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君は、  作者: 千草色
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四月 side.桧凪 [1]

 陽仁が閉鎖病棟へ入院してから一週間が経った日のことだった。

 ——ここに浜名さんという看護師さんが勤務されていますよね。お伝えしたいことがあるのですが呼んでいただけませんか。

 陽仁のお母さんは精神科のナースステーションに来ると、陽仁の様子を尋ねるでもなく、開口一番にそう言ったらしい。

 私と陽仁の関係性は既に精神科内の重要事項として共有されているので、当然、対応した同僚の看護師も事情を知っていた。もちろん断ったけれど、陽仁の母は引き下がらず話せるまで待つと言い張ったそうだ。困った看護師が陽仁の担当医である藤木医師に報告したところ、苦肉の策として外来で働いていた私が呼ばれ、藤木医師と笹木さんを加えた四人で話し合う席が設けられた…という訳だった。

 何となく予想していたことではあった。どれだけこちらが注意を払っていてもいつかは気付かれるだろうとも思っていた。しかし、今は最悪のタイミングだ。

 足早に病棟へ向かい、ナースステーションで待機していた藤木医師と笹木さんと合流する。

「それでは、行きましょうか。一番奥の面会室です」

 藤木先生が歩き出した後ろに付いて行く。笹木さんが不安そうな目を向けてくるのに微笑んで頷いた。

 藤木先生に手で促され、面会室のドアをコンコンコンとノックした。息をゆっくり吸って、吐く。

「失礼します」

 ドアノブを回して開けると、キッとこちらを睨む陽仁のお母さんと目が合った。その視線を受け止めながら、一礼して椅子に座る。

「病院として何か落ち度があってはならないので、私達も同席させていただきます。何卒ご理解をお願いします」

「…わかりました」

 陽仁の母が不満そうではありながらも頷いたのを確認して、藤木医師が私の隣に座る。笹木さんはドアを閉め、その近くに立った。

「それで、お話というのは…」

「今後一切、うちの息子に近づかないで貰いたいわ」

 切り出した私の言葉を聞き終わるか聞き終わらないかのうちに、陽仁のお母さんが言った。

「それは、了承しかねます」

 はっきりとそう答えると、陽仁の母は口を真一文字に結んだ。

「私は陽仁の親です。陽仁のことを一番に思っている親がこうして頼んでいるお願いを聞き入れる気はないの」

「はい。それに関しては聞き入れることはできません」

 こちらを見る厳しい目を真っ向から見返す。

「親が近づくなと言ったらそれは絶対なのよ。分かるかしら?」

「もう成人しているんですから友好関係に両親の許可は必要ありません。陽仁が嫌がらない限り、私から離れるようなことはしません」

 陽仁の母は溜息を一つ吐くと、顔を歪ませた。

「貴女が、二度目の自殺未遂の、ひいては精神科へ入院しなければならなくなった原因なんじゃないの。何でそれが分からないの?」

「何故、そう思われるのですか?陽仁さん自身がそんなふうにおっしゃられたことはありませんが」

 流石にそれは、と思ったのか、藤木医師が口を挟む。陽仁の母は私の方を睨みながら言った。

「貴女と出会ってから、陽仁はどんどんおかしくなっていった。私の言うことに反抗するような子じゃなかったのに、逆らうようになって」

 私と陽仁が出会った頃と言うと、中学一年だ。第二次性徴も相まって、過干渉を嫌がるのは反抗期だと言っても差し支えないだろう。

「聞けば貴女、先生に逆らうような問題だったそうじゃない。悪い影響を受けたのよ。そうに決まってるわ」

「それは…」

 中学のときのことを引き合いに出されると分が悪い。決して素行が良いとは言えなかった。

「…中学のときの私の態度に関しては、反省しています。ですが、今回のことと中学の頃のことは関係あ」

「中学の時」

 関係ありません、と続けようとした私の言葉を遮って、キッと睨みつける。

「中学の時、あの子は一度も言わなかったけれど、本心では貴女と離れたがっていたわ。高校に入って貴女と離れてから、あの子の反抗だって落ち着いた。いつも貴女が悪いのよ。今回だってそう。あの子は優しいから言えないけれど、貴女に会いたくないと思っているに決まってる」

 どんな根拠があって言っているのだろうと思う反面、それほどこの人は陽仁を愛しているのだろうとも思った。愛し方が著しく間違っているだけで、陽仁のためを思ってここまでできるのは素直に凄いと思った。

 過剰なまでに保護して、変な方向へ行かないように束縛して。そういうふうにしか、子供を愛せなかったんだろうなと思うとやるせない。

 何故、子供を信じられないんだろう。何故、子供の成長を信じてやれなかったのだろうか。

 愛情は空回りするばかりで、すれ違ってしまうなんて、可哀想な人だ。

 目を閉じる。

 それでも。

 それでも、私が揺らぐ訳にはいかない。

 まだお見舞いは許可されていないけれど、今後許可されたとして、私がお見舞いに行かなかったら陽仁はどう思うだろう。本当に会いたくないと思っているなら良いけれど、会いたいと思っていたら。

 私の方から離れていく訳にはいかない。

「おっしゃる通り、私が悪影響を与えてしまっているのかもしれません。ですがそれでも、陽仁の口から会いたくないと言われない限り、私の方から距離をとることはしません」

「…本当に分からない人ね」

 陽仁の母は苛立たしげに眉を寄せた。その後に言葉が続かないのを見て取って、これ以上言いたいことは無いのだろうと思って腰を浮かせる。

「お話がこれ以上無いようでしたら業務に戻らなければならないので、これで」

 深く頭を下げ、椅子を元に戻して踵を返す。

「私は絶対に認めない。認めないから」

 後ろで陽仁の母が言う声が聞こえたが、聞こえないふりを装って部屋を出た。

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