第二話 日白陽開の思い出
僕の名前は日白陽開。
白色の髪に、赤色の瞳をした好青年。
自分で言うのもなんだが、そこそこの顔立ち。
まあ、寝癖や目の下にある青黒い隈を除けば、の話だけどね……。
てか、髪に隠れて眼も耳もあんま見えないわ。
うん。
なんだか、自分で言ってて悲しくなってきたから、話を戻そう。
僕は、今まで生きてきた人生の十五年間、唯一度も友達という存在ができたことがない、ごく普通の中学三年生。
大切なことなのでもう一度言おう。
『今まで生きてきた人生の十五年間、唯一度も』だ。
ん、なんでかって?
その理由は簡単だよ。
それは僕が『陰キャ』だから。
けど勿論、僕も生まれた時から『陰キャ』だった訳ではない。
まあ、ほぼほぼ『陰キャ』だったけど。
だけど、こんな僕にも『陽キャ』を目指した時はあった。
と、その前に、少し思い出話をしよう。
突然だが、僕は人生で一度だけ死にかけたことがある。
そして、これは僕の人生を大きく変えた出来事。
全ての始まりだった。
陽暦二〇九八年十月三日。
あれは、僕が二歳の時。
その頃の僕は、今と違ってとても陽気で遊びたがり。
だから、よく父親と一緒に、家の近くにある公園で二人で遊んでいた。
因みに、父親は僕と同じ白色の髪に、赤色の瞳をした人。
中身はどっちに似たか分からないけど、容姿は間違いなく父親と瓜二つだ。
その日もいつものように、白昼に公園で父親とキャッチボールをして遊んでいた。
だが、交互にボールを投げ合っていると、父親が投げたボールをキャッチしきれず、僕の後方に転がっていった。
僕は一目散に、ボールを追いかけた。
だが、ボールの転がる速度は僕よりも速く、なかなか追いつけない。
そして、やっとボールに追いつくことができた。
そのことが嬉しくて、僕は笑みを浮かべ、ボールを拾い上げた。
けど、僕は走るのに夢中で気づかなかったんだ。
自分が今いる場所が、公園ではなく……。
――道路だということに……。
気づいたときにはもう遅く、左側から軽自動車が迫ってきていた。
その軽自動車から、
プーーー!
というクラクション特有の鋭い音が、辺り一面に響き渡る。
頭では分かっていた。
逃げないといけないって。
分かっている。
なのに、足が竦んで動かない。
まるで、全身が硬直したみたいに一歩も動かせない。
この時、初めて予感した。
それは……。
――死だ。
もう駄目だと、そう思った。
だが!
次の瞬間、全速力で走って来た父親が僕を抱きかかえた。
そして、そのまま前方に前転し、道路の外に移動。
軽自動車は瞬時に急ブレーキを掛けた。
その後、僕が先程いた場所より、少し先の場所で完全に停止。
間一髪で、軽自動車との接触を回避した。
父親は直ぐさま起き上がり、両手で僕の両肩を強く掴んだ。
その瞬間、僕は咄嗟に両目を瞑った。
その理由は、怒られると思ったからだ。
「陽開、大丈夫か! 怪我はないか!」
けど、父親が発したのは予想外の言葉だった。
僕はその言葉に驚き、徐々に両目を開いた。
そして、父親の姿を目の当たりにし、目を点にした。
その目に飛び込んできた父親は、腕や足を擦りむき、怪我をしていた。
怪我をした理由は決まってる。
僕を助けようと、前転したからだ。
しかも、子供の僕が見て分かるくらい傷が深い。
それなのに、真っ先に僕のことを心配してくれた……。
そう思うと、自然と目頭が熱くなり、僕は涙を流した。
その後、軽自動車を運転していた男性が車から降りて、こちらに駆け寄って来た。
そして、男性は焦燥感を高めながら、
「すいません! 大丈夫ですか?」
と、僕たちに声を掛けてきた。
「はい、僕たちは大丈夫です。急に飛び出してしまい、申し訳ありません!」
父親は立ち上がってその男性に謝罪し、深々と頭を下げた。
「いえいえ。そんな、どうか頭を上げてください」
男性はあたふたし、申し訳なさそうにしていた。
けど、どうやら僕たちが無事だったことに安心しているみたい。
そして、男性はしゃがみ、右手で僕の頭を撫でながら、
「とにかく、無事で良かった……」
と呟いた。
見た感じ、その男性は怪我はしている様子はない。
けど、なんで彼らは怒らないんだ。
その頃の僕は、それが分からなかった。
僕は今、悪いことをした。
悪いことをしたなら、怒られるのは当然だ。
――なのに、なんでだ……。
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その日の帰り道――。
僕と父親は手を繋ぎ、こんな言葉を交わした。
「ねえ、父さん」
「ん? どうした?」
「なんで父さんは、あんなに必死になって僕を助けてくれたの?」
「ん? そうだなー」
父親は左手を握り、親指を顎に当て、考え込んでいた。
そして、左手を戻し、真剣な表情で、
「一つは、実の息子だから、かな。もう一つは、後悔したくないから。父さんにとって、陽開は掛け替えのない存在で、大切な家族で、大切な息子だ。だから、例え陽開の前に溶岩が立ち塞がろうと、闇に呑まれようと、その時は必ず助ける。絶対にだ」
と返答。
「なんで? 父さんは、怖くないの? 死んじゃうかもしれないのに……」
「もちろん怖いよ。けど、大切な人を失うのは、もっと怖い」
「……そっか」
「どうした陽開。まだ何か悩みでもあるのか?」
「え、なんで?」
僕は父親の問いに思わず聞き返した。
父親が言うように、確かに僕は悩んでいた。
けど、なんで分かったんだ?
「そんなの顔見たら分かるよ。何故なら、僕は陽開の父親だからな。息子の考えはなんでもお見通しだ」
父親はそんなの当たり前だ!
と、言わんばかりに、誇らしげな笑みを浮かべた。
実をいえば、この出来事の前から凄い父親だとは思っていた。
けど、まさかここまでとは……。
この時、本当の意味で父親の凄さっていうのを感じた。
「じゃあ、今僕が何を悩んでるのかも分かるってこと?」
僕は不思議そうな表情で問い掛けた。
いや、今思えば、生意気な子供だったな〜。
それが分かったら人間を超えて、神様だわ。
まあ、子供なら仕方ないけどさ。
「え? あ、いやー、それは……。わ、分かるんだけど、陽開の口から聞きたいなーって思ってさ」
父親は僕の問いに、明らかに動揺していた。
「そっか。じゃあ言うけど、なんで僕を怒らないの?」
僕はずっと気になっていたことを父親に問い掛けた。
「ん? なんだなんだ。陽開は怒られるの好きなのか?」
「いや、そうじゃなくて。今日、僕は悪いことをした。悪いことをしたら怒られるのは当然じゃないのかなって。そう思ったんだ。けど、父さんもあの運転手の人も怒らなかった。それどころか心配してた。まあ、心配してたのはさっきの話で分かったんだけどさ。でも、なんで怒らないのか、それがずっと分からないんだ……」
「なるほどね……。なあ、陽開」
「ん? うん」
「今日、陽開がやったのは『悪いこと』ではなく、正しくは失敗になるんだ」
「失敗? 何が違うの?」
「『悪いこと』は頭でそれが悪いことだと分かっていて行ったこと。で、失敗は頭でそれが良いことだと分かって行こなったことが間違っていたこと。似ているようで、きちんと違うんだ」
「よく分からない。それに、失敗だったとしても怒らない理由にはならないと思う」
「うーん、そうだな。なあ、陽開」
「う、うん」
一応、返事はするけど、父さんは何故か話す前に、僕の名前を呼ぶ癖がある。
多分返事しなくてもいいんだろうけど、それは僕の良心が許さなかった。
「これから生きていく上でたくさんの出来事がある。成功することもあれば、今日みたいに失敗することもあると思う。けど、決して失敗は悪いことではないんだ。失敗しても、もう二度と同じ失敗を繰り返さないようにしたらいい。ただそれだけで、人は変わっていけるんだ。それと、もし失敗が怖くて何も出来なくなったら、その時はまず前を向くんだ。そして進みなさい。一歩でも良い。その一歩が新たな人生の始まりになる。そして、必ず次に繋がる。繋がっていく」
「うん……。よく分からない」
「はははっ! そうか。ちょっと難しすぎたかな? まあ、今は分からなくてもいいよ。きっと、いつか分かるときがくるから。その時に思い出して考えてみてほしいな」
「うん。分かった」
結果、父親がこの時に言ったことは今でも分からない。
けど、この時から僕は父親に憧れた。
そして、父親のような人間になりたいと思うようになった。
まあ、もちろん今回みたいに、命の危機が訪れることは早々あることじゃない。
いや、早々あってたまるものか。
だから僕にできたのは、五歳の時に唯一度だけ。
僕が一人で公園に行き、遊んでいる時の出来事だった。
僕は一人気ままに、遊具で遊んでいた。
すると、二人の男子から虐められている一人の女の子を発見。
黒色の髪を目元が隠れるほど長くしている女の子。
その女子はしゃがみ、両手で耳元を押さえていた。
二人の男の子が、
「おい、貞子! あっち行け!」
「妖怪が人間界に降りてくんな!」
などと口にしている。
まあ、貞子って正確には妖怪ではなく、幽霊らしいけど。
確かに、その女の子は髪が腰ぐらいまで長い。
しかも数日前、テレビで『貞子』の映画が放送されていた。
恐らく、その影響だろうな。
けど、だからといっていじめてもいい、なんて理由にはならない。
と同時に、僕の脳裏に浮かんだ。
それは……。
――助けたい。
その瞬間、体が勝手に動いていた……。
「やめなよ」
「あ? なんだお前。邪魔すんな!」
「邪魔? それは君たちの方だよ」
「は? 何言ってんだこいつ」
「ここは公園。子供が遊ぶ場所だ。なのに、こんなことをしている君たちの方が、よっぽど邪魔だよ」
「う、うるせえ! 妖怪を虐めて何が悪いんだよ! それとも、お前も妖怪の仲間か!?」
「ん? 別に、僕は妖怪でもいいよ」
「おいおい。じゃあ、お前も一緒……」
「でもさ。なら君たちは、悪人でもいいの?」
「はあ? なんで俺たちが悪人なんだよ! 悪いのは妖怪だろうが!」
「確かに、妖怪は悪いことをするのかもしれない。けど、じゃあ僕たちは今悪いことをしてる?」
「いや、それは……」
「君たちが、その妖怪を虐めている。つまり、悪いことをしているのは君たちの方だろ。じゃあ、君たちは悪人。いや、君たちの方がよっぽど妖怪だよ」
「お、おい。もう行こうぜ」
「あ、ああ……」
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「うん……」
「そっか。良かった」
「なんで……」
「ん? 何か言った?」
「なんで、私を助けてくれたの?」
「それは……。なんというか、助けたいって。そう思ったからだよ」
「で、でも……。私、貞子……だよ? 妖怪なんだよ?」
「それは、彼らが勝手に言ってただけにすぎないよ。君は妖怪なんかじゃない」
「君は、正真正銘、人間だよ。だから、気にしないでいいんだよ」
「そ、そっか。私は、人間でいいんだね……。ありがとう!」
その時、前髪に隠れて見えなかった青色の瞳が輝いていた。
「うん!」
そんな大層なことはしてないけど、当時の僕にとっては大きな一歩を踏み出した感覚だった。
それに、その女の子は嬉しそうに笑みを浮かべながら、
「ありがとう!」
と、僕にお礼を言ってくれた。
その言葉が何よりも嬉しかったんだ。
そして、更に僕の人生を変える出来事が起きた。
陽暦二一〇二年十月十七日。
六歳の時、僕は一匹の兎を飼い始めた。
出会いは両親とペットショップに行った時だった。
色々な動物がいる中で、一匹の兎と目が合った。
他の兎は白色の毛並みに赤色の瞳をしている中で、その一匹は黒色の毛並みに紫色の瞳をした珍しい兎だった。
その兎は生後一ヶ月ほどで、当時の僕の両手に収まるくらいの大きさ。
因みに、誕生日は九月九日。
僕はなにかの縁を感じ、その兎を飼うことにした。
今思えば心のどこかで、自分とその兎を重ねていたのかもしれない。
名前は、『シャドウ』と名付けた。
もちろん適当に名付けた訳ではない。
その理由は、家に帰る途中、何度も車道に飛び出ようとしたからそう名付けた。
兄弟がいない僕にとって、その兎は掛け替えのない存在で、心の支えだった。
まるで弟ができたような感覚で、僕はとても可愛がった。
意識していた訳ではないが、おそらくこの時から僕の『陽キャ』としての人生が始まった。
けれど、人間の本質はそう簡単には変えることはできない。
というのも、僕は幼少期から極度のコミュ障で、更に極度の人見知りだ。
具体的に言うと、初対面の人とは目を合わせることもできず、会話するのもままならないくらいだ。
なので、『陽キャ』を目指した、と言った方が正しいかもしれない。
案の定、彼女は愚か、友達の一人すら作ることができなかった。
一応努力はした、つもりだ。
何か話題がないか模索したり、何人かで固まって会話している中に参加しようと頑張った。
けど、その努力は実らず、当時の僕はクラスの人と挨拶を交わす程度。
それが限界だった。
だが、ある日を境に僕は『陽キャ』を目指すことを諦めた。
陽暦二一〇八年六月十三日。
僕が十二歳の時、ちょうどシャドウが六歳になったくらいの出来事だ。
最初は室内で飼っていたが、シャドウが成長するにつれて行動範囲も増えたので、屋外に小屋を作って飼っていた。
けど、名前の由来道理、今でも車道に飛び出ようとするので、小屋にはきちんと鍵を掛けていた。
そう、きちんと鍵を掛けていたんだ。
その日の真夜中、完全に陽は沈み、辺りには闇がたちこめていた。
外に出て、ふと、空を見上げると、綺麗な月が顔を出していた。
その日は日の丸のように大きな月で、卯の花のように真っ白だった。
僕はシャドウの夕食をあげようとして、庭にあるシャドウの小屋を覗いた。
けど、そこに居るはずのシャドウが居なかった。
影も形もなかったんだ。
僕は目を凝らして小屋の周辺をよく見渡して、小屋の変化に気づいた。
普段かけてあるはずの小屋の鍵が壊れて、少し開いていたんだ。
僕はシャドウが家の外に出たのだと確信した。
直ぐに両親に報告して手分けして近辺を探し回った。
その時、僕の脳裏に最悪の結末が浮かんでいた。
怪我をしていたら。
動けないでいたら。
事故に遭っていたら。
もし、死んでいたら……、どうしようって。
僕は、
「シャドウ!」
と名前を呼びながら、ただ只管に走った。
とにかく走った。
走りながら叫んだ。
息が切れても走った。
声が枯れても叫んだ。
そして、やっとシャドウを見つけた。
月の光がシャドウを照らし、地面に影が映っていた。
遠くからだが、見た感じ怪我はしていないようだ。
僕は無事なシャドウの姿を見て安心して、シャドウの元に駆け寄ろうと近づいた。
けど、次第に左側から二つの光がシャドウを照らしながら近づいているのに気がついた。
その光は、トラックのヘッドライトだった。
なんでって思った。
そして分かったんだ。
真夜中の暗闇で分からなかったが、シャドウがいた場所は、車道だった。
僕は残った体力を振り絞って足を動かし、走った。
理由は決まってる。
助けたいからだ。
シャドウ! っと叫んだ。
つもりだったが、完全に喉が潰れて全く声が出なかった。
僕はシャドウに向かって、左手を前に突き出した。
助けたかったからだ。
助けたかったんだ、僕は……。
けど……。
届かなかった……。
シャドウは微動だにせず、その紫色の瞳で僕を見つめながら、そのままトラックに轢かれた。
それが、シャドウとの、僕の掛け替えのない大切な家族との別れだった。
その瞬間、僕の心の中で繋がっていたものが切り離されていくような感じがした。
そして、僕はひとしきり泣いた。
大切な家族を失ったことに。
大切な存在を失ったことに。
声は枯れていたが、掠れた声のような音を上げながら泣いた。
泣くことしかできなかった……。
その後、一緒に探してくれてた両親が、僕を見つけて駆け寄ってくれた。
両親は僕の様子を見て、直ぐに状況を把握したらしく、何も聞かなかった。
そして、シャドウの亡骸を回収し、小屋の横に埋めてあげた。
僕は自分自身に『絶望』した。
何も出来なかったことに。
ただ泣くことしかできなかったことに。
この出来事から、僕は自分から向かって行動することを辞めた。
そして、僕の新たな人生、『陰キャ』としての人生が始まった。
それからはずっと何事にも下向きで、流れに沿うまま日々を送った。
怖かったんだ。
僕が何かをしようとしたら、失ってしまうんじゃないかって。
だから、僕は日陰者として生きていこうと決めた。
そうしていると、次第にクラス内で孤立し始め、気がつけば周りから『陰キャの極み』と言われるようになっていた。
まあ、仕方がない。
これは、自分で選んだ人生だから。
はい、思い出話終了っと。
そんなことを考えながら、背中を丸くして下方に目線を向けながら歩いていると、右側に電柱が目に映った。
なんの変哲もないただの電柱だが、僕にとっては一種の目印なのだ。
なぜなら、この電柱から約百メートル程先に横断歩道がある。
流石に下を向きながら横断歩道を渡るわけにはいかないので、その時だけは前を向くことにしている。
なので、僕はふと顔を上げて前方に目線を向けた。
すると、真っ先に僕の目に飛び込んできたのは、一人の女性だった。




