学院の博士課程を修了して一年半が経ち、講師として教壇に立つのにも少し慣れてきた頃だった。

 僕の大学では、博士課程を修了した後も大学に残りたい人たちには二つの選択肢が与えられる。講師として学部生の授業をしながら研究を続けるか、ポストドクターと呼ばれる嘱託の研究員になるか、だ。当然、正規職員である講師になりたい人の方が圧倒的に多い。そのため、講師はこれまでの研究成果や大学院での成績を(かんが)みて選出されるのが普通だった。

 講師になれなかったとしても、ポストドクターとして残って成果を出せば、准教授になれる可能性もある。とはいえ、講師になれた者が嫉妬の的になるのはある意味当たりまえのことだった。

 まだ学部生だったころ、同じ学科に教授の息子だという同級生がいた。僕の方が成績が良かったからか目の敵にされていて、目が合っただけで突っかかってくる面倒な奴、という印象だった。

 そいつは父親が所属している、大学内でも大きい研究室に入り、院へ進んだ。僕と同じように修士課程、博士課程を経て、大学に残る道を選んだ。だが、講師にはなれずポストドクターとして残ることになった。

 それが悪かった。

 僕より自分が劣っていると判断されたようで気に(さわ)ったのだろう、院へ進んでからほとんど無くなっていた嫌がらせは再び始まり、過激化した。とはいっても、違う研究室のそいつができることは限られていたので、それほど被害を被ったわけでもない。

 どれだけ嫌がらせをしても僕が平気そうにしているのが気に入らなかったらしく、そいつは最悪の手段に出た。

 僕の発見だと言われていたある現象が、偽造であると(かた)ったのだ。教授がした発見を僕がしたと偽っている、と。

 そのころ僕がいた研究室は、小さいながらも成果を積み上げ、だんだんと勢力を伸ばしていた。そのため、研究費が減ることを懸念した他の研究室からは疎まれていた。目障りな研究室を(おとし)める機会だとでも考えたのか、そいつの父親も一緒になって声高らかに偽造だと非難し始めた。

 証拠はなかったが、大学側も発言権がある大きい研究室の教授の主張を無視することはできず、僕は事実究明の間、講師職から外されることになった。研究室内では僕を擁護してくれる人ばかりだったが、ほかの研究室の人たちからは後ろ指を指され、嘲笑され、軽蔑の視線を向けられた。

 そんな中、学部生のころから仲が良く、件の教授の息子と同じ研究室に進んだ友人、矢桐(やぎり)だけは、僕の無実を信じてくれた。冤罪を晴らそうと、彼の研究室の他の教授に訴えてくれた。

 ──その立場でいることがどれだけ辛いことなのか、僕は気付かなければならなかった。

 講師を解任されて三ヶ月が経ったある日、矢桐と昼食を摂っているとき、僕はつい言ってしまった。

「研究室、辞めようかな」

 矢桐は啜っていた蕎麦の丼からぱっと顔を上げた。

「本気で言ってんの?」

「半分、本気」

 僕の答えに、矢桐は眉根を寄せた。

「虚言だって事実も証拠もない、研究室内で疎まれてるわけでもない、自分の才能に絶望したわけでもないのに辞める必要なんてない」

 そう言い切られて、僕もムッとして言い返してしまった。

「学部生以外とすれ違うたびに白い目を向けられる辛さが分かる?何も悪いことをしていないはずなのにひそひそ話されてさ。院生さえも、だよ?」

 そこで止めなければならなかった。けれど口をついて出た不満は、止まってくれなかった。

「どうせ僕に未来はないじゃないか。告発が間違っていて、僕の発見は虚偽ではないっていつになったら認められるんだよ?」

 僕は勢いのまま、吐き捨てた。

「そんな日、来ると思えないんだよ」

 しん、とその場が凍りついた。謝る間もなく、矢桐が口を開いた。

「無駄なお節介して悪かったな」

「違っ、ごめん、そういうつもりじゃ、」

 慌てて謝ったが、矢桐は残っていた蕎麦を啜ると丼を机に置いて立ち上がった。

「いいよ謝らなくて。本心だろ?」

 じゃあな、と言い捨てて店を出ていく後ろ姿にごめん、ともう一度謝ったが、矢桐は振り返らなかった。

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