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第42話 VSマインドフレア

「皆さん! 臆せず行きましょう! サポートは任せて下さい!! 私も奴にはちょっとばかし個人的な因縁がありますので容赦はしませんよ!!」


 クロロは両手の五指を節足動物みたくワシャワシャと屈伸させて気負いと緊張をほぐすと、頭の中でこしらえた盤上に敵味方に見立てた駒を現在の配置と同じように配置し、戦術指揮を執る態勢を整える。


「恐らくマインドフレアは目眩しを施しながら遠距離攻撃を仕掛けてくる戦法かと。ですのでコチラも銀星銃イスカで高火力の遠距離攻撃が可能なジードを前衛に、アシルは急襲を視野に入れ、後衛の私とエリザよりも後方に配置します!」


 クロロの洞察力により導き出された指示。それぞれが万全を期すため直ちに戦闘配置に就く。これが如何に戦局を有利に展開する基盤となるのかを、メンバーはこれまでの経験から理解しているのだ。今日ここまで約半日あまり行動を共にしているエリザベットでさえもだ。


(ギョギョギョ……!! どんなに陣を敷こうが私の魔法には太刀打ち出来まい!!)


 暗闇に浮かぶマインドフレアの赤い目が一段と大きく開くと、足元に魔法陣が浮かび上がった!


テンタクルス・ハント(猟奇的な魔手)!!)


 攻撃魔法で先手を打ったマインドフレアの足元から這い出した1本の巨大な触手は、発動されるや否や、意思を持ったかのようにクロロたち目掛け猛スピードで向かって行く!!

 すぐさま盾を前に構えたジードが立ちはだかる!!

 直撃寸前、力強く踏み込んだ右足から生まれた反発力をそのまま活かして、テンタクルス・ハントを盾で振り払って弾く!!

 れた攻撃は天井や壁に激突していった末に静止する!

 先制攻撃には打って付けの速攻且つ高威力の魔法攻撃!

 大半がこれでイニシアチブを握ることが出来るのだが、心外な結果に終わり、溢れた感情が声となって漏れる。

 ならば、数ではどうだっ!!……と、間髪を入れずに打って出る!!


(己の渇望を満たせっ!!……テンタクルス(欲望に満ちた)ウェーブ(波濤)!!)


 先程よりも明らかに大きな魔法陣が地面に浮かび上がると、地響きとともに夥しい数の大小様々な触手が地面から這い上がり、幾重にも重なり合いながら押し寄せて来る!!


「デ、デケェ……!!」


「これは……かわせない……!!」


 アシルもジードも余りに巨大な質量の触手を前に、驚きあきれて呆然とする。

 この広いフロアといえど、避ける余地などないのは明らかだった!!


(この圧倒的質量なら、その盾では受けきれまい……!!)


 クロロはエリザに合図を促す!!


「任せなさい!! フォトン・ヴェー………」


 瞬く間に押し寄せる触手の大波は、覆い被さるようにしてクロロたちを跡形もなく丸呑みにすると、そのままフロア内を触手で満たしていった!

 そして、大量放出された触手は行き場を失い、渦を巻きながらフロア内を滞留すると、粘液を纏った触手は互いにこすれ合い、ズニュズニュと不快な音を立ててひしめき合う!


(ギョギョギョギョギョギョ……!! 圧巻っ! 圧倒っ!! 完膚無きっ!!!……奴ら、手も足も出ず命果てよったわーーっ!!)


 一頻ひとしきり放出された触手は効力を失い、蒸発するように徐々に消失し、液面が下がっていく。

 ……と、液面の下、ほのかに灯りが見える。その灯は液面が下がるに連れてよりはっきりと認識ができた。 

 淡い光、神聖な魔力、輪郭のない球体、間違いない、ファルオルヴの娘の魔法障壁だ。奴らは生き長らえていると知る!

 先程までの歓喜は、一時いっときのぬか喜びに過ぎず、忘れかけていた腹立たしさが再燃する!!

 ふと、視界の外れに映った一粒の光の煌き。妙だなと感じたその瞬間、例の銀色した武器の恐怖心が脳裏をぎった。

 マインドフレアは本能的に垂らした触腕で地面を弾き緊急回避を取ると、案の定、一筋の光が発砲音を引き連れ残影を撃ち抜いたのである!

 あと一歩反応が遅ければ、間違いなくあの残影と同じように風穴を開けられていた!

 更に高まる恐怖心!!

 次の攻撃に警戒をする!

 銃口は常にこちらに向けられているが、狙撃手の男は弾を装填リロードに掛かっていた!


(あんなもの、そう何度も避けられん! こうなれば夜ノ帷(カーテンオブナイト)で身を隠し、四方八方から攻撃を仕掛け、混乱している間に仕留めてやる……!!)


 マインドフレアは防衛機制と言わんばかりに漆黒の煙を発生させ、その身を溶かすように姿を隠した!

 瞬く間に広がりを見せる漆黒の煙は、クロロたちを取り囲むようにして包み込み、視界と方向感覚を奪っていく!!


「まずいわ! 煙に囲まれたわ!」


「またこの目眩しか! これじゃあ敵の位置がわからねぇ! あんの陰湿野郎ぉ!!」


 エリザベットとジードは口々に不安を吐露する。


「心配いりませんよ。私に任せて下さい! アイツ、炙り出してやりましょう!!」


 なぜだろう。このような状況でさえもクロロの言葉は不思議と不安を払拭し、期待感と安堵感を与えるのは……。

 頼もしい限りだね。と、皆の気持ちを代弁したアシルは、不滅の剣(デュランダル)のグリップを今一度強く握り直した。


 ーーーふぅ、とクロロは溜め息一つ吐いた。そして、空間認識能力の深度を一時的に高める。これにより、フロア内の構造や、物体の形状、大きさ、位置、間隔などを認識するのは元より、そこに存在する生命体すべての位置、容姿、呼吸や脈拍、循環器系や魔力の流動、更には、フィールドの空気の流れや振動に至るまで、どんなに微細な情報でさえもリアルタイムで認識し、それを頭の中に拵えた盤上で具現化、ビジョン化する!!


ザ・(完全)オール(掌握)マイン(領域)……!!」


 周囲の誰にも気付かれる事なく魔王の片鱗を示すクロロ。今のクロロには死角など存在しなくなるのだった!


(ギョギョ! この煙幕の中なら、奴らからは私を確認できまい! 私の姿が見えなければ奴らは防戦一方。くたばるのも時間の問題!)


 マインドフレアは新たに攻撃魔法を発動しに掛かった時だった。


「四時方向! 角度40!」


 何を意味するのか。サポーターの男が何やら不可解な合図を出した直後、銀色の武器からの狙撃が煙幕に風穴を開け、マインドフレアの脇腹をかすめた!

 風穴からは目を白黒させるマインドフレアの姿が垣間見えた。


「マジか!? 本当に居るじゃねぇか!?」


 なぜか撃った本人も驚いた反応を見せているのが引っ掛かるのだが、そんな事、今はどうでもいい。急がなければ危険に晒される!

 そう思ったマインドフレアは直ちに魔法の発動を中断し、慌てて煙幕の中に身を隠し行方を晦ます。

 さっきのは偶然だ! 私の居場所がわかるはずなどない!

 そう自分自身に言い聞かせるマインドフレア。

 直ぐに反撃に転じようと再び攻撃魔法を発動しようと試みる!


「次っ! 七時方向! 角度13!」


 再びサポーターが合図を出した直後、放たれた攻撃が今度はマインドフレアの外套のフードを掠め、頭部が露わになる!!


(バカな!? 一度ならまだしも二度までも! これは明らかに私を狙った狙撃!……一体なぜ!?)


 以降もなぜか、避けても避けても移動した先を狙撃される現象が繰り返される!

 これを単なる偶然と片付けるのは安直過ぎる程にだ。


(なぜ!? なぜだ!? なぜなんだ!?)


 マインドフレアはその場に留まることが出来ず、一向に魔法を発動する機会に恵まれなくなってしまった!


(冷静になって考えろ! きっと、私の思惑から掛け離れた所で何かが起こっているに違いない……!)


 止むことの無い狙撃をなんとか躱す中、状況整理していくと、どうしてもある不可解な言動が引っかかる。そう、狙撃前の"例の合図"である。


(あのサポーター……もしや、狙撃手に私の位置を伝えて狙撃のアシストをしているのか!? だとしたら、サポーターには常に私の位置が見えている!?……あ、ありえん!)


 だが、もし本当にそうなのだとしたら煙幕に隠れる私を狙える辻褄が合うのだが、どうも腑に落ちない。


(どうのこうの言っていても仕方がない……現状を打破するには真っ先にあのサポーターを始末しなければならない! しかし、遠距離からでは太刀打ちできん。ならば……)


 マインドフレアはリスクは承知の上で強引な策に出る。


「オイッ! クロロ! 次はどこを狙えばいい!?」


 先ほどまで絶え間なく出されていたクロロの合図がここに来てピタリと止まり、ジードは堪らず指示を請う。


「今、マインドフレアはこの煙幕の中を回遊し続け、銀星銃イスカで狙撃されないようにしているので合図が出せません」


「魔法は諦めたってわけなの?」


「そうではないと思いますが、こちらが魔法を封殺しているので戦法を変えたのだと思います!」


 次第に4人の周りを取り囲むようにグルグルと回遊するマインドフレアの動きに合わせて煙幕が渦を巻き始める!


(ギョギョギョギョ……!! やはり動き続ければ撃ってこない。 どんなカラクリかは知らぬが、煙幕内の私の動きを把握していたのは間違いないようだ!)


 敵がどこから襲い掛かって来るか分からない状況に緊張が高まる!

 すると突然、煙幕から現れた臙脂えんじ色の外套がジードの背後に迫り来る!

 それにいち早く気付いたエリザベットがジードに危機を知らせる!

 直ぐさま銀星銃イスカの銃口に装備した銃剣で外套を斬り払うも、実体を斬った手応えがない!


「これは……偽装ダミー!?」


 ジードとエリザベットはそのまま外套に覆われてしまう!


「きゃあ!! 何よコレ!? 邪魔よ!」


 するとそこにマインドフレアが煙幕の中から彼らの頭上に現れ、クロロ目掛けて魔法を発動する!!

 護りに関して定評のあるジードとエリザベットは、状況からして味方への防御処置が間に合いそうにない!!


(ギョギョギョ……!! もらった!!)


 彼らの頭上に魔法陣が浮かび上がった!!

 被害は免れないという緊急事態を余所に、クロロは不敵に笑う。


「……これも想定内!! 頼みましたよ! アシル!!」


影華えいが瞬光烈破斬しゅんこうれっぱざんッ!!」


 高速で放たれる連続斬り! その太刀筋と、そこから生まれた影が触手の一部を一瞬にして斬り刻み、細切れになった触手が宙を舞う!!

 フロアにはマインドフレアの悲鳴がこだまし、無造作に散らばった無数の触手は、まるで断末魔の叫びのようにビクン、ビクンと痙攣を起こしている。

 ひるむマインドフレアはアシルが追撃を試みているのを察知し、慌てた様子で煙幕の中へと姿を消した。


「相変わらずアシルの剣技は局面を好転させてくれますね」


「何を言ってるんだい? クロロが敵をここまで誘導させたんだろ? 当初の予測通りじゃないか! むしろ、予測通り過ぎて怖いくらいだよ」


 アシルは眉をハの字にして微笑んだ。そして、それもそうだったと、態勢を立て直したエリザベットとジードも釣られて小さく笑った。

 しかし、決着はまだ付いておらず、緊迫した状況は依然として続く。


 そんな中、フロアに充満する煙幕が効力を失い、次第に薄れていくと、肢体の一部を失い肩で呼吸するマインドフレアが姿を現わした。

 皆の視線がマインドフレアへと注がれると、たちまち死が脳裏を過ぎり精神を支配したのか、喉笛を摘まれたような引き声を漏らした。

 堪らず恐れをなしたマインドフレアはその敵視を振り切るようにして脱兎の如くこの場から逃走するのだった!


(クソォォォッ!! 忌々しき人間風情が!! こんな筈では! こんな筈では……!! 一体どこで……どこで目測を誤ったというのだぁ!? どこから間違ったというんだっ!! クソォォォ……!!)


 内省と分析を繰り返せば繰り返すだけ、自分の悔い改めるべき点が見つからず、頭の中で整理がつかない。しかし、俯瞰的に見た時、そこに答えが見つかった。


(……そうかっ!! コイツら、ここに来てから人を相手で加減を強いられて戦っていたんだ! ところが、そうでなくなった今、その"枷"が外れて本来の戦闘スタイルになったというわけか!! だが、普通ならそんな事、気に病む事では無いのだが、そうさせなかったのはあのサポーターの存在!! アイツによって仲間たちの力量が遺憾なく発揮されていた点だ!)


 戦術は悪くなかった。ただ、相手が悪かっただけ。今はここを逃れ、必ずや成就させてみせよう。大丈夫。"クローネ・スピネル"はまだ手中にある!

 そう頭の中で整理がついた時、自分の背後に轟いた銃声とともに、体が言うことを聞かなくなったのだった……。


 自らに課せられた責務。来たる日の為に虎視眈々(こしたんたん)と地道に勤しみ、やっとの事で実を結ぼうとしたその矢先、こんなにも呆気なく頓挫してしまうとは思いもしなかった。

 マインドフレアは薄れゆく意識の中、手元を離れ転がっていくクローネ・スピネルを見やりながらそんな事を思っていた……。

 ふと、その視線の先に我が目を疑うような光景が飛び込んで来た。


(ま……おう……さ、ま……?)


 いや、そんな筈はない。有り得ない。夢か幻か、そんなとこだろうと思い今いちど目を凝らすと、目に映ったのはあのサポーターの男だった。

 やはり淡い期待は私に振り向いてはくれなかった。そう思いながら見切りを付けようとするも再び視界に映るのは魔王様の姿。

 反射的にハッと我に返るのだが、やっぱりサポーターの男と見誤る。

 あの者が魔王様に見えるのはなぜだろう? 確かに何処となく風貌が似ているのだが……いずれにせよ死に際の幻覚症状か何かだろう。

 夢でも幻でもいい。死に際に会えたのだから……。



《果たして、本当にそれでいいのだろうか……?》



 夢でも幻でもこのような形で降臨なされたのは、精魂尽きるまで抗えと言われているのではないだろうか?

 いや、きっとそうだ! そうに違いない! そんな気がしてならない!

 いつしか先程までの無念や諦念ていねんは見る影も無く、使命感で満たされていた。


(コイツらは私の計画をいとも容易く阻止した。いずれ魔族全体に仇なす存在になるやも知れぬ! やはり今ここでどんな手を使ってでも根絶やしにしなければならない!)


 マインドフレアはその不恰好な体に鞭を打ち、気力で態勢を立て直す!


「マインドフレアの野郎、あの状態でまだ生きてやがるなんて!」


(ギョ……ギョギョ……いつぶりかなぁ?…………お前らには……我が王より享受戴いた禁術をお見せしよう……)


「なんだ? なにが始まるってんだ?」


 マインドフレアは不揃いな触腕を伸ばして魔力で浮かせたクローネ・スピネルに魔力を注いでいく。


(ファルオルヴの娘よ。この名家の証、有り難く使わせてもらうぞ……)


「ダメッ! やめなさい! クローネ・スピネルに触れるなっ!!」


 鮮やかな緋色の結晶に、黒紫色の魔力が侵食していく……。

 今まで純潔を守っていた名家の証が邪者の手によって穢されていく。言ってみればファルオルヴの名を穢すのと同じ事を意味し、嫌悪と喪失が入り混じったような耐え難い感情がエリザベットを襲う。

 不憫に思ったパーティーメンバーは一刻も早く事態の収拾を図ろうと意思を固める!


「なんだこれは……?」


 クロロはいち早く不穏な魔力の流れを感知した! これは、この世の均衡を崩し兼ねない非常に危険な存在との接触を試みている魔力!

 悠長に構えてはいられないと、クロロは即座に事に当たる!

 

「アシル!! 早くマインドフレアにとどめをっ!!」


 いつもの冷静さを欠いたクロロの指示。事態が思わしくない方向へと傾いていることを暗示させるようだった!

 アシルは疾風の如く駆け出し、マインドフレアに斬り掛かろうと不滅の剣(デュランダル)を振り翳す!!

 ところが、先に魔法を発動させたのはマインドフレアだった!



英霊儀式召喚グランド・サーヴァント……!!》

読んでいただき誠にありがとうございます。

皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。


よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。


では、次話でお会いしましょう。


※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。

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