第七話 転生したのは異世界
よし、右手の震えも完全に収まったみたいだ。
「さて、安心したところで、そろそろ試験闘技場に行きましょう。ね、浸夜」
すると、僕の姿を見て安心した母親が尋ねてきた。
あ、そうだ。
空腹や容姿のことで忘れてたけど、それが第一の目的だった。
僕は持っていた鏡をベットに置き、両手を握り、真上に突き上げた。
普段ならそんなポーズは絶対にしない。
何故なら、目立つから。
けど、今はそれほどまでに、試験闘技場に行くのが楽しみだ。
それに、これ以上この母親に心配を掛けたくない。
「ふふふっ」
母親はそんな僕を見て、口元に右手を当てながら少し笑った。
母親が安心したみたいで僕も嬉しい。
嬉しいんだけど、やっぱ恥ずかしい。
そう思うと、徐々に頬が真っ赤に染まっていく。
母親はひとしきり笑ったあと、椅子から立ち上がった。
そして、鏡を元あった机の上に戻し、僕を抱き抱えた。
その瞬間、僕は咄嗟に母親にしがみついた。
落ちないって頭では分かっているのに、体が勝手に動いてしまった。
恐らく子供の本能的な行動なのだろう。
てか、子供と大人の目線ってこんなに違うのか。
僕はさっきまでベットの上から見ていた目線から、急に大人と同じ目線に変わったので、少し動揺した。
それに、今の自分が子供だって分かってたけど、こうも軽々と抱き上げられるとは……。
本当に子供なんだな、と僕はしみじみ思った。
けど、なんでだろう。
何処か懐かしいような、そんな感じがする。
僕が懐かしさに浸ってると、母親は僕を抱き抱えた状態で扉を開け、部屋を出た。
母親が真っ先に向かった先は、様々な衣服が辺り一面に並んだ部屋だった。
先程の部屋の六、いや十倍程の広さだ。
僕はその部屋を見渡し、部屋の広さと衣服の多さに驚いていると、一人の女性がこちらに背を向けて立っていた。
白色の髪をミディアムにして、瞳は――、駄目だ、前髪で完全に隠れていて全く分からない。
更に、耳当て付きのニット帽を被っているから耳すら見えない。
それと、ニット帽もそうだが、この女性はなんというか、ファッション性のある服を着ている。
僕にはよく分からないけど、これがこの世界の流行りの服装ってやつなのだろうか。
それとも、そういう年頃?
まあ、僕は前世で大体黒色や灰色のような暗めの服しか持ってなかったし、買わなかったからファッションには全く興味はないけど。
前髪に隠れて顔はあまり分からないけど、その着ている服装から見て、恐らく歳は二十代前半くらいだと思う。
それに、この家にいるってことは、身内の可能性が高い。
となると、考えられるのは母親の妹さんとか?
「塞養さん、ごめんなさい。少し浸夜と一緒に試験闘技場に行ってくるから、もう少しだけ店番をお願いしてもいいかしら?」
母親がその女性に近づきながら声を掛けた
すると、その女性が反応し、こちらを振り向いた。
なるほど。
ということは、この女性がその『塞養さん』だな。
でも、さん付けってことは、身内でもなければ妹でもなさそう。
ということは、可能性は低いけど義妹か? 多分。
「はい。もちろん、大丈夫ですよ。お店のことは私に任せて下さい。それに、無事に浸夜くんが目覚めて、璃映さんも嬉しいでしょうし、存分に楽しんできて下さい」
塞養さんは何一つ嫌な顔をせず、嬉しそうに笑みを浮かべた。
話の流れ的に、『璃映さん』っていうのは母親のこと、つまり母親の名前だ。
つまり、義妹の可能性もない。
もし、義妹ならお姉さんって呼ぶだろうし。
なら、二人はどういう関係なんだ?
僕は自分の考えがことごとく外れて、眉間に皺を寄せる。
「ありがとう、塞養さん。じゃあ、お言葉に甘えて。少しの間、お願いね」
「はい、お任せ下さい。お気を付けて」
僕は二人が話していた内容を頭の中で巻き戻して、再度考えた。
そして、あることに気がついた。
それは、そもそも考え方自体が間違っていたことに、だ。
そっか、分かった。
最初から身内や知り合いとして考えていたから駄目だったんだ。
だから、答えに繋がる大切なワードを聞き逃していた。
それは、ここが『店』だということ。
店ということは、身内で経営している場合もあるけど、人を雇っている可能性もある。
そう、この塞養さんはこの店で働いていている。
そして、二人の話し方から見て、恐らく母親の方が立場は上。
つまり、塞養さんと母親は雇用関係にあるという訳だ。
よし、これで一件落着。
僕は答えを導き出せたことで、誇らしげな笑みを浮かべた。
二人の話が終わり、僕の考えも終わった後、母親と僕は家の、いや、店の扉を開けて外に出た。
僕がこの世界に転生して、初めての外出。
どんな世界なのか、心なしかウキウキしていた。
だが、外の世界を見て、僕は自分の目を疑った。
なぜなら、そこには僕の想像を遥かに越えるほどの、圧倒的な世界がそこに広がっていたからだ。
そんな僕には目もくれず、母親はそのまま歩き出した。
向かっている先は決まってる。
間違いなく母親がさっき言ってた、試験闘技場だ。
母親が歩く度に微かな振動を感じながら、まず最初に僕の目に飛び込んできたのは、多種多様な人たち。
地上には巨人のようにガタイのいい男性。
空にはエルフのように耳の長い女性が、空中を飛んでいる。
いや、正確には浮いていると言うべきだろう。
仮にこの世界が魔法の世界であれば、女性が箒に乗っているのを想像する。
だが、その女性は箒は愚か、手に何も持っていない。
それに、何やら小さな光の玉のような物体が、ある少年の周辺を円を描くように浮かんでいたり、頭に黒色の角のようなものを生やしている男性も居る。
うまく表現できないけど、今まで見たことがないような世界観というか、ファンタジー感が溢れる世界だと思った。
いや、ほんと語彙力のなさよ。
これで伝わるかな?
――まあいっか。
普段なら人の目すら合わせることが出来ないはずの僕なのだが、この時は目を輝かせながら存分に外の世界を見渡した。
そしてこの時に、僕はこの世界のことを確信した。
間違いない、ここは前世とは異なる世界、『異世界』だ。
ただ、全く違う世界、という訳ではなさそうだ。
その理由はいくつかある。
まず一つは使用言語。
母親や塞養さんもそうだったが、外にいる人達も日本語で話をしている。
それに、部屋にあった本の名前もそうだけど、周辺にある建物の看板にも漢字が使用されている。
つまり、この世界の使用言語は前世と同じ日本語ということだ。
なら、とりあえず読み書きは勉強しなくても良さそうだ。
そこに関しては安心した。
なぜなら、僕は勉強が大っ嫌い。
というか、勉強が好きな人の方が少数だと思う。
まあ、それが興味を引くことだったら話は別だけどね。
そして、もう一つは衣服について。
まあ、異世界ってことは断定だから、やはり衣服はかなり異なるみたい。
前世の衣服に近いものを着ている人も何人かいるけど、中には鎧を身に付けていたり、マントのようなものを羽織っている人もいる。
けど、さっきも言ったが、僕は衣服に無頓着。
だから、さほど問題ではない。
というか、逆に僕も鎧とか身に付けられるの! っと考えると胸が高鳴るようだった。
そして最後に、それぞれの人間性だ。
今まで見た人たちを見て分かったけど、どうやら同じ人間でも何かしらの違いが存在するみたいだ。
ここが異世界であれば、考えられるのは『種族』が異なるとか、だな。
例えば、さっき空中を浮いて移動していた女性の種族はエルフで、浮ける能力があるとか。
というのも、あれからも空中を浮いているのは全員がエルフのように耳の長い人たちのみ。
他の人達は地上を歩いている。
つまり、この世界にはファンタジーによく登場するエルフとかドワーフとか、そんな感じで種族毎に違いが存在する。はずだ。
そうじゃないと、今見ている人達の説明がつかない。
ん?
ということは、僕も何かの種族なのか?
僕は種族のことを考えている中、自分の種族を分析した。
さっき鏡で自分を見た時は、特に耳も長くはなかったし、頭に角も生えてなかった。
ということは、少なくともエルフでもなく、鬼? みたいな種族でもない。
うーん……。
どうやら、今分かっている情報だけでは断定は難しそうだな。
まあ、時間は沢山あるし、徐々に分かっていこう。
僕はひとまず分析をやめて、後回しにすることにした。
そして、どうやら目的地である『試験闘技場』に到着したらしい。




