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終わらない

 彼は霊と会話するのを得意としているーー先ほど聞いたばかりの自己紹介の言葉が蘇る。


「はあ、なるほど。それはこの人に言っても無駄ですよ、見て分かるでしょう? 話を聞いてくれそうな顔をしてますが、これまるで声聞こえないタイプですよ。しがみつくだけ無駄。別を当たってください。では、そっちのあなたは? ……ああ、それ別人ですよ。よく見てください、この人まだ二十歳なっているかどうかぐらいですから」


(どうしよう僕もう二十五歳なんだけどな。まあいいか黙っておこう)


「あなたは? ああ、そういうことですか。迷惑なのでやめてください」


 はたから見ると一人で誰かと会話しているように見える怪しい男だが、伊藤は目の前の彼を信じ込んでいた。むしろ、さっきから繰り返される『あなたは?』という発言に気になってしょうがない。それって、何人かいるということじゃないか。でもそういえば九条は、最初『そんなに引き連れて』と言っていた。複数いるのだろう。


 そして九条が話を進めていくと、徐々に伊藤の肩の重さが楽になっていくのを自覚した。信じられないほどで、確かに何かが少しずつ、肩から降りていってるようだ。その効果に震えるほど感動した。


 数分一人で話し続けた九条は、ふうと息を吐いた。そして無言で目の前に置いてあるポッキーに手を伸ばした。来客である伊藤に出したものだったはずだが、気にせず九条は封を開けて食べ始めてしまう。


 ぽき、と音がしたあと、九条は言った。


「さて、どうでしょう」


 伊藤は肩をぐるりと回し、感激の声で言う。


「信じられないくらい、肩が軽くなりました……! 本当、絶対気のせいなんかじゃなく!」


「はい、そうでしょうね」


 そう言った九条と、伊藤は初めて目がしっかり合った。一瞬こちらが怯んでしまうほど、九条の目は綺麗で、それでいて不思議な色をしていた。


「これでいなくなったってことですか?」


「ええ。あなた、数人背負ってましたからね、そりゃ肩も重いでしょう。幸運だったのは、一人一人がそれほど悪霊ではなかったことです。恨みやしがらみがあるから残ってる、というより、行き先が分からず彷徨ってたりとかがほとんどでした。あとは、生前少し気になってた男性に似てた、とかそれぐらいのこと。なのでみんな説得でいなくなったのはよかったですね」


「ほ、ほう……」


「あなたの姿、今ようやく全部見えました。私からすれば、最初黒いものが覆いすぎて顔がどこかもよくわかってなかったので。徐々に顔が見えてきて面白かったですよ」


 まるで面白くなさそうに九条はいう。なるほど、ずっと目が合わなかったのはそのせいだったらしい。伊藤は唸った。


 が、九条は続けて恐ろしいことを言う。


「ですが……多分、加藤さんはすぐにまた体調不良に悩まされますよ」


「伊藤です。え、なんでですか!? 再発しないんじゃないんですか!?」


「なぜならあなた、とてつもなく霊に好かれやすいからです。今まで繰り返していたのも、同じ霊が戻ってきた、というより、次から次へと霊がすり寄ってくるからなんですよ」


 九条の言葉に伊藤は仰天して声を上げる。


「ええ!?」


「これ、体質でしょうね。たまにいるんですよね、本人は霊も見えないし自覚もないのに霊を引き寄せてしまう人」


「ど、どうすればいいんですか?」


「腕のある寺の住職を紹介します。そこで、お札かお守りでも特別に作ってもらってください。そこの住職が作るものはそこいらの霊なら寄せ付けないので」


 伊藤はふっと肩の力が抜けた。凄い、自分がそんな体質だったなんてまるで知らなかった。だが言われてみれば、幼い頃から悩ませている現象なのだし、きっとそうだったんだ。


 もしその体質自体対応できるのなら、今後は一切悩まなくて済むかもしれない。


 伊藤の目が輝いたのを見て、九条は付け足した。


「言っておきますが、そこいらの霊は、です。強力なものだと防げないので、また体調不良を感じたらすぐに対処すべきです」


「なるほど、よくわかりました! いやすごいな―ちょっと話しただけでここまで。僕感激しました!」


「厄介な霊たちではなかったので、こちらとしても楽な仕事でした」


 ポッキーを齧りながら無表情で言う九条に、伊藤は笑った。楽な仕事だった、って普通依頼主の前で言うかな? 変わり者って言う口コミ、あれは本当に正しかった。ただ実力もあるので、そんなことはどうでもいいが。


 伊藤は深く頭を下げた。


「本当にありがとうございました! 今日来てよかったです!」


「ええ、では寺を紹介するのと、今回の料金を――」


 そう言いかけた九条の言葉が止まる。伊藤が顔を上げてみると、目の前の彼が目を真ん丸にしていることに気が付いた。ポッキーを持つ手すら停止させている。何事だ、と伊藤も固まった。


 九条は自分の首元に集中していた。彼の視線が痛いほど突き刺さっている。


「あ、あの、九条さん?」


 戸惑った伊藤をよそに、突然九条が立ち上がった。そして身を乗り出して伊藤に顔を近づける。テーブルに足がぶつかったようで、大きな音を立てて動いた。そして、九条は伊藤の首元を躊躇いなくさすった。あまりに突拍子もない行動に伊藤は慌て、ひっくり返った声を出す。


「ど、どうしました!? 僕たまに勘違いされるけど残念ながらノーマルで、男性には興味がなくて」


「これ、触れませんね」


「へ?」


 九条はふざけている様子もなく、むしろ恐ろしいぐらいの真剣な顔で伊藤の首を間近で見ている。何度も首を冷たい手でさすられ、伊藤はただただ戸惑った。


「あの、九条さん? 一体どうしたんですか、何があるんですか?」


「伊藤さん、首が苦しくなったりはしませんか。締め付けられているような」


「あ! そうです、そうなんです。時々呼吸がしづらいって言うか、そんな感じがあって悩んでて……そっか、そういえばそれは治ってないかも」


 ゆっくりと九条が体を戻す。どしんとソファに腰を沈め、考え込むように腕を組んだ。先ほどまでのだらけた態度とはまるで違い、彼は難しい顔をしている。あまりの変わりように、伊藤もつい息を呑んだ。九条はポツリと呟く。


「前言撤回します。今回の依頼はまだ終わりではないですし、楽でもなさそうです」


「なんでですか?」


「あなたの首に一本、髪の毛が巻き付いている」


 それを聞き、ぞっとして触ってみる。だがやはり、柔らかな皮膚が触れるだけで、髪の毛なんて見当たらない。伊藤は唖然として聞き返す。


「……髪の毛?」


「それも、よく見ると皮膚に食い込むほど強く。取ろうとしても私には取れません」


「それ、って?」


「先ほどまで背負っていた霊と違い、何やら不穏なものを感じます。本体はこの近くにはいない。調べてみる必要がある」


「しらべるって、どうやるんですか」


「さて、どうやりましょうね。言っておくが時間はかかります。有名な除霊師に頼めば除霊はしてくれるでしょう。ですが、こんな狂った方法であなたにマーキングする霊、また戻ってこない保証はない。能力の高い除霊師なら、祓うだけではなく霊を消滅させられる人間もいますが、そういう者たちは多忙でなかなか捕まらないことも。一度聞いてみますか?」


 ごくりと唾を飲み込む。マーキング、という言葉に寒気を覚えた。自分の首に誰かの髪の毛が巻き付いている。そう考えるだけで、一気に息苦しくなる気がした。


 伊藤は迷いつつ、目の前の九条を見る。鋭い目でこちらを見てくる彼が嘘をついているとは到底思えない。接したのは短時間だが、九条が詐欺ではなさそうだということも、能力が本物らしいということも確信している。それに、こんなことをする霊を相手に、彼が一体どんな調査をするのか、好奇心も少しあった。


 伊藤は決意する。


「……九条さんに任せます、よろしくお願いします」


 静かに九条に頭を下げた。



 これが伊藤陽太と、九条尚久の出会いだった。


 この事件をきっかけに、伊藤は九条と信頼しあえる仕事仲間になるというのは、まだ本人たちも知らないこと。



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