相談
伊藤は考えるように腕を組みながら言う。
「考えてたんだけどさ……お寺の人曰く、祓った霊が戻ってきたりとかするから繰り返しちゃうらしいけど、これ一生続くのかと思うとげんなりなんだよね」
「そらそうだ」
「こう、霊を消すような凄い除霊はないのかと」
「つまり、寺より強そうな除霊師とかに頼む、ってこと?」
伊藤はゆっくり頷いた。桜井は顔をしかめてスマホを取りだし、何やら触り出す。
「いい案だといは思うけど、相手を選ばないとえらい目に遭いそうだよな」
「それなんだよ! 昨日の夜ちょっと見てみたら、たくさんの検索結果が出てきて、困り果ててまだ何もできてないんだよ……」
伊藤はがくりと項垂れる。力の強い除霊師はいないものかと、昨晩インターネットで調べてみた。だが、そういった力を謳う者は彼が思っているよりずっと多かったのだ。その数に圧倒され、誰がいいのかまるで分からずとりあえず寝てしまった。
桜井も検索をかけたのか、スマホの画面を見て唸り伊藤に見せた。
「確かにこれすげーな。思ったよりずっと多い」
出るわ出るわ、異常な数。数珠を握った怪しげな女性から、スーツを着たごく普通の男性まで。『除霊ならお任せ!』とみな書いてある。伊藤には、全部同じに見えた。桜井も同じ感想なのは、顔を見て分かる。
それでも桜井は明るい声を出して続けた。
「あれじゃね? 口コミとかあるんじゃないか。そういうの見たりした方がいいだろうな……あ、この掲示板とかは?」
スマホに表示されていたのはよく見る有名掲示板で、除霊について体験をした人間がその感想を書きこんでいるものらしかった。寺や神社の口コミから、霊能者についてまで書いてあるようだ。伊藤はじっと文字を追う。
やはり、『騙された』『絶対インチキだった』という書き込みも多くあった。書き込みによると、先ほどみた数珠の女性は高い金を支払わせて効果のないお札を買わせるらしい。まるで教科書に出てきそうな詐欺だ。
色んな除霊師の名前が書いてあるが、どちらかと言えば、『効かなかった』という怒りのコメントの方が多いように見える。
だが中には、『効果がありました』という書き込みも見られた。それを二人で読んでいる時、桜井が何かを思い出したように呟く。
「あ、そういえば……」
「どうしたの?」
「親戚の人がこういうことに悩んで、お祓いか何かをした、って母親が言ってたような……その時は『ふーん、騙されてないといいけど』ぐらいの気持ちで、詳しくは聞いてないんだけど、一度話を聞いてみようか」
「助かるかも! いい情報にしろ悪い情報にしろ、当事者からの話が聞けるとありがたい」
「分かった、一度聞いてみるわ。しかし、伊藤から話を聞いて、そういう類の話って現実にあるんだって感心してたけど、これを見ると悩んでる人って結構多いんだなあ」
桜井は感心したように掲示板を眺め続ける。それに関しては伊藤も同意だった。
伊藤は霊を見たことはない。でも、体調からその存在を感じ取ることは出来ている。だからきっと間違いなくいるのだ、目には見えない不思議な何かは。
はっきり見えるとしたら、一体どういう人が見えるんだろう。どんな風に見えているんだろう。伊藤はぼんやりとそう思った。
桜井とはそのまま解散し、その三日後、彼から伊藤へ連絡が届いた。
例のことをちゃんと母親に聞いてみてくれたらしい。そして、母から親戚本人へ連絡までして詳細を聞いてくれたとのことだった。桜井曰く、親戚は科学的には説明できないような体験をし、知り合いに相談したところ、ある事務所を紹介されたそう。
親戚はそこへ相談しに行き、見事事件は解決したらしい。
『俺も聞いただけだからおススメとまでは言えないけど、ネットで口コミ見たら、ここはいいって書いてあったよ。信じ切るのは危ないけど、話聞くだけならいいかも』
桜井はそんなメッセージと共に、地図を添付してくれていた。
九条心霊調査事務所、とそこには書かれていた。
お礼を送った伊藤はまず、それをネットで検索してみる。すると、桜井が言ったように口コミらしきものがすぐに見つかった。仕事をこなす数はそこそこ多いらしい。
『時間はかかるし依頼料も安くはないが、再発はしない』
『無理だと思ったらほかのところをちゃんと紹介してくれる』
『除霊じゃないところは珍しい』
除霊じゃない??
伊藤は首を傾げてさらに検索したが、その言葉の意味は分からなかった。除霊じゃないのになぜ再発しないんだ?
疑問に思ったが、何より再発しない、という文句は大変魅力的だった。これまで何年も悩んできた原因が無くなるかもしれない。料金が高いと書いてあるのは少し心配だが、お祓いを繰り返し行くのも出費になる。よし、今度の休みに行くだけ行ってみようか。
そう伊藤は決意した。
……だが、気になる文面は他にもあった。
『行っても開いてる方が少ない事務所 責任者が変わり者すぎる』
太陽がギラギラと過酷な暑さを生み出している昼間、伊藤は早速目的地を目指していた。その事務所は、意外と都会にあった。
伊藤の想像では、寺みたいな古い建物で、その中には怪しげな祭壇だとか水晶だとかが置かれた場所だと思っていた。が、たどり着いたのは一件のビル。周りは大通りで人通りも多い。ビル自体はそこまで大きくないが、九条心霊調査事務所以外の階もちゃんと埋まっているようだ。予想外の風貌に、伊藤は呆気にとられた。
例の場所は、確か五階。
伊藤は恐る恐るエレベーターに乗り込み、五階を目指した。
降りてみると、やはり何の変哲もない廊下があった。奥に一つの扉が見えたが、看板も表札も何もない。確かここでいいんだよなあ、と不安になりながら伊藤は扉まで進んだ。
一つ深呼吸をする。そして、ノックをしてみた。
トントン
返事はない。
もう一度ノックをしてみた。
トントン
やはり返事はない。
「もしかして休みか、他の仕事中とかかなあ」
伊藤の独り言が漏れた。せっかく来たんだけど……誰もいないのかな、せめて予約とか、そういうことが出来ればいいのに。
おもむろにそっと銀色のドアノブを握り、回してみた。
回った。
迷いつつ、彼はそれを開けてみた。果たしてどんな場所が自分を待っているのか。固唾を飲む。
すると、見えたのは驚くほどシンプルな事務所だった。あまり広さはない。窓際に一つデスクがあり、その隣にはファイルが並べられた棚。心霊調査、だなんて響きには相応しくないごくごく普通の事務所だ。中央には来客用と見られるテーブルにソファ、テレビ……ソファ?
「え」
小さく声が漏れた。黒い革のソファの上に、人が一人寝ていたからだ。
その体にソファは狭いのか、足は飛び出していた。黒いパンツ、白いシャツ。そして、規則的な呼吸音がこちらにまで聞こえてきた。
まさか、寝てる?
伊藤はそっと足を踏み入れた。迷いつつソファ上の男に近づいてみる。その顔を覗き込んで声を掛けようとしたとき、伊藤は自然と感嘆の声を漏らしていた。
(うわーすっごい綺麗な顔した人だなー!)
眠るその人物の顔を見て、そう素直に思ったのだ。
白い肌には毛穴一つ見当たらない。すっと通った鼻筋に、薄めの唇、長いまつ毛。普通の人間が憧れて手に入れようと必死になるものを、彼は一つ残らず持っていた。俳優にだってなれそうだ、と伊藤は思った。今まで出会った中で、圧倒的に一番男前な人物だ。
少し見とれてしまったあと、こんなことをしている場合ではないと思い出す。一度辺りを見回してみたが、他に人はいなさそうだった。ふと、すぐそばにあるガラスのテーブルが目に入る。この男前が食べたのだろうか、ポッキーの空袋が散乱していた。