3頁
少し先では葉月が命をかけて男の人と戦ってるのに。
私達が大人の人を呼びに行ければ葉月は助かったかもしれないのに!私もお姉ちゃんも見てることしか出来なかった。
怖かった……ただただ怖かったよ。
ん、抱きしめてくれてありがとう。少し落ち着いたから続きを話すね。
菜月が悠太を連れて逃げて行ったんだけど、私達はやっぱり動けなくてね。
私も見たよ。あの人の顔。絵本で見た悪魔よりもっと怖かったね。
そしたら先に走ってきたのは葉月の言う通り悠太だった。
葉月の弟凄いね。私と同じくらい小さいのに、凄い勇気だったよ。
公園の植え込みのレンガで男の人を殴ったの。
そしたら男の人は血を吹き出して倒れて、菜月が走ってきて……2人とも泣いてた。
葉月が動かなくなっちゃって、それでも2人は泣き止まなくて、ずっと葉月を抱きしめてたよ。
でも、しばらくしたら男の人が目を覚まして、立ち上がって、悠太を掴もうとしてたの。
「そこの男!両手を上げて伏せなさい!!!」
そこで、レスキュー隊の人と警察の人が入ってきた。
男は悠太を諦めて、直ぐに振り返って走ってきた。
私とお姉ちゃんの方に。
お姉ちゃんは私を連れて逃げようとしたんだけど、私が捕まっちゃった。
「追ってくるならこのガキを殺す!!!!そこを動くなよ!!!」
って言って男の人は私を連れて逃げていった。
悠太と菜月とお姉ちゃんを見たのはその時が最後だったよ。
お姉ちゃん泣いてた。これからどうなるのかなーとかそんなことを考えてた。
公園を出て、お家がいっぱいある所を通り過ぎて、森の中に連れて行かれて、そこで私は降ろされた。
お家に帰らせてくれるのかなって思ったけど、ここにいるって事はそういう事だったよ。
「……はぁっはぁっ何とか逃げ切ったけど顔を見られてしまった。しかもガキまで拐って、足がついたらどうしよう」
「お家に帰ってもいい?」
怖かったけど聞いてみた。
「言い訳ないだろ!」
「あぐっ!」
大人の人に思い切り蹴られたのなんか初めてで、すんごく痛かったよ。息もできなくて苦しかった。
泣きたかったけど泣けなかった。もう諦めちゃったの。私がワガママだからバチが当たったんだって。
だからお姉ちゃんに謝りたかった。死ぬならお姉ちゃんに謝ってからが良かった。
「お姉ちゃん。ごめんなさい」
私の呟きはカラスとか、木が揺れる音で掻き消された。
しかも、森の中には私と、あの男の人だけ。警察も来ない。私が叫んだとしても誰にも聞こえない。誰も助けにこない。
ごめんね。この後は葉月でも話したくない。思い出すだけで、ほら手が震えてる。
私は多分すごくひどいことをされて死んだよ。
でも、私は裸にされても何があっても無表情で、声も出さなかったよ。
あんな人を絶対に喜ばせたくなかった。
「これが私のお話しだよ。は、葉月お姉ちゃんなんで泣いてるの?」
「ごめんね。ごべんね。お姉ぢゃんがまげだがら!」
葉月お姉ちゃんが泣きながら私を抱きしめてくれる。
「葉月お姉ちゃんの魂。暖かいね。お姉ちゃんみたい」
葉月お姉ちゃんと私のお姉ちゃん。どこか似てるんだよね。
体の強さとか才能は抜きにして、優しいところ。悠太と菜月を大事にしてるところ。暖かいところ。胸がないところ。ぷぷ。
「わたし、が、まけながっだら」
「泣かないで。何言ってるか分からないよ。さっきもお話ししたけど、誰も悪くない。誰もが助かる可能性も死ぬ可能性もあって、それが私と葉月お姉ちゃんだっただけ」
私も葉月お姉ちゃんを抱きしめ返す。うん。暖かくて柔らかい。胸に耳を当てるとトクン、トクンて心臓の音が聞こえて心地良い。
あれ?幽霊なのに心臓の音って聞こえるんだ。
「お姉ちゃんのね。心臓の音、よく聞かせて貰ってたんだ。泣きそうな時聞くと落ち着くよ。葉月お姉ちゃんも私の心臓の音、聞いてみて」
今度は私が葉月お姉ちゃんの頭を抱きしめる。これじゃどっちがお姉ちゃんなんだか分かったもんじゃないね。
葉月お姉ちゃんが泣き止むまで、抱きしめたまま過ごした。
「うー、ごめんねぇ。妹に泣き止ませて貰うなんてお姉ちゃん失格だー」
「うちのお姉ちゃんなんか私が嫌いって言ったらすぐ泣くよ」
「え?そんなこと悠太に言われたら私死んじゃうんだけど」
「もう死んでるって」
「そうだねっ。んふ、あはははは」
やっと笑ってくれた。お姉ちゃんの方が可愛いけど、葉月お姉ちゃんも笑った顔可愛いな。
「麗奈ちゃんと悠太。出会ってくれると良いね」
「出会うよ。そんな気がする。私と葉月お姉ちゃんが出会ったようにあの2人も出会って仲良くなるよ。きっと」
「麗奈ちゃんはシスコンの悠太を落とせるかな」
「お姉ちゃんの笑顔は世界一だから、悠太なんて1発でほの字だよ。逆に悠太がお姉ちゃんを好きにさせれるかな」
「ほの字ってどこで教わったのよ。悠太なら出来るよ。よゆーで、顔も可愛い。小さいのもあの顔にはベスト。それに何より」
「お姉ちゃんは葉月お姉ちゃんに雰囲気が似てる。だよね?葉月お姉ちゃん」
「自分で言うのはちょっと恥ずかしいけどそういうことだね」
「あははっ!でもお姉ちゃんは葉月お姉ちゃんと違って変態じゃないけどね!」
「私のどこが変態だって言うのよ」
「どこの世界に弟を理想の旦那に育てて結婚を目論む姉がいるの?世界中さがしても葉月お姉ちゃんだけだと思うよ」
「お姉ちゃんだったら弟と結婚して子供を作りたいと思うのは当然だと思うけどなぁ」
「菜月に聞いたことはある?自分の常識が世界の常識だと思わない方がいいよ?」
「あの子に聞いた事?あるよ。でもあの子はシスコンとブラコン拗らせてて私の事も好きだったみたい」
「葉月お姉ちゃん達がおかしいよ」
「おかしいのは世界だよ。私の事をおかしいって世界が言うのなら、私が世界の常識を変えてあげよう」
「葉月お姉ちゃんが生きてたら本当にやりそうだった。死んでよかったかもしれない」
「んふ。死人ギャグだね」
「だねっ。ねえねえ、葉月お姉ちゃんはこれからどうするの?」
「あんたが狙われてるからねぇ。死んでからも狙われるなんて勘弁してよって感じだけど」
どうやら私の魂はとても貴重なものらしく、私が死ぬのを待っていた怪物達に、体から魂が抜けた瞬間を狙って襲われた。
そこを助けてくれたのが先に死んだ葉月お姉ちゃんだった。
「逃げてもいいんだよ?」
「逃げないよ?私お姉ちゃんだから」
葉月お姉ちゃんは顔色ひとつ変えずに答えた。
「本当のお姉ちゃんじゃないじゃん」
「ううん?真姫はもう私の妹だから、私が決めた。だから私が守る。じゃないと話し相手も居なくて退屈だからねえ」
「……ありがと」
「いいよーん。しかも死んだって事は私を縛り付ける法律なんてものは存在しない。刀だって振り放題。相手は人間じゃない。あんたは最強の護衛を手に入れたのよ」
「そういう考え方もあるんだね。良かった。葉月お姉ちゃんが守ってくれるなら安心。これでお姉ちゃんの事見守り続けられる」
「うちの悠太もね。早く出会ってくれたら行き来しなくて助かるわね」
「そう遠くない未来。2人に明るい未来が訪れますように」