第二十四話 冒険者と怪魂、そして浸夜の決意
「な、なんでですか? 冒険者になれないって……」
僕は意味が分からず、塞養さんに問いかけた。
何かを言われることは覚悟していた。
けど、そんなこと言われるなんて思わなかった。
いや、というか普通思わないだろ。
今まで僕がどんな気持ちで、どんな思いでここまで頑張って来れたと思ってるんだ。
前世で父親のような人に、英雄になりたいって思った。
だから、この世界で頑張って、英雄になりたいって、そう思って頑張ってきた。
だから、沢山の人を守れる、沢山の人のためになれる冒険者になりたいんだ。
だから、今までどんな難関な壁も乗り越えてこれた。
なのに……。
「あ、ごめんね。正確には、冒険者になれたとしても、すぐに辞めてしまうと思う。いや、最悪の場合、死んでしまうかも」
「それは、今の僕では力が足りないからですか?」
「ううん。今の浸夜くんの力なら、確実に冒険者になれると思う」
「え? あの、ますます意味が分からないんですけど」
僕はまだ六歳だし力が足りないと言われても仕方がない。
そう思った。
けどさ、そうじゃないなら、何が問題なんだ。
塞養さんは何を理由に、僕が冒険者になれないって言ったんだ。
「浸夜くんは、冒険者の仕事が魔獣を倒すこと。そう思ってるでしょ?」
「え、はい」
「確かにそれは間違ってない。けど、冒険者の仕事はそれだけじゃないの」
「どういうことですか?」
「冒険者の仕事は、冒険者組合に依頼する第三者からの依頼書を冒険者が受託して、その内容を遂行する。けど、そもそも冒険者っていうのは各々が何かの目的を遂行する為あるような職業なの。だから極端な話、別に依頼書を受託する必要すらない。冒険者は依頼を受けないといけない、なんて決まりはないしね」
「つまりさ、冒険者の仕事は、所謂ボランティアなの。各々がこの国を良くしたい、この問題を解決してあげたい、っていう目的を遂行していく。いや、してあげると言ったほうがいいかもしれない。例えば、ある国に突如出現した悪人や魔獣を退治をするとかね」
「それに、冒険者は警備隊と同じで、人とも戦うことがあるの。だから、今日みたいに対人戦も考慮に入れておかないといけない。あと、もしその人が悪人だったなら、殺してでも止めないといけない」
塞養さんは淡々と言葉を口にする。
いつもの天真爛漫な姿はどこに行ってしまったのだろう。
と、そう思うほど辛辣な口調と態度だ。
「殺してでも……」
なるほど、そういうことか。
つまり、塞養さんは僕が冒険者の仕事が魔獣を倒すことだと思ってるけど、それだけに留まらないっていうことを伝えたいのか。
じゃあ、別に僕が冒険者になれないとは決まってはいない。
未確定だが、今の考えでは冒険者にならない方がいい。
そういうことだな。
少しほっとした。
正直、本当に僕には冒険者になる素質が足りないのかと思っていた。
だから、塞養さんもあんなことを言ったんだと、そう思った。
けど、今の塞養さんの話を聞いても、僕が冒険者になりたいっていうのは変わらない。
そう、変わらない、はずだったんだよ。
最後のことを除いたら……。
悪人なら殺さないといけないっていうことを除いたら、塞養さんの話を聞いても尚、僕は冒険者になりたいって言えた。
けど、ごめん。
今は、言えないよ。
僕は、例え悪人でも、殺したくはない。
「うん。私が浸夜くんに冒険者になれないって言った一番の理由はそれなの。多分、浸夜くんはどんな場面だとしても、人を殺せない」
認めたくはない。
けど、確かに合ってる。
僕は絶対に、人を殺せない。
それが間違ってるのか?
正当な考えじゃないのか?
それに……。
「なんで、そんなことが分かるんですか?」
今まで塞養さんに、そんなことは聞かれたことはない。
だからこそ分からない。
なんで、そこまで言い切れるのかが。
「今日の戦闘でだよ」
「今日の、戦闘?」
僕は、目が点になった。
何を、言ってるんだ塞養さんは。
今日の戦闘で、僕が人を殺せないことが分かったって、そう言ったのか?
それじゃあ、まるで、今日の戦闘で塞養さんを殺さなきゃいけなかったみたいじゃないか。
「浸夜くんは、今日の戦闘で本気を出してなかったでしょ?」
「いえ、本気で戦いました。全力を、出し切ったつもりです」
「じゃあ、なんで今日の戦闘で『貫影』を使わなかったの? もし、『貫影』を使っていたら、私に致命傷を与えることができて、確実に勝っていたと思うけど。まさか、頭に浮かばなかった、なんてことはないはずよ」
「そ、それは……」
確かに、『貫影』を使えば早々に決着が着いていたのかもしれない。
その考えがなかった訳でもない。
一度は頭を過ったさ。
それに、使おうと思えば、いくらでも機会はあった。
けど、使えなかった。
だって。
「その答えは簡単だよ。私が死んでしまうかもしれないから、でしょ?」
「……」
僕は何も言えなかった。
いや、言わないのが、その答えだ。
「はぁ……。ごめんね、意地悪なこと言って。別に『貫影』を使わなかったから怒ってる訳じゃないの。浸夜くんは、死っていう概念に、いや、感情って言うべきかな。それにトラウマがあるんじゃないかって、今日の戦闘でそんな風に感じたんだ。でも、それでも私に勝てたのは、浸夜くんが死なさない方法で能力を使おうって思ったからこそ、新しい影の能力を使えるようになった。それは素直に喜んでいいと思うし、私も嬉しかったよ」
「じゃあ……。じゃあなんで! 分かってるなら、なんでそんなこと言うんですか? 塞養さんはまるで……。まるで、今日僕に殺して欲しかったみたいな、そんなこと言うんですか……」
僕は両手を強く握り、つい感情的になった。
もう、限界だった。
全部塞養さんが言った通り。
僕はまだ、あの時の、過去を乗り越えられないでいる。
戦闘中に一度だけ、自分に対してなら、それを乗り越えられた。
それが、少し嬉しかった。
それで満足している自分がいた。
けど、それは序盤の壁に過ぎなかったってことだ。
その壁を乗り越えれば、まだ先にいくつもの壁がある。
それ全てが、僕以外の人の壁だ。
これら全てを、乗り越えないといけないのか?
そうしなければ、冒険者にはなれないのか?
そんなの、乗り越えられる訳がないだろ……。
乗り越えられないから、その壁を横から通って行ったからこそ、新しい能力を発見することができたんだ。
そうすることで、塞養さんに勝つことができたんだ。
それが間違っているのか?
あの時、乗り越えるべきだったのか?
塞養さんの、その壁を。
「ううん、そうじゃないの」
「え?」
僕はまた目が点になった。
違うのか?
なら、今日の僕の行動は、間違ってなかったのか。
「私が言いたいのはね。例え私が、いずれ悪人になってしまっても、多分浸夜くんは私を殺せないってこと。きっとそうなったとしても、浸夜くんは今日みたいに死なさない方法を使って、私を止めようとしてくれると思う。けど、止めるだけじゃ駄目な時だってある。特に、怪魂と契約してしまった時は、名の更ね」
「すいません、塞養さん」
「ん? どうかした?」
「あの、怪魂? ってなんですか? 初めて聞きました」
「あ、そっか。浸夜くんはまだ知らないよね」
「はい」
「怪魂は、魔獣や怪物の怪しい魂のことだよ。これは人の弱い感情に付け込んで、その対象の人物と契約を結ばせるの。けど、怪魂と契約を結んでしまったら、実質その人自身は人間を辞めることになり、全て怪魂に支配されてしまう。感情も、体も全て」
「つまり、怪魂と契約を結んだら最後、その人はもう二度と人間に戻れなくなるの。だから、怪魂と契約することは禁忌とされていて、人辞っていう罪に認定されている。そして、人辞を犯した人は、必ず殺さないといけない。そう決まってるの」
「なんですか、それ。……つまり、もし塞養さんがその怪魂と契約して人辞を犯した場合、もう絶対に救うことができないってことですか? 例え僕が、今後どんな能力を使ったとしても」
塞養さんは今日みたいに、僕が誰かを死なさないように能力を使っても、その怪魂と契約している人と戦闘になったら、救えないって、そう言うのか?
だから、僕が冒険者になったとしても、逆に死ぬのは僕だって、そう言ってるのか?
頼むから。
お願いだから。
違うよって、そう言ってくれよ……。
「うん。例え浸夜くんが、今後どんな能力を使ったとしても絶対に不可能だよ。それは断言できる。だから、救う方法があるとしたら、それこそが殺してあげることなの」
「なら……。本当にそれが、冒険者の仕事なら。僕は……」
僕は、冒険者には、なれない……。
「けどね。それなら、考え方を変えたらいいんだよ」
僕が最後の言葉を発するのを、塞養さんの言葉が遮った。
「え……?」
考え方を、変える?
「確かに怪魂と契約して人辞を犯した人は殺さなきゃいけない。その一番の理由は、怪魂と契約した人を、解放してあげるためなの。だからさ、その人を殺すんじゃなくて、救ってあげるって、そう思ったらいいんだよ。そうすることで、その人は報われるって、そう思ったらいいんだよ」
「塞養さん……」
そうか。
確かに、そう考えれば僕は、乗り越えられるかもしれない。
殺すんじゃない。
救うんだ。
誰を?
怪魂と契約している人を。
それ以外の人は?
もちろん救う。
けど、その人たちは殺して救うんじゃない。
捕まえて、その犯した罪を償わせるために救うんだ。
それが残虐非道の凶悪犯でも、お前は救えるのか?
……それは分からない。
けど、救う努力はしたい。
どんなに外道であっても、手を差し伸べられるような、そんな人間になりたい。
「浸夜くんはとても優しい。だからこそ、救える命がたくさんあるはずだよ。だから、改めてもう一度聞かせてくれないかな? 浸夜くんが、冒険者になりたい理由を」
改めて考えろ。
僕はなんで冒険者になりたいのかを。
その先まで、全てを。
魔獣を倒す姿に憧れたから。
沢山の人を守りたいから。
だから、冒険者になりたい。
どんなに圧倒的な力を前にしても、立ち向かっていくその姿に。
諦めずに、前に向かって突き進むその姿に。
その姿に憧れたから、英雄になりたい。
だから、僕が冒険者になりたい理由。
それは。
「僕は……。僕は、この世界にいる皆んなを救うために、冒険者になります」
そう、これが改めて思った僕の決意。
例え怪魂と契約している人でも殺したくはない。
なら、その人たちを救う。
その全員を、救ってみせる。
これが、僕の導き出した答えだ。
「うん。頑張ってね。陰ながら応援してるよ」
塞養さんは安心したような笑みを浮かべた。
「はい。ありがとうございます。塞養さんのお陰で、改めて決意を固めることができました」
本当に、塞養さんには色々と貰ってばかりだ。
僕のこの影の能力だって、元は塞養さんのお陰で使えるようになった。
その後だって、塞養さんに能力訓練をしてもらえたから、強くなれた。
本当に、全て塞養さんのお陰だ。
まあ、だとしても塞養さんには今後も怪魂と契約してほしくはないけど。
「ううん。厳しいこと言ってごめんね。でも、浸夜くんなら、そう決断するんじゃないかって思ってたよ」
「あ! でも、私は今後怪魂と契約しないから! それは安心してね!」
その言葉を聞いて、体の緊張が抜けていくよう感じた。
それほどに、今の僕には十分すぎる言葉だった。
「はい。分かりました」
その後、僕と塞養さんは家の中に戻った。
塞養さんはそのままリビングへ。
僕はそのまま自室に入り、ベットに横になると、戦闘と久しぶりに頭を働かせたことによる疲労で自然に瞼が閉じてしまい、直ぐに眠りについた。
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浸夜が完全に眠りについた後、自室の扉を三回ノックする音がする。
その扉を少し開け、顔を出したのは塞養。
塞養は廊下についた明かりを頼りに浸夜の顔を拝見する。
浸夜が寝ていることを確認すると、ゆっくりと扉を閉めた。
そして、塞養はリビングに戻り、椅子に座っている一人の女性に向かって歩いた。
「浸夜くん、ぐっすり眠ってるみたいですよ。璃映さん」
そう。その女性とは、璃映のこと。
璃映は机に肘をつき、悩んでいますと言わんばかりのポーズ。
更に目線を下にしている。
「そう。ごめんなさいね、塞養さん。悪役みたいな役回りさせちゃって」
璃映は塞養さんの言葉に反応し、謝罪する。




