第二十五話 母の決意とガラスの希望
視点:〈月影璃映〉
数時間前……。
私と塞養さんは浸夜の誕生日会を終え、その片付けをしていた。
私は食器洗い。塞養さんは飾り付けの取り外し。
普段なら片付けは後回しにする私だけど、今日は塞養さんがいるので、普段からきちんとしていますよアピール中です。
しかも、何故かさっきから背中に突き刺さるような塞養さんの視線を感じる。
普段きちんとして上に、見られていることで緊張で手の震えが治らない。
た、多分バレてはいないはず。
さっき食器三枚割っちゃったけど。
それに、今はそのことよりも、私の頭の中には気掛かりがある。
「塞養さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
すると、塞養さんがこちらを振り向いて、
「はい! 勿論、なんでも言って下さい!」
と任せて下さいと言わんばかりに、右手で胸を勢いよく叩いていた。
けど、強く叩きすぎたのか、直ぐに両手で胸を抑えて唸っている。
「今日、浸夜と戦闘したって言ってたわよね?」
「え! あ、はい、すいません。つい勢いで……」
怯えながらあたふたしている塞養さん。可愛い。
けど、今は置いといて。
「ううん、それはいいの。私が聞きたいのは、その戦闘中に浸夜が殺傷系の能力を使ったのかどうかってことよ」
私は珍しく真剣な表情をした。
意識したのではなく、自然とそうなった。
もし、いや。十中八九、浸夜は殺傷系の能力は使わなかった。
私はそう思ってる。
けど、もしも使っていたのだとしたら……。
「殺傷系ですか? あー、そういえば、浸夜くん今までに発見した能力や新しい能力を使ってましたけど、唯一『貫影』だけは使ってなかったですね。序盤からあれ使ってたら、確実に勝ててたはずなのに」
「そう。なら、良かったわ」
「え? あ、私が怪我しなかったからですか?」
「うん。それもあるけど……。塞養さん、無理を承知でお願いしたいことがあるの」
確かに塞養さんが怪我をしていたらという心配もあった。
けど、私自身浸夜がその能力を使ってないと予想していた。
私は浸夜から、その日に使えるようになった能力のことを聞いている。
だから勿論、『貫影』のことも。
それに、その能力以外に殺傷能力がないことも。
あ、けど『影纏:斬』はギリギリのラインね。
当たりどころによっては殺傷効果はある。
でも、塞養さんは『風纏:斬』を使うだろうし、それに対抗するために使った、ってところかな。
まあそれよりも、重要なのは浸夜が『貫影』を使わなかったこと。
「は、はい。どうしたんですか、そんなに改まって」
「浸夜に、冒険者になれないって、説得してもらえないかしら?」
私がそうお願いすると、
「え。浸夜くんに? な、なんでそんなことを? 浸夜くん、あんなに頑張って冒険者を目指してるのに。それに、璃映さんだって浸夜くんを応援してあげるって、そう言ってたじゃないですか。なのに……」
と、塞養さんは意味が分からないようだ。
「ごめんなさい。確かに、私は浸夜が冒険者になるのを応援したいし、そうするって決めた」
「なら……」
「でも、浸夜は分かってないのよ。本当の意味で、冒険者という職業がどんなものなのかを。浸夜の中では、冒険者がただ魔獣を倒すことだと思ってるの。けど、そうじゃない。確かに、沢山の人のためになる職業ではあるわ」
「でも、時には悪人と戦わないといけないことだってある。特に怪魂と契約した人は絶対に殺さないといけない。そして、冒険者の死亡率は年々増加する一方で、その一番の原因が、人を殺せないこと。浸夜は、あの子は優しいから、絶対にその人が悪人でも殺せないのよ。だから、私は……」
私は言葉を発する毎に唇、手、更には体全体が震えていた。
そうなれば当然言葉も震え、感情が抑えられず、目頭が熱くなった。
今にも涙が爆発しそうなほど、それほどの思い。
本当の私の思い。
ずっと思っていた。
けど、それを思ってるだけなのと、言葉にして誰かに伝えるのとでは天地ほどの差がある。
だから、浸夜には、あの子には直接こんなこと言えなかった。
だから、塞養さんに頼ってしまった。
一つの希望として、塞養さんに縋ってしまった。
自分勝手なお願い。
卑怯だと思われてもいい。
いや、いっそのこと卑怯だって、ハッキリと言ってほしい。
私が今お願いしていることは、最悪のお願いだ。
絶交されても、仕方がないほど、それほどの最悪。
それでも、私は浸夜を冒険者にはしたくないの。
あの子がそんな苦難の道を歩んで行くのを、進んで行くのをこのままただ応援することなんて私にはできない。
だから、私は塞養さんにどう思われてもいい。
だから、私は、塞養さんの悪人でいい。
「す、すいません! 璃映さん、もう、大丈夫です。大丈夫ですから。璃映さんの気持ちは、痛いほど伝わりましたから……。浸夜くんを説得できるかは分からないですけど、冒険者のことを伝えてみます。その後に、もう一度浸夜くんに冒険者になりたいか聞いてみます。それでもいいですか?」
だが、塞養さんは、泣きそうな私を抱きしめ、左手で頭を撫でた。
私は、咄嗟に塞養さんに抱きついて、泣いていた。
まるで、母親の温もりを感じているような感覚。
震えていたはずの体から、徐々になくなり、落ち着いた。
「うん。ありがとう、塞養さん……」
私は掠れるような声量で返事をした。
そして、その落ち着いた頭で考えた。
私が最初に思ったのは、疑問だった。
なんで?
なんで、怒ってくれないの?
それはあなたが言うことでしょって、私が言うことじゃないって、そう言って欲しかった……。
そんな人だとは思わなかったって、幻滅したって、そう、言って欲しかった……。
なのに、塞養さんは、なんでそんなにも真っ直ぐで居てくれるの?
なんで、引き受けてくれるの?
それをあの子に伝えるのが、怖くないの?
「いえ。私も璃映さんの気持ち分かりますから」
なんで、そんなに強く居られるの?
「本当なら、私が……」
私が、悪人なのに……。
それなのに……。
塞養さんが立ち上がり、リビングを後にした。
私は机に肘を置き、両手で頭を抱え、両目と閉じた。
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そして現在……。
あれから数時間が経ち、家全体が静まり返っていた。
自分同時との葛藤を続けている私。
突如リビングの扉が開き、塞養さんの姿が目に飛び込んでくる。
塞養さんはこちらに目線を向け、歩き寄って来る。
「浸夜くん、ぐっすり眠ってるみたいですよ。璃映さん」
塞養さんの第一声。
勿論、浸夜のこと。
「そう。ごめんなさいね、塞養さん。悪役みたいな役回りさせちゃって」
みたいではない。
悪役に映ったはずだ。
浸夜の目には。
そして、その役を配役したのは、他でもない私。
私は謝ることしかできない。
できなかった……。
何も。
「いえ、全然大丈夫ですよ。それに、私自身も今日の浸夜くんの行動は、少し気になってましたので。きちんと伝えれて良かったと思ってます」
塞養さんは私の向かいにある椅子に座った。
机にはお茶が入った湯呑みが二つ。
塞養さんがその内の一つの湯呑みを手に取り、口に含んだ。
「そうだったの。なら、良かったわ」
何が?
何が、なら良かったのよ。
気になっていた。
つまり、言おうか迷っていたことを、私が強制的に言わせたんじゃない。
言いたくなかったことを、私のせいで、言うことになったんじゃない。
なら、他に言うことがあるでしょ……。
私のせいで。私のせいだって、そう言いなさいよ……。
私は両手の指を交互に合わせ、爪の痕が刻まれるほど強く握った。
「けど、やっぱり浸夜くんの決意はかなり硬いみたいですね。私、つい勢い余って結構ずけずけと言ってしまったので、浸夜くんも一度は心が折れ掛けてたみたいなんですけど、それでも最後には、冒険者になりたいって、そう言ってました。ま、まあ、私は最後に後押ししてしまったから、かもしれませんが」
塞養さんは右手を後ろ頭に当て、申し訳なさそうに私に説明する。
その姿を見ている私には、罪悪感という塊が体全体にのしかかるようだった。
「そう……。いいのよ。それでも、やっぱり浸夜は、冒険者になりたいのね……」
罪悪感と、自分勝手になすりつけた希望から絶望に変化。
そうなれば当然自然と目が点になり、全身の力が抜けていくようだった。
両手の指を交互に合わせて、顔の前で構えていた腕が脱力の影響で机に落下。
その姿を見た塞養さんが、
「やっぱり、璃映さんは浸夜くんに冒険者にはなってほしくないんですか?」
と問い掛けてくる。
「……正直、自分でもよく分からないの。浸夜が初めて冒険者になりたいって言ってくれた時は、本当に嬉しくて、応援しようって、そう決めた。けど、あれから浸夜が体力強化や能力訓練を毎日欠かさず行ってる姿を見て、嬉しい自分と、何故か怖い自分がいたの」
「あんなにも必死になって、まるで何かに取り憑かれているんじゃないかって思うほど、時には休憩するのも忘れるぐらい頑張っているの。だから、もしこのまま浸夜が冒険者になったら、あの人のような苦難の道を歩んでいくんじゃないかって、そう思ってしまって……」
「璃映さん……。でも、浸夜くんがあげた誕生日プレゼントにはびっくりしました。あのピアスって、浸夜くんのお父さんが生前左耳に付けてた物ですよね?」
塞養さんのその言葉を聞き、私は電気が走ったようにピクリと反応した。
「ええ。あの人からお願いされてたのよ。もし、浸夜が六歳になったら、自分が使ってたピアスとあのモノクルをあげてほしいって。それで私も思ったの。例えこのまま浸夜が冒険者になって危ない目に遭っても、あの人が守ってくれるんじゃないかって」
冒険者にならないでほしいって言ったり、冒険者になっても守ってくれると言ったりと、矛盾してる。
自分でも分かってる。
それに、ピアスとモノクルも私が勝手にこじつけただけにすぎない。
私がそう思っただけの脆く崩れ落ちてしまいそうな、『ガラスの希望』。
それでも、それに縋るしかなかった……。
「そうだったんですね」
「ごめんなさい。自分でも矛盾してるって分かってるの」
「大丈夫ですよ、璃映さん。きっと浸夜くんのお父さんが守ってくれますよ。それに、浸夜くんなら、多分自分でどんな困難も乗り越えていくんじゃないかって、そんな気がするんです」
塞養さんのその発言で、私は失ったはずの希望の光が絶望の闇のような、影のような真っ黒の何かを消し去っていく気がした。
重くのしかかっていた瞼が軽くなり、徐々に開きつつ目線を前に向けた。
「あらあら。元冒険者の塞養さんにそこまで言わせるなんて、よっぽど浸夜が気に入ったのかしら?」
そう。塞養さんは冒険者階級:僧の元冒険者。
ただのお店で働いている従業人と元冒険者の塞養さんが発する言葉の重さの違いというのは計り知れない。
塞養さんにそう言わせるほどの何かが浸夜から感じたってこと?
「えへへ。まあ、そんな感じです。この約一年間、ずっと浸夜くんを見てきましたけど、彼は影の能力という未知の能力にも関わらず、諦めずに常に挑戦し続けていました。正直に言うと、最初浸夜くんに影の能力のことを相談された時は、教えてあげたとしても直ぐに諦めてしまうと思ってたんです。だって、普通あの歳の子なら、できないって駄々を捏ねるのが当たり前ですから」
「けど、浸夜くんは違うんです。彼は諦めないんです。どんなに難関であっても、乗り越えていくんですよ。それが、さも当然のように。その理由がなんなのか、何が浸夜くんをそんなに強くしているのかは分かりません。けど、なんというか彼には私たちが知り得ないとても強い意志があるような、それ以上の高みを目指しているような、そんな気がするんです。だからこそ、私は浸夜くんを応援してあげたいって、そう思ったんです」
「そう。つまり、塞養さんは、浸夜を応援してあげるのね。それが例え、苦難の道であったとしても」
「はい。だから、浸夜くんを信じてあげませんか? それでもし、浸夜くんの前に脅威が迫ったら、その時は私たちが……。いや、もしかしたらその時は、私たち以外にもっと相応しい人と巡り会えてるかもしれないですね。なので、その人に浸夜くんが救われるのを願いましょう」
「ええ、そうね。ありがとう、塞養さん。お陰で決意が固まったわ」
先程まで正気をなくしていた私の顔に、再び蘇った。
そして、分かった。
塞養さんのお陰で導き出せた。
「そうですか。では、聞かせてもらってもいいですか? 塞養さんは、今後浸夜くんにどうしてあげるのか」
私が浸夜にどうしてあげるべきなのか。
どうしてあげたいのか。
私の決意。
それは……。
「私は、浸夜が立派な冒険者になれるように、信じて応援する。例えそれが、苦難の道だとしても、乗り越えていけるように応援するわ」
浸夜が、その道を歩み進んで行くと決めたのなら、私もそれを乗り越えていけるように応援する。
私に、できることをあの子にしてあげたい。
そして、立派な冒険者になってほしい。
「はい。とてもいい決意だと思います」
塞養さんは安心したような笑みを浮かべた。
「ありがとう、塞養さん。本当に……」
本当に、あなたのお陰で私も、浸夜も救われた。
「いえ、大したことはしてませんので。では、そろそろ帰りますね」
塞養さんは立ち上がり、扉の前に移動。
ドアノブに右手を掛け、こちらを向いている。
「ええ、気をつけて帰ってね。また明日からよろしくお願いします」
私は立ち上がり、 塞養さんに向かって深々と頭を下げた。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
そんな私の姿を見た塞養さんも、深々と頭を下げた。
そして、その言葉を最後に、塞養さんは帰って行った。
その後、塞養さんは当分の間、お店には来なかった……。
その原因は……。
全身筋肉痛。
因みに、期間は二週間。
私はその間、塞養さんの看病をする目的で、お店を休業した。




