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再会1

 そして迎えた日曜日、KY大学祭当日。文子と千恵と由美は、最寄駅で待ち合わせをした。


 写真撮影会ということで、文子は髪を三つ編みにして白いカチューシャを着けて、セルリアンブルーとホワイトのストライブ柄のブラウスを着て、ベージュのスキニーパンツを履いて、オフホワイトの靴下とターコイズブルーのストラップカンフーシューズを履いて出掛けた。


 文子に出来る、精一杯のおめかしである。


 千恵も由美も、いつもに増してお洒落して待ち合わせ場所にやって来た。


 千恵は裾にたっぷりとひだ飾りをあしらった、おろしたてのスカートを履いており、由美は髪をバレッタでまとめて額を出して、お気に入りのショルダーバッグを肩に斜めにかけていた。


 三人はお互いの健闘を称え合いながら、KY大学へ向かった。


 道中、文子は


「わたし、こんなんで大丈夫かな?」

「なんか緊張してきた……」


 と繰り言し、由美は逐一それをカウントし、千恵は文子の心配を笑い飛ばした。


「なんで文子がそんなに不安になるのさ! 写真、撮るだけでしょ!」


 ところが、目的地に近付くにつれて千恵の口数は減り、KY大学の正門の前に辿り着いた時には


「……なんか、私も不安になってきた、かも……期待が萎んで不安が膨らんでく……」


 と言い出した。華やかに飾り立てられた正門を見上げて、遠い目をしている。指折り数えて待っていた撮影会直前になって怖じ気付いたらしい。おろおろする千恵の頭を背伸びした由美が小突く。


「なんで千恵が不安になるのさ。写真、撮るだけでしょ」

「だって! 別次元の美形だよ!? それでいて、この世界の人間なんだよ!? 怖い! 怖くない? 怖いよね!? 絶世の美形の隣でキモオタスマイルニチャア、してる自分を見せ付けられるなんて、身の毛のよだつ凄惨な記念写真になってしまう!」

「いいじゃん、イケメンを私達のキモオタスマイルで囲んでやろう」

「皆!? 皆でキモオタスマイル!? ダメダメ、文子にキモオタスマイルなんてさせられない! でも、由美のキモオタスマイルは、怖いもの見たさで、ちょっと見てみたいかも!?」

「なんでよ。差別するな、キモオタ千恵」

「そう言うあなたが誰よりも差別的な発言してますけど!? ちょっと文子、どう思う!?」

「え!? えっと、そうだね……キモオタスマイルしてても、千恵ちゃんは可愛いと思う!」

「えっ……トゥンク……」

「はいはい、チョロイン、チョロイン」


 三人はじゃれあいながら、KY大学の正門を潜った。


 外部や地域の人々に解放されたキャンパスは、大勢の人で賑わっていた。


 正門から校舎へ続く道には、学生が出店する模擬店がズラリと並ぶ。縁日に並ぶ露店のように食べ物や飲み物を売る模擬店もあれば、サークル活動の展示や販売をする模擬店もあった。体育館横の特設ステージではプロのミュージシャンによるライブが予定されており、校舎前に設営されたステージでは、サークル活動の発表が予定されている。イートインスペースや案内所もあり、何処も賑わっていた。


 KY大祭に出店する模擬店は、全学部、全サークルが出店しており、その数は百を越える。客の投票によって一番人気の模擬店を決める、模擬店グランプリという企画もあるらしく、どの模擬店も気合いが入っているようだ。


 KY大祭の雑踏の中で、漫画研究会の模擬店はすぐに見つかった。予め模擬店マップで模擬店の配置を確認していたのもあるけれど、そもそも、漫画研究会の模擬店はとても目立つのだ。


 漫画研究会の模擬店では、人気漫画の登場人物に扮した売り子達が、サークルメンバーによるオリジナルの漫画やイラスト集、ライトノベルを販売している。


 それだけを見れば、何の変哲もない漫画研究会の模擬店と言えるだろう。

 模擬店の前に、きらびやかに着飾った女性達が鈴なりになっていなければ。


 女性達ははしゃぎながら、模擬店の奥へ進んで行く。パンダのイラストが描かれた衝立にぐるりと囲まれたスペースから、女性の歓声が聞こえる。


「パンダ撮影会の会場、あそこだよね?」


 文子が千恵に訊ねると、千恵はこくんと頷き、キョロキョロと辺りを見回した。


「そうだと思うんだけど……あれ? ねーちゃん、どこだろ? あれー? 店番してるから、着いたら声かけろって、メッセージ来てるんだけどな。どういうこと?」


 千恵はメッセージアプリを立ち上げたスマートフォンの画面を睨みながら素早くメッセージを打ち込む。

 千恵がメッセージを打ち終えるのを待っていると、衝立の向こうから女性の三人組が出てきた。女子大生風の女性達は、興奮しながら熱心に語り合っている。


「すごいイケメンだったね!」

「うん、うん! すごいキラキラしてた! 眩しい! ビックリした!」

「無愛想でごめんねって言われたけど、全然気になんないよね! あの顔ヤバいよ、めちゃめちゃ綺麗!」

「え? そんなこと言ってたぁ?」

「言ってたじゃん、写真撮るとき」

「えー? 全然覚えてない」

「あれよ? パンダの人じゃなくて、飼育員の人が言ってたのよ?」

「あー、そっち? 全然覚えてない」

「眼中にないって感じ? ひどっ!」

「パンダの人、一言も話さなかったよね。こっち、見向きもしないし」

「塩対応。でも、それが良い。てか、イケメンならなんでもイイ」

「それそれ! 結局それよ、イケメンは正義!」


 女性達は笑いながら、道脇に立ち止まる文子達の前を通り過ぎて行く。流行の服に身を包み、洗練された化粧を施し、毛先までに丁寧に整えた、大人の女性である。


 ーーわぁ、お洒落。大人のお姉さんって感じ。あんな、きれいな女の人たちでも、塩対応されちゃうんだ。それじゃあ、わたしみたいな、地味で根暗な女子高生なんか、一緒に写真、撮って貰えないかも……


 エミたちの嘲弄を思い出し、文子は顔をしかめてしまう。すぐになんでもない顔に戻った筈なのに、目敏い由美の目は誤魔化せない。由美はひとつ咳払いをすると、スマートフォンの画面を食い入るように見詰める千恵の袖を引いた。


「んん? その顔は、卑屈になっている顔だな? おーい、千恵。文子がまた卑屈になってる」

「えー!? もー、文子ってば、なんべん言ったらわかるのさ! 文子は可愛いの! 私に言わせれば、うちの学校で一番可愛いもん!」


 千恵はスマートフォンをスカートのポケットに突っ込むと、文子の頬を両手で挟んで「うりゃうりゃ!」と言いながら捏ね回す。「やめてー」と悲鳴を上げながら、慰め、励ましてくれる優しい気持ちが嬉しくて、文子はへらりと笑った。


 そんな二人を、由美は腕組をして眺めている。由美は言った。


「文子は気にしすぎ。文子はきちんとしてるよ。文子を笑い者にする奴の性格が悪いの。文子は悪くない。だから気にしない。以上、証明終了」

「由美ちゃん……好き……」

「そうでしょうとも。私も好きよ」

「ええっ!? ダメダメ! 由美も文子も! あたしをのけ者にしちゃダメだかんね! 二人とも、私のことも好きだよね!?」


 千恵は文子と由美をぎゅうぎゅうと抱き締める。文子はきゃっきゃっとはしゃぎ、由美は「鬱陶しい。やめんか、コラ」と千恵の腕をバシバシと叩く。


 そうこうしていると、背後から溌剌とした声に呼ばれた。


「おー! 千恵、いたいた! 由美ちゃんと文子ちゃんも! 久しぶりー、よく来たね!」


 振り返ると、コンビニのビニール袋を右手に提げた長身の女性が、元気よく手を振っていた。キャラメル色の長い髪がサラサラと風に靡く。千恵は女性の満面の笑みをギロリと睨みつけ、思いきり顔をしかめる。


「ちょっと、ねーちゃん! 何処ほっつき歩いてたのさ! 模擬店で待ってるって言ったくせに! 探したじゃん!」


 妹に詰られた姉は、悪びれることなく肩を竦める。


「しょーがないでしょ。買い出しよ、買い出し。飼育員にパンダの餌、頼まれたの。皆コスプレしてるからさ、着替え要らずでサッとコンビニ行けるの、私くらいなのよ」


 そう言う千恵の姉は、白いインナーの上に青いパーカーを羽織り、黒いハーフパンツを履いている。靴下はルーズソックス、そしてピンクのスリッパを履いている。


 そのコスプレに、文子は心当たりがあった。


 ーーテンアのズンサかな?


万愛(まな)さんのそれ、テンアのズンサですか?」


 由美が訊ねると、千恵の姉は破顔一笑して由美の肩に腕を回した。


「おっ! 流石は由美ちゃん! よく知ってるね! そうそう、ズンサコス! 本当は頭も被るんだけど、息苦しいから外してんの。頭はね……これ!」


 千恵の姉はいったん模擬店の奥に引っ込むと、可愛らしくデフォルメされた頭蓋骨のような被り物を抱えて戻ってきた。それを見て、由美が感嘆する。


「わっ、すごっ……完成度高いですね。手づくりですか?」

「もっちろん!」

「前日までヒィヒィ言いながらつくってたのに、被らなきゃ意味ないじゃん。頭被んなきゃズンサじゃないし」


 ボソリと呟いた千恵の背中を、千恵の姉がバシンと叩く。したたかに打たれたようで、千恵は前のめりになって悶絶した。


「痛い! めっちゃ痛い! 信じらんない! 最悪! 暴力反対!」


 と涙目になって喚く千恵には一瞥もくれず、千恵の姉はズンサの頭部に詰め込んだこだわりを語り出す。由美は熱心に相槌を打ちながら千恵の姉の話に耳を傾けており、千恵はすっかりむくれていた。


 文子が千恵に近寄り、背中をそっとさすってあげると、千恵は文子に抱きついて


「文子は優しいねぇ良い子だねぇ! 決めた、私は文子と添い遂げる! 由美なんか熨斗つけてねーちゃんにくれてやる!」


 と喚くので、文子は苦笑しながら千恵の頭をよしよしと撫でた。


 そうしていると、衝立の向こうから、男性がひょっこりと顔をのぞかせた。男性はキョロキョロしてから、千恵の姉に目をとめ、呼び掛ける。


「葛木さん、おかえり! アイスキャンディあった!?」

「ん? ……あっ、そうだそうだ。私、おつかいに行ってたんだった」

「忘れてたのかよ……」


 千恵が小声で姉にツッコミを入れる。今度は姉の耳には届かなかった。千恵の姉はコンビニの袋を振り回している。


「あった! あったよ、茂木くん! パンダの様子はどう?」

「もう限界だ! 可及的速やかにアイスキャンディが必要!」

「おー、マジか! オッケー、今届ける!」


 千恵の姉はズンサの頭部を由美に押し付けると、身を翻す。衝立の向こうに身を滑り込ませ、高らかに言った。


「夢見内くん、お待たせ! ご注文のアイスキャンディ、お持ちしましたよー!」


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