第9話 迷子の戦士
クロロとアシルはダリスに戻って来た。太陽はすっかり沈み、緋色の空は静かに夜を纏おうとしていた。
「今回はありがとう。本当に助かったよ」
アシルは心からの感謝を伝えた。
「君と出会い私は、新しい自分にも出会えたような気がしているんだ」
(恥ずかしい言葉を平気で言うんだな)
と、クロロは思うのであった。
「折角ついでにギルドへ今回の討伐報酬を受け取るんだが、それでささやかながらお礼をさせてくれないか?」
「いいのかい?」
「当たり前じゃないか!さっ、君と私の縁に祝杯をあげよう!」
クロロは自分だけ恥ずかしい気持ちに陥った…。
「…‼︎」
「あのー、ギルドはこっちですよー!」
「そうか!すまない!」
クロロは段々とアシルについてわかり始めてきた。
- ダリスギルド -
ガランガラン…。
出入り口扉のベルが鳴り、アシルとクロロがギルドに戻った。フロアではクエストを終え仲間たちと酒を飲み交わす冒険者で溢れかえっている。
ギルドの受け付けではカロナがこちらに気付いた。
「おかえりなさい。お疲れ様でした」
カウンター越しから眩しい笑顔で温かく迎えてくれ、2人は心身の疲労が無くなりそうな感覚になる。
「あれ?お2人はお知り合いですか?」
アシルは今回の経緯を説明した…………。
「そうだったのですね」
「お2人ともご無事で何よりでしたね」
またしてもこちらの身を案じて気遣ってくれる…。
クロロは自分の鼓動が早くなるのを感じた。
「では、アシルさんの今回のクエストですが、見事フェンリルを討伐されたと言う事で、依頼人に証拠となるモノを提示して下さい」
アシルは少し上を眺め、「あっ」…っと言い硬直した。
「まさかお忘れになられたのですかー⁉︎」
さっきまでニコやかな表情だったカロナがとても驚いている。
(…驚いた表情も可愛い…)
クロロはハッ!っとした。
「えーっと…」
アシルはカロナと目を合わそうとしない。
「では…………どうしましょう?」
カロナは首を少し傾げ困り果てている。
(困った表情もまた可愛い…)
ハッ!っとしたクロロは首を横に振り我に返った。
「‼︎…そうだ!」
クロロは森からの去り際にフェンリルから回収した牙と、調合用に採取しておいた生き血をカロナにみせた。
するとカロナは交易所の鑑定士にそれらを見せに行った。
アシルは少し状況が読めていない様だ。
カロナが受け付けカウンターに戻ってきた。
そして、奥から片手で少し重そうにしながら持ち上げた袋をカウンターに置いた。
「おめでとうございます!こちらが報酬の50000メルスになります!」
「まったく……今回はお連れさんに感謝ですね」
アシルもクロロ、そしてカロナも手続きが順調に進み安心した表情だ。
「そして、クロロ様からお預かりしました。フェンリルの素材ですが、複数ある牙の1つを依頼人に渡すのでそれ以外はお返し致しますね」
クロロは最悪、素材は返却されないと思っていたので何だか得した気分になった。
「さぁ、無事に報酬を手に入れれたので、これで祝杯だー!」
アシルはクロロの手を掴み、フロア端の小さなテーブルへ連れて行った。
(お前が言うな…)
…と、正直思ったが、今はこの時間に身を預けようと思った。
*******
ギルドでの食事が進み始めた頃、フロア中央からこちらに向かってくる男がいた。
男は2mくらいはあるだろうか、デカい図体に身体は甲冑で着飾っており、歩く度、甲冑のゆすれる音が物々しさをかもしだしている。
男はテーブルに寄って来るなり、フロア中に響かせる様な大声で喋りだした。
「おいおい!迷子の戦士のお帰りだぜ〜」
フロアからクスクスと失笑する声が聞こえる。
「フェンリル狩るのに何日かかってんだぁ〜!?」
ギャハハハハハ…
今度はフロア中に大勢の笑い声響いた。
「やめとけ〜!バックス〜!」
向こうから野次が飛ぶ。
「うるせぇ‼︎」
今度は野次に向かってバックスが吠える。
アシルは少しうつむき黙って食事をしている。
バックスはアシルに同席するクロロに目をつけた。
「おめぇ新顔だなぁ、おぉん?
おめぇサポーターかぁ〜?大変だなぁおめぇも。」
フロアの視線が全てこちらにあるのを確認しバックスは続ける。
「知ってるかぁ?アシルがなぜ迷子の戦士って呼ばれてるか、コイツはとんでもなく方向音痴なんだよぉ〜。だからいつもパーティー組んでも足引っ張って邪魔になるだけだから降ろされるんだ!」
「いつもソロでクエストしてるのはそうゆうこと!」
「旅に出ても迷子、仲間もいなくていつも迷子。迷子の戦士さぁ〜!」
アシルの表情は酷く沈んでいる…。
クロロは堪えきれない感情を抑えるのに必死だ。いや、いっそ魔王の力を解放してこの町ごと滅ぼしてやろうか。とも考えたが魔王の力が出てしまえば、この夢の時間が壊れてしまう。
クロロはバックスの目を見つめた。見つめられたバックスはクロロの目の奥に見える黒い淀みに引き寄せられた。
バックスは次第に動悸が早くなり、ふるふると小刻みに震えだした。
それでも更に引き寄せられるバックスは段々と思考が追いつかなくなるような感覚を覚えた。
「やめてくださいっ‼︎」
声を上げ止めに入ったのはカロナであった。
アシルは顔をあげ、クロロはバックスから目を背けた。バックスはというと酷く汗をかき、呼吸が乱れている。
「冒険者同士で何をやっているんです!」
「冒険者に優劣はつけてはダメなんです‼︎
冒険者は町の人々の困りごと解決し、人々を助け、町の平和と発展を担う素晴らしい方々なのです!」
この場所は静まり返っており、フロアの視線は皆カロナに注がれている。
「難解なクエストをやったから偉いだとか、高額な報酬を得たから偉いだとか、本質はそこではなくどんな依頼をもこなす姿こそ、人々に生きる希望を与える大事なことだと思うんですー‼︎」
力いっぱい言いきったカロナはバックスを見上げた。
…少し間が空いてフロア全体が浮き立つ様な熱気が弾け飛ぶ。
「うおぉぉぉぉぉ〜……‼︎‼︎」
フロアの冒険者が皆大声で叫び出した!
「さすがだ!カロナちゃーん!」
「バックスさがれー‼︎」
野次もカロナを支持している。
まだまだ騒ぎは治らない…
互いの腕を組み合う者、テーブルやイス、食器を引っくり返す者、中には誰とも構わず抱き合う者も。
叫び声は外まで響き、ギルドの窓からこちらを除き込み様子を見る人々も…。
呆気に取られたバックスも
「カロナちゃんが言うなら…」
と言い席に戻って行った…。
クロロはカロナと目があった。
カロナは舌を少し出し、やってしまったという表情をクロロにだけに見せた…。
(あぁ…恥じらう姿も美しい…)
クロロはカロナから視線を外せなかった。
「クロロ…恥ずかしい思いをさせたね、悪かった」
アシルは謝った。
クロロはそんな事ないと言い、祝杯をやり直そうとアシルに言った。
「私も今日は仕事終わりなの」
そう言うとカロナは背伸びをし、テーブルに両肘をつき豊満な胸をテーブルに少しばかり乗せた。
「ねぇ、フェンリル討伐の話、詳しく教えてくれる?」
と上目遣いでクロロを見た。
(あぁ…ダメだ……このまま君を奪い去りたい…)
クロロは魔性の催眠にかかった様だ。
「ねぇ、フェンリルの生き血は何に使うの?」
「こ、これは、上手く調合すると疲労回復、精力増強の効果があって……!」
「まぁ!危ないオオカミさん♡」
「あっ、ちちち違うんだ、いや、違うくない…けど」
「クロロ、こんなに冷静じゃないのは君らしくないなぁ」
冒険者の夜は更けていく……
読んでいただき誠にありがとうございます。
貴方の貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。
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私の右手の親指のあかぎれもすぐに治ると思うので、作品の創作意欲に繋がります。
では、次話でお会いしましょう。






