朝起きたら背中に羽が生えていたので猫耳少女の胸を揉んだ
滑り台は滑るものであって、決して上から飛び降りるものでは無い。
「さあ、お兄ちゃん!! 空高く舞い上がれ!!」
2メートルほどの高さがある滑り台の下で、妹の充希が片手を真っ直ぐに振り上げて叫んでいる。寂れた公園だから周りに人なんていないが、普通に恥ずかしい。
だって俺、上裸なんだもん。
「どうしてこんなことに」
朝起きたら背中に羽が生えていた。羽があるなら飛んでみよう、そんな理由で近くの公園に行くことに。
ここまで来る途中に一人の女の子とすれ違ったが、俯いて歩いていたようで奇跡的に気付かれなかった。ちなみに、俺が上裸なのは羽のせいで服が着れないからだ。
「お兄ちゃん、ほら!! 飛べ!!」
簡単に「飛べ」と言われても、いまいち分からない。一度部屋の中で飛ぼうとしたが、結果は失敗に終わっている。
羽の触覚は共有しているようだが、自由に動かすことは出来ない。意識を向けて動かそうと思っても、ただピクリと震えるだけ。
充希曰く、「一度高いところから飛び降りて感覚を掴んでみると良いかも」との事だが。
まあ色々考えるのは、飛び降りてからでも遅くはない。
「よっしゃ、いくぞ!! って、誰かいるぅ!?」
遠くへ飛ぶイメージで目線を先に向けると、俺たちの方へと歩いてくる人影が見えた。だが、気付いた時には既に手遅れ。
その人影は凄まじいスピードで俺へと近づいてきた。いや、違う。
近づいていたのは、俺の方だ。
「ふぇっ!?」
可愛らしい悲鳴が聞こえたと同時に、俺は熱い口付けを交わしていた。
地面と。
「お兄ちゃん!?」
思い切り体を横に逸らしたおかげで、激突は免れた。だが驚いた反動のせいか、人影も俺の横に倒れ込んでしまったようだ。
まさか、滑り台がピンク色だという事しか取り柄がない公園に俺たち以外の人がやって来るとは。想定外である。
「......ちょっとあんた、いつまで触ってんのよ」
気の強そうな少女の声が耳元で響く。どうやら人影の正体は女の子だったらしい。
......触っている? そういえば、左手が伝えてくる感触は明らかに地面のそれでは無いが。
ぷにぷに......。おっぱ。
「いっづぁ!?」
左手が幸せを掴み取ったのも束の間、俺の左腕はあらぬ方向へと曲がった。
「おにいちゃん? ナニしてるのかな?」
腕を曲げられた方へ振り向くと、そこには顔に般若を浮かべた充希が。
「待ってくれ充希、これは不可抗力で」
無罪を証明するべく、俺は言葉を紡ぐ。
「2回揉んだわよ、この人」
だが、被害者の証言により俺の有罪は確定した。
「その節はご馳走様で、じゃなくて。ちょ充希、羽はやめっいひっ!?」
それから数分間、充希によって俺の羽は散々弄ばれる事となった。
ぐす、もうお婿に行けない。
「......イチャイチャしてるとこ悪いんだけど、あんた達に話があるんだよね。その、妹さんがもふもふしてる羽のことなんだけど」
充希が羽に顔をうずめ始めた頃、起き上がった少女が痺れを切らしたように声を上げた。充希はしばらく使い物にならなそうなので、仕方なく俺が言葉を返す。
羽の事について聞かれるのは想定内だった。しかし、目の前の少女は想定外だった。
「奇遇だな。俺も君の頭に生えてる猫耳について話が聞きたいんだが」
小麦色の髪に紛れてピョコンと生えた、2つの茶色い三角。俺の羽と同じく、明らかに人間に生えてはいけないものが少女の頭には生えていた。
俺の羽と少女の猫耳、無関係であるはずがない。きっと少女もそう思って俺に話しかけてきたのだろう。
「え、なんで知って? ......あれ、帽子がない!?」
と思ったら、なぜか猫耳少女は困惑の声を上げる。そして、頭を探るように触ると直ぐに顔を真っ青にした。
どうやら元々被っていた帽子が、俺とぶつかった拍子に飛んでいったらしい。猫耳少女は、やけに焦った表情で帽子が落ちている場所へと向かった。
その隙に、正気に戻った充希が小声で話しかけてくる。
「あの子、ここに来る時にすれ違った子だよね? ほら、俯いて歩いてた女の子」
充希の言葉に、俺は記憶を遡る。
「ああ、なぜか俺の羽に気づかなかった子か」
「すれ違った時、思い詰めた表情してたよ。さっきの反応見るに、猫耳が生えたこと結構気にしてるんじゃないかな」
「そりゃ、猫耳生えて気にしないって方が無理だろ」
「鳥の羽が生えたのに上裸で外出てる人が言っても、説得力ないよね」
「何言ってんだ、羽も生えてないのに上裸で出歩いたら変態だろ」
「......そういうとこだよ、お兄ちゃん」
充希が憐れんだ目を俺に向けたところで、猫耳少女が帽子を深く被って戻ってきた。
帽子の影に隠れた茶色い瞳が、鋭く俺を睨みつける。
「あんたの知ってること、全部教えて。私は今すぐにでも普通に戻りたいの」
「......知ってることって言っても、朝起きたら既に羽生えてた状況だったからなあ。多分、君より知らないことだらけだと思うぞ?」
「じゃあ、あんたが私に猫耳生やした犯人じゃないのね?」
「俺が犯人だったら、猫耳だけなんて中途半端な事はしないね。もちろん、尻尾も付ける」
猫耳だけだと明らかにバランスが悪い。
これでは、ただの猫耳が生えた"人"である。
「......あんたが変態だってことは良く分かったわ」
心外である。
「はあ、あんたと喋ってても碌な情報を得られなさそうだし私はもう行くわ。じゃあね、鳥頭のお兄さんとその妹さん」
皮肉をこめた捨て台詞を残して、猫耳少女は俺たちに背を向けて歩き出す。帽子の縁をぎゅっと両手で掴んだまま。
俺はそんな彼女の背に声をかけることはしなかった。なぜなら。
「ちょーっと待ったああ!!」
それよりもずっと早く、彼女を呼び止める声があったからだ。
「な、なに?」
突然の充希の叫びに、猫耳少女はびくりと足を止めて振り向く。
「私は伽耶崎充希!! 兄に羽が生えても今日知り合った女の子に猫耳が生えてても、至って普通の女子高生!!」
拳を掲げ、充希は空に向かって吠えた。