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君は、  作者: 千草色
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六月 side.桧凪 [1]

「こちらに入院している廣中陽仁の友人ですが面会することは可能でしょうか」

 六月に入ってもうすぐ二週間という金曜日の夕方。精神科ナースステーションにいた私は、すみません、と声をかけてきた男性にそう言われ、仕事用の笑みを浮かべたまま一瞬固まった。

「しょ、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」

 なんとか平静を装って答え、会釈をして笹木さんのもとへ急ぐ。

「すみません、廣中さんの面会希望の方が来られているんですが…」

 声をかけた私の怪訝な様子を見て取ったのか、笹木さんは眉根を寄せた。

「どんな人?」

「同じ年頃の男性で、ご友人だと名乗られました」

 そう答えると、笹木さんは少し考えてから納得したように頷いた。

「ああ、仁敷さんって方じゃない?五月の終わりあたりだったから…先々週ね、来られてたのよ。三日連続くらいで」

 そうなんですか、と目を見開く。正直、私と陽仁の両親以外の誰かが面会を申し込むなんて、想像もしていなかった。

 そっとナースステーションの外を(うかが)うと、同じくこちらを窺っていた(くだん)の男性と目が合ってしまい、慌てて視線を逸らす。

 同い年くらいの、爽やかな優男タイプだ。コミュニケーション能力が高くて、誰にでも優しくて、頭が良くてスポーツもできる、みたいな。

 (まと)っている雰囲気が全く違う、誰が見ても陰といったふうの陽仁と友人というのが、納得できない一方で想像できる。あのタイプは少し接点があるだけでも懐に入り込んできそうだ。

「先生の許可は出てるんだけど、廣中さん自身が会いたくないって言っててね」

 笹木さんは物憂げに息を吐いた。

「社会復帰も見据えて会ってみても…って、言うのは簡単だけどそううまくはいかないわよね」

 笹木さんにも思うところがあるのだろう。とはいえ、私の立場では何とも言えなくて、曖昧な笑みを浮かべることしかできない。

 私の表情に気づいて、笹木さんは慌てて謝った。

「ごめんなさい。貴女に言うことじゃないわね」

「いえ、そんな」

 笹木さんが言いたいことも分かる。私も少し不安に思っていたところだから。

 そういう気持ちも込めて首を横に振ると、笹木さんはふっと表情を和らげた。

「いったん、廣中さんに訊いてくるわね。断わられたら私から仁敷さんに伝えておくから、浜名は仕事に戻っていいわよ。…って言っても、夜勤との交代までもうたいして時間もないけど」

 そう言われて時計を見ると十六時半だった。あと三十分しかない。看護録は書き終わっているからいいけど、近いうちに目を通しておきたい書類がある。

 立ち上がった笹木さんに、ありがとうございます、とお礼を言って自分の席に戻った。

 十七時まで書類を読み、引き継ぎをして業務を終える。書類を読んでいる途中で、笹木さんが仁敷さんに軽く頭を下げていたのが見えたので、多分陽仁は断ったのだろう。

 あれから笹木さんに話を聞けるタイミングがなかったな、と考えながら着替えて更衣室を出る。

 陽仁は最近、社会から隔離されていることに不安を感じている様子だった。

 ほかの人と同じようにできない焦りが出てきているのかもしれない。特に、精神的な不調は見て分かるものではないから、自分に問題があるから社会に馴染めないのだと思い込みやすい。

 大怪我をしたり大きな病に罹ったりしたときに病院に入院するのは当たり前だし、こんなふうになってしまうなんて自分が悪かったんだ、なんて思わないだろう。なのに何故、精神を病むのはおかしい事で、自分で自分の精神をコントロールできないのが悪いことだと思われるのか。

 自分の心を自分で制御するのがとんでもなく大変なことくらい、みんな分かってるはずなのに。

 そんなことを考えながら歩いていたので、病院の出入り口に差し掛かったところで声をかけられて驚いた。

 驚きすぎて、手に持っていた鞄を落としてしまった。

 話しかけてきた相手はスッと私の鞄を拾って差し出した。

「あの、浜名さん、で合ってますか?仁敷拓と申します。先程はどうも」

 何が起こっているのか理解できないまま、差し出された鞄を受け取って、頷く。

「ありがとうございます。私は浜名ですが…」

 そう答えると、相手はほっとしたように息を吐いた。

「陽仁の中学時代のご友人ですか?」

 私は今度こそ取り繕う余裕もなく唖然とした。なんでそれをこの人が知ってるのか。

 私の沈黙をどう捉えたのか、仁敷さんは遠慮がちに訂正した。

「あ、高校時代の彼女さんの方でしたか…?」

 思わぬところから思わぬ打撃を受け、面食らった。

 高校時代の彼女…?いや、今はそんなことはどうでもいい。とりあえずこの場をやり過ごさないと。

「陽仁は中学の友人ですが、何かありましたか?」

 言葉の裏にある警戒心を読み取って、相手は慌てて頭を下げた。

「不躾にすみません。ナースステーションにいた事務の方が話しているのを聞いてしまって…」

 そういうことか、と納得する。私と陽仁は格好の噂の的だろう。守秘義務と耳にタコができるほど言われているのになんで話すかなぁ、とは思わないではないけれど。

「本題の前に、場所を変えませんか。せめて院内を出てから」

 エントランス内ではだいぶ目立ってしまう。

 相手が頷いたのを確認して、中庭の方へ爪先を向けた。

筆者の都合により、6月23日分「六月 side.陽仁 [2]」を以て、一ヶ月半休載させていただきます。


申し訳ありませんが、これからもよろしくお願いいたします。


休載後の連載開始は、8月11日を予定しています。

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