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第46話 紡がれる思い

 クロロは反転魔法陣を描き終える。

 時同じくして、一頻ひとしきり素振りを堪能した英霊騎士は大剣を肩に担ぐと、実戦の為に取っておいた獲物たちに視線を向ける。

 英霊騎士の屈強な図体に大剣アロンダイトを携える姿は荘厳華麗、威風堂々、見れば分かる。これこそが英霊騎士の真骨頂なのだと!


「あちらさんも準備が整ったようだぜ?」


 言って、ジードは一瞬振り返って目で合図を送ると、それを皮切りに作戦を実行に移す!

 アシルとジードの前衛二枚看板の背後にはクロロ、そして更に後方の離れた位置にエリザベットが待機する。

 通常なら後衛が距離を取ればいいのだが、今回の場合、後衛は所定の位置が決められ動けない。なので前衛はクロロの移動距離の短縮と、エリザベットへの注意を逸らす為、普段よりも前進しなければならない。

 クロロはいつでもスタートダッシュを切れるよう、且つ気配を最小に抑えれるよう低い体勢を取った。


 異様な緊張感の果てに、英霊騎士が大剣アロンダイトを肩に担いだままこちらに向かって猛スピードで突っ込んで来た!!

 敵意を見せつつもジリジリと寄ってくるだけで、一向に仕掛けて来ない奴らに痺れを切らしたのだろう。

 こうなるだろうと予期していたジードは、前もって装填を完了させていた銀星銃イスカで英霊騎士に狙いを定め、逆に先手を打つ!!

 強烈な発砲音と同時に、英霊騎士の正面からほんの一瞬、目を覆いたくなるような青白い強い光が迸ると、耳をつんざくような甲高い金属音が発砲音を掻き消し、どこかで太いクラック音が僅かに遅れて聞こえた!

 信じられない事に、弾道を見切った英霊騎士は左手に持った大剣の腹で振り払い、弾丸を弾き飛ばしたのだ!


「相っ変わらずなんつー反応速度なんだよ……!!」


 ジードはリアクションしつつ、息つく暇もなく次の行動へと移す!

 すると、大剣を振り払った反動で一時静止状態の英霊騎士と、同じく換装中で完全無防備状態のジードの両者が関与できない空間の中にアシルが押し入る!

 躊躇なく英霊騎士の懐に入り込んだアシルは、剣を両手持ちに切り替え、腰を深く落とし、英霊騎士の首元の隙間を狙って渾身の剣技を放つ!!


琉黒りゅうこく軌燕真月刃きえんしんげつじんッッッ!!」


 剣技を放ったその刹那、アシルは自分の間合いに妨げとなるものは何も無いと認識し、心置きなく斬り掛かる!!

 クロロもこの時を絶好の好機とばかりにスタートを切り、英霊騎士から距離を取るようにわざと弧を描くようにしてクローネ・スピネルをもとを目指す!

 他の仲間も、今更ながら対象がどのような生態であれ、この一撃がこちらに有利な結果をもたらすものだと確信し、拳にグッと力が入った……丁度その矢先だった。

 大剣アロンダイトの剣先部分を中心に不気味な赤い光が球体状に広がり、アシルはその光の空間に取り込まれてしまう!

 すると、不滅の剣(デュランダル)が英霊騎士の首まであと僅かというところで、アシルの動きがピタッと止まってしまう!

 直ぐさまアシルを取り込んだ光の空間は、何事も無かったかのように、パッと消え去ったのだが、次の瞬間、アシルは全身から血飛沫をあげ、膝から崩れ落ちてしまったのである!!

 何が起こったのか理解が追いつかない!

 後方で事の一部始終を見ていたエリザベットも、間近で見ていたジードでさえも……。

 ただ、結果としてアシルは大剣アロンダイトの先端部分から発せられた赤い光によってダメージを受けてしまったのは確かだった。

 アシルは辛うじて意識はあるものの、激痛に顔を歪ませ声にならぬ声を上げている……!

 体はビクビク痙攣し、皮膚の内側から破壊された箇所からは、脈拍に合わせて血が霧状に噴出する。

 とてもじゃないが見るからにまともに闘える状態ではなさそうだ。

 アシルの傷の状態に心当たりがあったエリザベットは、一目見て大剣アロンダイトの特殊能力の類だと察する!


「さっきの光は英霊騎士が大剣の特殊能力を間接的に発動させたものよ!」


 おそらくエリザベットの言っていることは間違ってはいないとジードは思った。不可解な現象に色々と説明が付くからだ。

 まるでクロロを彷彿とさせる、まさに言い得て妙だとジードは感心するも、表情はそれとは真逆だった。


「武器の性能も使い手次第ってわけかよっ!」


 大剣アロンダイトに秘められた力と、それを引き出せる英霊騎士のポテンシャルに、ジードとエリザベットは動揺を隠せない!

 しかし、怯んでばかりもいられない! 既に英霊騎士の挙動は、反動を次の攻撃の予備動作に転じ、アシルへと向けられていたからだ!!

 ジードは無意識のうちに盾を身構え、英霊騎士の攻撃範囲に踏み込んでいた!

 特殊能力の発動には条件があるのか、ないのか。もしあったならそれは何なのか。未だ不確定要素を孕んだ大剣アロンダイトに恐怖心を煽り立てられるも、ジードはアシルの窮地を救わんとするその一心で英霊騎士の前に果敢に立ちはだかる!

 直後、英霊騎士は手首を返し、大剣の刃を翻したのを視界に捉えたのだが、突然、雷撃を食らったかのような尋常ではない痺れを伴う痛みが全身に走り、支配権を奪った!!


「い、意識が飛ぶ……!!」


 そう思うくらい混濁する意識の中だった。

 ジードは吹きすさぶ風の音と、体の平衡感覚が失われている事に違和感を覚える。

 まるで空を飛んでいるような感覚……。いや、違う!

 ボヤけた視界に映る英霊騎士がどんどんと小さくなっていくことから、自分の体が吹っ飛ばされているのだと気付く!!

 どこまで飛ばされるのかと思った矢先、石壁に背中から激突し、そのまま床にズレ落ちた。

 打ち付けられたショックで背中に激しい痛みが走り、呼吸も律動を乱す。

 けれど、石壁に打ち付けられた痛みよりも、吹っ飛ばされた時の痺れを伴う痛みの余韻のほうが、未だにはっきりと残っていた。

 特に……腕。片腕が痛い。

 もしかすると、麻痺で痛みの感覚が鈍り、本当は腕がもげているかもしれない。


「腕は……あ、ある……か?」


 ジードは恐る恐る腕に目をやる。

 ……大丈夫だ。ちゃんとあった。

 付近には地面に横たわるアシルの姿もあった。一先ず息はあるようだ。

 どうやら冷酷無慈悲な斬撃によって、またしてもアシル諸共吹っ飛ばされたようだ。

 更に傍らには()()も転がっていた。見ると、その形状はいつもの見慣れた形状とは異なり、緩やかな曲面状の丁度中央部分には一直線に凹んだ跡がくっきりと残っている。両端も僅かに反るような形に変形され、見るも無惨な状態となっていた。

 無意識とはいえ偶然にも盾で受けていたらしいが、生身で受けてしまっていたらと思うと背筋がゾッとする。

 直ぐさまクロロから渡されたポーションをまだ比較的痛みの軽い片方の手を何とか動かして服用する。

 息つく間も無くジードはアシルを自分側に引き寄せ、もう一本のポーションを飲ませた。すると、気管に詰まった血反吐にむせながらアシルは瀕死状態から再起する。やはり体の内部に相当なダメージを受けていたらしい。


「す、すまない……ジード、助かった……イケると思ってキメに掛かってしまった」


「もしかすっと、わざと誘われたのかも知れねぇぞ?」


 アシルは憮然とした様子で額から冷や汗を垂らす。


「……かもしれない。やっぱりまともに相手してはいけないのかもね」


「……だな」


 アシルとジードは失態をバネに最良の戦法を模索しつつ、戦う毎に増していく恐怖に抗いながら、繰り返し勇敢に立ち向かう!!









 クロロは走っていた!

 後方で繰り広げられている無謀な戦いの模様を背中で感じつつも、脇目も振らず走る!!

 別に仲間を犠牲にしたわけでも、役目を放棄したわけでもない。クローネ・スピネルを拾いエリザベットのもとへと届ける。これが作戦の起点であり、今の自分の役目だからだ。

 アシルとジードは戦いの中でトライアルアンドエラーを重ね、場の流れに適応し、終いには凌駕していく術を持っている。念のため、即効リカバリー用にポーションを預けてはいるし、多重掛けされたプロテクションの効力で、即死には至らないだろうと、心の中で啖呵を切って自分は事に当たっている。

 ただ、正直悔しかった。

 こんな運要素が絡んだ作戦は、堅実家な自分にとって作戦と呼ぶに相応しくないと考えているからである。しかし、あの強敵をここで何とかする為には、運を味方につけてでもそこに生まれる可能性に賭けてみるしかなかった。


 そうこう考えているうちに、クローネ・スピネルのもとまで難なく辿り着き、無造作に転がるクローネ・スピネルをすくい取った。

 手に取って伝わる。

 この異彩な輝きを留めているのは、保有魔力量が残り半分といえどまだまだ膨大な魔力を有しているのだと。


「これを、エリザに……」


 クロロは走って来た道を振り返る。

 真っ先に視界に捉えるは英霊騎士を相手に陽動を仕掛けるアシルとジードの姿。

 クロロは戦い方を見てすぐに理解する。英霊騎士が大剣を所持したことで、攻撃範囲・威力ともにグッと増したのは言うまでもないが、彼らは間合いを充分にとって回避に専念し、相手を翻弄する戦い方へと変貌させている!

 クロロは再び軽快に走り出す!!

 このまま気付かれずクローネ・スピネルを運ぶことが出来たなら、順調な滑り出しと言えよう。

 少し先の未来に見つけた成果に、顔が少しほころぶ。


「アシル!! 危ねぇッ!!」


 唐突に目の覚めるような、ジードの鬼気迫る叫び声がクロロの足を止めた!

 英霊騎士の巧妙な剣捌きによってアシルに隙が生じたのだろう。大剣アロンダイトは無防備なアシルを睨んでいた!


「ちょっと拝借します、よっ!!」


 クロロはそう言って、たまたま傍らで気を失っているシモンの懐からスティレットを拝借し、英霊騎士目掛け投擲する!

 射られた矢の如く、一直線に空間を裂いていくスティレットはアロンダイトを握る手へと突き刺さる!

 すると太刀筋は逸れアシルの脇をかすめていき、間一髪、直撃を免れることに成功するのだった!

 英霊騎士はスティレットの出処を見る。

 投擲したと思われる人物はすぐに判明したのだが、おかしなことにその人物はクローネ・スピネルを持っている。

 英霊騎士は直感的に、連中が水面下で何か良からぬ事を目論んでいると勘繰り、標的をクロロへと変え、殺気を露わにする!


「やっぱりバレますか……」


 前途多難確定。先程思い描いた予感は早くも現実とはかけ離れたものとなってしまった!

 英霊騎士は腰を深く落として地面を力強く踏み込むと、その場から一気に超加速をかまし、アシルとジードの前から一陣の風だけを残して消え去った!!

 クロロの視線の先には、轟々とした風鳴りを引き連れた英霊騎士が迫り来る!!


「くそっ!! 待てぇっ!!」


「お前ぇの相手は俺たちなんだよっ!!」


 英霊騎士の跡を追うアシルとジードの声が聞こえる!

 クロロはその声がする方向、つまり英霊騎士の真正面に向かって走り出す!!


「ちょっ!? 何やってんのよアンタぁっ!! 逃げなさいよっ!!」


 エリザベットは思ったことが衝動的にポンっと口から出てしまった!!

 無理もない。その行方を見守る者たちは、丸腰の彼が何を思ってそのような命知らずな行動に打って出るのかと疑念を抱き、難色を示すのは当然のことだからだ。

 狩る者と狩られる者、両者の距離が急激に狭まっていくとともに、焦燥感もピークに達していく!!

 英霊騎士、クロロが自身の間合いに入る直前、大剣アロンダイトを振り上げ、踏み込み足を構えた!

 クロロ、真正面から英霊騎士の間合いに差し掛かる。

 その瞬間を待ち構えていた英霊騎士、振り上げた大剣を両手持ちに切り替え、力強く足を踏み込むと、垂直に振り下ろす!!


「きゃっ……!!」と、危機的瞬間を前にしたエリザベットは、思わず声をあげ目を背ける。

 ところが、周囲の思いとは裏腹に、クロロはここからトリッキーな動きを見せる!

 英霊騎士が大剣を振り下ろすタイミングを見計らい、間合いに両足で踏み込んだと同時に進行方向とは逆方向へと踏み切り惰性を殺す。そして重心が後方へとズレたことで、振り下ろされた斬撃を紙一重で躱したのだ!

 クロロの思惑はここで終わりではない。

 振り下ろされた大剣アロンダイトの剣先部を上から強く踏み付けると、そのまま剣身部分を駆け上がり、踏み台にして高く跳躍をする! そして英霊騎士の兜の頭頂部に片手をつき、まるで跳馬みたく前方宙返りにひねりを二回加えながら英霊騎士の頭上を飛び越えアシルとジードの前に着地した!

 なんとクロロは、英霊騎士を追って来たアシルとジードに再び英霊騎士をぶつけるため、そしてシモンを戦闘に巻き込まないようにするために、このような策を取ったのだ!


「あとはよろしくお願いします!」と、クロロはそう言い残し、そのまま何事もなかったかのようにエリザベットの方へと走り去って行くのだった!

 クロロの華麗なまでの妙技と、そのような事をやってのけたのにも拘らず、おごりもなく淡々とした振る舞いに、周囲は唖然とするのだった……。









「えっ……すご」


 恐る恐る目を開けたエリザベットは、鮮やかに、それでいて軽やかに前方宙返り二回ひねりをキメるクロロを捉えた。

 その姿はとても煌びやかに映り、自然と気持ちが漏れた。

 味方までも出し抜いてみせたクロロが、クローネ・スピネルをその手にしっかりと持ち、こちらに向かって来る!

 その背後ではアシルとジードが英霊騎士と交戦を再開している!

 期待通りといえばそうなのだが、状況が状況なだけに、クロロの成し遂げようとすることは簡単なことではない。

 そんな彼が自らの役目を果しかけた……その時だった!!

 エリザベットは殺気に満ちた気配が急速にクロロの背後に迫っているのを感じる!

 間違いない。殺気の正体は英霊騎士だ!

 おおよそ、アシルとジードがその身を挺して築いた防衛ラインを、英霊騎士が易々と突破してしまったのだろう!

 早く知らせないと!!


「クロロ!! 後ろよーーっ!!」


 エリザベットの呼びかけにクロロが反応を示し、咄嗟に振り返ると既に目の前には今にも斬りかかろうとする英霊騎士の姿があった!

 さすがに分が悪いといった表情を見せるクロロは、素早い動きで英霊騎士と向かい合わせとなり、汎用型ナイフを取り出し逆手に構え、英霊騎士の斬り払い攻撃に合わせて後方へとステップする!!

 次の瞬間、空間を引き裂くような硬く澄んだ音が響き、遅れてその衝撃を象徴するかのような粉塵がブワッと巻き上がった!!

 視界不良の中、すぐ近くの粉塵の中からクロロが弾き出されるようにして飛び出てきた!!

 後ろ向きにしゃがんだ状態での着地後、勢いを制御できず地面を滑りながらなんとか停止した。

 粉塵の向こう側では、英霊騎士の進行を阻止しようとアシルとジードが駆け付ける!

 激しい衝突によって、時折粉塵越しに火花が迸っているのが見えた!


「クロロ!? 無事なの!?」


 少し震えた声で話すエリザベットの問いかけに、ハイッと即答したクロロに、ひとまず胸を撫で下ろす。


「いやぁ〜、誤算でした〜」


 そう言ってクロロはおもむろに立ち上がる。


「ご、誤算……?」


「実は走ってここまで来るよりも、攻撃を食らった衝撃で飛ばされた方が早いのではと思い、わざと相手の攻撃を受けたのですが、向こうのほうが上手うわてでした。ナイフ捌きだけでダメージを去なし、推進力のみを得れるようするには上手く捌ききれなくて……咄嗟に腕の関節を外したことで、やっとダメージのみを去なすことに成功したんですよ」


「えぇっ!? 計算だったっていうの!?」


 そんなデタラメなことがあるのかと驚嘆するエリザベットは、汎用型ナイフを持つクロロの腕を見た。

 確かにその片腕はダランと力無く垂れていた。

 エリザベットは回復魔法をかけようと手を伸ばそうとするも、作戦内容が頭を過ぎり、スッと手を引っ込めた。


「エリザ、私は大丈夫ですよ」


 クロロは優しく声を掛け、ダランと垂れた腕を思いっきり"く"の字に折り曲げると、外れていた腕の関節は鈍い音をたててはまった。

「ホラね」と言わんばかりの顔で微笑むクロロ。

 彼のやる事なす事は、どれもとんでもなく無茶苦茶で、想像の域を超えてくる。

 追い詰められている自分が馬鹿馬鹿しく思えてくるほどに……。そのギャップが可笑しく、緊張が少し和らぐ。


「さぁ、エリザっ! 受け取って!!」


 クロロはクローネ・スピネルを下からすくうように投げた。

 月明かりに照らされながら綺麗な放物線を描くクローネ・スピネル。

 エリザベットはそれを胸元で見事キャッチする!

 手にした瞬間、万感の思いがこみ上げる。

 仲間の想いが紡がれて、やっとこうして私のもとへと戻ってきた。


「ではエリザ、ここからは頼みます。私も陽動に加勢してきますので!」


「う、うん! 私、皆んなの思い、無駄にしないから!!」


 エリザベットは颯爽と主戦場に向かう彼の背中を見送る。

 彼には驚かされてばかりなのだが、その全てが賞賛に値するもの。しかし、些か疑問も残るのも確かだ。

 なぜただのサポーターの彼が、噂でしか聞いた事のない【送還魔法】を知り、緻密な計算と正確さを要する魔法陣を、寸分の狂いもなく描けるのか。

 更には、クローネ・スピネルの魔力残量があと半分と答えた事も説明がつかない。

 半分というと、まだまだ上級クラスの魔法を三日三晩は発動し続けられるほどの膨大な魔力が眠っていると予想されるのだが、なぜそれほどまでの魔力量を簡単に言い当てられたのか、エリザベットは不思議で仕方なかった。

 だが、今は一刻を争う事態。余計な事を考える暇は無く、己に与えられた使命を果たすべく、足もとの反転魔法陣の真ん中にクローネ・スピネルを置き、携えたロッドを前に突き出し、送還魔法を発動させる!!


「お願い! クローネ・スピネル!! 私に力を貸してっ!!」


 エリザベットの呼びかけに呼応して、クローネ・スピネルは反転魔法陣の真上を頭上の高さまで浮かび上がると、反転魔法陣から伸びる光の柱の中に包まれた!

 するといきなりエリザベットの身体に重く押しつぶされそうな重圧が襲い、同時に耳鳴りと眩暈めまいといった魔力制御の乱れによって引き起こされる症状が表れる!

 しかし、クローネ・スピネルから溢れ出る魔力は無駄にはできないことから、エリザベットは神経を研ぎ澄まし、束ねてよじった糸を針穴に通す感覚イメージで、魔力を反転魔法陣に送っていく!


「ほ、ほんと、なんて膨大な魔力なのよっ!? 制御が……難しい!! でも、早く……制御しないと……わ、私の身が持たないわ……!」


 かといって焦りは禁物。エリザベットは小さな溜め息をひとつ溢すと、最も効率のよい手法を模索し精度を高めにいく。

 さすがと言ったところか。

 クロロはエリザベットの姿を見てそう思った。

 ある程度クローネ・スピネルの魔力の性質を把握すると、みるみる魔力制御を安定させていく!

 それと比例するように耳鳴りと眩暈症状も小康状態になったと見られる。


「よ、よし……よし……きたわ……」


 エリザベットは確かな手応えを感じる。

 一応、軌道に乗せることができたと言えよう。時々不安定になることもあれど、集中を絶やさなければ都度瞬時に修正可能だろうと、そう自覚する。


「私ってば、ヤルじゃない!」


 石床に遺された召喚魔法陣跡には、魔力を帯びた白い光が反転魔法陣と重なり合った部分から順にゆっくりとその範囲を広げ、再び召喚魔法陣に光を宿していく!

 この光が召喚魔法陣跡を満たせば、英霊騎士は送還される!!

 しかし、規模が規模なだけに、この調子だと送還するにはかなりの時間を要するのだと、自分の直感が言っている。


「お願いみんな、何とか持ち堪えて……!!」









ー ダリス教会 子供たちの寝部屋 ー



 夜が深まりを増そうとした頃、ダリス教会の孤児たちは各自ベッドに入り寝支度をしていた。


「とぉーう! わがなはゆうしゃ、ぴぃの! まおうめ! せいばいしにきたぞぉ!」


「がっはっはっはっ……きたか! ゆうしゃめ! わがなはまおう、じょるじゅさまだぁ! ゆうしゃめ、かえりうちにしてくれるわぁー!!」


 ベッドの上では、やんちゃ者のピィノとジョルジュが寝ようとはせず、ごっこ遊びをおっ始めようとしていた。


「みんな〜! きちんとベッドに入りましたかぁ〜?」


「やべっ! ろざりーがきた!」


 ピィノとジョルジュは、寝かし付けに来たロザリーを見るや否や慌てて布団に潜り込む!


「シスターロザリー! マーヤがまだトイレから戻って来てないよー」


「そうなの? マーヤったら、大丈夫かしら?」


 確かに、マーヤの姿は部屋中どこにも見当たらない。


「へぇ〜ん! みんなぁ、ま、まってぇ〜ん」


 噂をすればぬいぐるみを抱えたマーヤが遅れて寝部屋に戻って来た。他の皆んなはすでに布団に入っており、マーヤも慌ててそのまま自分のベッドの布団にモソモソと潜り込んだ。


「あらあらぁ?」


 布団やシーツはグチャグチャなままの状態で、それを見兼ねたロザリーはマーヤのベッドへ歩み寄り見える範囲のシワを丁寧に整えていく。すると、マーヤはヒョコっと頭だけを出してロザリーに話掛ける。


「ねぇ、しすたーろざりー」


「なぁに? マーヤ」


「あのね、えっとね、ゆうしゃってほんとにいるのかなぁ?」


「う〜ん……どうなのでしょうねぇ?」


「あっ! おれもしりたいしりたい!」


「わたしもー!」


 聞き耳を立てていたピィノやジョルジュ、他の子供たちもベッドから飛び出し皆んなマーヤのベッドに集まった。


「困ったわねぇ……私は勇者様が今の世にいるかどうかは分からないわ。ごめんね」


「え〜〜〜〜……!!」


 子供たちは落胆の色を隠せない。


「でもね、昔から言い伝えられていることがあるの」


「いいつたえ?」


「そう。この世に勇者様が誕生すると、世界中の空に虹色のベールが掛かり、同時に鐘の音が鳴り響くといわれているの。いわゆる天鐘アーサー・ベルと呼ばれる現象が起こるそうなのよ」


 子供たちは、おとぎ話のような勇者誕生の話に目を輝かせる。


「さぁみんな、今日はもうお終い。寝ましょうねぇ」


「え〜〜〜〜……!!」


 子供たちの特別な夜のひと時に終わりを告げられ、名残惜しそうに不満の声を上げる。そんな子供たちを余所にロザリーは声色を変え脅かしに掛かる。


「早く寝ない子のところには……"魂喰らい(ソウル・イーター)"がやって来るわよぉ〜!?」


「キャ〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 子供たちは皆"魂喰らい(ソウル・イーター)"と聞くなり金切り声を上げながら一目散に布団に潜り込むのだった。


「ふふふ……みんな、おやすみなさい」

読んでいただき誠にありがとうございます。

皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。


よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。


では、次話でお会いしましょう。


※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。

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