第二十話 塞養役雇VS月影浸夜②
「甘い? 失礼ですけど、それは塞養先生の方じゃないですか?」
僕はしたり顔でそう言った。
けど、よく考えてみたら本当に凄い失礼だよな。
こんな小さな六歳児にこんなこと言われたら、間違いなく僕なら怒る。
そして悔しがる。
「え?」
塞養先生は困り顔をしながら、不意に疑問を口にした。
どうやら、塞養先生は自分に何が起こっているのか理解できないようだ。
まあ、とりあえず怒らなくて良かった。
塞養先生が怒ったところ見たことないけど、今戦闘モードに入ってる塞養先生を怒らせたら、多分ボコボコにされる。
と、それはともあれ、塞養先生が分からないのも無理はない。
だって、……。
いや、これは塞養先生にちゃんと言葉にして伝えないとな。
「本当ならもう影の中から脱出しているはずだったんでしょうけど。残念ながらこの『沈影』は特別性なので、そう簡単には脱出できないと思いますよ」
「特別性? まさか……」
塞養先生は一度目を細めて考え込み、何かを思いついたように目を見開いた。
流石塞養先生、着眼点がいいですね。
「そう、これはただの『沈影』じゃないんですよ」
僕がそう言うと、塞養先生は徐々に口を開けて驚いていた。
「これは、『沈影:粘』。この能力は対象を影の中に沈めて、その対象が動けば動くほど粘度が増して体に纏わりつく。まあ、塞養先生が驚くのも無理はないですよ。だって、この能力は初めて使いましたから」
「なるほど、そっか……」
塞養先生は下に目線を落としながら、少し悔しそうな表情を浮かべていた。
どうやら、塞養先生は僕が言ったことに納得したようだ。
けど、塞養先生の表情から徐々に感情が抜け落ちていくように感じた。
「はっはっはー! そっかそっかー! これはやられたな! まさか、こんな能力を隠してたなんて、いやー、確かに甘いのは私の方だね!」
塞養先生は急に笑い出し、いつも通りの元気で明るい表情でそう言った。
だが、さっきは確かに感情がないような冷たい表情を浮かべていた。
あれは見間違いだったのか?
そう思えるほど、表情の変わりようが早かった。
あと、やっぱりさっき僕が言ったこと気にしてたのか。
と、とりあえず謝っとこ。
「あ、いや、すいません。あれは言葉の綾というか……」
僕は緊張で声と表情を強張らせながら、必死に言い訳を口にした。
それは当然だ。
塞養先生は今笑っている。
それは間違いない。
けど、母親も怒る時は何故か笑みを浮かべるんだよな。
だから、もしかしたら塞養先生も笑っていても怒ってる可能性がある。
つまり、もう時既に遅いかも知れないのだ。
そう思うと全身に緊張感が襲ってきた。
「いいよいいよ! 全然気にしてないからさ! それに、そんなんじゃ私怒んないよ!」
塞養先生が言うように、本当に怒ってないようだ。
確かによく見ると、母親のような怖い笑みではない。
な、なにはともあれ良かった。
「そ、そうですか。なら、良かったです」
僕は安心して静かに息を吸い込み、静かに息を吐いた。
「あ。あと、一つだけ訂正すると、『隠してた』というのは正しくないです。今まで僕が使えるようになった能力は全て塞養先生も知ってるはずですから」
そう。
戦闘前に言ったように、僕が使える能力は全て塞養先生に知られている。
それは間違いない。
けど、塞養先生はこの能力を知らない。
いや、知るはずがないんだ。
「え? でも、私この能力は見たことないし、知らないと思うよ?」
塞養先生は困惑したような目つきをしながらそう言った。
まあ、それはそのはずなのだが。
「はい、確かに塞養先生はこの能力を見たことないし、知らないと思います」
今塞養先生が言っていることは正しい。
なら、普通は僕が能力を隠してたと思うのは当然だろう。
うん、普通なら、ね。
「ちょっとちょっと! よく分かんないよ! つまりどういうこと?」
僕が言っていることに意味が分からず、塞養先生は天を仰いで悔しそうにしている。
どうやら、塞養先生は分からないみたいだな。
まあ、明らかに僕が言ってることは矛盾しかない。
てか、普段から誰かに説明することないから、説明が途轍もなく下手くそなんだよね。
だから、逆にこれで分かる方が凄いかも知れない。
よし、答えを言おう。
「えっと、つまりですね。この能力は今発見したんです」
「え! 今! 本当に!?」
予想通りだが、塞養先生は途轍もなく驚愕していた。
やっぱりそういう反応になりますよね。
正直、僕も驚いている。
まさか咄嗟の考えとはいえ、上手く発動することができるとはね。
「はい。できるかどうかは一つの賭けでしたけど、なんとか上手くいって良かったです」
「そっか! 確信はしてたけど、やっぱり浸夜くんなら……」
「ん? なんですか?」
僕はよく聞き取れなかったので、塞養先生に聞き返した。
「ううん! やっぱりなんでもないや!」
けど、塞養先生は何か言いたげだったはずなのに、何故か教えてはくれなかった。
僕なら、なんだったんだろう?
もしかして、能力の天才とか?
……。
うん、そんな訳ないよね。
「それより、いつの間にこの能力を使ったの? あの時、『沈影』しか言ってなかったよね?」
塞養先生は不思議そうな顔を浮かべていた。
いや、まあそれは僕も同じなんだけど。
さっき何言おうとしてたのか気になる。
気になる、けど、まあいっか。
言いたくないなら、無理に聞かない方がいいだろうし。
とりあえず、質問に答えるとしよう。
「あー、それは、塞養先生が影に沈んでいる時です」
「え、あの時? でも、ほんの一瞬だったはずだけど」
「はい。そのほんの一瞬の間に、僕はこの能力を発動したんです」
「そうだったんだ! まさかこの戦闘中に新たな能力を発見するだなんて、本当に凄い成長速度だね! って、ごめんね! よく考えたら今戦闘中だったね!」
塞養先生が言った『戦闘中』という発言に、僕は思わず
「あっ」
と呟いた。
そうだった。
塞養先生に言われるまで忘れてたけど、今は戦闘の真っ最中だ。
こんな仲良く話している場合じゃない。
まあ、最初に話しかけたのは僕なんだけどね。
「いえ、元はと言えば話しかけたのは僕の方なので! では、始めましょうか! 戦闘の続きを!」
先程までは少々したり顔だった僕だが、戦闘のことを意識すると同時に真剣な表情へと変わっていった。
でも、塞養先生には悪いけど、今のところは僕の方が優勢だ。
さっきから塞養先生が言葉を発すると同時に無駄に動くから、どんどん影の粘り気が増しているみたいだ。
けど、だからって塞養先生がこのままなんの対策を考えない訳がない。
合図と同時に直ぐに動くはずだ。
その一瞬を見逃すなよ、月影浸夜。
僕はそう自分自身に言い聞かせた。
「うん! そうだね! じゃあ、始めよう……」
塞養先生のその合図と共に、二人は動いた。
「風砲:複」
「縛影」
塞養先生は影の中に沈んだ両手を真上に突き出し、影の外側を中心に分厚い風の砲弾が複数構成した。
僕は左手を前に突き出し、影を紐のような形状にして塞養先生を捕縛した。
ほぼ同時。
その差は全くなかった。
だが、塞養先生は影によって捕縛されながら、両手を勢いよく振り下ろした。
と同時に先程複数構成した風の砲弾が、その粘り気を帯びた影の壁に向かって発射した。
その風の砲弾による威力で徐々に影は粘り気と共に削られていった。
けど、そんなことは想定の範囲内だ。
僕は続けて、
「引!」
と言葉を発し、塞養先生を影の中に沈み、そのまま引き摺り込んだ。
これも、塞養先生が知らない。新たな能力だ。
けど、まだ終わりじゃない。
『沈影』で影の中に入っても空気は存在する。
つまり、息はできるということだ。
だから、このまま影の中に閉じ込める。
僕は左手を前に突き出し、目の前にある影の壁に手のひらを当て、
「沈影:硬!」
と言葉を発し、影の壁から失われた硬度が一気に蘇り、塞養先生を影の中に閉じ込めた。
正確には、影の壁の外側に硬い膜を張っているような感じだ。
これで多少は時間が稼げる。
その後、僕は後方に飛び上がり、塞養先生と距離をとった。
そして着地後、僕はしゃがんで地面に映る自分の影に手を触れ、
「補影:全!」
と言葉を発し、周囲に存在する全ての影を集めて補充した。
空が曇ってるお陰で、周囲には影で満ちていた。
本当に、今日は絶好の戦闘日和だ。
僕は三十秒程度、そのままの状態で影を完全に補充し、続いて自分の胸に左手を当て、
「治影:内!」
と言葉を発し、その左手を通じて影が体内に浸透していった。
今の内に傷を……。
と僕が考えていると、塞養先生を閉じ込めた影の壁の中から、
「風界:刃」
と呟く塞養先生の声が聞こえた。
ですよね、やっぱ対応早いな。
間違いなく攻撃が来る。
僕はそう思い、目の前にある影の壁に目線を向けて、右手で持っている木刀を構えた。
けど、その影の壁はなんの変化もない。
え、なんでだ?
もしかして、発動ミス?
いや、塞養先生に限ってそんなことあるはずが、……ん?
ちょっと待てよ。
さっき塞養先生なんて言った?
確か、『風界』。
僕の『影界』は周囲にある影を全て支配する能力だ。
てことは……、『風界』って、まさか!
僕は咄嗟に真上に目線を向けた。
すると、そこには数千本に及ぶほどの風で構成された刃が出現していた。
しかも、その刃の先は全て地面を向いている。
おいおいおいおい、嘘だろ。
これ全部、風の刃?
僕がその光景に驚愕していると同時に、その刃が地面に向かって降ってきた。
直ぐになんとかしないといけない。
それは分かってる。
そう、頭では分かってるはずなのに、体が動かない。
だって、それよりも先に脳裏に浮かんでしまったんだ。
『死』という感情が。
いつもそうだ。
そう思ったら、いつも体が動かない。
けど、だからこそ。
今ここで、乗り越える。
この『死』っていう感情を。
じゃないと、この先には進めないから。
だから、僕は歯を食い縛り、地面に左手を触れ、
「影壁:膜!」
と発しながら、自分を覆うように左手を右側まで振り上げ、地面に存在する影を引き延ばして、膜のように周りを覆った。
風の刃は容赦なく地面に向かって勢いよく突き刺さり、地面が抉れて周囲には土埃が舞い上がっていた。
その音を聞いているだけで威力の凄まじさが伝わってくる。
だが、僕はその影の膜によって空から降り注ぐ無数の風の刃を防ぐことができた。
それに、さっきの『治影』によって体の痛みも完治した。
よし、とりあえず乗り越えられたってことかな。
今はそう思うことにしよう。
けど、乗り越えられたことで安堵する暇はない。
何故なら、その風の刃は降り止んだのだが、状況が一変したからだ。
風の刃は降り止んだ後、僕はその影の膜に空いたほんの少しの隙間から外を覗いた。
すると、先程まで影の壁があったはずのその場所には、影の壁は姿一つなかったのだ。
そして、その影の壁に閉じ込めていたはずの塞養先生はその場所にしゃがみこみ、
今まさに立ち上がろうとしていた。
それと同時に、僕を覆っていた影の膜が徐々に地面に戻っていく。
そして、二人とも立ち上がり、その距離は三メートル程度だ。
しかも、ふと空を見上げると、一本だけ残った風の刃が地面に向かって落下していた。
それを見た僕は、直ぐ塞養先生に目線を向けた。
すると、塞養先生はこちらを振り向きながら、コクリと頷いた。
その行動を見て僕も理解し、コクリと頷いた。
どうやら塞養先生もそのつもりのようだ。
そう、この状況は試合開始の状態と同じ。
互いに無傷で、しかも魔力もまだ余力がある。
多分、こういう状況を『仕切り直し』というのだろう。
いや、例え違ったとしても、そう呼ぶに相応しい状況だ。
そして、その風の刃が地面に落ちた。
その瞬間、二人とも同時に動き始めた。
よし、再度試合開始だ!




