【短編】ゴブリン探偵 〜あるいはバラバラ殺人と夢見るファンタジー〜
鏡の中の姿をとくと見れば、その異常がわかります。
まず目につくのが伸びた耳で、鋭く天を向いておりました。
また、つるんとした頭には一本の毛も生えておりません。
ぴしゃんと叩けば実によい音がします。
鏡からではわからないものの、背丈も相当に低いもので。
どれだけしゃんと背筋を伸ばしたところで、町へ行くと見えるのは人々の腹ばかり。
鏡よ鏡、毎日毎朝そう勤勉に映さずとも、たまにはサボってくれだっていいじゃないですか。
以前の私の姿を見せておくれ、そうしたって誰も文句は言いやしない――そう思うのですが、未だかつてそんな小粋な素敵は起きてはおりません。
今朝も昨日も、明日もその先も、きっと鏡は鏡のままでしょう。
映る鏡の中の私――その肌は緑でした。
白やら黒やら黄色であれば人種と納得できますが、薄い緑となるとまるで違う。
明らかに人外の印です。
ぎょろりとした目をした鏡の中の人物は、そう――誰がどう見たってゴブリンでした。
+ + +
牧畜を主産業とする平和なこの世界に、ダンジョンやらモンスターやらの概念が流入し、多くの住人たちの姿が変わったのは五年ほど前。
当初はまったく混乱に次ぐ混乱でしたが、今はもうある程度は収まっております。
慣れた、というよりも諦めがついた。
どのように祈ろうと嘆こうと変わることが無い。
鏡の中の姿はもうそのままだと、誰もがそう飲み込んだのです。
縮んだ背丈は戻らない。
成長期が再び来ることはないのです。
まったくもって迷惑千万な変革、いったい誰が頼んだのかと文句の一つも言いたいところですが、享受している者も中にはおります。
平凡で平和で退屈な、変わり映えのしない日々が刺激的かつ変化に富んだものになったと喜ぶ者が。
死と隣り合わせのダンジョンに喜び勇んで赴いて、返り討ちにあっては私が遺体を拾いに行く、そのような習慣が構築されつつある同居人はその最たる例でしょう。
今も小さな背丈で蜂蜜酒を朝から飲んでおりました。
「飲みすぎではありませんか?」
「そんなことはないわ、ただ昨日、ちょっと飲みすぎただけよ?」
「迎え酒はアルコール中毒への最短経路です」
「その道も歩いてみればいいものよ? ねえ、一緒に行かない?」
「そこから引き戻す役目も必要でしょうに」
「大丈夫、それはあたしがやるから」
「その手の引く先、絶対に深みの方ですよね?」
「くふふ、一緒に堕ちましょう?」
「御免被りますよ」
気だるけな呑み助は同居人であり、トラブルメイカーであり、友人であり、そして妖精でした。
私のさらに半分以下の大きさですが、こう見えて、割とやる冒険者でもあります。
ここには彼女の部屋もありますが、帰らないこともしばしばです。
同居と言ったものの、正確に言えば宿先のひとつという扱いでしょう。
だというのに朝食まで作ってやる健気さに私自身も呆れます。
果たして性別が逆の場合でもヒモと言えるのでしょうか?
それとも、安定はしないが稼いでいるのだからまったく違う?
私は野菜を入れて煮込んだオートミールを作りながら、そんなことをつらつらと思います。
ついでに夕食用のシチューも作っておきます。
不断に燃え続ける炎の傍においておけば、夜にはちょうどよい煮込み具合になるのです。
固い尻尾肉もとろりとほどけて柔らかく、非常に食べやすくなること請け合いです。
ええ、今はまだ食べどきではありません。
「美味しくなるのはまだまだ先です、つまもうとしないでください」
「あたしはただ、ツマミを食べようとしてるだけ。夕食なんて知りはしないわ」
「ガンガンに目減りしたシチューを夕食に食べたくはありません、今の節制は後の喜びですよ?」
「先のことなんて忘れましょ? そんなの考えたってつまらないじゃない」
「口の端についたほうれん草を取ってから行ってくださいね、そういうセリフは」
「もう、こんなにお酒に合うものを作る方が悪いでしょ?」
「空腹は最高のスパイスだと申します、あなたはまだそのスパイスが振りかけられておりません」
「あたしを食べても美味しくないわよ?」
「食べても食えないやつですね、あなたは」
「だからシチューを食べましょう」
「たまに思うのですが、そのちいさい背丈のどこに入るのでしょうね」
「ん?」
見ての通りの妖精で、今もふわふわ浮かんでおります。
しかしながら食べる量は私と遜色ないもので、毎度不思議に思っていました。
その内に飛べる高さが下がってくるに違いないと期待していたというのに、そういうことは起きてはいません。
「もう少しくらい体積が増えたってバチは当たらないと思いますよ」
「あなた、ゴブリンになってからデリカシーまで失った?」
「元から付属された覚えがございません」
「ああ、そういえばそうだった。あなたの朴念仁を忘れるなんてあたしも年ね」
「それだと私も年寄りになるので止めてください」
「ここはツッコミを入れるところよ?」
「そんなことは忘れました、きっと物忘れが激しくなったのでしょう」
「あなたのゴブリン化、成人と同時だと思ったのだけれど?」
「なんと昔の話でしょうね」
まあ、いつも通りのやり取りです。
私は渡せる限界量を見極めた後に重い蓋をゴトンと乗せます。
シチューの上に置かれたこれは、ちょっとやそっとでは持ち上げられないシロモノで、鍋中の蒸気を逃さず温め続けます。
そしてもちろんの話ではありますが、妖精には開閉不可能です。
「……いらない小細工をやるようになったわね、生意気よ」
「妖精対策に必要な措置ですとも」
「羽を洗って待ってなさいな」
「ゴブリンに羽はございません」
「いつもやっている動き、見えない羽を洗っていたんじゃなくって?」
しばし考えます。
この小さい友の言いたいことを。
「……ああ! 祈る姿があなたにはそう見えていたのですか、一体何のことかと」
「妖精に信心深さを求めないでね?」
「他の方であればともかく、あなたであれば本気で言っているのでしょうからねえ」
少し顔を上げて考えます。
ちょうどいい頃合いではあるのでしょう。
「少しお堂へ行ってきます」
「行ってらっしゃい、よく洗ってらっしゃい」
「それは悪意ある発言です」
肩をすくめる妖精を横目に、私は家を出て横のちいさなお堂に向かいました。
本来であればもっと荘厳かつ盛大なものにしたかったものの、銀の柱に黄金の屋根となると、このくらいの大きさのものしか建てることができませんでした。
そこで私は友が言うところの見えない羽を洗う作業を――
実際のところは祈りを捧げる儀式を行います。
両手を合わせて一心に、フォルセティ神へと祈りを捧げます。
ああ、言い忘れておりましたが私はゴブリンと化した人であり。
また同時に、フォルセティ神に仕える神官でもあります。
フォルセティ神とは公平と良き裁判を司る神であり――元はこの世界にはいなかった神様です。
+ + +
それまで、神、というものは何となく存在を信じられてはいても、明確な形として信仰する対象ではありませんでした。
しかし五年前、何もかもが変わった運命の日から、ダンジョンやモンスターや宝箱やらが流入するのと同時に「神様」というものも入り込みました。
すぐに回復する薬、なんでも斬れて達人になれる剣、あるいは死者蘇生の秘宝などと一緒に「神に対する信仰」という概念もやって来たのです。
それは、ゴブリン化した私の心にもするりと入り、今もこうして信奉しております。
ひょっとしたら弱っているときに付け込まれたのかとも思いましたが、同時にその教えそのものは私の性質に合うものでした。
よき取引を。
互いの納得を得るために最善を尽くすべきだという教えです。
信仰というそれまでなかったものなのですから、周囲の人々からは奇異の目で見られていますが、同時に回復や病魔退散、果ては死者蘇生まで可能にする術があるため排斥までには至っておりません。
金銀を多く使用したこのお堂もフォルセティ神を表すものであり、その横には呪文行使のための料金表も付随しております。
……ええ、さすがにタダというわけにはいきません。
ですが、それでも有ると無いとでは大きな違い。
まあ、売上の主なターゲット層が冒険者ですが。
もう少しくらいは市民の方々が来てくれてもいいのでは、とはたまに思います。
「さて、今日もいい一日になるといいですね」
「ねえ」
「なんですか?」
感慨に耽っていると、ふよふよと妖精が飛んで来ました。
どこか気まずいような雰囲気です。
「あたしもね、たまには良いことしようとしたのよ」
「それは良いことですね」
「だから、食べ残しを、あのスライムのところに持っていこうとしたのよ」
「スライムコンポストですか」
「そう、それ」
なんでも分解して堆肥にしてくれる有り難いものです。
これはダンジョン化が起きてからの、数少ないメリットの一つでしょう。
「けど、生ゴミを放り込もうとしたら、中にこれがあったわ……」
言いにくそうに後ろに隠していたものを見せました。
それが何なのか、最初は理解ができませんでした。
ずいぶんとレアな生ハムですね、という言葉が途切れます。
見せられたものは腕でした。
人のものです。
鋭利な切断面はいくらか溶けていますが、間違いなく人間の腕でしょう。
友が抱えたその切断面から、まだぽたぽたと血がたれているところを見ると新鮮です。
「覚えはある? ひょっとして、あなたの食べ残し?」
「私の役割は神官で、心はまだ人間のつもりです」
「たしかに揃っていたわ」
「なにがですか?」
「だいたいのパーツが」
「なるほど、それはお得ですね」
繋げて考えてみると、バラバラの人間の遺体が、何でも溶かしてしまうスライムコンポストになぜか放り込まれていた、と。
「いや、早く助けにというか拾いに行かないと!?」
「あたしだけでは無理だから呼びに来たのよ」
「たしかにあなただけでは一緒に溶かされかねません、いい判断です!」
「見たら引くわよ、けっこうグロい」
走って開けた先は、たしかにその言葉に相応しい有り様でした。
呻きを押し殺しながら、私はポイポイと手早く引き抜きます。
手、足、腰、頭、などなど……
「すいません、他に取り残しがないか確認してはもらえませんか」
「あまり期待はしないでよ、さっきの生ゴミも混ざっているでしょうし」
「どうして入れてしまったんですか!?」
「開ける、生ゴミを入れる、手がにょきっと生えてるのを発見、そんな順番だったのよ」
「ならば仕方ありませんが、色々な意味で悲しくなりますね」
スライムコンポストは定期的にスライムと生ゴミを撹拌させる装置であり、今もスライムはうねうねと蠢いております。敵対性の低い個体を選んだとはいえ、本質的にはモンスター、油断してはならない相手でした。
さらに言えば今は、透明なはずの体躯がやけに赤く染まっています。
野菜クズがふよふよ漂う中、他の人体がないかを探すのは悲しくなる作業です。
「一応は、揃い、ましたかね」
「たぶんね、見過ごしがないといいわね」
フォルセティ神殿の前、キレイにならしたタイル張りの上には人体一式が揃っておりました。
端々が溶けてはおりますが、欠けた部分はないことでしょう。
「しかしこれは……」
「殺人事件ということ?」
「そういうことになりますかね……」
しかもバラバラ殺人でした。
ご丁寧に証拠隠滅のためにスライムコンポストを利用することまでしております。
これが昔であればとても大変な事件だったのでしょう。
「けど復活させられる、そうでしょ?」
「そうですね」
今となっては神官がいればご破産です。
これだけちゃんと揃っているのであれば、死者蘇生の秘技はまず間違いなく成功することでしょう。
よくある失敗して灰になったり、あるいは異形化するなどの危険性はほぼありません。
「犯人はいったい何が目的だったのでしょうか、生き返らせるよりも前にちゃんと調べたほうがいいのかもしれません」
「死体を調べるの? それは……とても趣味が悪いわよ?」
「趣味ではございません、そして死体愛好でもありません。神官でそれは色んな意味で終わってませんか、一体どんな邪教徒ですか」
「割りと似合うわ」
「ゴブリン差別反対です」
「安心して、外見じゃなくて性格よ」
「一度じっくりあなたとは話し合わなければなりませんね。いえ、ともかく復活させてしまえば様々な情報が失われてしまうのですよ」
「どんな情報が?」
「たとえば死因です」
「バラバラ死体だけれど?」
「また、使った凶器や、バラバラにした手段なども判別しなければなりません」
「だいたいスライムが溶かしていない?」
「何より、この被害者が誰かわからなければ連絡もとれません」
「生き返らせて本人から聞けばいいんじゃない?」
「あのですね」
「なあに」
「……確かにだいたいあなたの言うとおりです」
「でしょ?」
格好良く推理しようとしたのですが、色々な意味で台無しでした。
「けれどまあ、キレイに切断されていますね。巨大な刃ですっぱりとやったのでしょうか」
「どうして?」
「スライムは衣服を食べません。その衣類がのこぎりで切断したような乱雑ではなくキレイに切れています」
「ああ、なるほど」
「風刃の類の魔法も違うでしょう、あれは何度も見えない刃で斬りつけるようなものですからスッパリとは行きません」
「眠らされてから、こうされたということ?」
「なんですって?」
友人とっては当たり前のようでしたが、私にとっては何の心当たりもない言葉です。
「別段それを示唆するようなものは無いのでは?」
「だって、服を見て」
「ふむ?」
どこにでもあるようなリネンの衣服です。
それらは肩口や腹、太もも辺りは多く血が付着していましたが――
「ね? 首元のだけ、血があんまりついていないのよ。次点で右腕だけれど……これって最後に首を切った、ってことよね?」
「そう、なります」
「切断面がキレイだから暴れている様子もない。抵抗した痕跡もない。なのに首が1番最後。これって意識がないときに行った、そう考えるのが妥当でしょ?」
想像をしてみます。
私が剣を持った敵に襲われたらどうするでしょうか?
まず一目散に逃げることでしょう。
そこそこに杖を使える自身はありますが、本職の戦闘者と真正面から戦えるほどではないのですから。
敵は私を追い、首元を一撃で狩ろうとするか、さもなければ足を狙い機動力を削ぐことでしょう。
そうやって出来た傷は、きっといびつなものになります。
ここにあるような、標本じみたキレイさはなくなります。
「……睡眠薬を飲ませてからの殺害ですか」
「試し斬りが目的かしらね?」
「ただ運びやすくしただけということも考えられます」
「猟奇的ね」
「どちらかといえば即物的でしょう。運搬目的ですから」
首元やその顔をよくよく確かめます。
それなりに年若く整った顔つきでした。
身体は鍛えられているようで均整がとれており、手には鍛錬の跡が伺えます。
足の様子をみればそれなりに走り込んでいたようであり――
「はい、そこまで」
「検死を止めないでもらえませんか」
「この死骸は明らかに女の子。復活前提の相手を、そこまでジロジロ見るのは違うでしょう?」
「たしかにそうですが――」
なぜか妖精は不満顔でした。
私の不審は増しました。
友である妖精に対してではなく、この死体に対して。
観察したことの違和感が、頭の中を駆け巡ります。
犯人の目的は?
捨て場所の理由は?
「……復活をさせるのは、もうしばらく待ちましょう」
「どうして?」
「私が見たところ、この人に見覚えはありません」
「そうね、あたしもよ」
「だとすると、町の外の人間でしょう。移住者だとしても最近です。なにかの事件に巻き込まれた可能性があります」
「それなら、なおさら復活させた方がいいわよね?」
「場合によりますが、復活には3、4時間ほど時間を費やします」
「それで?」
「畢竟、これはただのカンです。しかし、今この場面で生き返らせないほうがいいように思えるのです」
「非論理的ね」
「私は神官、あなたは妖精ですよ?」
「非ゴブリン的ね」
「それはむしろ良いことでしょう」
「ねえ、正直に言ったら? あなた、一体どうしたいの?」
まっすぐの視線に、私もまたまっすぐ返します。
「これをしでかした犯人が気に食わないので、この人を復活させてあれこれ時間を消費するより前に、あちこちを探って誰が犯人かをつきとめたいのです」
友はあっけにとられていましたが、すぐに悪い笑顔となりました。
「ふふ、ふふふ、そういうことなら、協力するわ。あたしだって気に食わない。くふふ、人の住居を荒らした責任は取ってもらわないとね」
こういう部分が、この妖精と友をやれている理由なのだと思います。
+ + +
残されたバラバラ死体を冒険者御用達の遺体収納袋に入れてから出かけます。
内部の気温が低く一定に保たれた、なかなかの優れものです。
中には食材保存用に使う人もいるほどです。
肉を新鮮に保つという意味では変わらないのかもしれませんが、私個人としてはやりたくはありません。
そうやって諸々の準備を終えて、ようやく来たグリムソープの街は今日も変わらず石に溢れた活況です。
正確に言えばレンガなのでしょうが、石造りがどこを見ても広がる風景は気分を滅入らせます。
持った杖がコツコツ鳴るのも気に食わない。
こちらを見る人々の目は大半は無関心なものですが、中には嫌悪を浮かべるものもおります。
姿形が変わったのは、この世界に対する愛着が足りないからだ――そのような言説を述べるものもいるからでした。
彼らからすれば私達のこの姿は、紛れもなく「この世界をめちゃくちゃにしてしまった者達の仲間」である証であり、敵である分かりやすい印なのでしょう。
まして私は神官です。
ゴブリンの、神官。
まったくもって目障りなことだと思われます。
そのためでしょうか、街には以前には見かけなかった教会ができておりました。
純人教会と呼ばれているものです。
我々のような「ダンジョン化」した者の排斥を呼びかける組織でした。
堂々と街中に建築できるほど、市民権を得たようです。
「ヨオ」
「おや」
だからこそ、そう話しかけられたことはとても珍しいことでした。
「これは配達人どの、珍しいですね。どういたしましたか、なにか困りごとが?」
「いいや、特に無い」
私からすればたいていの人は見上げなければなりませんが、配達人どのは更に上を見なければならない相手でした。
いつも通り赤を基調とした制服に身を包み、大きなリュックを背負っています。
いつもとは違い、かなり背を屈めて私と視線を合わせていました。
明らかに、私に用事がある、あるいは話したいことが有る様子、そうした体勢を取っています。
にも関わらず、口から出てきた言葉は「特に無い」と。
ふむ?
「最近、なにか変わったことはありましたか?」
「それは――」
「なに、ただの世間話ですとも、あなたの配達の仕事について話せとは申しません。個人的な困りごとはございませんか?」
「……俺には家族がいる」
「ええ、知っております」
「例のタンジョン化の影響で、エルフになった」
「羨ましいことです」
「その際に、兄は姉になった」
「……そういえば、そうでしたね」
街でも有名なイケメンが、いきなり美人エルフと化したのですから大騒動でした。
「性別をいきなり変えられたことに、そして何より種族が変わってしまったことに、兄は困っていたようだった」
「大変ねえ」
「あなたのように妖精化を全面的に受け入れる方が珍しいのですよ」
配達員どのは、唇を噛んでいました。
私が友と余計な会話をしたから、というわけではない様子です。
よほど言いにくい事柄のようでした。
こうした時に、あまり急かしてはいけません。
態度として聞く格好を取りつつ黙って待ちました。
「……姉になった兄に、最近恋人ができた」
「そうですか……そうなんですか!?」
「ああ」
「ねえねえ、それってどっちなの?」
「女性の恋人が、できた」
「それは――」
「どう受け入れればいいのか、わからない」
長身の人間と、ゴブリンと、妖精。
三人の間に沈黙が訪れました。
配達員どのは沈鬱に、私は腕を組んで沈思黙考し、妖精は「うっはあ!」という顔で浮いていました。
五年も経つのだから、と一言で言えれば簡単なのでしょうが、配達員どのの気持ちとしてはようやく「姉」として受け入れつつあったというのに、「兄」の部分がまた出てきてしまった。少なくとも、そのように見えた。
だからこそ混乱したのだと思われます。
普段の、実直かつ無言で配達を続ける姿からは程遠い様子です。
しかし、ふむ……
「とりあえず、そこの妖精はキラキラした目をしないでください」
「余計なことは言っていないのだから、褒めてくれてもいいのよ?」
両手で口を隠し、いつもよりも激しくパタパタしていました。
「あなたはその女性を拒否したいのですか?」
「……そういうわけでもない。姉に親しい相手ができたことそのものは、良いことだと思う」
「では、何が受け入れられないのでしょうか?」
「兄……いや、姉と俺は同じ家に住んでいる、その恋人もよく見かける、その……あまりイチャイチャしないで欲しい」
「ああ、なるほど」
その変化にまだ納得しているわけではないというのに、当人は完全に納得して動いてしまっている。
それが嫌なのかもしれません。
あるいは――
「あそこの教会が見えますか?」
「あ、ああ」
「あれは純人教会といい、ダンジョン化影響の排除を訴え、姿が変わった我々のような者を排斥を目指している組織です」
「知っている……」
「世の中はいきなり、しかも無理やりに変化しました。こうした反発が出るのは当然であり、ある意味では自然であるとすら言えます」
「そうなのか」
「そうなの?」
「ただし、かの教会は姿の変化の度合いにより、ある種のランク付けをしているようです。姿の変わらない人間のままであるものを最高ランクに、エルフやドワーフなどを亜人と呼び一つ下のランクに、そして、私のようなゴブリンは最低ランクの人外として積極的な排除を訴えております」
妖精は困惑している様子でしたが、配達員どのは予想通り、沈鬱そうな顔でした。
「あなたの姉は、この純人教会の信者ですね?」
「へ?」
「……」
配達員どのは口を開き、また閉じました。
それは言い訳を噛み殺した姿のようにも見えました。
「悪かった。謝る」
「はい、わかりました。受け入れます。一度くらいはお参りに訪れてくれたらチャラにしますよ」
「わかった、必ず行く」
「ああ、それとひとつ頼まれごとをしてはくれませんか、配達のです」
「なんだ?」
配達員どのは私が書いて渡した紙を一瞥した後、ひどく険しい顔をしました。
けれど確かに頷いて、かがめた背を戻し、帽子に一度手をやって離れました。
「どういうことかしら?」
「そういうことですよ」
不満顔の友に向け。
「彼が私達の家に、あのバラバラ死体を運んだのです」
事実を端的に告げました。
+ + +
普段あまり付き合いのない真面目な仕事人間が、突然話しかけたとしたらそれは、なにか心変わりがあったか、それともなければ用事があるかです。
会話の様子からして前者ではなく後者で、しかし喋ることが出来ない様子。
一体、なぜ喋ることができないか?
様々に原因があるでしょうが、今回の場合であれば義理と矜持でしょう。
義理は肉親に対するものであり、矜持は配達員としてのものです。
犯人、と呼べるかどうかはまだ分かりませんが、元兄で現姉のエルフが恋人を殺害した。
そして、運ぶよう弟である配達員に頼んだ。
非力なエルフでは、殺害はできても持って運ぶことは難しかったのでしょう。
配達員どのはそれを実行し、しかし、後悔した。
やってはいけないことだという自責の念に囚われた。
けれど身内の犯行です。
もう既に配達員として運んでもいた。
弟としても職業人としても、すべてを言うことはできない――
だからこそ、私が来るのを待ち受け、示唆を行うことにしたのでしょう。
あちこちを動き回る配達員どのが、たまたまあの場に居合わせ顔合わせとなった、というのはあまりに出来すぎです。
あの場にいた、という事実そのものが、彼の後悔を表していました。
「純人教会はどうしたのよ」
「はて?」
「とぼけないでくれる? その説明ではあのクソ教会が出てくる理由がないでしょ。一体どうしてそんな名前が出たの?」
「家のコンポストに、どうして死体が入れられたのでしょう?」
「それは――」
「遠回しに復活を頼みたかったというにしては、あまりに乱暴です、時間が経てば酷いことになっていました。あなたが見つけてくれたのはたまたまの偶然です。発見できたのは骨と服だけ――そういう状況も十分に考えられました」
「……ねえ」
「はい」
妖精は不満げに腕を広げて言いました。
「説明が遠回しにすぎるわ、もうちょっと直接的にお願い」
「わかりました。結局、私を罠にかけたかったのだと考えています」
「罠……?」
「私はゴブリンです、そして私は神官です。神官であるからこそ、街から離れたとはいえ住居を構えていられます。けれどそのゴミ捨て場から、人ひとり分の骨が見つかったとなればどうなるでしょう?」
「きっとあのゴブリンが食べたに違いない、そういう噂になるという話?」
「はい、そうした悪い噂を作りたがる相手が誰かと言えば、商売敵です。客を私から奪いたい者です。そして、商売敵として真っ先に思い浮かぶ相手と言えば――」
「純人教会というわけね。その兄だか姉は、恋人を殺しただけじゃ足りずに、バラバラ死体にしてあなたへ送り、陥れようとした、己が信じる教会のために――ちょっと最悪だわ」
「死体を分解したのも、より効率的にスライムに分解させるためだったのかもしれません」
「更に最悪じゃない」
「まあ、とはいえ――今言った推理は半分くらいしか当たっていないでしょうけどね」
妖精が止まります。
私もまた止まりました。
「ねえ」
「なんでしょう」
「あたしはね、遠回しはやめて、と言ったの、ちゃんと聞こえていたかしら?」
とてもにこやかな笑顔でした。
小さな腕が私の耳の先端に触れ、むんず、とつかみました。
「痛!? 耳を引っ張らないでいただけませんか」
「人の話を聞かない長耳なんていらないでしょ?」
「変わってしまったとしても大切な耳です。部分部分すべてが大切なものなのですよ、どれか一つでもおろそかにしてはいけません、森羅万象がそうであるように身体もまた――痛い!? 痛いのですが!!?」
「ふぬぅッ……!」
「力の限りに引かないでください! 言います! 言いますから!」
ぱっと手が離されました。
「……長々としてる癖にいっこうに結論へとたどり着かない講義が、あたし大嫌いよ」
「ここから先は推理というよりも想像でしかないんですよ、あまりに不確かなものでしかありません」
「ならばそう言えばいいでしょ、持って回った言い方は敵を作るだけよ」
「言質を取られれば敵に利用されてしまいます、ですが、たしかに今は必要ありませんでしたね、申し訳ない」
「受け入れるわ。たしかにあたしも感情的になりすぎたわね、お詫びに痛めた耳を舐めましょうか?」
「街中でやれば誤解しか生みませんね」
「くふふ、誤解させておけばいいんじゃなくて?」
友が近づくより先に回復魔法を使用しました。
+ + +
むすっとした友を引き連れ向かった先は出版社でした。
新聞社というにはあまりに不定期で、実際のところは簡易な月刊誌というレベルでしょう。
けれどここは、この街の情報を網羅している場所です。
半端な仮説を披露するより先に、ここに来る必要がありました。
古びた建物の中ではタイプライターの音が盛大に響いています。
こっそりと忍び込むように入った先では、ドワーフが屈伸運動をしておりました。
いえ、それは正確に言えば地団駄を踏んでいたのです。
「なぁんで平和なんだよ! どうして事件が起きて無いんだよ! グリムソープに刺激がなさすぎる! もうちょっとセンセーショナルな出来事が起きてもいいだろ! 殺せよ、人を! 恨めよ、徹底的に! それでおれ達を楽しませろッ!」
一応はこの雑誌社の主任であるはずです。
そのバイタリティは見習うべきものがありますが、それ以外を見習ってはいけない相手でもあります。
実際、他の社員たちはキレイに無視を決め込んでおりました。
「失礼、バラバラ殺人事件のネタはいりませんか?」
「なんだよゴブリン神官、もうお前に珍しさなんざ無い、新規性のなくなった真面目ちゃんなんざクソにしか――なんつった!?」
「今朝、バラバラ殺人が発生しました」
「誰をヤった!?」
「自然と私を犯人扱いしてはいませんか? 違いますよ、発見しただけです」
「三角関係か? やっぱりそこの妖精との爛れた関係でトラブったんだな!? うっはあ、よっしゃ新ネタだ新ネタ」
「行きましょうか、他へと売り込みに行くべきです」
「そうね」
「待った!」
私と妖精の冷たい目にめげること無く、ドワーフはギラギラした目で言いました。
「被害者は?」
「……対価として情報を求めます」
「あ? なんで、ンなことしなきゃいけないんだよ」
「とっちめるために決まっているでしょう、そのための情報はどれだけあっても足りません」
「なるほど、ゴブリン神官殴打殺人か」
「どうして私が被害者になるパターンがないんですかね」
「何について知りたい?」
「最近この街に来て、武器屋の主人と恋仲になった人についてです」
配達員どのの姉は、武器屋でした。
弟が運び姉が売る、そのような関係を続けておりました。
「ああ、あのストーカーか」
「ストーカー?」
「そうとしか言えねえんだよな、なんかやけに好きになった相手に入れ込むというか、相手のことを何でも知りたがるやつだった。あのエルフの姉ちゃんよりも先に被害にあったやつがいたが、ちょっとなあ、おれの趣味じゃないから報道しなかった、ありゃ気色が悪い」
「どのように気色悪いのですか?」
「……ファン心理、ってあるよな」
「ええ、まあ知ってはいますが」
「憧れてる相手と一緒のものを身に付け、同じような飯を食い、同じ髪型にする。このストーカーはその行き過ぎたパターンってやつだ。好きな相手を調べに調べて全部を同じに揃える。マジで徹底しすぎて傍から見ても気持ち悪いんだよ。正直、ターゲットが一人に固定化されてホッとしてた」
「なるほど」
「なんだ、そいつが犯人か?」
「バラバラの死体になって私の家のスライムコンポストに突っ込まれていましたよ」
「その写真は!」
「なんで私がわざわざ撮らないといけないんですか」
「知りたいだろうが、誰もが!」
「誰もがあなたのような悪趣味だと思わない方が良いですよ」
妖精は小さいあくびを掌で隠していました。
「……死体そのものは、まだあたし達の家にありますわよ」
「よし、撮影に行くか」
「無論のこと私が取り出して、既に遺体収納袋に入れてありますが」
「どうしてそういう余計なことをするんだ! 現場を荒らすなよ!!」
「ドワーフの記者でしかないものが、いつから警察になったのかしら?」
「おれの報道は法律よりも上にある!」
意味不明すぎました。
部下に指示を飛ばして今にも出ていこうとするドワーフに聞きます。
「他に武器屋関連でなにか気になることはありませんか?」
「ああ? ねえよ――いや、武器屋がやけにいい剣を手に入れたとかは聞いたな。冒険者から高値で買い取ったという話だが、まだ売りには出されていねえはずだ。使われた凶器はそれか?」
「おそらくそうでしょう、やけにスッパリと斬られていましたからね」
「はあん、また厄介だなあ、おい」
「魔剣の類ですかね」
「知らねえよ」
「おそらくですが、剣の技術を底上げする効力がついていたでしょうね」
「……おい、何を知っていやがる?」
「さて」
知りたいことは知れたので後にすることにしました。
護身用の杖をつきながら街中を行きます。
なぜかドワーフと写真家も背後から一緒について来ました。
「彼らの同行は、狙ってやったの?」
「いいえ、そんな悪趣味なことは致しません」
「本当に? ああ、でも次に行くのは武器屋かしら?」
「いいえ、行っても無駄です」
「そうなの」
「はい、なので純人教会へと行きます」
「なんで!?」
驚かれたことが驚きです。
+ + +
事態としてはとてもシンプルなはずでした。
私の家のコンポストに、バラバラ死体が突っ込まれた。
犯人はエルフの武器屋。
被害者はストーカー兼恋人。
運んだのは配達員。
問題は、なぜそんなことをしたのか?
思い誤って殺した後に、死骸を利用して私というゴブリン神官の評判を落とそうとした?
話の筋としては通っていますが、少しばかり不審です。
その場合、そもそもどうして配達員どのは手伝ったのでしょう?
そんなことに従う必要などないはずです。
自らの死体遺棄を示唆する言動を取ってもいました。
やってはいけないことだと理解した上で、配達を実行した。
それには理由が付随しているはずです。
頼んできた相手が身内だから、というのは少し弱い。
不本意を通さなければならない事情が、きっとあった。
それを知るためにも純人教会の裏口からこっそりと覗きました。
ダンジョンを探索する関係上、こうした技術に熟達しつつあるゴブリンこと私。
そもそも宙を浮かんで足音ひとつたてない妖精。
そして住居侵入のプロともいえるドワーフ記者と写真家の組み合わせもあって、問題なく接近することができました。
「ふむ……」
純人教会、と呼ばれる建物は、私の家よりもよほど大きく立派でした。
多人数を集めて説教を行う目的の設備でしょう。
おそらく声が反響しやすいような作りにもなっているはずです。
いえ、別に悔しくはないですが?
妬み嫉みは悪徳です。
あまり良いものとはされていません。
フォルセティ神へのお参りは週に一度くればいい方だというのに、ここではどうしてわんさと人が訪れているのかと口惜しく思ってはいませんとも。
くそう、死者蘇生はおろか病魔退散や回復だってままならないような場所なのに、どうして人々は拠り所にしてしまうのか。
口をへの字にしたまま覗き込んだ先、窓の向こうは裏手側のちいさな部屋であり、準備室兼保管庫のようなところでした。そこに数人が集まっており、なにやら会話をしておりました。
「どうすんだ」
やけに巨漢の男が聞いています。
信仰服があまり似合っていません。
「見捨てるわけには……いかない……」
苦悩している男は、おそらくは純人教会のトップです。
この街で急速に勢力を拡大した主犯にしては誠実さが表にでている容貌でした。
他にも数人ばかりいましたが、険悪な二人に割って入る様子の人はおりません。
「だからと言って貴重な薬を使うのか? こんな身勝手なやつのためによ」
「我々は頼られたのだ……助けてくれると期待しての、行いだ……」
「違うな、舐められたんだよ。この教会ならタダでやってくれる、そう侮られてんだ」
ああ、たまにいますね。
教会なのだから、神の信徒なのだから、対価なしの無償でやれと言ってくる輩が。
「俺は、反対だ。人なら助けたっていい。だけどこれは違う、そうだよな?」
「我々の敵は、ダンジョンだ、他からの……望まざるものの影響、その排除のために、立ち上がった」
「ああ、そうだ。亜人どもを助けるためじゃあない」
「しかし、この死は……」
「俺たち純人教会にも責任があるって? おいおい勝手に曲解した馬鹿のやったことだろうがよお」
「……」
「あれは捨てる、いいな?」
「考えるべきだ……」
「これ以上なにをだ、馬鹿は馬鹿に相応しい扱いをする。当然だろうがよぉ」
「失礼、それは少しお待ちいただけませんか?」
私は窓の外からノックしながら言いました。
+ + +
部屋の内外からあっけにとられた目で見られていますが、構わず話を続けます。
「今の話を聞いて、おおよその事件の輪郭はつかめました。信じる神どころか宗教も違い、そちらからすれば私は不倶戴天の敵に違いないのでしょうが、それでも話し合い、事態を改善へと導くことができると信じております。これは、たとえ完全な敵とはいえ、より良き未来のためであれば手を携えることができるという信頼に基づくものであり――」
最後まで話せませんでした。
巨漢の男が咆哮し、突進し、窓ガラスをぶち破りながら殴りかかってきたからでした。
その拳と破片の範囲からいち早く逃げ出すと同時に、手にした杖を構えます。
護身用のものですがオーガを相手取った実績があります。
まあ、相手取っただけで倒せはしませんでしたが。
巨漢はおそらく拳闘士なのでしょう。
破壊した窓枠という狭い穴を、身をかがめたジャンプで抜けて出ました。
私というゴブリン、友という妖精、記者であるドワーフや人間である写真家の姿を認めてツバを吐き。
「死ね、クズども」
巌のような両拳をためらわすに振り回しました。
その標的である私は杖のリーチを使ってなんとかいなし、妖精は呪文の詠唱を開始し、ドワーフは喜び勇んで写真家をたきつけ、いくつものフラッシュが焚かれました。
後から見たその写真によれば、必死な顔をしたゴブリンが、悪鬼のような顔をした宗教服の連撃を躱し続けるシーンが続きます。
そして、ふ、と背後に妖精が見えたかと思うと、その全身が発光し――雷を全身に纏い、文字通り光の速さで巨漢の顎を蹴り抜く写真となりました。
決定的場面です。
写真家の腕はとてもいいものでした。
顎を蹴られて脳を揺らされ、一撃KOで巨漢は沈みます。
目を回す時間は短いものでしょうが、その隙に捕縛をします。
その様子に何人もが激昂して立ち上がり、また、窓ガラス破壊の音を聞きつけ、純人教会の信者が集まろうとしていたようですが。
「狼狽えるな!」
声が響き渡りました。
「問題はない、多少の行き違いがあっただけだ、皆、戻れ」
トップの言葉により沈静化いたします。
言葉に問答無用の説得力がありました。
「なるほど」
私は納得します。
たしかにこれは勢力を拡大するはずです。
「話を聞いてくれるということで、よろしいでしょうか?」
「聞くだけは……聞こう……」
「ええ、では、交渉を開始いたしましょう」
純人教会トップは、なぜか胡散臭いものを見るような目を向けました。
+ + +
暴れん坊が開けた穴から入った教会内部は、机やら椅子やら荷物やらが並ぶ場所であり、表の集会場に対する裏方でした。
出迎えられる視線はあまり好意的なものではありません。
むしろハッキリ敵を見る目だと言っていいでしょう。
それでも、「話し合いを行う」という態度を取れることは素晴らしいものです。
「行き違いがあるかもしれません、まずはお互いの状況を確認いたしませんか?」
「いい、だろう……」
お互いに立ったままです。
それなりに背丈が違うため私は見上げるような格好ですが、これはまあ、いつものことです。
「自己紹介というには遅いですが、私は街外れに居を構える神官です。フォルセティ様を信仰しております」
「知って……いる……」
周囲の雰囲気は、明らかに戸惑っていました。
私というゴブリンが当たり前の顔をして純人教会トップと会談している状況が、本来であれば言語道断なのでしょう。
「今朝方、我が教会のコンポストに死体が投げ込まれました。バラバラ死体です」
「む……」
意外、あるいは虚を突かれたという表情でした。
周囲の黙って見ている信者たちも、その感情が濃くあります。
「バラバラにされたものの顔は見たことがないものでしたが、おそらく武器屋と最近付き合い始めた者。ストーカーとして有名になりつつある者だろう、というのが今のところの予想です」
一息置き。
「本来であれば、この死骸に復活の秘技を行うのが筋ですが、今回は後回しにいたしました」
「……なぜ……」
「簡単に言えば直感です。また、時間が経つごとに事態の把握が難しくなると考えました。復活作業を行うよりも先に調査をするべきだと。それは、どうやら間違っていなかったようです」
「どういう、ことだ……」
「さて――」
私は周囲の様子を確かめます。
乱雑な、ものが多く有る様子。
人だけではなく次に使われる物品もまた休むための場所。
そこの一角に――
「この純人教会のスライムコンポストにも、死体が投げ込まれましたね? それもバラバラになった死体が」
冒険者がよく使うような遺体収納袋が転がっています。
明らかに、中身が入っておりました。
+ + +
「なぜ……知っている……」
「ただの推理です。そうであれば色々と辻褄が合うなあ、という希望的観測に近いものでしたが、どうやら合っていたようですね」
「本当、か……?」
「ふむ?」
何を疑問に思っているのかと思いましたが、すぐに納得したします。
「ああ、なるほど、私達こそが、この純人教会にバラバラ死体を投げ入れた犯人であると疑っているのですね?」
「そちらの言葉は、我々にとって、ただの話だ……証拠ではない……」
立場を正反対に入れ替えた疑いです。
私は純人教会こそが、ゴブリンである私を陥れようとしたと考えました。
彼ら純人教会は、私こそが陥れようとしていたと考えているのです。
なにせ――
「そちらにあるバラバラ死体はエルフ――武器屋の主人のものですね?」
「ああ……そうだ……」
「え?」
純人教会に、エルフという「亜人のバラバラ死体」が投げ込まれたのですから、これはまったく無理もない話。
これが外部へと伝われば、純人教会はゴブリンなどの離れたものだけではなく、亜人も等しく殺して回っているとの噂となります。
「貴方がたを陥れるようなことはしてない――と言ったところで証明にはなりませんか」
「記者を、連れてきている……しかも、ドワーフだ……」
「なるほど、客観的に見ると無茶苦茶に怪しいですね、私」
「認めてどうするのよ。そもそも、どういうことなの、武器屋の主人が犯人じゃないの?」
「どうやら違うようですよ」
「そんなに耳を引っ張られたいの?」
「それは御免ですね」
言いながらも、外を確認します。
「ああ、どうやらようやく来たようです」
「なにが?」
「む……」
裏庭から、破壊された窓ガラスを不審そうにくぐる人は、先ごろ別れた宅配員どのでした。
大きな荷物をいくつか背負っています。
「持ってきたぞ」
「感謝いたします。事前にここへと持ってきてくれるよう頼んでいたのですが、証拠のひとつがこれです」
剣でした。
刀身は透き通り、柄には魔術的な文様が彫り込まれています。
持てば軽く、また、「どのように剣を振れば良いのか」が頭の中に自然と浮かびます。
「どうぞ、お持ちください」
「……」
「持つだけで使い方がわかるでしょう? 凶器として使用されたものがこれです。やけに鋭利な傷跡の理由です」
「……そうか……」
「それ、あたしにも持てる?」
「出来なくはないでしょうが、体格的に無理がありませんか?」
「うっわ、軽、なにこれ」
「振らないでくださいね」
次の荷物は私では持つことができず、配達員どのが置きました。
「それは……?」
「私どもの家にあったバラバラ死体です」
教会内部に置かれた遺体収納袋の横に、同じ大きさのものが並びました。
チャックを開けば一つは武器屋の主人のエルフが、もう一つにはストーカーの女性が現れます。
前者は純人教会に、後者は私達の家に配達されたものです。
「我々のコンポストに、同じようにバラバラの死体が投げ込まれていた。その証拠がこれです」
「……」
「一体なぜ犯人はそうしたか、お分かりですか?」
「いや……」
「単純ですよ、復活のためです」
「む」
「バラバラにして、互いのパーツを入れ替えて、望む姿として復活するためです」
「は?」
「……なに……」
「事態を最初から説明いたしましょう」
沈鬱な顔をしている配達員どののためにも。
+ + +
一人の男がおりました。
彼は五年前のダンジョン化の影響によりエルフになり、また女性となりました。
その苦悩は、ゴブリン化した私からしても想像がつきません。
ただ、なんとかして変えてしまいたいと強く強く思っていたことは確かです。
その苦悩は、女性化よりもエルフと化した方が、どうやら重かった。
なにせ、積極的にこの純人教会に通うほどです。
多少の冷たい排斥の目など気にならないほど、どうにかしてエルフ化を止めたかった。
それこそ、何を犠牲にしても。
さて、もう一人別の人間がいます。
彼女はストーカーでした。
しかも、好む相手の真似をしていた。
いえ、真似などという言葉では足りなかった。
ドワーフの記者が「気色悪い」と表現するほど徹底的なものでした。
これはもう、真似というより「同一化」の欲求と言っていい。
好きな相手と、同じものになりたい、そのような望みです。
この二人が出会ったことは、果たして運命であるのか偶然であるのか、神ならぬ身ではわからないことですが、それでも、この出会いこそが、事件の引き金となりました。
一人はエルフであることを変えたい。
一人は相手と同一化したい。
そして、見ての通り、互いの体格は、とてもよく似ている。
性別だって一緒だ。
これが偶然だとはとても思えない……
だからこそ、混ぜ合わせることを思いついたのです。
バラバラ死体を作成し、そのパーツをランダムに入れ替えたうえで復活を行う。
これが上手くゆけば、一人はエルフであることから離れる、もう一人は好きな相手と本当の意味で同一化ができる。
そのような希望を見出してしまった。
ええ、ええ、言いたいことはわかります。
そんな目論見が上手く行くはずがない。
復活の秘技とは、身体がきちんと揃っていればこそ可能なものです。
別の人物のものを混ぜ合わせたところで失敗するのが道理です。
しかし、ダンジョン化してからまだ五年です、そうした常識は、まだきちんと伝わっていなかった。
ただ自分たちの願いが叶うかも知れないと、それだけを見てしまった。
他の不都合な情報など、すべて無視をした。
手順としては以下の通りでしょう。
まず、その剣にて相手を切り裂きます。
持っただけで剣の技量を上げることができるシロモノです。
鋭さだって一級品。
狙い通りに切断できたことでしょう。
次に、自分自身を切断します。
相手にしたのと同じ箇所を、同じように寸分違わず。
けれど、最後までは行えません。
首を自身で斬った場合、利き腕の方が残ります。
なんだったら首ですら上手くはいかないことでしょう。
だから、頼んだわけです。
配達員どのに、その切断をしてくれるようにと。
……ふむ、その顔はどうやら当たらずとも遠からずですね。
これを頼んだのは、きっとストーカーの方ですね?
いえ、頼んだというよりも、命令したと言ったほうが正確でしょうか。
仮にこれを断り、通常の復活だけを行った場合、もう一度この殺戮を行う、何度でもする、きっと繰り返し「あなたの家族を殺害する」、望み通りのやり方が行われるまで、それを実行する――
そのような脅し文句を言ったのではないですか?
あなたは、自ら死を選ぶほどに家族が苦悩していたと気づくことができなかった。
そして眼の前には、狂ったように狂った要求をするストーカー女がいる。
あなたがその作業を実行したのは、半ば復讐のためでもあったことでしょう。
「吐き気がしたんだ」
配達員どのが言いました。
「そいつは、その女は、これが愛だと叫んでいた。これが本当の形の愛なのだと。家族である俺には、それを手伝う義務があるとまで言いやがった。俺の家族を殺した女が、手足を自分で切り落としながら、そう叫んでいたんだ。俺は、俺は、その望み通りにしてやった。そのまま、身内だけ蘇らせようとしたが、手紙を見つけた。兄――いや、姉からのものだった。俺は、その苦しみの深さを分かってやれなかった、だから、だから……」
その望み通り、身体のパーツを入れ替え、一式揃え、それぞれの教会のコンポストに入れた。
これは、結局、ただそれだけの話だったのです。
+ + +
「話をまとめましょう」
私は一息ついてから言いました。
「なぜバラバラにしたのか? それはパーツを入れ替えるためです。
なぜコンポストに入れたのか? それは溶かしてパーツの入れ替えを分かりにくくするためです。
なぜ純人教会とフォルセティ神教会に別けたのか? それはパーツ入れ替えをバレにくくするためであると同時に、どちらかであれば成功するだろうと期待してのことです。つまるところ――」
「いいように使われてるわね」
「そういうことです」
彼らの身勝手な欲望につきあわされる方が迷惑というものです。
そもそも、まず成功しないでしょうに。
「なんという……ことだ……」
「ここには復活の手段がありますか?」
「……買い取った復活薬が、ある……」
「なるほど、それを知ったからこそでしょうね」
計画の大半は割れました。
あとは――
「問題は、どのパーツをどう入れ替えたか、です」
「すまん、俺は、覚えていない」
「ええ……」
「ほとんど頭が真っ白になっていた、手に取るものをとにかく遺体収納袋に放り込んだことしか記憶にない。残った死体の形が一式残っていたから、どうやら間違っていないとは、判断できた」
「ふむ――」
遺体収納袋を最後まで開けます。
そこに揃った二体の死体は、たしかに良く似ていました。
ただし、純人教会にあったほうの死体には、服の首元についた血の量が多くありました。
「首と胸部分の組み合わせは、既に合っているようですね。配達員どの、たしかにパーツの入れ替えは行いましたか?」
「おそらくは、としか言えない」
「なるほど」
さて、困りました。
彼らを復活させようとするのであれば、正しい組み合わせに戻す必要があるでしょう。
しかし、それを自信をもって行うことはできません。
なんの損傷もないのならともかく、スライムによって程よく溶かされているのですから。
いっそ復活などさせずにこのまま放置でいいのではないか、とすら思ってしまいます。
「手紙が……届いた……」
苦悩するように、あるいは懺悔するように純人教会トップは言います。
「エルフであることに……亜人である己に、耐えられない……死からの復活により、この改変を期待する……どうかこの教会で、この望みを叶えて欲しいと……そのような手紙が、届いた……」
「ふむ?」
私が犯人ではない証拠はもう届いていたではありませんか?
そのような視線を送ります。
「正気のものだとは、思えなかった。まして……実行するなどとは……都合のいい犯人を求めていたことは、たしかだ……」
色々な意味での後悔があるようです。
この教会の教義が、武器屋のエルフを追い詰めた。
死からの復活をもって改変に臨もうとした。
「とはいえ、このままでは上手くいきませんが?」
「わかって、いる……」
懐から薬を取り出していました。
ガラス製の、いざという時に割れやすくもなっているそれは、復活薬でした。
ダンジョン製の、死からの復活を保証する薬です。
「それでも、望み通りにするべきだと……思う……」
「失敗するとわかっているのにですか?」
「もし――」
彼は目を閉じ、大きく息を吸い込んで。
「もしこれが上手く行けば、それは大いなる福音だ。ダンジョン化による影響を、復活によって変化させる可能性だ。意味のない無駄な消費である可能性は、たしかに高い。それでも、この行いは純人教会の教義に適う。ダンジョン化により変わった世界を戻すための、長い道のりの第一歩となり得る」
ガラス製の蓋を取っていました。
バラバラになった、おそらくは不揃いのままであるエルフの死体を見つめながら。
その手は、震えていました。
歯を噛み締め、意思で止めようとしてもなお、そうならざるを得ないようです。
エルフと人間、あるいは武器屋とストーカー、彼らの悪ふざけのような計画に乗ってしまっている。
根本的な倫理観に反する行いをしている。
きっと、その認識があるからでしょう。
それでも、挑戦を行おうとしていました。
たしかに薬であれ秘技であれ、復活という現象には謎が多い。
一体どのようなプロセスで、どのような道理でそれが行われているのか、実際にやっている私にすら分かっていません。
人の視点からでは言語道断な行いでも、神の視点からでは許容されることだってありえます。
何事も試してみなければわからない、確かにそれはその通りではあります。
しかし――
「どうせ試すのであれば、こちらでは?」
「なッ!?」
私は杖でグイとその復活薬を移動させ、エルフではなくその隣、人間のストーカーへと薬の中身をぶちまけさせました。
ガラス瓶の中身がすべて落ちます。
「な、なにをするッ!」
「どうせ苦しめるなら、より罪のある方が相応しいでしょう?」
その中身はちゃんとすべて振りかけられました。
薬は即座に効果を発揮し、その全身が薄く発光します。
「しかし……信者でもないものに、この薬を……」
「きっと身体の一部は信者のですよ?」
そして、復活は成されました。
復活薬による効能――
それは一見、成功したかのように見えました。
斬られた衣服の内部の肉体はつながり、死した人の顔に生気が戻り、パチパチとまばたきを繰り返します。
ゆっくりと、どこか人形めいた動きで上半身を起こし、己の身体を確かめていました。特に、左手を。
長く長く、呆然と見つめていましたが、突如として、
「あはっ」
ほころぶように笑い。
「ほんとうに、一緒になれた――っ!」
涙すら浮かべて歓喜しました。
その喜びに耐えかねたように荒い呼吸を繰り返します。
その左腕を慈しむように抱きしめ、全身で「今の自分自身」を祝福していました。
そして――
「――え……」
その手が、ゆっくりと、徐々に、しかし決定的に変質しました。
ちょっとした肌荒れ、あるいは多くのささくれのように見えたものが一気に広がり、それは次の瞬間には硬質なものへと変じます。
樹木、でした。
血の気が失われ、肌の主成分であるコラーゲンがすべて樹皮の主成分であるセルロースへと変じている――
その進行は不可逆であり、現在の持ち主がどれだけ悲鳴を上げて叩いたところで止められません。
「なんで、なんで……!」
左腕だけではありません、右腰からも木の芽が伸び、左足も同様の様子で変じていました。
その身体の一部が、人から樹木へと変わって行きます。
「せっかく、一緒になれたのに、ちゃんと愛し合えたのにィぃいいいぃィィィィィィィィ――ッッ!!!」
天井へと向けて吠え上げたのは、ほとんど断末魔に近いものでした。
血流の一部が強制的にせき止められた苦痛は、想像を絶するものでしょう。
「ふむ」
「これ、は……」
「失敗ね」
いたましいという表情が多くありました。不思議です。
「成功でしょう?」
「は?」
「なにを……?」
数あった可能性。多く予想された失敗の中で、これは少数の成功と言っていいでしょう。なにせ――
「拒否反応が起きていますね。このまま生き続けることはできません。きっとゾンビ化することでしょう。ですが、幸いなことに「どのパーツが入れ替えられたか一目瞭然」となりました、どこを切り分ければいいのか今やハッキリとしています。これは幸いですよね?」
絶叫を続けるストーカーに、あるいは、あっけにとられたような面々の顔に続けます。
「さあ、もう一度彼女を殺して、また切り分けましょう。今度こそ正しくパーツを揃え、ちゃんとした復活を行うのです。彼女を無為に長く苦しめてはいけませんよ?」
「復活のために、殺せと、ふたたびバラバラにしろと……!?」
「ええ、当然の帰結でしょう」
「そのような、そのようなことが、許されると……!?」
「いや、ここで悩んでも仕方ないじゃないですか」
望み通りの復活ではないのだから、もう一度、元通りにしてやる。
なんの不思議もない話だと思うのですが。
「はぁ……」
純人教会の面々が混乱の極地にある中、妖精は魔剣を振りかぶり。
「そんなことだから、あなた、誤解されるのよ?」
一閃で泣き叫ぶストーカーの首を斬り飛ばしました。
宙を回転する最中、その口は繰り返し何かを謝罪していました。
+ + +
その後は、ある意味ではきちんと収まるべきところに収まりました。
殺傷したストーカーを再び切り分け、今度こそ復活の秘技を行いました。
一回につき三時間強、合計で七時間に近い作業でした。
貯めていた信仰力と呼ばれるものもすっからかんになってしまっています。
果たしてここまでして助ける必要があったかどうかは疑問ですが、それでも、復活したストーカーは自身の無事な身体を確かめた後に、エルフの様子を見て心底からの後悔の涙を流していました。
切り分けられて変じた部分は、そのままだったのです。
半ば樹木と化したそれを、武器屋のエルフはしばらくの間抱えてゆくことになります。
元のようなエルフに戻れるかも、今のところは不明です。
「オレは人間に戻りたかった、オレは、そんなにも贅沢を望んでいたのか……?」
エルフの言葉にきちんと答えられるものは誰もいないことでしょう。
ただ、今回の事件の主犯とも呼べる人間が、彼女の傍から離れず、世話を続けました。
後悔と罪悪感による関係がどのように続くのか、あるいは変化するのかは分かりませんが、しばらくの間は二人を強固に結びつけることでしょう。
事態は、概ね良い形で決着がついたと言えると思います。
ストーカーはもう同一化という夢を追いかけることはなくなりました。
エルフも人間化を目指すことが「更に最悪の身体になる」という可能性を体感しました。
彼らが罪を再び犯す可能性はとても低く、純人教会は「たとえ亜人だとしても救いの手を差し伸ばそうとする組織である」との評判を得ました。
ただし、ひとつだけ不審なことがあります。
「私は今回、かなり頑張ったと思うのですが?」
「そうかもね」
「なのにどうして、以前にも増して我が教会に訪れる人が減っているのでしょう」
「配達員の彼はちゃんと来ているのだから、構わないんじゃない?」
「それは、たしかに助かっているのですが……」
ええ、どういうわけかフォルセティ神の、いえ、ゴブリン神官である私の評判がガンガンに下がりました。
最近の街での流行りは「そんなワガママばかり言っているとゴブリン神官にあなたを預けるわよ!」だそうです。
どんな悪ガキでもピタリと悪事をやめるとのこと、まったく納得が行きません。
「こんな風に報じられては、仕方のない話でしょ?」
「むぅ」
妖精が見せる雑誌には、黙って成り行きを見守り写真を撮りまくっていたドワーフと写真家の、その記事がありました。
起きた事態について、それなりに正確に書かれています。
しかし、そこに乗っている写真こそが問題でした。
一面にデカデカとあるそれは、身体の一部が樹木と化して絶叫をする人間と、その背後で腕を広げて悪魔のように笑うゴブリンでした。
知らない人が見れば、まるで私が事件の犯人、あるいは邪教の儀式を行う真っ最中でした。
いえ、記事の中身を読めばそれは誤解だとわかるのですが、写真のインパクトがあまりに大きい。
お陰で最近は街へ行けば通行人から悲鳴を上げられます。
まあ……きちんと読んだ上でもやっぱり邪悪認定されるのは、それはそれで納得がいかないのですが……
「くふふ、見えない羽を洗うのも大変ね?」
「いっそあなたの羽を洗ってしまいたくなりますよ」
「あら、頼もうかしら」
「勘弁してください、これ以上の誤解は御免です」
「誤解させておけばいいじゃない」
「私は世間的な誤解を受けているその真っ最中なのですよ?」
「ああ、それについては、とてもいい解決方法があるわ」
「なんですか?」
妖精がにこやかに示したのは、蜂蜜酒でした。
「さあ、一緒に忘却の道を歩きましょ?」
伸ばされた手に向かう先は、きっとアルコール道です。
ある意味では破滅への直通路でした。
「……ちゃんと引き返してくださいね?」
「ええ、もちろん」
それでも、時にそこへ進んでしまいたくなることもあります。
あのエルフとストーカーがそうであったように。
私はグラスにそれを注ぎ、嬉しそうな妖精と乾杯をいたしました。
とてもいい音がチンと我が家に響きました。
私はため息と一緒に飲み干します。
ささやかなものですが、きっとこれが今回の報酬なのでしょう。