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 狭間でビビア達が業務終了後の食事をしていたその頃。

 地上のとある貴族の屋敷では……。

「おい、この料理は何だ? もう少しマシな物が出せんのか?」

 醜く太った体を、金糸銀糸の刺繍も豪華な服に包んだ男が、夕食に出された料理に文句をつけていた。

 彼はヴィンス子爵。ドワンダ王国の南に位置するコノエ地方の現領主である。

 給仕の若い女は怯えて震えるばかり。彼女から見れば、厨房の料理人が作り上げた皿は充分に豪華で彩りも美しい。しかし、以前と比べると明らかに量も少なく、食材の質も落ちている。

 給仕を下がらせ、子爵の横に立っていた執事長が子爵に声を掛ける。

「旦那様、失礼を承知で申し上げますが、予算を考えますとこれでもまだ豪華かと……」

 その言葉を聞いて、激高した子爵は執事長にグラスを投げつけた。もう慣れっこの執事長は反射的にそれをかわしてしまったものだから、更に子爵は気に食わない。

「予算? これが豪華だと?! こんな干からびたような肉に、家畜の食うような葉っぱばかりの料理がか?」

 使用人達はその干からびたような肉ですら口に入らないのに……そう思っても、もちろん執事長は口には出せない。結果黙って答えないでいると、更に子爵を怒らせることになろうとも。

 今度はナイフでも投げそうな子爵を止めたのは、隅で黙々と食事をしていた長男のラルフである。彼は穏やかに微笑みながら言う。

「まあまあ、父上。料理長は父上の健康を考えてあえて質素に作ってくれているのですよ。最近よく胸が苦しいと申されていたではありませんか。怒ると血圧が上がります。落ち着いて」

 優しく言ったラルフの声には、明らかに父親を見下すような侮蔑の色があるのに執事は気がついて、心の中で激しく手を叩いていた。

「……確かに調子が悪いしな……」

 何とか子爵が怒りを鎮めてくれたと、ラルフと執事長が胸を撫でおろしたのも束の間。

 ヒラヒラとドレスの裾をはためかせてやって来たのは子爵の娘のリセラ。

「ねぇねぇ、お父様。今度、アメイラ伯爵令嬢にお茶会に招待されたの。新しいドレスを何着か作ってもいいですよね?」

 少々いき遅れ感は否めないが、目に入れても痛くないほど可愛がっている美貌の娘に、可愛らしくねだられて、子爵は笑み崩れる。

「もちろんだとも。可愛い娘の頼み……」

 快諾するはずの子爵の言葉は最後まで言わせてもらえなかった。

「リセラ、君は素敵なドレスを沢山持っているだろう? 今は少し我慢してはくれないだろうか? 領地を治めるための資金繰りが芳しく無くてね。倹約せねばいけないんだよ」

 ラルフは相変わらず微笑みながら穏やかに言葉を選んで言うが、その笑みは引き攣っていて額に青筋が立っているのは、かなり自制していると思わせるに充分だ。そんな我慢も相手が無神経なら意味は無い。

「ええー? お兄様ったら酷い。一度着たドレスなんて着て行ったら笑いものですわ」

「そうだぞ、ラルフ。付き合いも立派な仕事だ。ケチくさいことを言うな」

 そろそろラルフの我慢も限界である。

「はっきり言おうか? 金が無いんですよ! あんた達のせいで」

 山がちの辺境に領地を構えているとはいえ、ヴィンス家は王室とも縁のある歴史ある名家。

 名領主と謳われ、民に慕われていた先代……ラルフの祖父は高齢で亡くなるまで、長く息子に爵位を譲らなかった。一つ飛ばして孫のラルフに領地経営の全てを教えたのは、息子には任せられないとわかっていたからだろう。家督もラルフに継がせる気だった。だが、残念なことにラルフが成年を迎える前に亡くなってしまったのだ。

 今となってはラルフは祖父を恨みたくなる。実質、ラルフがなんとか遣り繰りしているからギリギリ持っているが、息子に丸投げで帳面すら見たことのない子爵は自分達が贅沢をすることしか考えていない。妹のリセラもだ。

「そんなもの、領民からもっと納めさせればよかろう?」

 絶対にそう言うと思っていた通りの言葉が子爵の口から出たので、ラルフはがっかりだ。

 お爺様、いくらクズでもせめて最低限の常識くらい教えておいて欲しかった……そうラルフが思ってももう遅い。長男として当たり前のように父が家督を継いだ事に周囲は辟易するしかないのだ。

「……昨今の干ばつで農地では作物もろくに採れず、領民は皆常に腹を空かせています。そんな状態でまともに働くことができるとお思いですか? その上に更に税を納めさせるなど、死ねと言うのと同じですよ。そんな非道な事ができるとお思いですか? 我々がほんの少しでも我慢すれば済むことなのに」

 至極まっとうな事を訴えたラルフの言葉はやはり子爵には届かなかった。

「なぜ貴族の我らが我慢せねばならんのだ。構わんだろう、別に。平民どもがどうなろうと。」

「そうよ。お兄様、何を仰ってるの?」

 駄目だこりゃ……殺意すら覚えるので、本気でキレる前にとラルフは早足で食堂を出た。 

「ただ周りに祭り上げられて爵位を継いだだけのあんな馬鹿でロクでも無い親父、一刻も早く死ねばいい。リセラも誰でもいいから嫁に出さないと。僕が当主になりさえすれば、もう少し領民にも楽をさせてやれるのに」

 ラルフは愚かな父達と同じ血が流れていることにすら反吐がでそうだ―――。



 一方、狭間のビビア達は。

「でね、コノエの現領主の子爵ってのが、ホントにこれ以上無いってクズなんですよ。もういつ領民達が蜂起してもおかしく無いってくらい。唯一の救いは、長男がマトモってことだけです。皆、早く当主が代替わりしてくれれば……って祈るしかないんです」

 ビビアの言葉に、ダンは『アレ』の詳細を知った。

「じゃあ、その領主の寿命を使ってるってわけだな」

「はい。悔しいことにそのクズ領主の瓶、めっちゃ寿命の残量があったんですよね。元々山地ですから農地も段々畑しか作れない土地な上、最近は酷い雨不足でロクな物も採れない。なのに領主に納めなきゃいけないものですから、皆、飢えで寿命が減る人が多くて。それなのに子爵だけ長命なんて。あまりにムカつくので、子爵の寿命を毎日少しづつ皆に分けてみました。もちろん、全部じゃないですよ? 子爵がどういう終りを迎えるのかはわかりませんが、近く代替わりが行われると思います」

「いい仕事してるじゃないか、ビビアちゃん。沢山のコノエの人が幸せになるね」

 本当は褒められたことではないとはいえ、ダンももし自分が同じ立場だったらやはり同じことをしただろうと思う。なにより多くの人が望んでいることだ。

 ビビアは更に告白を続ける。

「……先輩にだから言いますけど、暴露しちゃうと個人的にも子爵には恨みがあるので復讐もかねてなんですけどね。私の父が死んだのが子爵のせいですから」

 ビビアがまだ小さい頃、妹が生まれたすぐあとに父は亡くなった。ビビアの目の前で。

 藁の束を担いで道を渡っていたところを、飛ばして来た子爵家の馬車にはねられたのだ。すぐに医者に診せてくれれば助かったかもしれないが、重傷を負ったビビアの父にあろうことか子爵が言った言葉は「馬車が血で汚れたじゃないか」だった。もちろん捨て置いて馬車は行ってしまった。出血多量で父はそのまま帰らぬ人となったのだ―――。

「なんとまあ……ホント、クズだな。よく一気に最後の一滴まで分け無かったよ。ビビアちゃんは我慢強いな」

「さすがに一気にやっちゃうと殺人ですし、主任にバレます。上に報告も行くでしょう。私、即クビですよ」

 正直、この件さえ終わればビビアはクビになってもいいと思っている。先に彼女が言っていたように、神経のすり減る責任の重すぎる仕事だから。しかし確実に子爵の瓶が消滅するまでは、見届けたいと思ってもいるのだ。

 聞いているダンの表情はそう変わりない。それがビビアには不思議だった。更に、ダンは思いがけない事を言う。しかも自信満々に。

「案外バレても主任は叱らないかもしれないし、上には黙っててくれるかも」

 何を根拠にそんなことを? ビビアは呆れるしかない。あの真面目すぎるアーシェルが不正を許すはずなど無いのに……と。

「いやあ、絶対咜られるで済みませんよ。確実に私は職権乱用の犯罪者です」

「ここだけの話だけど、主任が同じことをやってるのを、俺見たことがあってさ……」

 周りに聞こえないようにこっそりと、ダンはビビアに話し始めた。


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