第九話 冒険者という職業
[2023/7/11/ 更新]
僕はフィールドに目を向けた。
そして、さっきまで口元を押さえていた右手を離し、無意識に口を開け、目を見開き、輝かせ、一点を見つめる。
そこには、全身に鎧を纏っているガタイのいい一人の男性。
両手に大剣を握り、目の前に構えている。
その先には、先程の男性。仮で、鎧男と呼ぼう。
その鎧男の目線の先には、十倍以上の大きさをした、全身に岩を纏っている化物。
まるで、土霊兵みたいな化物。
ていうか、多分土霊兵。
フィールド上は、砂地。
直径六百メートル程度の円形場。
周囲の高さは五十メートル程度の壁で取り囲まれている。
見た感じ、その土霊兵が手を伸ばしても観客席に届かない程度になっている。
四方には、その土霊兵が軽々通れる程度の通路が設置してある。
恐らく、そこから闘技場参加者がフィールド内に入って行くのだと思う。
それと、周りを見渡すと、観客席には軍服に、制帽を被っている人が居る。
人数は、ざっと見た感じ、十人程度。
その人達はフィールドには目を向けず、観客席を警戒している。
どうやら、冒険者資格試験を観覧する目的でここに居る訳ではなさそうだ。
となれば、その格好から見るに、ここの警備をしている人たちの可能性が高い。
つまり、この世界にも前世でいうところの警察官みたいな役職が存在するということだ。
そっか、なら良かった。
というのも、僕は頭の中で思っていたことがある。
それは、この世界の治安について。
もし、この世界に警察官みたいな役職がいなかったら、絶対に争いごとが絶えないはずだ。
けど、どうやらこの世界は、僕が思っていたよりも安全な世界みたい。
僕は安心し、吐息をつく。
それに、観客の人数もそうだが、警備の人も雇っているってことは、相当この冒険者資格試験はこの世界の主要的な行事なのだろう。
けど、それには納得。
なにせ、さっきまで人混みに酔っていた僕でさえも、この光景を目の当たりにし、一気に酔いが覚めた。
それほどの圧倒的な出来事が、そこには広がっていた。
断言出来る。
これを見て興奮しない人はいない。
それが、男性や僕のような子供なら尚更。
そうこうしている内に、フィールド上ではゴング音が鳴り響き、戦闘が始まった。
そのゴング音と共に、フィールド上にいる土霊兵と鎧男が歩き出し、互いの距離が徐々に迫っていた。
その距離が四百センチ程度になった瞬間、土霊兵が右手を握り締め、鎧男の頭部に向かって殴り掛かった。
どうやら、先行したのは土霊兵だ。
だが、鎧男も土霊兵の動きを見逃さなかった。
鎧男は左手を前に突き出しながら、
「炎壁!」
と言葉を発した。
すると、その左手を中心に炎が出現し始め、徐々に分厚い炎の塊になり、巨大な四角形の壁が構成された。
どうやら、この世界に存在する呪文みたいなものなのだろう。
なら、恐らく僕も使えるのかな?
あ、いや。
今はそれは置いといて。
戦闘を見よう。
そして、土霊兵が殴り掛かった右拳は、先程鎧男が構成した炎の壁に激突。
だが、その炎の壁はびくともせず、土霊兵の攻撃を完全に防いだ。
しかも、土霊兵のその右拳には炎による効果で、黒色に焦げていた。
その現象を見ただけで、炎の壁の強度と温度がどれ程のものなのか伝わってくる。
土霊兵は、衝撃で右腕を戻し、左腕から無数の岩が出現。
その左腕は約三倍以上の大きさにまで巨大化した。
すると、土霊兵がその左手を握り締め、先程の炎の壁に向かって殴り掛かった。
その左拳が炎の壁に激突し、炎の壁は衝撃で歪み、徐々に亀裂が入り、全体を駆け巡った。
すると、遂に炎の壁は崩れ落ち、土霊兵の左腕が鎧男の頭部に向かって迫っている。
だが、鎧男は寸前で跳び上がり、 土霊兵の左腕が地面に減り込む。
と同時に、その左腕の上に着地した。
その後、鎧男はそのまま走りながら、
「炎纏!」
と言葉を発し、両手で持っている剣を中心に炎が発生し、まるで纏うかのように轟々と音を立てて燃え上がっていた。
そして、両手で持っている剣を自分の頭の位置まで振り上げ、土霊兵の頭部に向かって剣を振り下ろし、剣が減り込む。
土霊兵の頭部には亀裂が入り、剣に纏っていた炎がその亀裂を徐々に広げ、頭部の左側が崩壊。
その攻撃の影響で土霊兵は、
ギィギャアアアアア!
と悲鳴を上げ、膝から崩れ落ち、地面に両手をついた。
鎧男は後ろに跳び、回転しながら地面に着地。
その後、即座に土霊兵の左側に移動した。
そして、鎧男は土霊兵に向かって走り、
「炎纏:斬! うおおおおおおお!」
と言葉を発し、先程以上に剣に炎を纏わせ、土霊兵に向かって雄叫びを上げ、走った。
恐らくとどめを刺す気だ。
炎の形状が、先程とは明らかに異なっている。
まるで、炎自体が斬撃のように、鋭く切れ味を持っているようだ。
それに、土霊兵からは死角になっている。
この攻撃が入れば確実に決着がつく。
――と思った。
恐らく、この光景を見ている全員が、そう思ったはずだ……。
だが、土霊兵は野生の本能故なのだろう。
左側から迫って来る鎧男に何故か気がついた。
そして、土霊兵は右手を握り締め、鎧男の腹部に向かって殴り掛かった。
確かに、土霊兵からも視覚になっていた。
だが、それは鎧男も同じだ。
鎧男からは、土霊兵の右腕が全く見えない。
尚、完全に攻撃体制に入っていたこともあり、土霊兵からの攻撃を防ぐことができず、腹部にもろに受けてしまった。
鎧男が纏っている鎧の腹部は歪み、口から血を吐く、と同時に、
「ぐわっ!」
と蛙が潰れたような声を上げた。
先程の炎の壁と同じように、鎧自体もかなりの硬度を誇っているように見える。
ということは、その鎧でも受けきれないほどの攻撃だった、ということだ。
恐らく、鎧男へのダメージは内臓まで及んでいる。
その後、鎧男は攻撃の衝撃で、後方へ突き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
当たった壁の周辺は崩れ落ち、鎧男も一緒に地面に倒れ、周囲には砂埃が舞っている。
先程まで歓声を上げていた人たちの声が、徐々に動揺した声に変わっていくのを感じた。
それは僕も同じだ。
先程まで、鎧男の方が優勢だった。
なのに、それを土霊兵が覆したのだから。
しかも、たった一撃で……。
恐らく、その場にいた人たちは思ったはずだ。
人間と土霊兵との、力の差というやつを。
冒険者の過酷さを。
この冒険者資格試験の厳しさを。
身に染みて感じたはずだ。
更に、土霊兵は鎧男の方へ向かって歩き出した。
砂煙で良く見えないが、多分鎧男は、まだ立ち上がっていない。
いや、きっと立ち上がれないんだ。
恐らく、それほどのダメージ。
――やばい、このままでは……。
僕の頭の中には、最悪の状況が浮かんだ。
あの時(二歳の時)と同じ感覚。
そう、『死』だ。
土霊兵は鎧男の前まで移動し、左手を握り締め、頭部程度まで振り上げた。
その瞬間、観客席にいる人たちのほとんどが目を瞑り、最悪の状況に備え始めた。
しかも、フィールド上に設置してある四方の通路から、白色のローブを身に包んだ一人の男性が顔を出し、右手を胸の前で構えている。
恐らく、最悪の場合は、戦いを止めるつもりでいるんだ。
――だが、鎧男はまだ、諦めていなかった……。
鎧男は、持っていた剣で、周囲を舞う砂埃を切り裂き、その姿を周囲の人たちに見せた。
けど、その姿は、頭部と口から血を流し、今にも倒れそうだった。
だが、さっきまで目を瞑っていた人たちは、徐々に目を開き、鎧男を見つめた。
恐らく、その姿を見て確信したんだ。
彼はまだ、戦うつもりでいるって。
なぜなら、鎧男の目はまだ、『死』んではいないからだ。
そんな状態の鎧男を、右眼で確認した土霊兵。
その土霊兵にも伝わったはずだ。
鎧男の思いを……。
そして、土霊兵は、鎧男に向かって左腕を振り下ろし、殴り掛かった。
それと同時に、鎧男は、
「炎纏:鋭!」
と言葉を発し、両手で持っている剣を中心に炎を纏った。
しかも、今回は炎が針のように鋭く尖っている。
そして、土霊兵が繰り出した左拳に向かって剣を突き刺した。
すると、突き刺した剣を中心に、更に炎が燃え上がり、土霊兵の左腕を徐々に侵食し、網目状に広がっていた。
その後、炎が土霊兵の左腕全体に広まり、左肩から炎の針が突き出して、左腕が崩れ落ちた。
左腕を破壊された衝撃で、土霊兵は思わず一歩左足を引いた。
けど、土霊兵もまだ、諦めてはいない。
今度は右手を握り締め、鎧男の頭部に向かって殴り掛かった。
だが、諦めていないのは鎧男も同じだ。
鎧男は、
「炎纏:円!」
と言葉を発し、両手で持っている剣を中心に炎を纏った。
そして、剣を円を描くように振り上げ、同時に炎は徐々に鋭く燃え上がり、土霊兵の右腕を一刀両断。
切断された右腕は崩れ落ち、周囲には砂煙が舞っていた。
けど、明らかに対応が早すぎる。
恐らく、男性は分かっていたんだ。
その土霊兵なら、そうしてくるって。
両腕を失った土霊兵は、鎧男に向かって頭突きを繰り出した。
恐らく、最後の攻撃だ。
だが、それは鎧男も同じ。
鎧男は剣を背中につく程度の位置まで振り上げ、
「炎纏:激!」
と、口から血を吐きながら、その言葉を発した。
すると、剣には徐々に炎が纏い、鎧男が振り下ろす最中に、より大きく、より激しく燃え上がった。
その後、鎧男の頭部の位置まで達した時には、土霊兵よりも遥かに大きな炎の剣になっていた。
そして、そのまま土霊兵の繰り出した頭突きに合わせるように、頭部に向かって振り下ろし、互いの攻撃がぶつかり合う。
――上から下に繰り出す頭突き。そして、更にその上から繰り出す炎の剣。
どちらが有利なのか……。
それは言うまでもない。
その衝撃で、土霊兵は地面に叩きつけられ、頭部は炎の剣によって焼き尽くし、体に生じた亀裂によって、完全に崩壊していった。
観客の全員が、その状態を見て息を呑んだ……。
本当に凄まじい勢い。
そして、窮地からの大逆転。
凄まじいほどの猛攻撃だ。
しかも、鎧男は決して倒れず、その場に立っていた。
鎧男は、今にも崩れ落ちそうな足に力を入れ、両手で剣を持ち、天高く掲げた。
そして、最後の力を振り絞り、観客に向かって、
「うおおおおおおおおおおおお!」
と叫んだ。
その姿を見た観客の全員が、今日一番の歓声を上げた。
先程まで静まり切っていた試験闘技場内に、また歓喜の声が蘇った。
当然だ。
今の戦闘を目の当たりにして、興奮しない人はいない。感動しない人はいない。
この感情は、恐らく言葉では表現出来ない。
よく、見た人にしか分からないって言うけど、まさにそれだ。
僕も今の戦闘を、その鎧男の姿を見て、興奮が抑えられない。
そして、こう思った。
――カッコいいって。
圧倒的な力を前にしても、立ち向かって行ったその姿に。
死ぬかもしれないのに。
それなのに、諦めないで前を向いているその姿に。
――憧れる。
その時、僕は父親の姿と重なるのを感じた。
同じだ……。
父親と。
誰かの為に、何かの為に、頑張って立ち向かって行く。
――これが冒険者か。
ん? 待てよ……。
つまり、冒険者の仕事。
それは、こういう土霊兵と同じような化物を倒すこと、だよな?
ということは、この世界にはまだまだ化物が大勢いる。
なら、それは沢山の人を守る、沢山の人の為になれる職業ってことだ。
それって、まるで。
――英雄じゃないか……。
僕は一度両眼を瞑り、決意を固め、次の目指す目標を決めた。
この世界で目指す目標、それは冒険者だ。
冒険者になって、この世界で、沢山の人の英雄になる。
僕は頭の中で決断し、一気に両眼を開け、右手を握り、天に向かって突き上げた。




