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第48話 邂逅

(ァ……ル…………きて……さ……)


 どこからともなく聞こえてくる女性の声……。

 その荘厳且つ神秘的、それでいて柔らかな陽だまりのような優しい女性の声が、自失状態のアシルを呼び掛ける。


(……ァシ……ル…………アシル…………起きて…………起きて下さい……)


「ううっ……」


 徐々に意識が戻るにつれ、アシルは自分の姿を遠くから眺めているような、客観的な浮遊感を感じた。まるで、凪いだ水面にゆったりと背中を預けているような感覚は、時の流れに静寂さをもたらしていた。

 ただ、あくまでそういった雰囲気や感覚といったものがイメージとして伝わるだけで、実際のところ五感を通して感知できていない。言うなれば精神と肉体が切り離され、精神だけが目覚めている状態なのだろう。


「つまり、これって幽体離脱ってこと……なのか……?」


 一概には言えないが、このまま精神が肉体に回帰しなければ、いずれ存在ごと消滅してしまうやもしれない。

 アシルの心は、ドドドっと押し寄せる不安の波に支配されてしまう。

 なんとかしてこの状況から脱しなければならない!

 焦るアシルはあれやこれやとアンテナを張り巡らせていると、不意に微かな気配を察知する。

 その雰囲気から察するに、どうやらこの状況を作り出した張本人のようだ。


(ああ……アシルよ、ようやく気が付いたのですね)


 その声を聞くなり、アシルの脳裏には弱々しくも荘厳な輝きを放つ光体のビジョンが浮かび上がる。

 アシルにはその女性の声に聞き覚えがあった。自失状態だった自分に、ずっと呼び掛けてくれていた声だった。いや、今回だけじゃない。

 あれは以前、夢の中で聞いた導きの声と同じ声だった。

 状況把握もままならない状態で、いきなり現れた謎の光体。その意図がなんなのか、アシルはその光体と対話することにした。

 ーーーあなたは、とアシルが口に出そうとした言葉は不思議な事に、声に出さずしてそのまま周囲に自分の声として響いたのだった!

 少し、今の状況が掴めた気がした。

 どうやらここは意識だけ存在する超常的な空間で間違いない。そして、人の心の内容は直接他の人の心に伝達されるようだ。

 今にして思えばこの光体の声もまた、同じように自分の心に直接伝わっていた。そして、その存在も自分がその声から勝手にイメージしている、言わば思念体のようなものなのだろう。そう思う事にした。


「え、えぇ。その……あなたは以前に僕の夢の中に現れて下さいましたよね……あなたは何者なのです?」


(我が名はメーヴィス。原初の神にして万物を創造せし至上神の一人、【創造の女神メーヴィス】です)


「メー……ヴィス!?」


 アシルは耳を疑った。不安に支配されていた事など一瞬にして忘れ去ってしまうほどに。

 その神の名は物心つく頃よりも前から、毎日のように祈りを捧げてきた神の名であった。

 その神が、一度だけではなく二度までも、能動的に接触を図っていたというのだろうか?

 この状況に於いて、アシルはその真意を確かめられずにはいられなかった。


「創造の女神メーヴィスよ、あなたに問いたい。どうして僕なんかに天啓をもたらすのでしょうか?」


(アシルよ。それはあなたのことを想う敬虔けいけんなる信徒の祈りによるものです)


敬虔けいけんなる信徒……ですか」


(常にあなたの身を案じ、歩む先に希望の光があるように、という想いがこのような形となったのです)


 そう聞いたアシルが真っ先に思い浮かんだのはロザリーだった。

 アシルの知る限り、彼女ほど厚い信仰心を持った人物を見たことがなかったからかもしれない。


(本来、我の存在は訳あって特別な制限下にあり、ここまで現世うつしよに踏み入ることなど出来ません。けれども、あなたへの強い想いが、我をそのしがらみから解放したのでしょう。これは互いに感謝せねばなりません。……とはいえ、我らに許された時間はそう長くはないようです)


 まさか、我が身に舞い降りた奇跡は、利他的なものだったとは……。

 しかし、アシルにとって今の状況を鑑みても、希望の光があるとは思えなかった。つまり、この邂逅が意味すること、それは僕に引導を渡すことにあるのだと。

 もし、神の施しがあるとするならば、"神の口から直々に引導を渡されること"だろう。そう考えるのが妥当だ。


「そうか……僕は、ここまでということか」


(いえ。戦士アシルよ、あなたにはまだ戦ってもらわなくてはなりません)


「た、戦う!? 今の僕に!? どうやって!?」


 女神が口にした思いも寄らない言葉に驚いたアシルは、自分の耳を疑って訊き返すのだった。


(確かに今、あなたは生死を彷徨う非常に危険な状態にあります。それにあなたのお仲間も危機に瀕し、劣勢を覆す手など残されていないでしょう)


 アシルは己の不甲斐無さを思い出し塞ぎ込んでしまう。こうなるのも無理はない。

 見兼ねたメーヴィスは一呼吸置き、再び口を開いた。


(実は、我はあなた方の戦いに望みを掛けていました。なので、このままあなた方がついえることは我としても避けたいのです。けれども、このように顕現できたことで一縷いちるの望みを繋いだと言えましょう)


 女神が見据える先に何が見えているのか、全く見当が付かないが、その発言には復調の兆しが見え隠れする。

 少なからず英霊騎士との戦いは、女神の意向と利害が一致しているらしい。


「創造の女神メーヴィスよ、そこまでして思うあなたの望みとは何なのでしょう?」


(我の望み、それは世の理に反して召されたあの者の魂の救済です……!!)


 イメージだが伝わってくる。神の、創造の女神メーヴィスの強迫観念にも似た切実な思いが……。


「あの者とは、英霊騎士のことですね?」


(左様です。あの者は生前、我が加護を授けた人間でありました)


「女神の加護……? それは一体、英霊騎士とどんな関係が?」


(そうですね。あなたには少し話しておきましょう……。我の加護、それは授けるに値する限られた冒険者が、我の手によって与えられる神の恩寵。我が力の一端を宿しながら己の潜在能力を存分に引き出すことが可能となり、その力をもってこの現世うつしよで我の意思を果たすべく【代行者】となるのです)


「英霊騎士のケタ違いの強さの理由、それは、あなたの加護によるものだったのか……」


(しかし、あの者は残念ながら魔族の敵将と一騎打ちの末に命を落とし、魂は祖国でもあるこの地で安らかに眠りについておりました……)


 女神が明かした英霊騎士の正体に、アシルはどこか思い当たる節があったのだが、それがなんだったかを思い起こす余地はなかった。


(……それだというのに、我が子同然のあの者が忌々しい魔族により穢され、嬲り者にされているではありませんか……!! まるで我自身がそのようにされているようで我慢ならぬのです……!!)


 女神の口振からは、徒ならぬ嫌悪感を滲ませている!


「女神よ、仰ることは分かりました。しかし、再び戦うにしても僕にはもう……戦う手立ても、力も残されておりません。どうすればいいのか……」


(戦士アシルよ、あなたに我が加護を授けましょう! あなたにはその素質があります)


「僕に素質……?」


(我の加護を以ってすれば、瀕死のキズも戦える程度には癒え、再起が可能となりましょう。そして、あの者を抑止し、送還を成功させるのです。すれば異界に送られたあの者の魂は救済され、併せてお仲間も救えましょう)


 俄には信じ難い女神の提言。しかし、孤立無援のアシルにとって、それは一筋の光明が差すように思えた!


(ただ、本来であれば加護はしかるべき場所で授かることで生涯に亘りその恩寵を受けるのですが、今から授ける加護は仮初めのものです。よって、飛躍的に能力は増すものの、それは一時的なものであり、正直、自我も保てるかどうか……。安定性に欠く為、過信は禁物です。更に、忠告せねばならないことがあります。加護が消失した後、強制的に授けたことによる反動が伴います。今まで経験した事のないような堪え難い苦痛があなたの心身に襲い来るはずです……それでも、あなたは我の身勝手な要望に応えてくれま……)


「願ってもないっ!! こちらの思いが現実のものになるのなら、自分はどうなろうと構わない!!」


 迷いなんて無かったアシルは、メーヴィスが話し終わるのを待たずして意気揚々と即答する!


(あなたの覚悟、しかと受け取りました)


 女神の口調に穏やかさが戻った。

 すると突然、アシルは存在ごと何処かに引き込まれるような感覚に襲われる。

 周囲に意識を向けてみると、真っ黒い影のようなものが徐々に広がりを見せ、この空間ごと飲み込もうと迫って来るイメージが頭に入ってきた!

 あちら側に攫われれば、後戻りはできないだろうと、直感的にアシルはそう思った。


(許された時間は僅かのようです。直ちに、あなたへ我の加護を授けるとしましょう)


「お願いします!!」


(……では、我が認めし人の子、戦士ウォーリア・アシルよ! 今こそ汝に大いなる力を、《創造》します……!!)


 女神がそう言い放つとアシルの脳裏に、ふと自分の胸の内側に灯る小さな光のイメージが浮かび上がった! まるで暗闇を微かに照らす一本のキャンドルライトを彷彿とさせるその光は瞬く間にその輝きを増し、強く、強く、眩いばかりの光を放ち、荒みきったアシルのバイタリティに影響を及ぼしていく……!!


「す、凄い!! これが、神の力……!!」


 全くもって驚いた!

 かつてこれ程までに自信に満ち溢れていたことがあっただろうか? 不可能なんて全く感じさせない、今なら何だって自分の思う通りに出来そうだと思えるほどに。

 気付けば、致命傷を負い、動かすこともままならなかった身体の感覚も、胸から四肢へと順に甦っていくのが分かる! おそらくは、ここには無い肉体と精神がリンクしている証拠なのだろう。


(アシルよ。あなたの精神が肉体へと回帰する際、一時的に意識が途絶えますが、次に目覚めた時、あなたは加護の力を存分に発揮できる状態となっているでしょう)


「そこからが【代行者()】の役目を果たす時……!!」


 アシルは意気込みを滲ませる!


(健闘を祈っています。そして、あの者こと、よろしく頼みます)


 ハイ、と潔く返事をするアシルの耳にはもう既に、あっち側からと思われる喧騒が途切れ途切れに入ってきていた。

 メーヴィスの言っていたことを自覚したアシルは、自分の意識がこの空間から乖離するような感覚を覚える。


(ここまでのようですね……願わくば、次に会う時は"しかるべき場所"で会いましょう。我はそこであなたを待っています……)


「いずれ、必ず……」


 力を授けてくれた女神に見送られるようにして、アシルの意識はみるみる遠退いていく……。


「女神よ、感謝します……」

読んでいただき誠にありがとうございます。

皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。


よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。


では、次話でお会いしましょう。


※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。

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