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第40話 VSシモン

 アシルは今まで味わった事の無い不思議な感覚の中にいた。

 頭の中が澄み切った青空のように爽快で穏やかで、それでいて適度に高揚している。

 おかげで一切の無駄な考えが無くなり状況が俯瞰的に見える。体の疲労感も無い。相手の攻撃もある程度軌道予測が出来る。

 今なら次に取るべき行動が瞬時に頭に浮かんでくる!

 アシルは攻撃の撃ち払いと回避行動で手一杯だったが、次第に攻撃に転じる度合いが増していく。しかし、戦況を俯瞰化して見ていると、アシルはある違和感を抱いた。

 シモンの足の腱や関節など、体の動きの起点となる箇所をこれだけ攻撃しているにも拘らず、全く動きが止まらないのだ!

 それに奇妙な音もする。

 まるで硬いもの同士が擦れるような音や、手綱が引っ張られた際の軋むような音が聞こえているのだ。


 クロロもまた、シモンの動きについて違和感を感じていた。

 それが顕著に表れたのは異質な魔力が見えるようになってから。不規則で突発的、まるで自らの意思とは関係なく動いているようなのだ。


「こいつ! さっきから有り得ねぇ角度から攻撃して来やがるし、完全に死角から攻撃してるのにこっちの動きが見えてるみてぇに反応してきやがる!! こんなの人間の動きじゃ考えられねぇぞ!?」


 アシルはジードの言葉を聞いてハッと気付く!

 奇妙な音の正体、それは体の各関節や筋肉、骨などがこすれたりきしんだりしている音であった!

 シモンの体は可動域の限度を超え、悲鳴を上げている状態なのだ!

 更にはエリザベットも違和感を感じていた。


「ちょっ……な、何よ……さっきから…………誰なの!?」


「どうかしましたか? エリザ?」


 突然、何かに反応するエリザベットにクロロが声を掛けた。

 彼女の顔は緊張と恐怖で青褪めていた。


「す、少し前から、ここにはいない誰かの声がするの……それも、酷く悲しい声で訴えかけているの……」


「えっ?……本当ですか?」


 クロロは周囲に耳を傾けてみる。


(…………く……れ……)


「本当だ……私にも声が聞こえました」


 確かに一瞬だが、エリザベットの言う通り微かな声がクロロの耳にも聞こえた!

 しかし、周囲を見渡せどそれらしき人物はいない。


(………いや…………だ………)


「こんな時になんなのよ!? 私がこういうの苦手なの知っててやってるの!?」


 エリザは怯えて泣きべそをかきそうになっている。


「いや、これはそういった類のものじゃ無いと思います」


「へっ?」


 怯える自分とは対照的に、腕を組んで冷静に思案するクロロが言った。


「私は先ほどからシモンに違和感を感じていたのですが、ようやくその違和感の正体が分かりました……ちなみに、この声の正体はシモンですよ」


「えっ!? シ、シモン!? だって、シモンは今、あんな声を出すような感じじゃないわよ!?」


 驚嘆するエリザベットの視界に映るシモンは、悲しみとはとても無縁なほどに狂った表情をしている。


「はい、正確には"本物のシモン"が発している言葉……ってとこでしょうか」


「本物!?……どういう事よ!?」


 エリザベットは信じられないといった顔をする。


「シモンから発せられているあの異質な魔力は第三者によるものです! そして、第三者は遠隔操作魔法を使ってシモンを操っているんです!」


「第三者がシモンを操ってるですって!?」


 クロロはコクリと頷くと見解を述べる。


「第三者は遠隔操作魔法の魔力を増幅させた事により、操られているシモンの心情がそれに干渉し、あのように我々の耳に届くようになったのです!」


(……痛ぇ…………もう……や…………めて…………く……れ…………ぇ………いや……だ……………)


「ま、まただわ! 今度は更にはっきり聞こえる!!」


 本物のシモンの声が大きくなるのと呼応するように、交戦中のシモンから発せられる異質な魔力の勢いも増していた!


「そして、その第三者こそが今回の事件の"黒幕"でしょう!!」


「く、黒幕……!?」


 エリザベットは衝撃の事実を突きつけられ度肝を抜かれる。


(……い、痛ぇ……早く…………は、早く………………この痛みから……解放してくれぇぇ……………)


「さっきから何なんだよこの声っ!? 一体どこから!?」


「ジードも聞こえてるのかい!?」


 とうとう魔力検知に乏しい交戦中の2人にもシモンの声がはっきりと聞こえるようになった。


「アシル! ジード! その声は異質な魔力によって強制的に操られている本物のシモンの声よっ!!」


 後方からエリザベットが交戦中の2人に情報を伝える。


「本物の!?……だとしたらなんて卑劣な行為か!」


 アシルは眉を寄せ不快感を露わにする。

 猛攻を仕掛けていたシモンも、ここで一旦後方へと下がり大きく距離を取った。


「ホホぅ……操っているのヲ見破ルとわナ……そうカ、こいつノ声ガ魔力に干渉シて漏れてイたのか。ムシゃクシゃシテいテ気づカナかった」


 シモンは大剣を肩に担ぎ、ニヤニヤと笑いこちらを舐め回すように見てくる。


「ねぇ、クロロ? 本物のシモンはなぜあんなにも苦しんでいるの!? 一体、どうなってるの!?」


「きっと、第三者による遠隔操作魔法によって関節などの可動領域の限界を越えても尚、自分の意思とは関係なしに操られてしまう。まるで加減を知らない子供の人形遊びのようにね………本物のシモンが受けている痛みや苦しみは、さぞ耐え難いものでしょうね……」


(……もう………こ、殺してくれ……俺を………………殺してくれぇ………)


 泣く泣く絞り出したようなしわがれ声は、自らの命を棄てる事をいとわない、なんとも無残な嘆願だった。


「ギョギョギョ!……駄目だ。私ハこの体をまだまダ使ワせて貰ウぞぉ! 我が大義の為にナァ!」


「何だ?……大義とは?」


 第三者の言葉にクロロは懸念を抱いた。

 どうやらこの第三者は何者かの忠義の為に、良からぬ事を企んでいるらしい。


「……る…………せ………ない……………」


「エッ?」


「ゆ……許せないっ!!」


 いつの間にか傍にいるエリザベットは顔を引き攣らせ、込み上げてくる怒りを必死に堪えている状態だった!


「自分の目的の為に、関係のない人をこんなになるまでして……!!」


「エリザ……? ど、どうし……た?」


「私はねぇ! 自分の欲望の為に周りを力づくで支配して困らせるような奴が、イッッッチバン嫌いなのっ!!」


「それって、誰かと重ねてませんか!?」


 そこはさすがにクロロは突っ込まずにはいられなかった。


「どこよっ!? どこにいるのよっ!? シモンを操ってるアンタよっ!!……こそこそ隠れてなんかないで正々堂々戦いなさいよっ!!」


 エリザベットはフロア中に聞こえるように大きな声で第三者に対して叫ぶ!!


「おいっ! エリザ!! 敵を挑発なんかすんなよっ!!」


 ジードはエリザベットの突拍子もない行動に肝を冷やす。しかし、そんな事などお構い無しに、エリザベットは姿なき相手に続けざまに挑発を続ける!


「それとも何ぃ? そんなインケンなヤリ口じゃないと勝てないわけぇ?」


 エリザベットは周囲に目を配りながら鼻で笑った。


「そんな小物じゃ、アンタ如き私だけで十分仕留められるわ!!」


 すると、姿なき第三者はシモンの体を使いエリザベットの挑発に反応した。


「お前が、シとめるだァ〜? ギョギョギョギョギョギョ………嗤わセるな小娘ガ!! オ前は精々、回復ト補助魔法が使エるだけの回復魔術師ヒーラー! 戦闘能力なんテ無に等しいタダの薬箱!!」


「あら? 薬箱だからって侮らないで頂きたいわね。劇薬だって常備してるかもしれないわよ?」


 その言葉にシモンは何かを思い出したのか、一瞬だけ目を逸らした。


「フム…………ソウだッたな。先のオ前たチの戦いを見ていたガ、勝利の起点とナッタのはフぁルおるヴの娘だったな! お前タチの生命線でアル貴様を、お望ミ通り先に始末してヤル!」


 シモンはエリザベットにヘイトを向け、体勢をグッと低く落とし、大剣アロンダイトを構える。そして、アシルとジードの前衛組の向こう側にいるエリザベットを赤い眼光で見据える。

 相対するエリザベットもロッドを構え臨戦態勢を取る!

 シモンが何かを仕掛けてくるのは明らかで、迎え撃つ側には再び緊張が走る……!!

 アシルはモチベーションを確かめる。

 ……大丈夫。まだ俯瞰的に捉えられているし、集中力も途切れていない。それに、心身ともに冴え渡っている。

 まだあの感覚が持続していると確信する。

 ジードもまた、相手の初動を見逃すまいと目を凝らす。

 すると、案の定シモンが動き出した。

 低い体勢のまま片足のつま先を立て、発破を掛けようと地面をリズム良くトントンと叩き、口を開いた。


「……幻影ファントム疾駆・ステップ


 それを合図にアシルは突風のようなスタートダッシュを切り、飛び掛かりながら剣技を放つ!!

 シモンもスタートを切り、間合いを詰めながらアシルを捉え真っ向から迎え撃つ!!


「剣技・瞬光烈破斬しゅんこうれっぱざんッ!!」


 アシルの剣技はみぞおちと肩口に直撃するも手応えが無く、シモンの体は直撃した部分だけがポッカリと穴の空いたような状態になり、それはまるで煙のようになびいていた。そして、直後に吹き抜ける風がアシルの全身を撫でていった。


「……残像!?」


 アシルを欺くように撒いたシモンは、今度はアイツの後方にいたジードに向かって大剣を振りかぶり迫って来た!!


「なんだ今のは!?」


 アシルをすり抜けて現れたシモンの姿を目の当たりしたジードは、その理屈を理解できぬままシモンを正面から迎え撃つことになった!


「うおぉぉぉぉぉるあぁぁぁぁっ!!」


 ジードは大剣の軌道より体を低くして相手の懐に潜り込み、メイスのヘッド部で大剣を握るシモンの手を潰そうと試みる!!


犀角撃さいかくげきっ!!」


 不慣れな身のこなしであったが、ジードの放つ鎚技は直撃を確実なものとする!!

 しかし、アシルと同様にジードのメイスは何の手応えも無いまま虚しく空を切り、直撃した箇所を除いて姿を残したままのシモンは、ジードの体をすり抜けるのだった!!


「なっ!?」


 振り返るとクロロとエリザベットの方へ駆けて行くシモンの後ろ姿が見える!

 あろうことか、今までどんな攻撃も絶対に防ぎ、突破を許してこなかったジードでもってしても易々と突破されてしまったのである!!


「ゲギョギョギョギョギョギョギョォォォ…………!!」


 前衛組を突破し、シモンの不気味な笑いがこだまする中、後方へ向かって一目散に駆けて行く!

 最後の防衛線として立ちはだかるはサポーターのクロロ!

 エリザベットの前にゆっくりと歩み出しシモンの進行方向に立ち塞がる。すると、シモンの背後にはアシルとジードがシモンを追い掛け、失態のリカバリーに向かって来ている姿がボンヤリと見えた。

 クロロは迫り来るシモンの動きを注視し、先ほどアシルとジードを突破した現象を分析する!

 あの動きは纏った異質な魔力で作った幻影とクロスオーバーステップを組み合わせた走法技!

 相手に幻影を見せて油断させ、その間に本体はちゃっかり横を走り抜けるというものだ。

 タネが分かれば防いだも同然。

 クロロは汎用型ナイフを逆手に持ち、そして、構えた。


「ここは通しませんよ!!」


「なんだこの強者感……!!」


 視界に映るクロロにただならぬ気配を瞬時に感じたシモンは、突発的に対策を講じた!!


「チィッ! コれでどうダッ!!」


 クロロに迫り来るシモンは体をスピンさせておびただしい数のスティレットをなげうった!


「クソッ!!」


 僅かな距離で放たれたスティレットに困惑するも、目にも止まらぬナイフ捌きで順当に弾いていく!!

 その間にシモンはクロロの脇を通り、更にすれ違いざまに詰めの一手を加える!!


夜ノ帷(カーテンオブナイト)……!!」


「しまった……!!」


 クロロの周囲に突如として現れた漆黒の煙は、みるみるうちに一帯を濃い煙で包み込んで視界と方向感覚を奪っていく!!


「ゴホッ!………これじゃ周りが見えないし、向かって来てる2人も近づけない!!」


 追って来たアシルとジードも漆黒の煙の中に取り込まれてしまう!


「クソッ! どこだぁぁぁっ!! シモンっ!!」


「エリザーーー!! 逃げろー!!」


 仲間がエリザベットに向けて警鐘を促すが、その言葉を背中で遮るかのように、煙の中からシモンが現れた。


「お望ミ通り始末シに来てヤッタぞォ!!」


 ここまでごく僅かな時間での出来事であったが、遂にシモンはエリザベットの目の前まで迫り大剣を振りかざす!


「ギギョギョ!! コれで生命線ハ絶たれタァあ!! お前を始末シた後は、この煙幕に取り込マレてイる仲間ヲ順に殺ス!! ソシてお前タチの亡骸は私がアリがたく贄とシテ使わせテもラウからなァァァ!!…………………はッ?」


 今まさに大剣アロンダイトを振り下ろさんとするシモンの目下にいるエリザベットは、何故か怯えるどころか不敵に笑っている!


「なんダ? 絶望に頭ガおかシクなッタか?」


「皆、回復魔術師ヒーラーの私が"回復系統の魔法しか使えない"って勝手に勘違いしてない?」


「ナ、何ぃっ!?」


「シモンを操ってるアンタ! アンタみたいな悪にはしっかりと天罰を下さないといけないのよっ!!」


 エリザベットはロッドを前に突き出し魔法を発動させた!!


「私がっ!! 解放してあげるっ!! ディバイン(聖母)()パニッシュメント(お仕置き)っ!!」


 細く眩い光の柱がシモンを中心に取り囲うように幾つも地面から昇る!

 そして、それぞれの光の柱が更に眩しく太くなり、シモンは煌々とそびえる聖なる柱に取り込まれた!!


「グギョイィィイィィィッ…………」


 柱の中のシモンの体から、ドス紫色のもやが一気に抜けていく!!

 共鳴するかのように周囲に漂う煙幕も押し流されるように晴れていくと、やがて光の柱は細く萎んでいき、エリザベットの魔法を受けたシモンは、光の柱が消えるのと同時にその場に崩れ落ちるのだった。


 月光がフロアを照らし、辺りにはエリザベットの魔法の余韻が光の小玉となってシャボン玉のように漂っている。

 シモンは意識こそ無いものの、あの異質な魔力は綺麗サッパリなくなっていた……。

 エリザベットは3人のもとに歩み寄ると、呆気にとらえている3人と目が合った。


「な、何よぉ!? 別に攻撃魔法があるのを隠してたわけじゃないんだからね!? 敵を欺くならまず何とやら……ってヤツよ? まあ、偶々(たまたま)だったんだけどね!」


 エリザベットは舌先をペロッと出して悪戯っぽく笑ってみせたのだった。


「「「おっ、お見事でした……!!」」」


 3人は口を揃えて称賛するのだった。

読んでいただき誠にありがとうございます。

皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。



シモンが放った走法技「幻影ファントム疾駆・ステップ」についてですが、皆さんお気づきの通り、かの有名なスポーツマンガから着想を得ています。

いや、ほんと着想を得ているだけですからね!



よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。


では、次話でお会いしましょう。


※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。

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