第一話 新たな人生の始まりを告げる機械音
ピーピーピピーピ、ピピーピピー……。
陽暦二一一一年六月九日。
時間は、六時ちょうど……。
耳障りな機械音が枕元で鳴り響き、僕の聴覚を刺激した。
そして、この絶望とも呼べる機械音と共に、今日という一日が始まった。
かといって、完全に覚醒したわけではない。
半分寝ていて半分覚醒しているような感じ、半覚醒状態ってやつだ。
何やら変な夢を見ていたような気がする。
美女とか、浸夜? とか。
あ? 誰だそれ……。
けどまあ、よく覚えていないし。
いいや。
今の僕にとって、どんな夢を見たかなんてどうでもいい。
所詮、夢は夢。
夢の出来事は夢の中で終わりにしよう。
それに、今はそんなことを考えている暇ではない。
何故なら、とてつもなく眠いから。
できればこのまま安眠を続けていたい。
けど、そういう訳にはいかないのが辛いところだ。
分かってる分かってる。
頭では理解してるよ?
起きないといけないってさ。
けど、全身の細胞がそれを拒否する。
なら、仕方ないだろ?
だが、それ以上に、この耳障りな機械音が不愉快でならない。
なので、僕は仕方なく開くことを拒否する瞼に力を入れ、辛うじて瞼を開けた。
そして、朦朧とした意識の中、機械音がする方向に左手を伸ばし、四角形のそれを掴んだ。
で、真上のボタンを押してこの機械音を止めることができた。
そう。それが安眠の邪魔をする犯人……。
――目覚まし時計だ。
因みにデジタル式。
ほんと嫌になるよ。
覚醒する為とはいえ、早朝からあの機械音が鼓膜を通して、頭の中に響き渡る感覚は不愉快でしかない。
あ、決して目覚まし時計が悪いってわけではないですよ。いや、本当に。
目覚まし時計が存在するからこそ、毎朝遅刻することなく学校に行くことができている訳ですから。
目覚まし時計を開発して下さった方々に感謝を言いたい。
本当にありがとうございます。
そして、目覚まし時計……。
――いや、目覚まし時計様。
いつもお世話になってます。
これからもよろしくお願いします。
そんなことを思いながら、僕は静かになった部屋で、また眠りに落ちようとしていた。
そう、皆さんもご存知であろう。二度寝だ。
実を言えば、六時十分に起きれば、余裕で学校に間に合う。
つまり、あと十分ほど時間に余裕がある。
なので、その数分だけでも、この幸せな時間を堪能したい。
まあ、このままだと確実に爆睡して、遅刻確定でしょうけどね。
でもご安心ください、ちゃんとセット(目覚まし時計のアラーム二個目)してますよ。
六時九分に。
なんでそんなきりの悪い時間にセットしたの?
と、疑問に思った人の為に説明しよう。
自慢ではないが、僕は寝起きがとても悪い。
先ほどのように、一度覚醒しても意識が朦朧としている。
なので、時には目覚まし時計を止めたことすら、記憶に残ってないくらいだ。
挙げ句の果てに、そのまま寝過ごしてしまい、学校に遅刻した回数は見当もつかない。
だが、長年の経験という遅刻を積み重ね、僕はある必勝法を思いついた。
それがこの……。
――『六九アラーム朝シャッキーン法』だ。
まず最初に、六時にセットしたアラームにより、半覚醒状態になる。
そして、また眠りに落ちるのはいつものこと。
なので、次は六時九分にアラームをセット。
その機械音が鳴ったと同時に、一気に上体を起こす。
更に、自分の頬を思いっ切り叩く。
そうすることで、強制的に覚醒させる。
例え、覚醒する為とはいえ、他者から頬を叩かれるのは嫌だ。絶対に。
けど、自分で叩くのは我慢できる。
いや、我慢せざるを得ない。
で、残りの一分間は、学校に行くか行かないかを決める為の時間。
まあ、九割の確率で行くことになるけど、一応念の為に設けている。
所謂、最後の悪あがき。
いや、最後の『希望』だ。
ピピーピピ、ピーピピーピーピピ……。
六時九分。
セットした時間通り、目覚まし時計が枕元で鳴り響く。
そして、僕はそれを断ち切るように、一気に上体を起こした。
だが、僕は鳴り響いている機械音に違和感を感じ、眉間に皺を寄せ、
「……ん? こんなリズムだったっけ……?」
と疑問を口にした。
いや、明らかに普段流れているリズムとは異なっている。
最初は、単純に目覚まし時計が壊れてるのか?
と思った……。
だが、驚くことはそれだけに留まらない。
目覚まし時計の真上にあるボタン。
それを押さなければ、機械音は鳴り止まない。
基本、そうだ。
けど、何故か二回ほどで自動的に鳴り止んだんだ。
まるで、新たな人生の始まりを告げるかのように……。
僕は驚きのあまり、完全に覚醒した。
なので、この不可思議すぎる現象を真剣に考えた。
考えて考えて考えて……。
――さっぱり分からない。
まあ、とりあえず頬を叩く必要がなかった、な。
なら、いいや。
諦めよう。
だって仕方ないだろ?
今の状態で考えても、この現象は全く訳が分からない。
それに、人間諦めが肝心だって言うからね。
僕は意識的に大きく息を吸って、ふう、と息を吐き、気持ちを落ち着かせた。
ふと、気になって、目覚まし時計に目線を向けた。
すると、あっという間に、六時十分。
色々あったが、とりあえず学校に行こう。
あの現象は……。
うん。帰ってからよく考えることにする。
せっかく覚醒したのに学校に遅刻しては元も子もない。
僕はベットから両足を下ろして立ち上がった。
その後、両腕を突き上げて背伸びをし、気怠さが残った体を強制的に動かした。
そして、僕はドアノブに手を掛けて扉を開け、部屋から出ると同時に、先程の現象を後にした。
その後、僕は学校に行く準備を整えた。
朝食を食べ、歯磨きをし、学校指定の制服を着用。
念の為、教科書を入れているリュックの中身を確認。
筆箱・教科書・シート・家の鍵。
うん、異常なし。
因みに、リュックは黒色。
制服はブレザー。
カッターシャツは白色。
ジャッケットは黒色。
ズボンは灰色。
ネクタイは赤色。
以上。
現在のコーデ内容でした。
あ。関係ないけど、女性は青色のリボン、らしい。
最後に、身だしなみを整える為、洗面所にある鏡を見た。
そして、そこに映る自分の姿を確認。
次に、ため息を一つ。
その理由。
信じられない、いや信じたくないほど、地味で根暗な姿がそこに映ったから。
どのくらいかというと。
誰これ?
と、ツッコミたい程だ。
しかも、それがいつも通りの姿っていうのが更に辛い……。
アホ毛みたいについた寝癖も、目の下にある青黒い隈。
うん、いつも通り。
特に異常、ない、な。
最終チェックを終え、僕はそのまま玄関に移動。
学校指定のローファーを履き、ドアノブに手を掛けて扉を開けた。
すると、刀のような温かい陽光が僕の体を射してきた。
例えるなら、白いほどに冴え返った陽光が、僕の体に浸透して真っ黒な心を浄化するかのような感覚だ。
いや、何言ってんだろ?
例え下手すぎて笑えてくるわ。
ふと、空を見上げると、雲一つない青空。
燦々と輝いている太陽。
神様が贈ってくれた、としか思えないような快晴。
あまりに燦々と降り注ぐ陽光に、足を竦めそうになった程だ。
だが、それを断ち切るように、僕は家の外に足を踏み出した。
――そして、今日もまた、憂鬱な日常が始まる。




