第5話 サジの実とナックルベア
- ダリス リーゼ市場 -
…とぶら下がっている垂れ幕に書かれている。
市場には所狭しと露店が立ち並び、通路の両側から並べられた品物ですれ違う人々は身体をお互いかわしながら往来している。
並ぶ品々はどれも書物でしかみたことのないものばかりだ。
すると遠くから甘い匂いがする。匂いを辿っていくと果物や木の実を売っている露店に辿り着いた。
甘い匂いの正体は、鮮やかなピンク色したサジの実という果物である。
ノワルが読んだ書物にもサジの実は熟すとたいへん甘くなる果物と記してあったものだ。
「すまない。これをくれ」
ノワルはサジの実を手に取り露店の店主の男性に声をかけた。
「10メルスだよ」
やる気の無い声で聞き慣れない返事が来た。
「10メルス?」
ノワルは訳がわからなかった。
どうゆう事かわからないと店主に詰め寄った。
「カネだよ!カーネ!」
「お金だよ‼︎」
そう言うと店主は、ノワルの持っていたサジの実を奪うと元に戻した。
「まったく…!これだから孤児は‼︎」
「商売の邪魔だ!帰れ、帰れ!」
店主はノワルを邪険にした。
ノワルは店主に構わずその場で考える…。
(どうやらこの世界にはメルスと言う金銭により、モノなどの価値が売り買いがされるらしい。当然俺は裸同然で転移して来たから何も持ってない。しかし、これから生きていくにはこのメルスは必要不可欠……)
「おい店主!どうやったらメルスが手に入るか教えろ‼︎」
店主は呆れた顔で答えた。
「んなもん、働いて稼げ!」
「では働いて一気に沢山稼げる方法は無いのか?」
と店主に尋ねると、店主は何か企んだような表情をしながらノワルに方法を教えた。
「このダリス郊外にはなぁ。ナックルベアってのがいるのさぁ。そいつを狩って、爪や毛皮を素材にすればそれなりに稼げるぞぉ」
と、ノワルに教えた。
「そうか…」
そこから店主は得意気に話を続ける…。
「それにナックルベアはサジの実が大好物なんだ。しかしだなぁ…体長が2m50㎝からなる大柄で非常に獰猛。鋭い牙や爪、何より腕が太く、その名の通り繰り出されるパンチはかなりの破壊力なんだ!」
「サジの実は町近郊に自生しておるんだが町の者は当然、そんなのと遭遇したら危険だからよぉ、町の者は外へと出にくい状況が続いてるのよぉ。腕に覚えがある者でも相手するのは避けるらしい…」
…と店主が話終わると、気づけばノワルはいない。店主が辺りを見渡すと、この場から走り去り、遠くへ消えていく姿だった。
「あいつ…話を最後まで聞いて無いな」
店主は嫌な汗をかいた。
「お…俺はきちんと説明したからな!何があっても知らねぇぞ」
*******
…暫くしてノワルが店主のもとに戻ってきた。
「…⁉︎……こ、これは‼︎」
店主は驚いた!
その手には何と、ナックルベアの爪や毛皮を持っていたのである。
「おめぇ、これどうしたんだよ?」
「町の近くにいたから殴り殺して素材をとってきた!」
ノワルはそんな事どうでも良かった。
「おい店主‼︎早くメルスに交換してくれ!」
と、ノワルは店主に言った。
「いやいや、ここじゃあ無理だ!」
「素材をギルドの交易所の鑑定士ってのに見てもらって換金してもらわねぇといけねぇんだ」
ノワルは難しい顔した。自分じゃギルドというのも、場所もわからないからだ。
「おい店主!換金した金の一部をやるから案内しろ!」
「へ、へい…」
ノワルは店主に町の中心にある大きな立派な建物へと案内してもらった。
両開きの扉の上にはダリスギルドと書いてある。
- ダリスギルド -
ガランゴロン…。
扉を開けるとベルが鳴る。
中へ入ると広いフロアに、鎧やローブなどの装備を着飾った老若男女がテーブル毎に酒や料理などを囲み騒いでる。先程の市場さながらの賑わいである。
あっけにとられているノワルに店主は言う。
「彼らが冒険者だ。"ギルド"ってのに所属し依頼された魔物退治、護衛、ダンジョン探索、調査などで報酬を得て金銭を稼いでんだ」
どうやらギルドとは冒険者が集まり依頼をこなし報酬を得る場所らしい。
さっそく交易所にてナックルベアの素材を鑑定士に見せた。
「うん。間違いないね。こいつは紛れもなくナックルベアだ」
「毛艶もいいし、爪だって状態も良い。新鮮そのものって感じだな」
鑑定士のお墨付きを得た。
「これなら良いものへと加工出来そうだね。防具屋や、装飾の職人やらが喜んで買い取るだろね」
「よっしゃ‼︎」
ノワルではなくなぜか果物屋の店主が喜ぶ。商人としての性なのか……?
ノワルは迷う事なく換金した。
「素材の換金料の15000メルスだ…」
「受け取りな!」
相場はわからないが、それなりのメルスを獲得したに違いない。
今後、暫くはここに来るだろうと思い手続きを済ますのだった。
さっそく市場へ戻り店主からサジの実を購入することに成功。
魔王ノワル、初めての仕事、初めての給料で、初めてのお買い物である。
去り際に店主はノワル尋ねた。
「お前さんは冒険者にも見えんが何者だ?」
ノワルは答えた。
「俺か?…ただの人間さ」
店を後にしたノワルは、サジの実を頬張りながら町を歩く。
口いっぱいに広がる果実の甘さを味わう。初めて経験した何とも言えない気持ちも味わいながら…。
ノワルは今日のこの経験を忘れないだろう。
…ふと店主に言われた事を思い出した。サジの実を食ったナックルベアは肉質が良く脂もどこか甘く美味いらしい。
夜、住処にしているボロ空き家でナックルベアを焼いてみる。
バチバチと火で表面を炙る。辺りは食欲そそる肉の焼ける匂いが漂う。
滴る肉汁に炎が応えるかのように火力が上がる。
頃合いを見て肉にかぶりつく…。
その肉はやすやすと千切れ、頬張った口の中に肉の脂が広がる。赤身全体に脂が細やかに入っており、肉の硬さをほぐしているのだろう。
脂も獣臭さなどは全く無く、飽きさせる事なく食べられそうな程軽い。まるで食用に飼育されたような上質な肉だ。恐らく、サジの実がこの肉を作る要因ではなかろうか?
黙々と食べながらそんなことを考察していると、あっという間にナックルベアの肉を平らげてしまった。
「店主の言ったとおり、美味かったなぁ…」
ノワルは思った。
書物庫で何度も何度も読み返した勇者の冒険譚に記されたような憧れつづけていた経験をしているのだと。
心も体も満たされ魔王は就寝するのであった。
読んでいただき誠にありがとうございます。
貴方の貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。
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私の頭髪の枝毛も減ると思うので、作品の創作意欲に繋がります。
では、次話でお会いしましょう。