四月 side.桧凪 [2]
月曜の6時は守りたい!と思ったので投稿してしまいましたが、短い上に、文章が変だと思います。すみません。水曜日までに推敲して新しいのを上げようと思います…。
≫上記、改稿して再投稿しました。内容が大幅に変わっているわけではないので、読まなくても次話以降を読む上では問題ないと思います。どんな雰囲気になったのか興味がある人は読んでいただけましたら幸いです。
鍵を鍵穴に差し込み、回す。玄関で靴を脱いで鍵を閉めた。
洗面所の電気をつけて手洗いとうがいを済ませ、服を脱いでシャワーを浴びる。疲れすぎて、一度座ってしまったら動けなくなりそうだった。
大雑把に髪を乾かし、申し訳程度に化粧水と乳液をつけると、なけなしの体力は尽きてしまった。晩御飯はもういいや、と諦めてベッドに倒れ込む。
今日は、流石に、疲れた。
昼間のことを思い出す。
あの後、少し遅れて帰ってきた笹木さんと藤木先生に部屋を出て来てしまったことを謝ると、二人は何とも言い難いような顔をしながら苦笑した。今日のところは諦めて帰ってくれたようだったけれど、近いうちにまた接触しようとしてくるだろう。
ふぅ、と息を吐く。
私は、昔から陽仁の母が苦手だ。有無を言わさぬ口調に、陽仁が反論を呑み込むのを何度も見ているから、特に。
乾き切っていないとき特有の、濡れて冷たくなった髪が首筋を冷やす。まだ夜は肌寒い室内では少し寒くて、布団に潜り込んだ。
十三年前、私は一度だけ、あのお母さんと話したことがある。
中一のときから陽仁はたまに母親に関する愚痴を言うことがあったし、陽仁が母と話すのも何度か見たことがあったので、あまり印象は良くなかった。とはいえよく知らない人には変わりなかったし仮にも友人の親なので、明確な苦手意識を持つほどではなかった。
「印象が良くない」から「苦手」に変わったのは、中三の夏。
「桧凪さん、よね?少し、良いかしら?」
参観でもなければ三者面談でもない、普通の日の夕方だった。最終下校時刻を過ぎていたのでやや速足で急いでいた。人気のない校門を通り過ぎたところでいきなり声をかけられたのだ。驚いて振り向くと、陽仁のお母さんがいた。
見知った顔で少しほっとしたが、私に何の用だろうという疑念が頭をよぎる。
「大丈夫ですけど…」
警戒心あらわに答えた私に、陽仁の母は微笑んだ。
「そんなに長くなるような話じゃないの。ただね、陽仁と距離を取ってほしいっていうお願いをしたいだけだから」
目の前の穏やかな表情と発せられた台詞とがあまりにも見合っていなくて、思わず「は?」と口に出してしまう。
それをどう受け取ったのか、陽仁の母は笑みを一層深めて小さな子どもを諭すように言った。
「貴女といるのはね、陽仁にとって良くないと思うの。これまでは、いろいろな子と接するのも経験だからと思って大目に見ていた部分もあったけれど、これから受験でしょう?親として、勉強に集中できる環境を整えてあげたいの。分かるかしら?」
言っている内容の意味は分かる。どういう思考から言っているのかも、共感はできないけれど理解はできる。ただ、何故、それを直接言われなければならないのかが分からなかった。
中学生にもなる子供の友人関係に口を出すこと自体があり得ないけれど、相手の子どもに直接、私の子供に近づくなと言うのはもっとあり得ない。わざわざ校門前で待ち伏せまでして?
私が啞然として何のリアクションも返せないでいるうちに、陽仁のお母さんは更に言葉を重ねた。
「先生に貴女のことを聞かせてもらったの。さっきまでの部活動での様子も見させてもらったわ。──顧問の先生に対しても億さず自分の意見を主張できるところを長所だと言う人もいるんでしょうね。でも、陽仁はそういうことを嫌う子なの。貴女が怖くて、直接は注意できないだろうけれど、内心では貴女のそういうところを、ひいてはあなたと一緒にいること自体を嫌だと感じているに違いないわ」
そんな気はなかったのだろうけど、その一言は私の逆鱗に触れる一言だった。
思わず、冷たい声が零れ落ちる。
「何が分かるんですか」
これを言ったら、この人は、生意気な中学生女子というこの人が作り上げた私の像は正しいと確信を深めるだろう。これからも陽仁と友人でいたいなら言うべきではない。
そう思うのに、次々と言葉は口から溢れて止まらなかった。
「私の何が分かるんですか。私がどんな事を経験して、どう考えながら行動してるのか、それが全部分かるって言うんですか。陽仁が私の何を見てどう感じているのか、分かるとでも」
「分かるわよ!」
陽仁の母が叫んだ。勢いに呑まれ、口を噤む。
「親だもの、子どもの考えてることくらい分かってるに決まってるじゃない…!たかが数年の付き合いの、貴女が知ったような口利かないで!」
絞り出すように叫ぶと、キッと私を睨みつけた。
「貴女なんか、陽仁には必要ないわ。金輪際近づかないで」
捨て台詞を吐いて踵を返した背中に、私は何も言い返せなかった。それが、無性に悔しかった。
その後、陽仁の家でどんな話があったのか、陽仁がこの一件を母から聞いたのかは知らない。ただ、陽仁の私に対する態度は変わらなかったし、私も距離を取ったり態度を変えたりすることはなかったから陽仁の母の思う通りにはならなかった、というだけだ。
違う高校に進学したことでだんだんと疎遠になっていき、一年に一回連絡するかしないか、くらいの関係性に落ち着いた。中学単位で行った成人式も陽仁は来なかった。陽仁の母からすれば、もう関係ないだろうと油断していたところへ今回のことだから、まさに寝耳に水だったのだろう。
そんなこと言われたところで、私だって完全に想定外だったんだし、と、うとうとしながら反論する。なんとなく訊いてはいけないような気がして訊けていなかったけれど、陽仁が面会謝絶になってからもう二週間が経つ。どんな様子なんだろう、明日笹木さんにそれとなく訊いてみようかな、とぼんやり思ったのを最後に、深い眠りに吸い込まれていった。




