第十話 冒険者組合
[2023/7/4/ 更新]
「ふふふっ」
誰かの笑い声が聞こえる。
僕は気になって、その方向に目線を向けた。
そこには、右手を口元に当て、笑ってる母親。
どうやら、僕のその姿を、じっと見つめていたらしい。
しかも、周りに居る人たちも、僕を見て笑ってる。
おいおい。何がそんなにおかしいんだ?
僕の行動にかい?
っと、ツッコミたいところだ。
と同時に、恥ずかしくなってきた……。
――だが、決して馬鹿にしている訳ではない。
全員が見守るような、そんな笑みをしている。
一人の男。いや、一人の子供が急にガッツポーズ。
更に、何かを決意したような、自信に満ちた表情。
現状から見て、先程の戦闘による影響。
そう、全員が思い、笑みを浮かべる。
つまり、 冒険者に憧れた、と思ったはずだ。
だから、恐らく嬉しいんだ。
次世代の冒険者候補になり得る可能性があることに。
けど、母親に関しては、多分少し違う。
ここに来る前にも、同じようにガッツポーズをかました。
それに続いて、また同じ姿を目の前で披露。
そして、この母親は僕の行動が示す意味を分かっている。
なら、僕が冒険者に憧れたことは、一番に察したはずだ。
で、更に追加で、我が子の姿が可愛い、という笑み……。
そう思うと、本当に子供の姿で良かった……。
心からそう思う。
何故なら、今のは子供だから、喜ばれる行動。
きっと、それ以外の人が同じ行動をしたら、冷たい目線を集める。間違いなく。
でも、ここに来れて本当に良かった。
僕は、心の底からそう思う。
今日見たこの光景を、僕は一生忘れない。
それほどに、脳裏に焼きついている。
それに、この世界での目標が生まれた。
だから、喜ぶのは当然といえば当然。
となると……。
このままいけば、いずれ僕は冒険者になる。
だとしたら、今日みたいに、大勢の人たちに見られながら戦闘することもある。
いや、きっとそれが日常茶飯事。
なら、いつでも大勢の全員に見られてる。
そのくらいの気持ちでいなければ、冒険者にはなれないってことだ。
つまり、今恥ずかしがっていたら、いつまで経っても、冒険者にはなれない。
僕は胸を張り、誇らしげな笑みを浮かべる。
今まさに、冒険者になっている、かのように。
――だが、まだ早かった……。
いや、ちょっと待って。
だとしても、やっぱり恥ずかしいです……。
僕は、急激に恥ずかしくなった。
そう思うと、顔を中心に、耳の付け根まで真っ赤に染まっていく。
そして、僕は母親にしがみつき、顔を埋め、周囲の視線から逃げた。
「よしよしっ。いいのよ、よく頑張ったわね」
母親は、僕の頭を右手で撫で、褒めてくれた。
すると、僕にあることを問い掛けてきた。
「ねえ、浸夜。もしかして、冒険者になりたいの?」
その瞬間、その言葉を待ってました!
と言わんばかりに、体が反応した。
僕は心のどこかで、その言葉を期待していた。
この母親なら、そう聞いてくれるはずだ、と。
確かに、先程の行動は恥ずかしかった。
それは本当。
けど、その会はあった。
だって、きちんと思いは伝わったのだから。
僕は顔を上げ、母親に向かって頷く。
「そう……」
母親は微笑み、掠れた声で呟いた。
見て分かる。
母親は喜んでいる、はずだ。
けど、なんでだろう?
なぜか、悲しそうな……。
そんな顔に見える。
その時、フィールド上では――。
鎧男が地面に剣を刺し、膝を突き、今にも前のめりになって崩れ落ちそうな姿。
恐らく、今は気力だけで、なんとか立っている状態。
そして、先程までは、その気力でなんとか戦えていた。
だが、戦いが終わり、緊張感が徐々に抜けていった。
それに伴い、全身に疲労感と痛みが駆け回っている。
多分、今まさにその状態だろう。
その姿からして、明らかに……。
――もう、戦えない。
すると、フィールドにある四方の通路から、一人の男性が登場。
茶色の髪に、緑色の瞳をした男性。
年齢は二十代前半。
白色のローブを身に包んでいる。
名前分かんないから、仮で、ローブ男と呼ぼう。
そのローブ男が、鎧男に駆け寄り、何かを問い掛けている。
だが、それに対して、鎧男は首を横に振った。
その後、ローブ男が通路に向かって、両腕をクロスさせた。
ばってんマークだ。
つまり、試合続行不可能の合図。
すると、突如、
ウイーーーン!
という機械音が鳴り響いた。
と同時に、試験闘技場を囲う壁の上から、四角形の巨大なパネルが四個、競り上がって出現。
僕は咄嗟に、パネルのほうに目線を向けた。
そこには――。
見本戦人。
最終討伐魔獣:中級(上層)。
確定冒険者階級:騎。
と表示されていた。
すると、ローブ男が鎧男に肩を貸し、通路に向かって歩いている。
その姿とパネルの内容を見て、観客の全員が拍手をしている。
全員、つまり僕と母親もね。
パチパチと手を打つ音が、試験闘技場全体に響き渡った。
これは、あの鎧男に向けての、賞賛の意思表示だ。
その賞賛の音が響く中、二人は通路に入り、姿を消した。
僕はそれを確認し、拍手を止めた。
そして、今日の感想を述べる。
――とてもいい戦いだった!
けど、一つだけ疑問がある。
それは、パネルに表示された内容。
『最終討伐魔獣:中級(上層)』という文字。
つまり、あの土霊兵は、正式には『魔獣』というらしい。
まあ、それはいいや。
さほど問題じゃないし。
それよりも、僕が気になったのは、『中級』という文字。
中級ってことは、多分その上には上級が存在する。
つまり、あの土霊兵より、強い魔獣がこの世界にはいるってことになる。
てことは、『冒険者階級:騎』っていうのも、多分まだ上の階級がある。
そのことを理解して、僕は息を呑んだ。
あの土霊兵よりも、更に強い魔獣がいるのか……。
そんなの……。
――そんなの、ワクワクしないわけないじゃないか!
上には上が居る。
そんなことは百も承知だ。
だからこそ、その上に行けるように。
乗り越えられるように、努力を積み重ねて、強くなっていくものだ。
だから、これから頑張る。
必死に、努力し続ける!
そんな中、観客の人たちが徐々に立ち上がり始めた。
どうやら、先程の試合が最後だったらしい。
観客の人たちは、続々と出入り口の通路に向かっている。
すると、母親も立ち上がり、試験闘技場の外へ。
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母親は、先程通った道を再度歩いていた。
店。基、家に向かっている。
つまり、帰っているところ。
ふと、気になって、母親の顔に目線を向けた。
すると、何かを悩んでるのか、何故か浮かない顔をしている。
思えば、僕がガッツポーズをかました辺りから。
あれ以降、全然元気がないように見える。
と、突然母親が立ち止まった。
「うん……。よし、決めた」
そして、何かを決意したような表情で呟き、
「浸夜。今から冒険者組合に行ってみましょうね?」
そう僕に問い掛ける。
当然、急すぎる問いに固まる僕。
えっとー。
どうしよう?
いや、正直行ってみたい気持ちはある。
あるのだけど、名前からして冒険者がいるのは確定。
つまり、人が多い。
結果、人混みに酔う。
なら、今日はこのまま帰って、また別の日に行くのが望ましい。
うん、今日はやめておこう。
だが、母親は僕の反応を待たず、また歩き出してしまった。
向かっている場所は……。
言うまでもない。
その冒険者組合だ。
え、まさかの強制?
どうしたんだ、母親よ。
僕、まだ何も返事してないよ?
……。
ま、まあいっか。
冒険者を目指すのなら、場所を把握する意味でも、見ておいて損はない。
うん、損はない……。
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あれから約十分後。
ある建物の前で、母親が立ち止まった。
その建物の出入り口には看板があり、『冒険者組合』と書いてある。
どうやら、次の目的地に着いたみたいだ。
そこは、今までこの世界で見た中で一番でかく、一番高い建物だった。
外見は煉瓦で出来ていて、高級感が漂っていた。
母親は冒険者組合の恐らく出入り口であろう扉のドアノブに手を掛けて、扉を開けて中に入って行った。
外見からして察してはいたが、内見もまさに高級な一室のようになっていた。
上に目を向けると、天井にはシャンデリアが吊り下がり、その一室を照らしていた。
まさに高級な建物にふさわしい照明だ。
それに、周りを見渡すと大勢の人達が集まっていた。
しかも、鎧を身に纏っている男性や、槍を持っている女性だ。
その容姿からして間違いない、『冒険者』だ。
恐らく、先程の試験闘技場の人とは違い、現役の『冒険者』なのだろう。
その人達は、左右の壁に貼ってある依頼書のようなものを見つめていた。
多分、その依頼書を受けて冒険者としての仕事をするのだろう。
すると、一人の鎧を身に纏った男性がその依頼書を一枚手に取り、前方に設置してあるカウンターに向かって行った。
そのカウンターには先程試験闘技場にいた申取さんと同じ服装をしている女性が居て、鎧を身に纏った男性がその女性に向かってその依頼書を手渡した。
そういえば、申取さんはここの受付嬢だったな。
てことは、あの女性も同じ受付嬢だろう。
「すいません。この依頼を受けたいんですけど」
「はい、かしこまりました。では、冒険者資格証をご確認されて頂いてもよろしいでしょうか」
「はい、分かりました」
鎧を身に纏った男性は右手でズボンの右ポケットから、カードのようなものを取り出し、その受付嬢に手渡した。
その受付嬢はそのカードを目の前に設置してあったパソコンのような機械に差し込んで、何やら入力している。
その後、そのカードを抜いて鎧を身に纏った男性に手渡した。
「はい。では、この依頼書の受諾を確認致しました。とうぞお気を付けて」
カウンターにいたその受付嬢は、その鎧を身に纏った男性に向かってお辞儀をしていた。
「ええ、ありがとうございます」
鎧を身に纏った男性もお辞儀をし、その依頼書を手に持って、冒険者組合の外に出て行った。
と同時に、母親はカウンターに向かって歩き出した。
向かう先のカウンターにはまた先程とは異なる受付嬢が立っていた。
「掛保! 久しぶり!」
母親は左腕で僕を抱き抱えて、その受付嬢に向かって右手を振りながら話し掛けた。
すると、その受付嬢がこちらに気づいたらしく、右手で振り返していた。
茶色の髪をおだんごにして、緑瞳をした女性。
恐らく、歳は二十代前半くらいの美女だ。
その受付嬢が首にかけてある紐の先にある名札には、上段に小文字で『冒険者組合 受付嬢』、下段に大文字で『乾牧掛保』と書いてあった。
「え! 嘘、瑠映? 久しぶり! 瑠映がここに来るなんて珍しいね! どうしたの? まさか……、再就職!?」
その受付嬢、乾牧さんは口元に右手を当てながら驚いている様子だった。
まあ、それは僕も同じだ。
二人の様子からして、またしても母親の知り合いのようだ。
おいおい、どんだけ知り合い多いんだよ。
どうやら、母親は顔が広いらしい。
それに、ん、再就職?
どゆこと?
「そんな訳ないでしょー! 今日は浸夜の適性能力と種族を検査してもらいに来たの!」
母親は少しムッとした表情をしていた。
「なんだ、そうだったの! はぁ、びっくりしたー!」
乾牧さんは安心したらしく、右手で胸を撫で下ろしていた。
「いや、びっくりしたのはこっちよ」
乾牧さんの反応を見て母親が即答する。
な、なるほど。
二人の話からして、母親はここで、恐らく受付嬢として働いていたことがあるということだろう。
しかも、二人はかなり仲が良さそうだ。
多分、同時期に勤めていたんだな。
てか、『適性能力』ってなんだ?
よく分からないけど、恐らく先程試験闘技場で見た人みたいに、炎とかが出せるってことなのかな?
だとしたら一体どんな能力があるんだろう。
僕は心なしかワクワクしていた。
「そっかそっか! 浸夜くん大きくなったねー! 私のこと覚えてる? いや、まだ小さかったから覚えてないかな?」
乾牧さんは僕に目線を向けながら話し掛けてきた。
そして、乾牧さんは、
「とりあえず、久しぶりー!」
そう言葉を発すると同時に、母親から僕を奪い取った。
そして、母親に背を向けて、僕を思いっきり抱きしめた。
ツッコミどころが多くて反応が追いつかないけど、とりあえずいい匂いがした。
なんというか、落ち着いて眠ってしまいそうになりそうなほど温かい感じの匂いだ。
あ、でも母親もめっちゃいい匂いがしてたよ。
と思いながら僕は母親に目線を向けた。
すると、母親は優しそうな笑み……、のように見えるんだけど、本心では怒ってるのが滲み出ていた。
その母親の目線の先は、言うまでもなく乾牧さんだ。
「掛保?」
母親は今まで聞いたことがないほど、恐ろしい声で乾牧さんを呼んだ。
「ひゃ! はい?」
乾牧さんはその声に驚いて女の子っぽい声を発し、咄嗟に返事した。
そして、ゆっくりと母親に向かって体を向け、母親の顔を凝視した。
「今の浸夜はまだ病み上がりの状態なの。だから、ね? あまり急に動かしたりしないで? 分かったわね、掛保?」
「あ、はい! ごめんなさい!」
乾牧さんは母親に向かって謝罪を口にしながら、僕をカウンターの上にゆっくり置いた。
この時、僕ははっきり分かった。
母親は怒らせると怖い、ということが。
そして、乾牧さんは一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
その後、魔法陣のような模様をした一枚の板を僕の前に置いた。
その板をよく見ると、ケーブルのようなものが差し込んであり、先程のパソコンのような機械と繋がっているみたいだ。
「じゃあ、浸夜くん! ここに手を乗せてくれるかな?」
乾牧さんは気を取り直して、僕に目線を向けながら聞いてきた。
僕は頷きながら、その板に右手を乗せた。
その瞬間、その板から真っ黒な影が出現し、僕を包み込んだ。




