第六話 変わる勇気、そして力
そういえば、母親の反応から何日も覚醒しなかったらしいし、その間は何も食べていないということだよな。
そりゃあ、お腹も空くわ。
色々と考えることが多すぎて忘れていたが、いざ意識すると胃袋が背中にくっつきそうな程にお腹が空いている。
「あ、ごめんね浸夜! そうだよね、お腹減ってるよね! 待ってて、直ぐにご飯作ってくるから!」
母親は慌てた表情を浮かべながら急いで部屋を出て行った。
そんな母親の姿を見て、なんとなくだけど、ちょっと天然ぽくて可愛いなと思った。
………。
いや待てよ、よくよく考えたら、母親を可愛いって言う息子って気持ち悪いな。
ただでさえ陰キャなのに、更にマザコンなんてありえないよな。
うん、今のはなし!
なかったことにしよう。
そうなことを考えていると、あっという間に時間が経っていたらしく、母親が食事を持って部屋に戻って来た。
「遅くなってごめんね! はい、お待たせ! 」
母親はベットの隣にある机に持って来てくれた食事を置いた。
そして、僕は上体を起こして食事に目を向けた。
母親が作ってくれたのは、お粥だった。
空腹すぎて語彙力が低下しているため、いい表現が出てこないかったが、とにかくとても美味しそうだった。
母親が僕の近くにある椅子に座って、レンゲでお粥をすくった。
更に、すくったお粥にフウフウッと息を吹いて冷ましてから、僕の方に向かって差し出してきた。
「はい、あーん」
母親の行動とこの言葉から、流石の僕も察した。
あ、これはあれだな。
所謂、食べさせてくれるやつだな。
まさかこの歳にもなって、母親に食べさせてもらう日が来るとは思わなかった。
いや、別に嫌ではないよ?
嫌ではないけど、……うん。
なんとも言葉にし難いな。
母親は善意でやってくれてるし、僕もそのことをちゃんと理解している。
けどね、見た目は子供でも、中身は十五歳の男だからね。
つまり、思春期真っ盛り。
少々、いや、かなり恥ずかしいんです。
けど、残念ながらこの状態を回避する考えが一つも思いつかない。
仕方がない、ここは流れに合わせることにしよう。
僕は覚悟を決めて、大きく口を開けた。
母親は僕が口を開けたのと同時にお粥を口に入れる。
味は薄味で、お米のもつ本来の旨みが凝縮されていて、とても優しい味がした。
そうか、多分これが母親の味っていうやつなんだろうな。
僕はそう思いながら、その後も母親にお粥を食べさせてもらい、全て完食。
お腹が膨れて頭が働いたことで、僕はあることが気になった。
それは、今の僕の容姿についてだ。
そんなに重要なことではないが、なんとなく気になった。
まだ父親がどんな人なのか分からないけど、この母親に似ているのなら、僕もかなりの美少年のはず。
僕は胸を高鳴らせて、周りを見渡した。
そして、一つの鏡を見つけたので、母親に向かってそれを指差した。
すると、母親が先程の本の時のように分かってくれたらしい。
母親はその鏡を取って僕に渡してくれた。
僕は鏡を両手で受け取り、鏡を覗いた。
そこに映ったのは、黒色の髪に、紫色の瞳をした子供だった。
年齢は、恐らく二歳くらいだと思う。
予想していた通り、母親に似てかなりの美少年だ。
僕はそのまま少しの間、鏡に映った自分を見つめた。
その理由は二つ。
一つは、前世の姿とはかなり異なる容姿だったから。
もう一つ……。
それは、昔飼っていた兎、シャドウの面影を感じたから。
もちろん、人間と兎とでは容姿は全く異なるのは当然だ。
けど、 よく分からないが、なにかの縁のようなものを感じた。
まるで、心の中で切り離したものが、再び繋がったような、そんな感じ。
まあ、シャドウの面影を感じると言っても、黒色の髪に紫色の瞳の人間はそんなに珍しくはない。
これは僕の思い違いで、ただの偶然かもしれない。
容姿だけなら……。
けど、それだけではない。
シャドウと初めて出会って飼い始めたのは、生後一ヶ月くらいの時から。
まだシャドウが生きていた時に、兎に関する本を読んだことがある。
その本には兎の年齢と人間の年齢の違いについて書かれていて、兎の一ヶ月は人間の年齢に変換すると、大体二歳くらいらしい。
ちょうど、僕が転生したこの子供も二歳くらいだ。
これは果たして偶然なのだろうか。
偶然にしてはあまりにも出来すぎている気がする。
そう考えていると、次第に僕の顔から笑みが消えていった。
僕は下を向きながら両目を瞑り、頭の中でシャドウの姿を想像した。
そして、シャドウに語り掛けるように思った。
なあ、シャドウ。
やっぱり、あの時(十二歳の時)のことを、僕のことを恨んでるのか?
自分を助けてくれなかった奴が、今更何を変えられるんだって、そう言われているような気がした……。
お前なんかが、英雄になんてなれないって、そう言われている気がした……。
いや、ちょっと待て!
それは僕自身が思っていることだろ?
一旦落ち着こう。そして、考えろ。
このままでは今までの自分と何も変わらない。
その考えを導き出したとして、それで今までみたいに、また後悔するのか?
違うだろ。
それをシャドウが望んでいるのか?
そんなはずない。
僕は決めたはずだ。
変わるって。
変えていくって。
逆の視点で考えろ。
シャドウの気持ちになって、答えを導き出せ。
シャドウは僕の大切な家族で、掛け替えのない存在だった。
そして、いつも僕を支えてくれていた。
そう、いつも僕の側に居てくれて、僕に勇気を、力を与えてくれていた。
だから僕は頑張れたんだ。
そして、僕はついにある結論を導き出した。
それが答えだと、そう思った。
そうか、だとしたらシャドウは僕に変わる勇気を与えてくれているんじゃないか?
そう考えれば、この容姿にも、年齢にも納得はいく。
ということは、これはシャドウから僕へ向けての一種の試練なんじゃないか?
変わろうと思っても、そう簡単には人間は変われない。
それを僕自身よく分かっている。
だから、そのためにシャドウは僕に変われる勇気を、力を与えてくれている。
今も尚、僕の側に居てくれて支えてくれている。
そんな気がする。
だからここで、この世界で、己の『後悔』と『絶望』を乗り越えろって、そういうことじゃないか?
自分勝手な結論かもしれない。
けどだとしたら、僕はこの試練を絶対に乗り越えてみせる。
いや、なんとしても乗り越えないといけないんだ。
自分の為にも。
そして、シャドウの為にも。
僕は必ず、この世界でこの試練を乗り越える。
そして、『英雄』になってみせる。
よし、もう大丈夫。
決意は固まった。
僕は心を落ち着かせ、前を向いて両目を開けた。
だが、何やら視線を感じたので、その方向に目線を向けた。
すると、母親が心配そうにこちらを見つめている。
「浸夜、どうしたの? どこか痛いの? 大丈夫? 」
母親はどこか焦った様子だった。
僕はなんのことか分からなかず、母親の顔をただ不思議そうに眺めた。
けど、同時に僕は自分の右手に違和感を感じ、右手のひらに目線を向けた。
そして、母親が言っていたことをやっと理解した。
どうやら、僕が頭の中で決意を固めている間、無意識に体がブルブルと震えていたみたいだ。
そして今もなお、多少の震えが残っているのが右手を見て確認した。
なるほど。
確かに我が子が鏡を見たと思ったら、急に両目を瞑って震えている。
そんな姿を目の当たりにしたら、そりゃあ心配するよな。
僕は意識的に大きく息を吸って、ふう、と息を吐きながら気持ちを落ち着かせた。
うん、もう大丈夫。
頭の中でそう思うと、次第に右手の震えが収まっていくのを感じ、少し安心した。
そして、僕は母親に向かって満面の笑みを浮かべて、大丈夫、ということを伝えた。
普通なら、ただ顔に笑みを浮かべているだけでは何も伝わらないかもしれないが、やはりこの母親は凄いな。
僕の心を全て見透かすことが出来るかのように、母親は安心した表情を浮かべた。
親は我が子の考えていることが分かるって言うけど、この人ほどその言葉が合う人はいない。
それほどに、立派な母親だと思った。




