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 依頼者の代わりに自分が霊の標的にされたり、命がけと言っても過言ではないかもしれない。


「この仕事、大変じゃないですか?」


「楽ではないかと。もう少し人手が欲しいんですがね……私ははっきりとは見えないので、見える人が入ってきてほしいです」


「ああ、なるほど。見える人がいると楽になりますか」


「私は聞こえるので。見えて聞こえれば間違いなく作業は円滑化すると思います。ですが、そんな人探しようがないんですよ。求人広告に載せられないでしょう?」


 そう言われて、伊藤は想像した。『条件:この世のものではない者が見える方! アットホームな職場です!』……怪しすぎる。


 自分でぷっと吹き出して笑ってしまう。


「確かにやばいですねそれは。変な人来そう!」


「そうなんです。派手に求人をすると、そんな能力もないのに自分で思い込んでる人間とか、興味本位で見に来るとか、そういう輩が多く来ると思うんですよね。なので、人を雇うのはまず厳しいでしょうね」


「例えばですけど、見えなくても仕事の管理をする人がいてもいいんじゃないですか? スケジュール管理みたいな。ほら、今九条さんがずっと僕に付きっきりだから、事務所は無人なわけじゃないですか。こういう時に留守番がいると、他の依頼を受けたりしておくとか出来るじゃないですか。ネット上では『開いてることの方が少ない事務所』って書かれましたよ」


 伊藤がそう言うと、一瞬相手は黙り込んだ。少しして、感心するような声を出す。


「なるほど、考えたことありませんでした」


「あと九条さん、事務所の鍵かけっぱなしにしちゃうことがあるって言ってたから……それでせっかくの依頼を逃してるだろうし。あと調べ物は外部に任せてるって言ってましたけど、それもやってくれそうな人だったら、その費用が浮くじゃないですか」


「あなた頭いいですね」


 違う、決して伊藤が特別頭がいいわけではない。九条が何も考えなさすぎなのだ。


……というのは口には出さずにおこう。


「だから、そういう普通の人を入れてもいいんじゃないかなあって僕は思いますよ。それで円滑に進んだらもっと収入が増えて、もう一人見える人も入れて……って感じで」


「……確かに尤もなんですが……それでも、『どう求人すればいいか』という問題は残ったままなんですよね」


「あ」


 九条の悲しそうな声を聞いて、伊藤は確かにと納得した。見えなくてもいいならすぐに見つかるのでは、と思ったがそうではない。『九条心霊調査事務所』という怪しげな社名でどう人を探すというのだろう。普通の人間ではまず、応募しようとは思わない。


 伊藤は唸る。自分自身、最初は完全には信じていなかったので人のことは言えないが、でも中身を知れば九条は決して詐欺ではないし、いい人だと思うし、悪い仕事ではないと思うのだ。ちゃんとしてるし、もう少しこの事務所がちゃんとなってほしいと思う。


「九条さんの顔を載せておけばイケメン効果で人が来るかも」


「嫌ですよそんなこと。それに、それで来た人間なんてすぐに辞めるのが目に見えています」


「まあなあ……九条さん変な人だしなあ……」


「何か言いましたか?」


「何も言ってないです」


 そこで自然と会話が途切れ、伊藤はまた寝返りを打った。話して少しリラックスできたのか、瞼が自然と重くなってくる。


(九条さんの事務所かあ。僕が就職前だったら、入ったかもしれないのになあ)


 この三日間で抱いた九条に対する信頼を、伊藤は再確認していた。





 自然と目が開く。ぼんやり見えた部屋は、暗闇ではなくだいぶ明るくなっていることに気が付いた。閉じてあるカーテンの隙間から朝日が差し込んでいるのだ。


 あれっと伊藤は覚醒する。昨晩寝てしまってから、そのまま朝を迎えたらしい。だが、ここ最近夜中になると必ず異変が起きて、朝まで寝ていられたことなどなかったのに。


 慌てて体を起こす。もしや九条の身に何かあったのかと、一瞬嫌な考えが頭をよぎる。


「九条さ……!」


 だが、すぐに目に入ってきたのは、昨晩のように壁にもたれかかった九条が、どこか難しい顔をしているところだった。


 とりあえず、九条は無事であることにほっとする。


「あ、おはようございます……朝だからびっくりしちゃって……」


「ええ。よく眠っていましたね」


「ど、どうでしたか!? 何かありましたか!?」


 伊藤が食い気味に尋ねると、九条は静かに首を横に振ったのできょとんとする。


「え? 何もなかったんですか?」


「そうなんです。夜、私はずっと起きていましたが何も起こらなかったんです」


「あ……やっぱり、僕が標的から外れたから?」


 自分の首を触りながら言う。今日も特に息苦しさはない。


「かもしれませんね……」


「やっぱり! となると、昨日の昼間みたいに、九条さんが寝ている時に近づいてくるんでしょうか……」


「……たまたま今日は出なかっただけかもしれません。本日も、昨日と同じように夜だけ私が付き添います。いいですか」


「それはもちろん、僕はいいですが……」


「ではそうしましょう」


「昼間に九条さんが寝ている時、またうなされるんでしょうか?」


「かもしれませんね。まあ、安心してください。私は自分で気づいて起きることが出来ますから」


 そう九条は言うが、伊藤は心配でたまらなくなる。そこで一つ提案をする。


「僕、今日は仕事休んで、九条さんの昼寝に付き合いますよ! 見えないけど、九条さんが少しでもうなされだしたら起こしてあげますから!」


「しかし」


「あまり役には立たないけど、それぐらいさせてください。お願いします」


 伊藤がしっかり頭を下げたのを見て、九条は折れる。


「ありがとうございます、ではお願いします」


「そうしましょう! じゃあとりあえず仕事を休む連絡を……」


 伊藤は忙しく動き出す中、残された九条は一人難しい顔をしていた。考えるように腕を組み、小さく呟く。


「出てこないとなると、困る点もあるが……」






 その日、仕事を休んだ伊藤は九条が寝ているところを見守ることになった。そのまま伊藤のマンションで、九条はすぐに寝息を立て始める。伊藤は自宅で出来る仕事をこなしながら、こまめに九条の様子を窺っていた。


 一度だけ、昼間に九条がうなされることがあり、伊藤が慌てて起こした。九条はすぐに目を覚まし、辺りを探したが、綾子らしき霊を見ることはなかったらしい。ちなみに、首に巻かれた髪の毛は変化なし。


 さらに夜になり、今度は伊藤が寝る。そのまま、朝が来る。


 あれだけ夜間起こっていた異変は一つもなくなり、伊藤はすっかり綾子の対象外になったことを証明されてしまったのだ。



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