第41話 元凶の発端
回復魔術師・エリザベットの常識の範疇を超える働きにより、難敵を下すことに成功した一行は、ひとまず負傷者の手当てをする。
「まさか回復魔術師なのに攻撃魔法が出来るなんて驚きだよ!」
アシルはエリザベットが危機的状況を自身でひっくり返した事を称えた。
その称賛を受け鼻を高くしたエリザベットは得意気に話し出した。
「攻撃魔法ディバイン・パニッシュメントはね、対象者に取り憑く悪霊やデバフ効果などを浄化・無力化する効果を持つ光の属性魔法よ! この技がハマったのもクロロの推測を聞いて、もしかしたら?……って思ったからなの!」
エリザベットは自慢げに笑って見せた。
「でもよぉ、回復魔術師が攻撃魔法使うなんざ聞いた事ねぇぞ?」
ジードは率直な疑問をぶつけた。
「無理もないわ。回復、補助系の魔法適性があったとしても、その適正から派生する攻撃の魔法陣の組み立ては複雑で容易ではないの。だから回復魔術師の中でも攻撃魔法が使える回復魔術師は数少ないのよ。それに私自身、魔法陣の組み立てが複雑な分、魔力消費も激しくて連発は出来ないんだけどね」
とは言いつつも、やはり皆はエリザベットの回復魔術師としてのポテンシャルの高さを痛感するのであった。
それを受け、クロロは感慨に耽る。
城の書物にあった魔術大全集でしかその存在を知らなかったものが、こうしてこの眼で見ることが叶い、また一つ知識欲を満たす事が出来たのだ。
知識を得てもそれらを見聞する事が叶わなかった自分にとって、それがどれだけ幸福に思えた事か。
これも全て引き篭もっていた魔王生活から脱却してサポーターになったから経験出来たのである。
百聞は一見に如かず。
世界は広い。これから各地を股に掛け、様々な出会いを重ねれば更に夢を叶えていける。
クロロはそう信じて疑わなかった。
◇
「さて、手当ても済んだ事だし、クローネ・スピネルを回収させてもらいましょうかしらね?」
そう言って、エリザベットが地面に横たわるシモンのもとへ歩み寄ろうとした時だった。
(そうはさせんぞ……まったく忌々しい人間どもめが! 私の長きに渡る計画の邪魔をしおって……!)
待ったを掛けるように不気味な声が辺りに響き渡った。その声は一戦を終えた者たちの達成感漂う雰囲気を我が物顔で掻っ攫い、事態を再び緊迫の渦に引き摺り込むものだった。
「エリザ! そこから離れて下さい!!」
「ヒィッ!? わ、わかったわ!!」
クロロの指示に従いそそくさと仲間の元へと戻り警戒態勢を敷く!
「クソッ! まだ終わってねぇのかよ!?」
「どこよ!? こそこそ隠れてないで姿を見せなさいよっ!!」
気味の悪い風が吹いたと思いきや、ドスの効いた紫色の靄がシモンを取り囲むように渦巻いて竜巻を形成していく!
すると、竜巻の中から白を基調に紫色の斑点模様のある太い蔦ようなものがスルスルと下へと伸びていき、シモンの懐にあるクローネ・スピネルを器用に取り出して掬い上げた!
「ああっ!! クローネ・スピネルが!!」
途端、竜巻は内側から弾け飛ぶように消滅すると、臙脂色の膝丈まである外套を着た、長身で人型の姿をした異形の者が現れた!
外套の袖口からは、先ほどの太い蔦のような触手を幾つも覗かせ、更に深々と被ったフードからも夥しい数の細い触手がグニグニ蠢いているのが垣間見える。
(まさか、こうしてクローネ・スピネルを我が手中に納め、計画の準備が整っているというのにも関わらず着手するまでに至らないとはな……)
常に心の弱みに付け込むような粘りついたこの声には聞き覚えがあった。なぜならシモンの声に混じって聞こえていた第三者の声だったからである!!
「遂に第三者……この事件の黒幕がお出ましってわけだね!」
「な、なんだこいつ!? 蚯蚓かなんかのバケモンか!?」
アシルとジードはその異形なる姿に面食らう。
「あの特徴から察するにヤツの名前は"マインドフレア"。高い魔力を有し、幻覚や催眠といった幻術魔法を得意とします。更に優れた知能を持ち合わせいる為、知っての通り陽動や精神に揺さぶりを掛け、相手を巧妙に操ることもする狡猾な【魔族】です!」
「ま、魔族ですって!?」
クロロが伝えた情報にエリザベットが驚くのも無理はない。
魔族領から遥か遠く離れた人族領のこの地に、魔族が足を踏み入れているなど誰も思っちゃいないし、あってはならない。
聞くに、ある程度の力を持った魔族だというのだから尚更だ。
そんな脅威が身近に存在していたとなると、まさに一大事である!
(ほぅ……こんな所にもこの私の存在を知る者がおるとはな!)
マインドフレアは深く被ったフードから赤く光る両目を一段と光らせた。
「私、魔族に会ったのは初めてだけど、こんなにも普通に会話出来るのね」
(当たり前だ……その辺の魔物と一緒にするな)
「けど、所詮は魔族。俺たち人と心を通わせる事は出来ねぇようだな!」
(ギョギョギョ……そうだな。しかし、お前たち人族がどういう者たちかは分かる)
「何ぃ!?」
(人族は皆それぞれ妬み、悲しみ、憎しみ、殺意……様々な負の感情を抱え、己の欲望の為ならば他をも陥れる醜い存在。これまで誰一人としてマトモに生きてる奴なぞ皆無だったぞ? おかげで精神支配の容易いこと容易いこと……我が計画を遂行する為の手駒に困る事はなかったがな?)
ジードは敵の呆れた物言いに思わず鼻で笑う。
「だがお前は結局そういった人族の精神に付け入り、裏でコソコソ操って悪事を働く小物なんだろうが!」
「なんとでも言っておけ。直にお前たちも私の計画の生贄になるのだから……」
クロロは胸に引っ掛かっていた疑問をぶつける。
「マインドフレア! 一つ聞きたい! 先程からあなたが言っている計画とはなんだ?」
(ギョギョギョ…………知りたいとな? 良かろう。では、冥土の土産に聞かせてやろう。ここに至るまでの経緯を……)
そう言ってマインドフレアは目元に近付けたクローネ・スピネル越しに映る敵の姿を見ながら静かに口を開いた。
(……今より百年余り前のことだ。我が王から直々に人間領に潜伏し、斥候と増兵の勅命が下されたのだ! 即刻人間領へと足を踏み入れた私は、勅命に従い身を潜めながら精鋭を揃え、着実に来たる日の為に戦備を整えていった。そして、実に五十年余りの歳月をかけ、遂に我々の拠点に相応しいこの水都マリキューロに辿り着いたのだ!)
「"我が王"……? その指矩だと?」
アシルは元凶の存在を勘繰る。
(我が軍勢は城郭都市から城に向けて侵攻を開始したのだが、この地を治めていた盟主は才知の働く者だったのだろう。我々は想像の斜め上をいく策略に溺れ、町ひとつ制圧するのに一筋縄では行かなかった。しかし、我々の圧倒的な武力行使によって水都マリキューロは徐々に陥落していった。そんな折、外部から侵攻の報せを聞きつけた応援部隊が現れた。そして、その部隊を率いていた部隊長の男に、我が軍勢は壊滅にまで追いやられのだ!)
マインドフレアの口調は次第に恨みを帯びていく。
(部隊長の男は神懸った力をその身に宿し、私と互角かそれ以上の力で我が軍の精鋭たちをも一瞬にして討ち取っていった……。結局最後に残ったのは私と部隊長の男で三日三晩の死闘を繰り広げた後、私は已む無く奥の手として我が王より享受戴いた禁術の発動を余儀無くされる事となった。不完全でありながらもその禁術が功を奏し、私は命からがら死闘を制したのだ。しかし、禁術の代償として魔力量が全盛期に比べ半分以下にまで落ち込んでしまう事態に陥り、再び我が王の勅命を遂行しようにも圧倒的に力が足りず一旦場を離れることになったのだ……)
マインドフレアの衰えていた赤い眼光は、不敵な笑いとともに一段と輝き始めた!
(だが、運は私を見捨てなんだ! ある時、この古城をアジトにとやって来た盗賊団の頭目であるシモンに取り憑いたところ、コヤツの記憶の中にはこの世に確認されている数々の財宝の情報が事細かに記憶してあった。その中で目に付けたのがこの"クローネ・スピネル"だったのだ!!)
マインドフレアは、触腕を絡めたクローネ・スピネルを月明かりに翳して反射光を眺め目を喜ばせる。
(この圧倒的なまでに凝縮された魔力結晶を以てすれば、我が王の命に再び従事する事が出来る!! さすれば、我が王に誓いし大義を果たす事が出来るのだーーーっ!!)
マインドフレアが語るその一方で、"我が王"ことクロロは皺を寄せた眉間を人差し指でトントンと叩きながら過去の記憶を辿っていた。
「……百年前、……勅命、……禁術、……そんな事あったっけかぁ〜??」
記憶を辿っても辿っても思い出せない擬かしさの中、漸くその場面を思い出した!
あれはかつて自分が魔王だった時、先遣隊選抜を行った際にラートムが抜擢した触手亜人族の魔導師、それがあのマインドフレアだ。
確かその先遣隊選抜は名目上は私が指令を与えたとなっていたが、実際は興味が無かった私に変わってラートムが独断で指揮を執っていた。だから思い出すのに時間が掛かったのだ。
しかしコイツ、ラートムが抜擢しただけの事あって優秀じゃないか。百年経過しても魔王(私)に忠義を尽くし、着実に侵攻の土台を作りあげていたとは。
いや、開き直っては駄目だ。過去の事とはいえ、結局はあの時の計画書に実行の判を捺したのは私だ。責任は全て私にあるのだ……。
クロロは決心する。夢の為に全てを投げ出し第二の人生を歩み出したとはいえ、過去の自分が犯した過ちにケジメを付けなければと……。
「……ジード」
「おぅ!」
クロロはジードに親指と人差し指を立てたハンドサインを送る。
マインドフレアは尚も熱弁を振るう。
(だがここで由々しき事態が起こる! 私の目論見を打ち砕く危険分子が現れたからだ! そう、お前たちだ!! お前たちの戦い振りは脅威と認めざるを得ない! 全盛期に比べ弱体したとはいえ、お前ら如きに屈することは無かろう! 今ここで私が直々に始末してく…………れ……!!?)
話の終わりを待たずして、耳を覆いたくなるほどの衝撃音が響いた!!
同時にマインドフレアの頬を何かが掠めていった!!
「話の途中なのに悪ぃなぁ。昔話はもういい……飽きた」
こちらに向けてなにかの攻撃を放ったであろう者の手にはそれらしき武器があった。
その銀色した武器は、攻撃が放たれたと思われる発射口から、まるで一仕事終えた後のタバコの一服のように硝煙を燻らせていた。
(なんだソレは……!? 魔法ではないようだが、殺傷能力が今までの攻撃の比じゃない! 直撃は命取りになる! この実態を暈す外套でなければどうなっていた事か……)
その武器の脅威を理解したマインドフレアは、脳裏に恐怖心を植え付けられ堪らず冷や汗をかく。
「相手が魔族なら、コレはもう外しても大丈夫だね」
アシルは不滅の剣の刀身に巻き付けていたテーブルクロスを解いた!
そして、腰を低く構え、敵意を込めた鋒をマインドフレアに向ける!
(なんだあの戦士、隙のない構えも然る事乍ら、こちらの一挙手一投足まで見逃さんとする眼光と集中力! コチラの立ち回りを抑制させられてしまうようだ!!)
「アンタの話を聞いて思ったわ! 危険分子はアンタの方よ!! アンタの企みはここで阻止させてもらうわ!!」
(ええいっ!! どこまでも小賢しい人間どもめぇ!! 貴様らなんぞ私の幻術魔法でその戦意を即刻喪失させてやるからなぁ!! その後は身なりを剥がし、穴という穴を犯し尽くし、肉体の内部と精神を徐々に甚振り破壊してやるぅぅぅ……!!)
マインドフレアは内に秘めた魔力を解放し、他を圧倒するような威圧を放つ!!
そして、外套から一挙に無数の触手を曝け出した!!
本領を発揮する敵の思考から外見、他全てにおいて嫌悪感の塊なのだという事が、言葉にせずともパーティー間の共通認識となった。
読んでいただき誠にありがとうございます。
皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。
よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。
では、次話でお会いしましょう。
※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。




