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かみさまはひとの子

 神様の言う通り、父はすぐに帰ってきた。


 今日未明、父はアトリエで目を覚ました。目の前には、先程までスケッチしていた、ヤグルマギクの咲き乱れる森の風景画がある。


 いつの間に、アトリエに戻ったのか。いつの間に、風景画を描き上げたのか。


 不思議に思いながら、寝室に向かうと、我が家がもぬけの殻になっている。父は驚き、妻子を探した。そして、自身が一ヶ月と二週間、行方不明になっていたことを知り、度肝を抜かれたと言う。


 --ふみのお願い、叶えてくれたんだ! ありがとう、かみさま!


 文子は、神様に会ったこと、神様にお願いして、父を帰して貰ったことを父に話した。母には、信じて貰えない気がして、打ち明けられなかった。神様を描いた父なら、信じてくれると思った。


 ところが、父は失踪していた間のことを、何も覚えていなかった。神様のことも知らないと言う。


「お父さん、かみさまの絵を描いてたよ。絵を見たら、きっと思い出すよ」


 父は文子をアトリエに招き、完成した風景画を見せてくれた。文子は目を疑った。描かれているのは、木漏れ日に包まれ、ヤグルマギクが咲き乱れる風景。それだけ。


 神様は、何処にもいなかった。


 --かみさま、いなくなっちゃった。神様がいなきゃ、おともだちになってあげるって約束、まもれないよ


 父は、神隠しにあったことを忘れてしまった。けれど、あの山村には、心惹かれるものがあったようだ。


 父はあの山村への移住を熱望した。母は反対したけれど、父は移住を諦めない。母はついに根負けし、一家はあの山村へ移住することになった。そして八月八日。


 再び訪れた山村で、神様は文子を待っていた。


 怖いくらい綺麗な顔に、心揺さぶる笑顔を咲かせて、降車した文子の手をとった。


「やっと来たねぇ! 待ちくたびれたぞ、ふみちゃん」


 かみさま、と文子が口走るより先に、旅館の女将が駆け寄って来る。一家の引越しを手伝う為に駆けつけてくれたのだ。女将は神様の首根っこを掴んだ。


「こぉら、清作! おだつな! 文ちゃん、びっくりするっしょ!」


 ごめんねぇ、と謝りながら、女将は美しいこどもの頭を下げさせる。美しいこどもが、上目遣いに文子を見つめて、えへへ、と笑う。


 その子の名前は、夢見内(ゆめみない) 清作(きよさく)。この山村で唯一の旅館を営む、夢見内家の一人息子。文子より二つ年上の、七歳の男の子だった。


 大人たちが引越し作業に精を出すのを尻目に、文子と清作は、新居の庭の片隅に広げたレジャーシートの上で寛いだ。足を前に投げ出して、アイスキャンディーを噛りながら、文子は清作の話に耳を傾ける。清作は出会った日と同じように、ぺらぺらとよく喋った。


「あの日さぁ……あっ、あの日ってのは、ぼくとふみちゃん、はじめて会った日のこと。あの日さぁ……ぼくの誕生日だったんだっ!」

「うん。ふみ、知ってた」

「そうなの!? なしてぇ!?」

「清作くん見たらわかるもん」


 あの後、奇妙奇天烈な清作の身形について調べたのだ。あれは誕生日を迎えて浮かれるひとの装いだった。


 清作は目を丸くした。


「すごっ! ふみちゃん、ホームズみたい! 名探偵じゃん!すごいね! すごくない!?」

「えー? ふみ、すごい? ふつうじゃない?」

「すごいよ! 全然、ふつうじゃない!」

「すごいかなぁ? 」

「すごいすごい!」

「すごい……かも? 」

「すごいっ! すごっ!」

「ふふふ、ふみってすごいっ! すごっ!」


 文子と清作は二人して笑い転げる。麦茶を配って回っていた清作の母は、二人のところへやって来て


「あらあら。二人はもう、すっかり仲良しねぇ」


 と言い、二人によく冷えた麦茶を紙コップに注いで、手渡してくれた。ありがとう、と言って受け取ると「いえいえ、どういたしまして。ちゃんとお礼出来てえらいねぇ」と褒めてくれる。文子がはにかんで笑うと、清作は顔を顰めた。


「そうだよ、ぼくら、一番仲良しの友達さなるんだ。したっけ、おしゃべりの邪魔ばしねぇでくんない? 人の恋路を邪魔する奴は犬に喰われて……いでっ!」


 憎まれ口をたたきながら、麦茶を受け取ろうのばした清作の手を、清作の母がぺしんと叩く。叩かれた手をひらひらと振る清作を睨みつけ、清作の母は踵を返す。


 清作はアイスキャンディーの棒を咥えたまま、母を呼び止めた。


「母ちゃん、ぼくさも麦茶ちょうだい」

「めんこくねぇ子さあげる麦茶はありません」

「母ちゃん、なに言ってんの? ぼくがみったくねがったら、アドニスもナルキッソスもめんこくねぇことさなるよ? 世の中の美という概念が崩壊するよ? もちろん、母ちゃんの大好きなあの人も、めんこくねぇんだよ。なんてったっけ、パチピロシ?」

「舘さんだってば! パチモンみたいに言うでねぇよ! わざとだべ。わざと間違ってんだべ。まったく、憎たらしい子だよ、この子は!」


 清作の母は、清作の頭に拳骨を食らわす真似をする。清作は大きく飛び退いて


「だめだめ、母ちゃん。 ぼくの美貌は人類の宝だぞ。傷付けたら、世界中の美ば愛するひとたちば、敵さ回すぞ」


 と言った。清作の母は大きなため息をついて


「あんた、またそれぇ。恥ずかしいから、やめなさいね」


 と言って、人類の宝の高い鼻尖を摘まんだ。人類の宝は、ふが、と豚のような声をあげたので、文子は腹を抱えて笑った。


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