第43話 英霊儀式召喚
マインドフレアが発動した《英霊儀式召喚》。
発動と同時に、自身と対面するクローネ・スピネルのちょうど真下、円模様を基調とした巨大な魔法陣が地表に浮かび上がると、マインドフレアの赤い眼光と呼応するように、クローネ・スピネルが赤光を放ち煌めいた!!
見るも無惨な見た目とは裏腹に、傲慢な口振りで言い放った呪文を合図にクローネ・スピネルから膨大な魔力が迸るように放出され、切り裂くような魔力の暴風がフロア中に吹き荒れる!!
アシルはマインドフレアの目前にまで迫っていたのだが、その暴風をまともに受けて煽られてしまい、もといた場所まで枯れ葉のように吹き飛ばされてしまう!
盾を構えて耐え忍ぶジードとその背後で身を小さくするエリザベットとクロロ。三人諸共魔力の圧に押されジリジリと後方へ押しやられてしまう!
ーーーかつて、これ程までに純度が高く濃厚な魔力を感じたことがあっただろうか?……と、クロロは回顧していた。魔力量で言えばおそらく魔族の上位に君臨する"幹部クラス"に匹敵するほどだろう。さすがのクロロもこの姿だと身動き出来そうになく、この世の自然が作り出した奇跡の産物の偉力に感服するのだった。
「こ、これじゃ……奴に近づけねぇ!」
「この魔力量……意識を保つのがやっと……だわ」
圧倒的な魔力の暴発。その底知れず解き放たれ続ける魔力の暴風は、古城マリキューロのみならずその周囲一帯をも巻き込み魔力の暴風域を作り上げていた!!
その中心部でマインドフレアは招霊の儀を執り行う!
《さあっ! 目醒めよ! この地に彷徨いし数多の魂よ!! 我は汝らを統べる者、我が授けし燦燦たる魔力を好餌とし、贄となれ! 然すれば輪廻の扉は開かれる!》
◇
〜 古城マリキューロを見下ろす高台 〜
「……ったく。アタシはいつまでこんな所で拘束されてなきゃいけないわけぇ〜? もう誰でもいいから助けてよぉ〜……」
サリィはクロロによってこの場所で縛り付けにされて以降、未だ誰一人として現れない高台でひとり過ごし、時折アジトから風に乗って運ばれる音に耳を傾けてはヤキモキしていた。
そんな折、突然身の毛も弥立つような不気味な風が肌を撫で背筋に悪寒が走った……と、思いきや、すぐさま突風が吹き荒れ、周辺の木々の枝葉をザワザワと激しく揺らしてサリィの恐怖心を掻き立たせた。
先ほどまでの静けさが嘘のようで、周辺の雰囲気はガラリと変貌するのだった。
この風の正体はすぐに判明する事となる。
「ちょっと!? なんなのよアレ……」
風の行き着く先、眼下に広がる光景を見てギョッとする!
古城を中心とした巨大な渦が城郭都市跡全域を覆っているのだった!!
巨大な渦越しに映る景色は陽炎みたく揺らめいているようにも見える。
「一体アジトで何が起きてるっていうのよ……?」
きっと良からぬ事態が起こっているに違いない。仲間の安否が懸念され胸騒ぎが一層濃くなる。
「ああ……シモン様、今どこにいるのです? どうかご無事で……」
この状況を脱する事が出来ないサリィは唯々祈る他なかった。
◇
〜 古城マリキューロ 広場 〜
突如として発生した不可解な暴風。その副産物のように一つ、またひとつと、どこからともなく現れる得体の知れないソレ。
広場にいる者たちは、このパラノーマル化した広場の有様に年甲斐もなく恐怖し、混乱状態に陥っていた。
「さっきから何なんだよこれぇ〜……」
「ひィィィ〜……こ、こっちに来んなぁ〜!!」
得体の知れないソレは、市民や兵士、騎士の格好をした者たちの他にも、多種多様な魔族の姿をしていたりと様々で、そのどれもが透き通った体に青白い炎を宿し、触れるものなど関係なくすり抜けていく。
その者たちはこれと言って害を及ぼす事もなく、虚ろで心ココニ在ラズな感じ。唯々、寄り集まって群れとなり、直向きに何かに導かれているようだった。
目の前で起きている亡者の行進に恐れをなしたカンドラは、自らを外界から遮断するように自身の精神の中に閉じ篭もり、その恐怖が過ぎ去るのをじっと待っていた。
時折、勇気を出して恐る恐る目を開け様子を窺っていたのだが、ある時、偶然にも視界にある人物が目に止まり思わず声を掛けた。
「オイッ! ホーキンス!! ホーキンスじゃねぇか!!」
亡者の群に混じって歩いていたホーキンスは、カンドラの呼び止めに反応し足を止めた。
「ホーキンス! お前ぇ、そこで何してんだよっ!? なぁ!? オイッ!! こっち来てこの縄解いてくれよぉ!」
ホーキンスはゆっくりとこちらに振り向いた。その表情は周りの亡者と同じく虚ろな表情をしている。
その表情を見るや否や、カンドラはある事を確かめなければと思った。
確か、ホーキンスはあの冒険者たちの手で丁重に安置されていた筈……うん、やっぱり。間違いない。あそこにテーブルクロスで包まれている首を切り離された一人の遺体がある。
つまり、あのホーキンスは……
「なあっ! お前ェどこ行くんだよっ!! おいっ! 行くな!! 戻って来いっ!!」
カンドラの必死の呼び止めも虚しく、青白い炎を宿したホーキンスは亡者の群れの中へと姿を消すのだった……。
*******
同じく、広場で拘束されている者たちの中にホグリッド兄弟の姿もあった。他の拘束されている者たちよりも更に厳重に拘束され、彼らと同様に不可解な異変を目の当たりにしていた。
「なあ? 兄貴ぃ〜、アレって兄貴が殺した"盗賊団"の奴だよなぁ……何でアイツもあんな格好してんだぁ?」
「アイツも他の者たちも俗に言う"彷徨う魂"と呼ばれるものなのだろう……過去に私も見た事があるが、一度にこんなにも多い数は見た事がない」
噂程度に信じていた事を存分に見せつけられたビスクは驚嘆する。
「んじゃあよぉ、何でこんなにいんだぁ?」
「私たちの雇い主か、あの冒険者たちの仕業か知らんが、この有り得ん魔力領域によってこの地に眠る魂を喚び起こしたのだろう。理由は分からんがな」
「俺たちはどうなるんだろうなぁ、兄貴ぃ?」
「さあな。こうして身柄を拘束されてしまっては遅かれ早かれ悪事を裁かれるだろうし、それに現状よからぬ事態に巻き込まれている始末……先の事など考えたくもないな」
*******
《蝕み、貪り、昂り、穢れに塗れ、その御魂を転換し、喚ばれし英華秀霊の血肉となりて、召されし大いなる存在の礎となれっ!》
何処からか現れた無数のウィルオウィスプは、荒れ狂う強風をものともせず渦を描きながら魔法陣に吸い込まれていく。すると、魔法陣は外輪から順に輝きを帯びていく。
儀式の執行から状況は常に変化し、時の経過とともに禍々しさを増すばかり。
対するクロロらは、この状況の変化に対応しようにも体勢を保つだけで精一杯であり、どうする事もできずにいた。
「ね、ねぇ……アイツを野放しにしてて良いわけないわよねぇ……?」
「そうだ! エリザのディバイン・パニッシュメントで攻撃すりゃあ良いじゃねぇか!!」
「バカ言わないで頂戴!! こんな魔力が暴走してる場所で正確に魔法を発動するには高度な術式が要求されるのよ! 私ごときの術式なんて勝手に書き替えられて発動の位置やタイミング、威力が変動して暴発するのがオチよ! 自爆する可能性だってあるんだからね!?」
反論するエリザベットの声は上擦り、身体は小刻みに震えていた。
無理もない。魔力感知の感覚器は異常なまでの魔力に晒されており、オマケに心霊現象系は大の苦手。今の彼女には人一倍心身に負荷が掛かっている事だろう。彼女に憐憫の眼差しが注がれる。
「なによ」と言い返す彼女。彼女にとっては寧ろ意識を保っているだけでも褒めて欲しいと思うところである。
そうこうするうちにクロロが話に割って入る。
「やっと状況整理がつきました。あの魔法陣から察するに、マインドフレアは何かを召喚しようとしています!」
「召喚だと!? じゃあ、この状況は全て召喚魔法の影響だってのか!?」
「いいえ、召喚魔法ってここまで大掛かりなものではない筈よ!?」
「そうです。ただ、この召喚は膨大な魔力を糧に広範囲の魔力領域を展開して、この地に眠る夥しい数の魂を呼び醒まし贄にしています。供物の数で言えば間違いなくマインドフレアの言っていた通り禁術と呼ぶに相応しいレベル。それ相応の者が喚び出されるとなると悠長に構えてられないかもですね……」
"禁術"……そう聞いただけで不安と恐怖が芽生え思わず息を呑む。
「逃げるのも一つの手ですよ?」
どんな状況にも適正に対処してきたクロロが提案した思いもよらぬ選択肢。我が耳を疑うも彼の表情から察するに、これから待ち受ける何かが一筋縄では行かない事を予期させた。故に、パーティー間に芽生えた不安や恐怖は一気に膨張し戦慄が走る!
その反面、ある空気感が芽生えていた。
ここまで良くやった。この人数で。普通じゃ考えられない事をやっている。後のことは誰かに任せようじゃないか。自分は家へと帰り酷使した身体をゆっくりと休めるとしよう。
そうだ! 自分を讃えてあげようじゃないか! 多少の贅沢だって許される! それに今日あった出来事を家族や知人に聞かせよう! きっと良い土産話になる! 酒場で披露すればフロアの主役になること請け合いだ! 付き纏う背徳心は時間の経過とともに、もしくは誰かが代わりに対処したという吉報を聞けば忽ち消え失せるだろう。それまで心の隅に留めて置けばいい……。
混迷を極める状態が続き、心身の疲労は顕著に表れ、自分を保つ為に意図的に意識を逸らそうと、各々がそのようなデイドリームを見ていた。
自ずとパーティーの士気も下がり、いよいよ崩壊の足音が聞こえてこようかという、その矢先の事だった。
ーーーーー逃げないッ!!
剣呑な雰囲気を掻き消す、勇ましく、気迫のこもった声を背中に受ける!
振り返ると、そこには剣を地面に突き立て魔力の暴風に抗いながら雄々しく構えるアシルの姿があった!
「冒険者が魔族から逃げるということは、我々人族に被害が広がるという事だ!! 可能性はまだ残されているはずだ!! みんな! 諦めるなっ!!」
この時点でパーティーに迷いがあるようじゃ困難を突破する可能性を大きく損なう。しかし、アシルの放った言葉が見失いかけていた冒険者の心を奮い立たせ、再び闘志を呼び起こしたのだ!!
「そうか……そうだよなぁ!! ここで冒険者の俺たちが何とかしなきゃだなぁ!!」
「あったり前でしょ!! 依頼主の私がいるのに依頼を途中で放棄しようなんて許さないんだからね!! 最後まで責任持ちなさいっ!!」
クロロにはアシルの言葉が自らの招いた失態を救ってくれたように思えた。
幾つか糸口はあったものの、どれも不確定要素を含んだ確証を得られないものばかり。手立てを見出せない中で止むを得ず口をついて出た言葉がパーティーの士気を削ぎ、混乱を引き起こしてしまったからだ。だが今はパーティーの士気も持ち堪え、自身も腹を括るのだった。
「分かりました! 私も、どんなに小さな可能性だったとしても、サポーターとして最善を尽くしましょう!!」
早速クロロは召喚の阻止の為、手始めにジードへ指示を促す。
「あれを狙って下さい」
クロロが指差す方向。標的となったのは煌びやかな光を放ち、魔力の暴風の発生源となっているクローネ・スピネルだった。
透かさずジードは銀星銃を構え照準を合わせる。
ジードは銀星銃を構えて初めて気付いた。魔力の暴風によって身体や銃身が激しく煽られ照準が定まらないのだ!
そもそも的が小さく、放たれた魔石弾が受ける暴風の抵抗を考慮するとクローネ・スピネルに命中させるには至難の業が要求されるのだ!
見えないタイムリミットが迫る中、迅速且つ的確さが求められ、ジードの腕には期待と不安が入り混じったプレッシャーが重くのしかかる!
だが、身体は言うことを聞かず、擬かしさが募り、気持ちが焦れば焦るほど照準を狂わせる!
ところが、ふと身体の安定感が増す感覚を覚えた。なんと、アシルが石床に突き立てた不滅の剣とジードの間に入り、剣身部に踵を当てて背後からジードの身体を突っ張って支えていたのである!
更に、ジードの盾を持ったクロロが、ジードを守るように目の前で盾を構えてしゃがみ込む。そして、盾の縁に銀星銃のバレルを乗せ、照準合わせの安定化を図る!
アシルとクロロのおかげで、狙いやすさが格段に良くなった。しかし、暴風の影響はまだある。放たれた魔石弾にも影響を及ぼすのだ!
助力をしてくれる仲間の為に今一度狙いを定めてみるも、濃い魔力の流れがターゲットまでの空間を揺らめかせ、トリガーを引く指を止まらせる……!!
結局、このまま的を射る事が出来ずに敵の目論見を許してしまうのだろうかと思った時だった。
「落ち着いて。私が合図を出すから」
エリザベット曰く、魔力の暴風は不規則な流れでありつつも、周期的に流れが止まる瞬間があるのだと言う。そこが唯一の狙撃タイミングだと教えてくれた。まさに魔力感知と歌唱の才能が織りなす産物である!
ジードは呼吸を整え、揺らめく視界に映る小さく光る赤い的に意識を集中させる。
大丈夫。あとはトリガーを引くだけ。仲間のおかげで余計な心配など無かった。
今度は息を止め、更に神経を研ぎ澄ます。
視界は窄み、拍動による振動も小さくなっていく……。
「今よっ!!」
エリザベットの合図を耳が捉えた瞬間、トリガーを一気に引く!!
空を突き抜けていくかのような銃声とともに一直線に走る弾道は、クローネ・スピネルの僅かに右を掠めていった!!
タイミングはバッチリ。
狙いが逸れただけ。
だが誤差の範囲。
次弾で命中必至。
結果を客観的に受け取り、次のタイミングに備え直ちに狙撃準備に入る!
マインドフレアの目にも儀式召喚の阻止を図り、抗おうとする者たちを捉えた。
(もう何をしようと無駄だ……間もなく儀は完遂する!……ギョッギョッギョッ……!!)
言葉の通り、召喚魔法陣が帯びている光の範囲は、既に全体の約九割にまで及んでいたのである!!
儀式召喚の完遂が間近に迫る中、ジードはエリザベットの合図を待ちながら自らを見つめ直していた……。
『物には人の思いが宿る』
ジードは常々そう考えている。
幼少の頃より一流の鍛治職人でもある父の背中を見て育ち、自然とその技術や知識などを肌で感じ吸収していたジード。自身も父の後を追うように鍛治師となったのだが、ある境地に辿り着いた時、一つの思想が生まれた。
製造・加工・修復その着手から完成まで、常に使い手の事を思いながら自らの魂を吹き込んでいく。更に使い手も、自らの思いを装備に託し危機に立ち向かう。
その双方の思いが強く重なり合った時、思いに応え成果となって表れるということを……!
冒険者となった今でも元鍛治師として、その思いは変わってはおらず、こうして仲間が与えてくれた心の余白にその思いを詰めていく。そして、エリザベットが再び自分に合図を送ってくる!!
「いけぇーーーーーッ!!」
仲間の思いをのせた弾丸は、吸い寄せられるように赤く光る小さな光に命中した!!
劈くような音がフロア中を駆け回り、高く張り上げた鋭い音がそれを追う!!
弾かれたクローネ・スピネルは余韻を響かせながら落下し、されるがまま地面を転がっていく。
あれだけ一帯に影響を及ぼしていた魔力の暴風は、その片鱗すらも感じさせないほどピタリと止み、何処からともなく集まって来ていた無数のウィルオウィスプも、綿毛のように散り散りに舞い上がり消えていく……。
(な、何ということかっ!?……儀式が……儀式が……)
マインドフレアはあまりの出来事に愕然としたと同時に、もうこの者たちに敵わないのだと自覚した。
召喚を目前に控えていたにも関わらず、儀式はまんまと阻止されてしまい、マインドフレアはとうとう精魂尽き果ててしまった。そして、枝から篩い落とされた枯葉の様に哀れっぽく落下した……。
あと少しで光が満ちようとしていた召喚魔法陣も弱々しく発光するばかりで、次第に端から綻ぶようにして光が拡散していく……。
どうやら儀式召喚は阻止出来たようだ!
クロロらパーティーは歓喜に浸る間も無く、今度こそマインドフレアの息の根を止めようと各々動き出す!!
見るも無惨に横たわるマインドフレア。
気力を失ったせいなのか視界に入るもの全ての動作が異様なまでに鈍く見えていた。
魔法陣から浮揚する光の粒も、その向こうから武器を構え迫って来る冒険者どもも……。
(……ああ、そうか……皮肉なものだな……今が私の末路か………………ならば良かろう……どうせ尽き逝く命なら、我が魔力と魂、大義の為の供物となろう……!!)
マインドフレアは触腕を魔法陣に伸ばすと、持てる魔力全てを解放し送り込む!!
すると、魔法陣は一気に残りの部分を光で埋め尽くしてしまった!!
(申し訳ありません。我が王……よ……ここで朽ちる私を、お許しくださいま……せ……)
生贄となったマインドフレアは既に目視が困難なほど身体が透き通り、そのまま静かに消失するのだった……。
《是を以て儀は締結された! 召されよっ! 我が隷属! その無類の強さを主に代わり大いに振る舞いたまえぇぇぇ…………!!》
消失しても尚、フロアにこだまする実体無きマインドフレアの不気味な声。その言葉を最後に魔法陣から天を穿つような光の柱が立ち、フロアはもとより、古城マリキューロ全体が眩い光に包まれた……!!
ーーーーパリィィンッ……!!
突然、耳を覆いたくなるような音がその場に居合わせる人たちの注目を攫った。
ダリス教会の食堂では夕食を済ませたシスター・ロザリーと子供たちが手分けして後片付けをしており、小さな事件はその最中の出来事だった。シスター・ロザリーが誤って手を滑らせ皿を割ってしてしまったのだ。
だが、おかしな事に驚いた拍子に出る「キャッ!?」と言うような叫び声を出すわけでもなく、なぜか不穏な表情を浮かべ立ち尽くしたままだった……。
ロザリーはこの時、皿を割った自責の念ではなく、それを引き起こす原因となった凄く嫌な胸騒ぎに苛まれていた。
それがいったいどのような意味なのか、全く皆目見当がつかない。ただ、押し寄せる不安で胸が押し潰されそうだった。
すっかり気を取られているロザリーは、名を呼ばれる声にふと我に返った。
「アッ! ご、ごめんなさいね、みんな……驚かせてしまいましたね」
ロザリーは自分の足元に散らばった皿の破片をすぐに片そうとするも、どこから手を付けていいのやらとオロオロするばかり。
見兼ねたニコロが呆れたと言わんばかりの態度で片付けの役割を買って出た。
「オイッ! ピィノとジョルジュ! お前らホウキとチリトリ取って来い!」
ニコロが一つ下のピィノと、二つ下のジョルジュに指示を送ると、「ハイっ!!」と潔い返事を返した二人はドタドタと足音を鳴らし部屋をあとにした……。
「ったく、何やってんだよロザリー」
「ごめんなさいね、ニコロ」
二人が割れた皿の破片をせっせと集めている最中、ロザリーの気持ちを知ってか知らずか、修道服の肩口を小さくチョンチョンと何かが引っ張り、ロザリーは作業の中断を余儀なくされる。見ると、か弱い小さな手が申し訳程度の生地を摘んでいた。
「ねぇ、しすたーろざりー? ケガはない?」
心配になって声を掛けて来たのは、お人形を抱えた一番年下のマーヤだった。
「大丈夫よ。マーヤ、心配してくれてありがとう」
ロザリーは心配するマーヤを安心させようとニッコリと笑って見せると、マーヤは表情をパアァっと花開かせるのだった。
「マーヤは危ねぇから離れてな!」
未熟さゆえに本音と建前が乖離し、深く言葉を選ばずついつい口をついて出てしまうニコロの優しさしかない棘。
幼いマーヤにそんな優しさが到底伝わるはずもなく、にこやかな笑顔から一転、不貞腐れた顔に様変わり。
「ニコロ、きらい」
と言い残し、マーヤは他の子供たちのもとへと戻って行った。
大人数で食卓を囲むことが可能な大きなダイニングテーブルには、まだ手付かずの料理が一つだけポツンと残されており、主人の帰りを今か今かと待っていた。
「アシルまだ帰ってこねーのな?」
「んだなー」
まだまだ食い足りない二匹のハイエナは、散らばった皿の破片をホウキとチリトリで集めながらおこぼれに与ろうと、他愛もない会話から互いの出方を窺っていた。
ニコロは"大丈夫"と言っていたにも拘らず、浮かない顔を隠しきれていないロザリーの事が少し気になった。
「アシルなら心配ねーよ。今のアシルには仲間がついてんだ。それに、そんな顔してちゃ皆が不安がるだろ?」
この胸騒ぎがアシルの事を意味しているのかすらも分からないのに、ニコロの励ましで気持ちが幾分か楽になったという事は、そう思っていたのだろうし、顔に書いてあったのだろう。
「た、確かにそうよね……シスターとして反省です」
「ロザリーはアシルの事になるといっつもこうだかんな。そのうちフラッと帰って来んじゃねぇか?」
「そうだとよいのですが……」
それから気を紛らわそうとするも、やはり不吉な予感は拭えないでいた……。
読んでいただき誠にありがとうございます。
皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。
よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。
では、次話でお会いしましょう。
※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。




