第二十一話 塞養役雇VS月影浸夜③
僕は、右手に持っていた木刀を後方に放り投げた。
と同時に、しゃがんで地面に映る自分の影に右手をつき、
「身影:千!」
と言葉を発すると、僕を中心に影が直径二メートル程度の円形になった。
そして、その影の中から今の僕を基準にした影の分身が出現した。
その数は、おそよ千体。
それを見た塞養先生は左手を真上に突き出し、
「風界:刃!」
と言葉を発すると、総合集団住宅の敷地内を中心に周囲の風が集まってきて、後方の建物が見えなくなるほどの数千本の風の刃が出現した。
二人とも数は同じだ。
そう、数だけは、ね。
そして、塞養先生が上げていた右手を勢いよく振り下ろし、後方に広がる風の刃が一斉にこちらに向かって飛んできた。
それを見ていた影の分身達は、一斉に塞養先生に向かって走り出した。
その風の刃達は僕の影の分身達に突き刺さり、その威力で地面まで抉られていった。
けど、それもそのはずだ。
僕のこの『身影』は数が多ければ多いほど一体の構成に使う影の密度は少なくなる。
つまり、簡単にいえば耐久性が皆無になってしまうんだ。
今の『身影』で構成した影の分身達は、とても薄いガラスを纏っているようなもの。
それほどに脆く、直ぐに崩れ落ちてしまう。
それは僕も理解している。
だが、それでいいんだ。
今の僕がどの能力を使っても、塞養先生が使う能力の威力には敵わない。
なら、僕が塞養先生に及ぶのはなんなのか。
それを考えた。
そして、それは『量』だ。
だから、今の僕にできるのが、この『身影:千』なんだ。
これなら『風壁』や『風砲』を使っても回避できない。
必ず一体は塞養先生に当たるはずだ。
多分塞養先生は、きっと先程と同じように『風界:刃』を使ってくるだろうと、僕はそう思っていた。
いや、それを期待していたんだ。
塞養先生は『質』で、僕は『量』で勝つ。
それに、僕はさっき木刀を放り投げたのもその理由の一つだ。
『身影』は使った時の僕自身の姿を影で複製する能力だ。
だから、もし木刀を持っていたら、その分余計な影を消費してしまうからな。
そうしていたら、多分この量は構成できなかったはずだ。
まあもちろん、その分一体の攻撃力は落ちるんだけど、でも大丈夫。
その対策も考えがある。
僕は無数に向かってくる風の刃を躱しつつ、後方に放り投げた木刀を右手で拾った。
その時、塞養先生は僕の影の分身を一体ずつ見て確認しながら、
「持ってない。持ってない。持ってない。持ってない」
とぶつぶつと呟いていた。
何を持っていないのか。
何を探しているのか。
それは決まってる。
木刀だ。
さっき言ったように、『身影』は使った時の僕自身の姿を影で複製する能力。
それはもちろん塞養先生も知っている。
だから、木刀を持っている僕=本体、ということは塞養先生なら直ぐに考えつくはずだ。
けど、知っているからこそ、今回は僕が勝つ。
「持ってない。持ってない。持ってない。持って……」
塞養先生は先程までぶつぶつと呟いていた声を止めた。
まあ、理由は聞かなくても分かるけどな。
そして、塞養先生は一言、
「見つけた」
と呟くと同時に、前方に走りながら右手を前に突き出し、
「風纏:斬」
と言葉を発すると、塞養先生が持っていた木刀を中心に周囲の風集まっていき、纏うようにその風は斬撃の形状に変化していった。
間違いなく僕、本体を見つけたんだ。
そして、最後の留めを刺す気でいる。
なので、僕も塞養先生に向かって走り出し、
「影纏:斬!」
と言葉を発した。
だが、塞養先生が見ている僕にはなんの変化もない。
それを見て、塞養先生は眉間に皺を寄せていた。
その表情から、塞養先生が疑問を抱いているのが伺えた。
けど、塞養先生は発動ミス? っとでも思ったのか、そのまま右手で持った木刀を振り上げて、僕に向かって勢いよく振り下ろした。
僕も塞養先生の攻撃に合わせるように、右手で持った木刀を下から上に向かって振り上げた。
そして、互いの木刀はぶつかり合った。
だが、塞養先生は驚いたように目を見開いて、
「手応えが……。まさか、これも」
と呟いた。
そして、その衝撃で木刀を持っている僕の右腕に亀裂が入り、そのまま崩れ落ちた……。
その姿を見た塞養先生は、
「影……」
とぼそっと呟いた。
御名答。
木刀を持っていたのも影の分身だったんだ。
けど、普通なら木刀を持った時点で崩れ落ちていた。
それは塞養先生も思っていたはずだ。
だからこそ、木刀を持っているのは本体だと思ったのだろう。
だが、あらかじめその一体だけは影の密度を上げておいたんだ。
こうなることを見越してね。
「なら、本体はどこ……」
塞養先生は直ぐに周囲を見渡そうと首を右側に振り向いた。
その瞬間、口にしようとした言葉を止め、
「に……」
と体内に残った空気と共に呟いた。
その理由は簡単。
塞養先生は首筋に走った殺気を感じ取ったんだ。
後ろに潜んでいた僕が、塞養先生の首筋に当たるギリギリの位置に突き出した、手刀による殺気を。
そして、僕は息を切らしながら、
「これで、勝負あり、ですよね?」
と塞養先生に向かって語りかけた。
「いつの間に……」
塞養先生は訳がわからないようだった。
まあ、わからないのも無理はない。
なので、説明しよう。
真実を。
僕は息を整えるため、一度深い息を吐いた。
「ずっとそこにいましたよ。この『擬影』で。この能力は僕自身を擬態させ、周囲と同化する」
そう、ずっとそこにいたんだ。
塞養先生の後ろに。
僕は『身影』を発動直後、体全体を影の分身達に隠れた状態で、
「『擬影』」
と呟いた。
もの凄く小さな声で。
だから、塞養先生にも気づかれていなかったと思う。
そして、この『擬影』によって自分自身を擬態して、周囲の風景と同化した状態で塞養先生の後ろに回り込んだんだ。
で、塞養先生が木刀を持った影の分身に向かって走り出したと同時に僕は、
「『影纏:斬』!」
と言葉を発した。
今度は塞養先生に聞こえるように。
その後、木刀を持った影の分身が崩れ落ちたのを確認し、隙を見て右手に纏った影の斬撃を塞養先生の首筋に当たるギリギリの位置に突き出したって訳だ。
相手に勝ったと思わせながらも、その状況を逆転させる。
これぞ、完全勝利ってやつだ。
「そっか。もしかして、その能力も今の戦闘中に発見したの?」
塞養先生は僕の言ったことに納得しつつも、一応確認するように質問してきた。
「はい。その通りです」
僕は即答した。
すると、それを聞いた塞養先生は下に目線を向けながら、
「そっか……。うん、降参。私の負けだよ」
と呟いた。
その言葉を聞いて、僕は塞養先生の首筋から右手を離した。
そして、僕は嬉しそうに笑みを浮かべ、両手を天高く突き上げながら、
「や、やったー!」
と喜びの言葉を発した。
「はあ、完璧にやられたなー。まさか戦闘中に新しい能力を発見して使いこなすなんて。しかも、こんなに沢山」
塞養先生はため息をつきながら、してやられたような表情を浮かべていた。
「それは、全部塞養先生のお陰ですよ」
「え?」
塞養先生は不思議そうに聞き返してきた。
「この戦闘で分かったんです。このままじゃ駄目だって。だから、新しい能力や方法じゃないと塞養先生には勝てないって、そう思ったからこそ、僕は塞養先生に勝てたんです」
「はっはっはっは! そっかそっか!」
塞養先生は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
そして、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「浸夜くん、おめでとう! これで、塞養流 免許皆伝終了! と同時に、これで能力訓練も終了だよ! 今まで本当によく頑張ったね!」
「塞養先生……。今まで、本当にありがとうございました! この影の能力が使えるようになったのも、その後、様々な能力を発見できたのも、全部塞養先生のお陰です! 本当に、本当にありがとうございました!」
僕は目元を赤くして、今にも泣きそうな表情をして塞養先生にお礼の言葉を口にした。
「ううん、私の方こそ、これまで浸夜くんと過ごした日々は本当に凄い楽しかったよ! 今まで本当にありがとうね!」
塞養先生のその言葉を聞いて、僕は我慢していた涙が流れてきた。
それほどに僕の心に刺さったんだ。
「まあ、これから会えないって訳じゃないから、何か困ったことがあったらいつでも声を掛けてね! 必ず浸夜くんの力になるからさ!」
「はい! 分かりました!」
僕は両袖で涙を拭いて、目元が赤く腫れたその目で塞養先生を見つめながら、残りの体力を振り絞るように言葉を口にした。
「あ! あと、今度からは私のことを塞養先生じゃなくて、塞養さんって呼ぶこと! 浸夜くんは今日私を超えたんだから!」
塞養先生は右手人差し指を立てながら、少し不満そうに僕に命じてきた。
「え! あ、はぁ。わ、分かりました」
僕は納得してはいないが、とりあえず了承した。
正直、僕は今回の戦闘で塞養先生を超えたとは思っていない。
けど、塞養せ、いや、塞養さんがそう望むのなら、それを否定することは僕にはできない。
「よし! じゃ、そろそろお店に戻ろうか!」
「はい! そうですね!」
「けど、その前に……。抉れた地面とか、壊れたところ直さないとね!」
塞養先生はやってしまったような表情を浮かべながら、周囲を見渡していた。
その姿を見て、僕も周囲を見渡すと、地面は畑を耕したように抉れて、柵は巨大な岩がぶつかったように歪んでいる。
「あ、はい。そうですね……」
僕は掠れるような声で返事をした。
えっと、柵は塞養先生によって突き飛ばされた僕がぶつかったものだな。
で、地面は間違いなく塞養先生が発動した風の刃の影響だ。
うん、ほぼ塞養先生の攻撃だ……。
そうツッコミたいところだけど、今はやめておこう。
だって、それぐらい真剣に僕と戦ってくれたってことだしな。
とりあえず、片付けよう。
戦う前の状態になるように。




