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情報収集



 今日出会った男二人がなぜか並んで薬局で買い物をし、揃って帰宅した。九条は案の定、いろんな味のあのお菓子を買い込み、伊藤は日用品を購入。変な図なのだが、伊藤は不思議と初めての気がしなかった。マイペースすぎる男と面倒見のいい男なので、案外相性がよかったのかもしれない。ただ、ポッキーまみれの籠を店員に差し出すときは少しだけ恥ずかしかった。


 暑い中ビニール袋をぶら下げて戻った直後、九条は早速ポッキーを口に放り込み齧ると、パワー満タンとばかりに眼光を鋭くさせ、再度部屋を観察して回った。オンとオフを即座に切り替えられる人だなあ、と伊藤は感心する。


 伊藤は買ってきたティッシュを納戸にしまっていると、うろうろ歩いていた九条が背後から質問を投げかけた。


「そういえば伊藤さん。あなた今交際相手は?」


 突然のそんな疑問に、不思議に思いながら手を動かしつつ答える。


「え? 今はいませんけど……」


「そうですか……じゃあ、やっぱり……」


 意味深な呟きに伊藤はぴたりと手を止めた。勢いよく振り返り、九条に詰め寄る。


「なんですか? やっぱりって?」


 真剣な伊藤に対し、九条は無言で何かを差し出した。


 長い指で摘ままれているのは、一本の長い黒髪だった。


 当然ながら、伊藤も九条も短髪。目の前に現れた不気味な細い髪の毛に、伊藤はつい後ずさりした。絶望と恐怖に耐えられなかったのか、認めたくない気持ちになり、必死に笑ってみせた。


「あ……ああ~もしかしたらあれかもです、少し前にうちの家で、同期の飲み会したんです! そこに女の子がいたから、その子の髪の毛かも……」


 そんな言い訳を並べながら、伊藤は心のどこかでそんなわけがないと知っていた。飲み会があったのはもう一週間以上前で、その間に彼は何度も掃除機をかけている。


 九条はじっと髪の毛を見つめながら、薄い唇を動かす。


「そうですか……まあ、その可能性もなくはないですが」


「ですよね!?」


「これ、どこにあったと思いますか?」


 伊藤はごくりと唾を飲み込み、小さく首を振る。九条はすっと目を細めた。


「洗面所に入るドアの取っ手です。そこにぶら下がっていたんですよ。まるで自分の存在を知らしめているかのように」


 その言葉を聞いてぞっとし、全身の毛穴が開いた気がした。未だ九条の指からぶら下がっている髪の毛から、おぞましい物を感じる。


「で、でもそんなこと、今までなかったのにどうして……」


「私が入ってきたことで、そして撮影機材を置いたことで、向こうも動き出したのかもしれません。これ、アピールですよ。あなたは鈍感でまるで自分の存在に気付いてくれそうになかったけど、状況が変わった。向こうはきっと自分を見つけてほしがっているんです」


 九条がつまむ髪の毛が、風もないのにゆらりと揺れた。まるで、『そうだよ』と返事をしているように伊藤には思えた。


 同時に、一気に息苦しさが増した気がして、伊藤は自分の首を必死にさすったが、やはりその手には何も触れなかった。





 部屋に戻った九条は、無言で床に座り込み、真っ青になっている伊藤を置いて録画した映像を見直し始めた。伊藤はその近くに正座して小さくなり座る。そんな彼を一応気遣ったのか、九条は持っていた菓子の袋をずいっと差し出した。


 伊藤は全く食欲などなかったものの、気分を紛らわせるために一本取り頬張る。甘い香りが鼻から抜けた。


 髪の毛の件があったものの、二人が留守中の間に何かが映っていることは確認できなかった。撮影は部屋の中を中心に行っていたので、現場の洗面室はカメラの設置を行っていなかったのだ。


 九条は次に、スマホを取り出した。


「さて。今度は情報収集に移ります」


「はあ、情報、ですか」


「このマンションは築五年ということでしたね。それより前に何が建っていたのか、という点を見てみましょう。あとは、伊藤さんが入居する前にどんな人が住んでいたかを知りたいのですが……こちらは難航するかもしれません。不動産屋が簡単に個人情報を教えてくれるわけがないので」


「ああ、例えばマンションが建つ前に何か事件があった、とかも考えられますもんね」


「そうです。そうなれば土地自体に問題があることになる。私は浄霊を目的にしているので、ここにいる霊が存在する理由などの背景を知ることがかなり重要なんです」


 なるほど、と伊藤は頷く。だが、九条はスマホを操作しながら眉根を寄せた。


「ですが私、調べ物は苦手なので……外部に依頼しようと思います。土地の件はすぐに分かると思います」


「え? このマンションの前に何があったか、を調べるんですよね?」


「はい」


「外部に依頼なんてしなくても、それぐらいなら僕がやっても分かりますよ」


 伊藤は立ち上がり、部屋の隅に置いてあったパソコンを取り出し九条の隣に座り込む。立ち上げて、すぐに検索し始めた。九条は無言でそれをじっと見つめている。


 元から伊藤は、機器などの扱いを得意としていた。パソコンなどを使ってよく調べ物もするし、簡単な情報を調べるのは朝飯前だ。


 まずはほんの数分で、このマンションが建築される前は畑と、戸建ての家が三軒あったことが分かった。九条は小さく呟く。


「家があったんですか……」


「えーっと? 名前を見ると……矢部家、浅田家、円城寺家らしいですね」


「なるほど。その中で何か事件があった、などは分かりますか」


「うーん火事とか、殺人とか大きなものがあれば分かるとは思いますが」


 伊藤はしばらく画面に齧りついて探す。だが、検索してもそれらしきものは何も出てこなかった。この三軒でニュースになるような大きな事件は起こっていないようだ。


「見当たりませんね」


「記事になるようなものは何もなかった、と。まあ、事故死や自殺などは記事になりませんんから、何もなかったと結論付けるのは時期尚早ですが、これも一つの収穫です。それにしても凄いですね、この短時間でこんなに」


「え、ネット使えば結構簡単に分かりますよ……」


「私、あまりそういうの使わないんですよね。外部に依頼する手間と料金が省けました、これはキチンとあなたの依頼料から引いておきますので」


「あ、ラッキー」


 九条がネットを使わない、と言ったのを、伊藤はどこか納得していた。彼はそういったものには疎い感じがする。スマホはさすがに持っているようだが、通話とメッセージを中心に使い、複雑なものは使いこなしていないだろうな、とぼんやり思う。


 伊藤はなおもパソコンをいじりながら続ける。


「九条さんが言ったように、派手な事件じゃなければさすがに調べ切れませんね。ただ見てみると、多分どれも結構古くからあったお家みたいです。このマンションの近くに、ずっと住んでる高齢夫婦がいるんですよ。その人たちに何か知らないか、聞いてみるのはどうでしょう? 僕知り合いなんですよ」


 伊藤の提案に、九条は目を丸くして彼を見る。そして不思議そうに尋ねた。


「一体なぜそんな知り合いが? ここには越して一か月なんですよね? 実家もこの近くなんですか?」


「いえいえ、違います。ちょっと前近くを歩いていたら、高齢夫婦が困ってる顔してて。声を掛けてみたら飼ってる猫が脱走したって聞いたんですよ。周りを探してみますーって見てみたら幸運なことにすぐに見つかって、お礼に晩御飯とかご馳走になっちゃって……」


 伊藤がさらさらと説明しているのを聞き、九条はほんの少しだけ眉尻を下げた。信じられない、凄い、羨ましい、そんないろんな感情が混ざっている複雑そうな顔だが、伊藤は気づいていない。


 伊藤はこうやって人脈を広げているのも多い。困っている人間に、無垢な笑顔で声を掛けて手伝えるのは、紛れもなく彼の一番の長所だ。


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