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伊藤陽太という男

こちらはエブリスタ・アルファポリスでも公開しています

番外編ですが、本編を読まなくても全然大丈夫です!

 伊藤陽太は、昔から体調を崩すことが多かった。


 それは例えば、小さなことなら酷い肩こりに片頭痛。姿勢がよくないせいかと自分なりに考え、背筋を伸ばすよう意識したりストレッチをしたり、出来ることは努めた。が、改善は一向に見られなかった。


 かと思えば、ふとした瞬間にその調子が良くなる時もある。一体何がきっかけなのか、彼には原因がまるで分からなかった。


 熱は出しやすいタイプだった。風邪症状はないのに、熱だけ一気に上がって体が重い。病院に通ったり薬を飲んだりしてみるが原因は分からず、長いと一週間熱は続いた。


 不眠になることもよくあった。悩みやストレスなどをあまり感じないタイプなのに、夜が寝苦しくてたまらない。


 彼の体調不良は今に始まったことではなく、母親によると昔かららしい。伊藤は四人兄弟の長男で、責任感が強く下の妹たちの面倒をよく見ていた。だから子供なりにストレスを抱えているのか、と両親はたいそう心配したそうだが、大人になっても変わらないので、体質だろうと結論付けられた。


 これだけのことを書き連ねると、彼をイメージするのは弱弱しく、体調を崩しやすい静かな男性になるだろう。が、それがまた違う。彼は自分の身に起きる体調不良など、あまり気にかけていない人間だった。


 実年齢より幼く見える顔立ち、笑えば片方だけにえくぼが浮かび上がる。明るく空気が読め、人を気遣える。無害そうなそのオーラに、誰しもが頬を緩めて話しかけてしまう、そんな人間だった。


 学校のイベントとなればみんなの先頭に立って盛り上げた。家に帰れば下の妹たちの愚痴を笑いながら聞き、取り合いされた。年頃の女子ともなれば兄を疎ましく思うこともあるだろうに、彼にはそんなことは無縁だった。


 成績もそこそこよく、スポーツもそれなりに出来た。体調不良は時々悩ませたが、そんな重要なことではないと思っている。彼はいわば、完全無欠の人間だった。


 そんな伊藤が、自分の体調不良について違う視点を持ち始めたのは、大学生の頃だった。


 普段通り過ごしていると、突然知らない女性に話しかけられた。そこで前置きもなしにとんでもないことを言われたのである。


『霊がついてますよ、祓った方がいいです』


 と。


 伊藤はどちらかと言えば非科学的なことは信じないタイプだった。ホラー映画を見て少しゾクゾクしながら楽しむ、それぐらいの存在だと思っていた。なので、突如そんなことを言われてかなり驚いた。


 もしこれが普通の人間なら、何を急に言うんだ、と不審に思い信じなかっただろう。


 でも伊藤には謎の体調不良という心当たりがあった。だから意外とすぐにその話を信じた。元々の人のよさも手伝ったのかもしれない。


 とりあえず近くの寺に入ってお祓いをしてもらった。すると不思議と、それまで悩んでいた肩の重みがすうっと消えたのだ。気のせいなんかじゃない、絶対に消えた。


 伊藤は信じられない体験に歓喜した。


 今までの体調不良は霊がついていたからなのか。となれば、子供の頃から? 一体どんな霊が、どうして、と寺の住職に聞いてみたが、そういったものを視るのは得意ではない、と正直に告げられた。彼曰く、修行を積んだと言え全ての者が霊などを視えるようになるわけではないと。ああいうのは結局生まれつきなのだという。だが、祓うという行為にはちゃんと力はあるはずだから、また困ったら来なさい、と教わった。


 伊藤は軽くなった体で喜びながら帰宅した。これで体調不良から解放される、と思って。



 


 彼は社会人になった。


 大きな企業の営業部に所属し、持ち前のコミュニケーション能力や気遣いで、新人とは思えぬ成果を出し続けた。周りも嫉妬すらしない、それぐらいの人間だった。


 勿論女性社員からは(時には男性にも)モテる、給料も将来も不安はない、そんな順風満帆で不満などない生活だった。


……繰り返す体調不良を除いて。


 祓ってもらってしばらくしてから、再び酷い頭痛や肩こりに悩まされた。もしやと思い、また寺に向かう。祓ってもらうとよくなる、それを再三繰り返しているのだ。


 住職も驚いていた。だが曰く、『祓うとは霊を消すわけではなく遠くへ追い払う行為なので、戻ってくる可能性があるのだ』と教わった。だからしつこい霊が、伊藤を気に入って戻ってきてしまうのではないかと。


 何度か寺に足を運ぶも、その日常に疲れていた。料金もかさむ。昔はただの不調と思っていただけなので気にしなかったが、霊が原因だと分かってしまえば気分的によくない。祓いたいと思うのは当然だった。


 そんな日々を送りつつ迎えた社会人三年目の伊藤をある日、今までとは違う異変が襲う。彼はこの体験で、今まで生きてきた人生の価値観をがらりと変えられることになる。






 届いた唐揚げを、顔を綻ばせて取った。先ほど注文した三杯目のレモンサワーを喉に流し込み、熱々の唐揚げを頬張る。至福の時だ、と伊藤は思った。

 

 正面に座るのは彼の友人・桜井だ。大学生の頃からの仲いい友達で、勤める会社は違うものの、今でも定期的にこうして連絡を取り合い、食事に行く仲だ。伊藤は元々友人が多いのだが、中でも桜井には確かな信頼を置いている。


「あーうまっ」


「伊藤って案外飲むよな」


「顔にビールが似合わないとはよく言われるよ」


 桜井はそれを聞いてげらげら笑った。伊藤は今でもよく学生に間違われるぐらいの童顔で、彼の隣にアルコールはどこかアンバランスで合わない。恐らく大学のテキストを置いておいた方がよっぽど違和感はない。


 桜井も唐揚げを食べながら言う。


「出会った十八の頃から何も変わってないもんな」


「これ結構悩みなんだけど、このまま年を取ったら僕どうなると思う?」


「おっさんの伊藤って想像できないな……でも大丈夫だ、お前にはコミュ力という武器がある」


「そう強い武器とも思えないけどねー」


 よく周囲から『人懐こい』『コミュニケーション能力が高い』と評価されるが、伊藤自身はあまりピンと来ていない。普通に話しているだけで、特別秀でている自覚がない。そういう驕らないところも、彼の長所と言える。


 伊藤は冷えたレモンサワーを飲んだ後、自然ともう片方の手で首を触った。何かがあるわけではないのを確認すると、その様子を見ていた桜井が不思議そうに尋ねる。


「どうした? 喉痛いの? なんか今日、やたら首触ってない?」


 伊藤は無意識に何度も触っていたらしい。頷いて、彼は眉尻を下げた。


「うーん、なんかさ。苦しいんだよね」


「え? 風邪?」


「そういうんじゃなくて……体験したことないんだけど」


「なに、アッチ系?」


 桜井が困ったように言い、伊藤は頷いた。伊藤が霊による体調不良に悩まされていることを、桜井は知っていたのだ。


 酷くなると寺に行きお祓いをしてもらうことも、彼は聞いている。伊藤は信頼できる友人にだけ話していた。普通なら怪しまれる話だが、桜井は伊藤のことを疑わず、時々愚痴に付き合ってくれる。


「それがさあ。なんていうかこう……首が絞めつけられてるっていうか、息苦しい感じが時々あるんだよ。最近になってこうで……一応、病院で見てもらったけど、やっぱり体的にはおかしなところはないみたいなんだよね」


「それってつまり、またアレじゃん。寺、行くの?」


 桜井は同情するように伊藤の顔を見ると、彼は深くため息を吐いた。


 いつ頃からだろうか。それは例えば、肺の機能が落ちているために苦しいという感覚とは違い、はたまた喘息のように変な呼吸音が漏れるわけでもなかった。


 首を何かが締め付けている、そんな感覚だった。


 手で触っても、勿論何も巻き付いてなどいない。でも苦しい、喉が圧迫されている。伊藤はそんな不思議な現象に悩まされている。今までいろんな体調不良があったが、今回のパターンは初めてだった。



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