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 夕刻、とあるものを管理する職場ではそろそろ本日の仕事も終りの時間。

「それでは業務終了前に、各担当地区の報告を」

 この職場の責任者である主任管理官アーシェルが、今日も無愛想に皆に告げる。

 毎日の定時報告と記録の提出。これを終えたら自宅に帰れるとあって、皆我先にとアーシェルのデスクに殺到する。

 そんな中、この職場で一番の新人で若い女性であるビビアは、当然のこと一番最後。これは致し方ないと本人も思っているので、自然と後ろに下がって他の報告を待っていた。

 今日の一番乗りはビビアより少し先輩のダン青年である。

「本日キモリ地区は四つの瓶が減り、残量わずかの瓶が二、増えた瓶はありません」

 いつもは軽い遊び人風のダンだが、アーシェルに報告する時だけはビシッと背筋を伸ばして喋り方もハキハキとしている。緊張しているのだろう。

 先輩も怖いんだね、主任が……天使もかくやという繊細で優しげな面立ちの美男なのに、無愛想でカッチカチの真面目だし。こう、氷ででも出来ているのかと思うような。わかるわぁ……と、ビビアは心の中で思いながら頷いていた。

「よろしい。御苦労だった。では次」

 ダンがすれ違いざま、ビビアの肩をポンと軽く叩いて、お先にと言い残して出て行く。

「ミニエ地区では本日の増減は無し、残量わずかが二。ただ、減り方が異様に早いものが幾つか見受けられ、今後の注意が必要かと思われます」

 二番目の報告に、順番待ちの列からざわっとどよめきが上がった。

 無表情で報告を受けているアーシェルの眉間に、うっすらと縦皺が浮かぶのをビビアは見逃さなかった。ああ……これは長くなりそうだ……と。

「同じような異常な傾向が見受けられる地区はあるか? あれば挙手を」

 アーシェルの声に、二人ほどが手をあげた。ミニエ地区と隣接する地区担当達だ。

「ふむ。範囲は狭そうだが、近く疫病の流行や不測の危機が訪れるかもしれぬ。しばらく担当者は各瓶の残量に注視し、逐一の報告を怠らないように」

「はい」

 思っていたよりも早く、その件については終わり、ビビアは心の中で胸を撫で下ろす。実はこの後、先に出て行ったダンと食事の約束がある。待っていてくれるだろうが、出来るだけ早く報告を終わらせたいのだ。

 その後各地区担当の報告が終って皆が去っていく中、やっとビビアの番が回って来た。

「コノエ地区では残量わずかが二。新しい瓶が一つ増えました。以上です」

 硬い口調で報告を済ませて記録紙をデスクに置き、ビビアは早々にアーシェルに背を向けた。

 だが―――。

「ビビア担当官、ちょっと待ちたまえ」

 記録紙に目を落としたアーシェルがビビアを呼び止める。

 びくっと身を竦め、急いでるのにぃ……と泣きたい気分でビビアは足を止めるしかない。

 渋々ながら再び向き直ったビビアに、アーシェルが厳しい口調で問う。

「減った瓶は本当に一つも無いのか? 君の担当の地区はこれで二カ月間連続一つも瓶が減っていない。コノエはかなり高齢化も進んだ過疎地、このところ雨不足で不作も続いていたはずだ。なのに増えているだと?」

「でも本当に減っていないんです。私の担当の棚を見ていただいたらわかると思いますが」

 ビビアがそう言うと、アーシェルの美しい顔の眉間の皺が深くなった。

「しかしあまりに不自然だ。この件について君の見解は?」

 見解とかどうでもいいから早く帰りたい……と、ビビアは思っても口には出せない。

 実はビビアの報告にはちょっとしたカラクリがあるにはあるのだが、今はまだ言えない。絶対にアーシェルに怒られるとわかっているから。

「ほ、ほら、不作で口に入るものが少なくても、意外と粗食の方が体に良かったり、高齢者と言ってもご長寿さんが多い地域なのではないでしょうか。空気もいいですし、山がちのド田舎で、皆小さい時から体をよく動かすことにより健康的に鍛えられているのかもしれませんよ?」

 苦し紛れにビビアは適当なことを言った。だが案外アーシェルは渋い顔ながらも頷く。彼は先の報告の件の方が深刻で、こちらは悪い方では無いのだからと判断したようだ。

「なるほど、君の言うことにも一理あるな。もう少し様子を見るか……」

「そうしてください」

 背後のドアの向こうでダンが待ってくれているのがビビアにはわかる。

「それでは急いでおりますので失礼します。主任、また明日」

 アーシェルに一礼して、今度こそドアを目指しかけたビビアに、またも背後から声がかかる。

「あー、ビビア君」

 ちょっと、まだ何かあるんですか? そう文句を言いそうになっても、もちろんビビアには無理なので、無言で足を止めるにとどまった。

 呼び止めたわりに、しばらくアーシェルの口から続きの言葉は無かった。

 早く用件を言ってよ……と思いながらも、振り返らなかったビビアには、アーシェルがほんの僅かだが緊張したような微妙な表情なのは見えていない。そしてようよう言葉を絞り出したのも。

「こ、この後、一緒に食事でもどうだろうか」

「すみません、今日は先約がございまして」

 断りの返事は早かった。

「そうか……ではまた今度」

 結局振り返らなかったビビアは、意を決して誘ったのに断られたアーシェルが、ガックリと肩を落としたのも知らずにそのまま退出して行った。振り返っていたら、彼に対する印象が変わっていたかもしれないのに。



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