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君は、  作者: 千草色
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六月 side.桧凪 [2]

 中庭に移動し、改めて仁敷さんと向き合う。

「すみません、名乗るのを忘れていました。浜名桧凪といいます。陽仁は中学のときの友人です」

 歩いている間に少し脳内を整理できたので、落ち着いて話せるようになった。

 それで、と目の前の人物に問いかける。

「私にどんな御用でしょうか」

 仁敷さんは少し悩みながら口を開いた。

「…僕が面会を申し込むのはこれで四回目になります。毎回、断られてしまっていますが」

「ええ。聞いています」

 肩を落とした仁敷さんに頷く。

「医師の許可は出ていても陽仁が拒んでいて、実際に面会しているのは浜名さんだけだと聞きました」

 笹木さんがそんな話を漏らすわけがないので、例の事務の人たちだろう。

 溜息を呑み込み、仁敷さんの次の言葉を待った。

「謝罪を伝えて貰えないでしょうか」

「…それは…」

 そう頼む仁敷さんの目からは切実さが伝わってくる。藁にも縋る思いなんだろうと思うけれど、事情を全く知らない私から伝えられることではない。とはいえ、無理です、と突き放して終わりにするのは薄情な気がした。

 第一、陽仁がどうしたいのか分からないのに私が断ち切るべきではない。

「たとえ謝罪を伝えるだけだとしても、こうなっている原因に関して、私から話題を出すことは避けたいんです。でも」

 息を吸って、続ける。

「面会を受けてみても良いと思うよ、と勧めてみることはできます。もちろん強く言うことはできないのでお役に立てるかはわかりませんが、それでも良ければ」

 どうでしょうか、と問いかけると、仁敷さんは目を見開いたまま頭を下げた。

「願ってもいないことです。ありがとうございます」

「お礼は要りません。まだどうなるか分からないので」

 私が口を出して悪化する可能性もある。そもそもどう切り出すべきかすら分からない。

 しかし仁敷さんは頭を下げたまま言った。

「僕にはもう他に方法がないので。なのでどうか、お願いします」

 そこまで言われたらもう、はい、と答えるしかなかった。

 終わりなら帰らせていただきますね、と私が話を畳むと、仁敷さんは再度、ありがとうございますとお礼を言った。

 私も会釈を返し、「それでは」と声をかけて歩き出したが、この人は何をしてどれだけの後悔を抱えているのだろうと考えずにはいられなかった。

 

 面会日は、その二日後だった。

 結局どう切り出すべきか思い付かず、やや暗い気持ちで面会室を訪れると、──陽仁は挨拶もそこそこに口を開いた。

「最近、面会申し込まれてるの知ってる?」

 向こうから切り出されるのは想定外だったので、思わず「えっ?」と聞き返してしまう。

「知らないなら良いんだけど…」

 話を畳もうとした陽仁に、慌てて首を横に振る。

「ううん、知ってるよ。仁敷さんだよね」

 私の確認に、陽仁は頷いた。

「うん、そう。それで相談なんだけど」

「うん」

「面会、した方が良いと思う?」

 おずおずと自信がなさそうに尋ねる様子に、このままでは良くないと思いながらもどうしたらいいのか分からなくて混乱しているんだろう、と思った。

 多分、私が一言勧めれば、陽仁は面会を受けるだろう。その方が、陽仁にとっても仁敷さんにとっても良いだろう、とも思う。

 けど、何も知らない私が口を出すのも良くないし、どう言えば…と考えて、──不意に面倒になった。

「やめた!」

 いきなり勢いよく言い切った私に、陽仁は驚いたようだった。目を丸くして私の方を見ている。

「何も知らないふりして何とか関係を取り持とうとか、陽仁も聞かれるの嫌だろうからどこまで踏み込むべきかとか、考えてたんだけど面倒になったからこの際もう考えないことにする」

「う、うん…?」

「私は今から率直にあったことをそのまま報告して、思ったことを話す。気に触ったら怒って。嫌だったら嫌って言って。嫌いになんかならないから」

 陽仁は私の勢いに気圧(けお)されて目が点になっていたけれど、しばらくして吹き出した。

「なにその宣言。そういうところ、ほんとに…」

 涙目になりながら笑う彼に口を尖らせる。

「そんなに笑わなくてよくない?私は真剣なんだけどなぁ」

 そう言うと、陽仁は目元を拭いながら反論した。

「考えるのが面倒になったからそのまま話すって真剣に宣言する人、普通じゃないから。あ、褒めてるんだよ」

「今の台詞(せりふ)のどこに褒めてる要素が…!?」

「頑張って探せば見つかるって、たぶん」

「いや、探さないと無い時点でそれは褒めてないから」

「バレた」

「逆にバレないと思ってたの…?」

「桧凪なら誤魔化せるかも、と」

「桧凪()()って何、()()って」

 わざとらしく頬を膨らませ、耐え切れずに吹き出した。

 一頻り笑って落ち着いた頃、ふと陽仁が言った。

「こんなに笑ったのいつぶりだろう」

 再会してから見たことがないような、穏やかな表情だった。

「なんか、吹っ切れた気がする」

 自然な笑顔を浮かべる陽仁に、今なら言えそうな気がした。

「さっきの話、面会受けた方がいいかって質問だけど、実はこの前の四回目?に来てたときに仁敷さんと中庭で少し話したんだよね」

 陽仁は真剣な顔になって、それで?と先を促した。

「謝罪を伝えてくれませんかって頼まれたから、事情を知らないから無理ですって断った。代わりに面会してみたらって陽仁に勧めてみます、とも言った」

 私はスッと右手の人差し指と中指を立てた。

「私が言いたいことは二つ。傍観者っていうのは加害者の一人でもあるかもしれないけど、完全な加害者ではない。話してみたら印象が変わるかもしれない。迷ってるなら話してみるのも良いと思うよっていうのが一つ」

「うん」

「あと一つは、何があったのか、知りたい。治療のためとかじゃなくて、個人的に、君がどんな環境にいてどう感じていたのか、知りたい。無理強いはしたくないから、できたらで良いけど」

 口を閉じると、しん、と室内が静まり返ったけれど、それは嫌な静けさではなかった。

 しばらくして、陽仁が口を開いた。

「僕も話さないとって思ってたんだ」

 陽仁は困っているときのように眉根を寄せ、そう言った。いつか来ると覚悟していたことが来たのを悟ったような表情だった。

 そんな静かな決意の表情をふっと和らげて、時計を指した。

「けど、そろそろ時間だから、次でいい?次のときに必ず話すから。仁敷と会うのはその後にするよ」

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