第39話 神より作られし大剣
皆の緊張が高まる中、意を決して扉を押し開ける。
扉の隙間から流れ込んでくる冷たく重い空気を浴びながら中へと足を踏み入れた。
中はだだっ広い部屋となっており、崩れた天井から一筋の月光が差し込んでスポットライトのようにフロアを照らす。
外観より天井が高く感じるのは、広場から降って来た分の高低差のためだ。
壁や柱には石彫の痕跡、痛々しいほどに剥がれ落ちた天井画がなどが見られ、かつてこの場所は華やかで彩り溢れる内装のだったことが窺える。
「皆さん、奥に何者かの気配がします」
「ああ……クロロ、たった今その存在を確認した!」
部屋の奥に見えるくたびれた玉座に、片足を反対の膝に乗せ横柄な態度で座っている男がいた。
細身で背丈は然程高くはなさそう、歳は30代くらいだろうか。被っているフードの下に光る赤い目がなんとも不気味だった。
「あいつはシモン…………みんな! あいつが盗賊団のお頭、シモンよっ!!」
「あいつが、シモン!?」
異質な魔力を放ちつつもまったく人間らしい風貌の彼に些か戸惑いを感じる。
「グギョギョギョギョォ…………ヨく……来た、ナ……お前タち……」
「やっと見つけたわ! シモン!! アンタのお仲間と用心棒は全員捕まえたわ!! 残るはアンタだけよっ!! 観念なさいっ!!」
「オ前ハ……………ふぁルオルゔの娘……ギョギョギョ……お前たチの探しテイるノは、コれだな?」
シモンは懐に手を伸ばすと、何かを取り出して見せた。
その手に掴まれていたのは緋色の特大サイズの尖晶魔石であった!
月明かりに照らされ煌びやかな輝きを放ち、その価値を惜しげもなく魅せていた!
「間違いないわ!! あの輝きはクローネ・スピネル!! クローネ・スピネルよっ!!」
天下一と謳われる輝きに皆は一瞬言葉を失う。
「あ、あれがクローネ・スピネル……シモンが持っていたのか!!」
「おいおいなんだよ!? 魔力で自分の居場所を晒して、オマケにそいつをチラつかせてだぁ? こんなのわざと俺たちを誘い込んだって言ってるようなもんだぜ?」
「ギギョギョギョギョ…………そウだ。お前たチの戦イの一部始終ヲを見て思ッタ。お前タチは私の計画遂行ノ邪魔にナルとな。なのデオ前タチをこコデ始末スることニする!」
「あんたねぇ! 人ん家の物を盗っておいてなんて言いぐさよ!? 素直に返しなさいよ!!」
「ダまれ小娘メ。この石ハただノ飾りで留メテ置くもノデはないノダ。こレに秘メラれた力は、そレを使うに相応シイ者が持つ事にヨッて意味ガアる。そウ、それガ私……私ナノだ!」
「なんて身勝手な!」
アシルはシモンの理不尽な言い分に眉を顰める。
「さァ……計画遂行の為、貴様ラのよウナ不穏分子はサッサとこコデ排除する!」
シモンは立ち上がり、玉座に立て掛けている大剣を手に取った。刃渡り150センチメートルはあろうか、刃先から鋒に掛けて細やかな波紋のような模様が浮き出ている。そして、それを曲芸師のように自在に振り回し戦闘準備に入る。
引き締まった体つきではあるものの、大剣を扱うのには決して恵まれた体格ではなく少々見劣りする。
「素直に返してもらえないようですね」
「だな、戦闘は避けられねぇようだ」
「しかし、数では圧倒的に有利だ。落ち着いて対処しよう!」
シモンは殺意を込めた鋒をこちらに向けた!
「さァ! イくぞ!! 剣技・浮影伸突っ!!」
先手を打ったのはシモン。水平に構えた大剣を突進した勢いのまま穿つ!
迎え撃つは、持ち前の動体視力で初動を捉えていたジード。大剣の鋒を構えた盾で去なしながら上へと弾く!
シモンに大きな隙が生まれ懐に入り込むのはアシル。持ち前の身のこなしで間合いを詰めて剣技を放つ!
「ギギョ……!」
アシルの動きを察知したシモンは、上へと弾かれた反動を利用して上体を反らし、ジードの盾を足場にして駆け上がり後方宙返りをきめてアシルの攻撃を躱す。躱す間際にシモンは隠し持っていたスティレットを無作為に数本投擲した!
アシルとジードに迫り来るスティレット!
だが、反動で身動きが取れず被弾する!
更にシモンは着地を決めたと同時に体を捻り振りかぶった大剣でアシルとジードを薙ぎ払う!
手負の2人は剣と盾で受け止めるが、大剣から発せられる違和感に、クロロとエリザベットのところまで後退するのだった!
「ギョギョギョギョ………」
シモンは両肩をダランと垂らし、ユラユラと身体を揺らしながら様子を窺っている。
「2人とも大丈夫!?」
「ハァ、……ハァ、……ああ、とりあえずはな」
「ぐっ!………つ、強い!」
アシルとジードは、苦痛に顔を歪めながら防具の隙間から体に刺さったスティレットを抜いていく。
クロロはそのスティレットを手に取り、何か仕込まれていないかを分析する。
「待って! 回復を掛けるわ!」
エリザベットはすぐさま2人にヒーリングを施す。
「すまない……エリザ」
「私のことは気にしない! それよりクロロ、その武器には何か細工はされてるの!?」
「とりあえずスティレットに毒などは仕込まれていないようです!」
「チクショー! あの大剣、普通の大剣じゃねぇぜ!? 接触したと同時に爆発みてぇな振動が体に流れて来やがる!!」
「剣から振動が!? ホントなのっ!?」
「ほ、本当だよ。いつものジードなら大剣の斬撃といえども一歩も動くことなく防ぎきるんだ。だが、さっきの攻撃、最適な状態で受けていたのにも関わらず防ぎきれないなんて異常だ……僕だって、ほらっ!」
アシルの腕はプルプルと小刻みに震え、手を握ることが難しい状態となっていた。
「振動が発生する大剣ですか……………でしたらあれは、神々の戦いの時代より生み出された【名剣巨人の小指】かもしれません」
「アロン……ダイト?」
「鍛治の神"クランクラン"が打ったとされる一振りです。書物の記述には、鍛錬の工程を約1000年もの間繰り返したと記されていました。その結果、宿った力により大剣の鋒から刃先にかけての接触時に強力な高周波が放射され、その波動が受け手の接触部を内部から破壊する……とありましたね」
「ということは、例え防具をしていても波動が体内に浸透しダメージを負うということだね」
「鎧通しの一種みてぇなもんか!」
「そのように考えて下さい。しかし、あくまで大剣の鋒から刃先にかけて接触してしまった場合に効果を発揮するので、その部分を躱すか、去なすか、またはそこ以外で攻撃を受ければ対処出来るはずです」
「無茶言うぜ! 剣や盾で受けるならまだしも、足なら機動力が奪われ、もっとやべぇのは頭や胴体に喰らえば一気に脳や五臓六腑にダメージを受けるんだぞ!?」
「でも、やるしかない! でなければこちらがやられる! 少なくともシモンの方はやる気だよ」
「ギョギョギョ……御名答。ソの者ノ言ウ通り、コの大剣ハ"あロンダイと"……コノ大剣の前では正攻法ナド通用しナい、規格外ノ攻撃を可能にした神よリ生ミダさレシ大剣ダ! いクつもの時代ト使い手ヲ巡りに巡って近来はコノ私の手元にイィィィ…………」
シモンは赤い眼光をギラつかせ、またしても大剣アロンダイトをブンブンと振り回す。大剣の本質を知ったからか、空を裂く音にも一層の恐怖心が増す。
「アシル! ジード! 防御が効かないならこの際防御は捨てて、シモンを二人で挟み込んで攻撃と回避に専念した一撃離脱の戦法で徐々に崩していくのが得策かと思います!」
「また無茶なことを……」
「言うのは簡単なんだよ!……けどそれが正しい判断なんだろうな!」
前衛組にプレッシャーが重くのしかかる。
「グギョッ……ギョギョギョギョ!! さぁテ……行くゾ!!」
シモンは蜚蠊みたく稲光のような変則的な動きと目にも止まらぬ速さでこちらに迫り来る!
アシルとジードも果敢に間合いを詰めて2人でシモンを挟み込み、一進一退、攻撃と回避の応酬を目まぐるしく繰り広げていく!
「グギョッ!! さァあっ! さあッァ! サアぁァァァっ!?」
「っあぁぁぁっ……!!」
一段と激しい鍔迫り合いの音が響くと同時に、鈍痛に耐えかねて声をあげるアシル。誤って大剣アロンダイトの攻撃を剣で受けてしまい両腕からは血飛沫が迸っている!
好機と言わんばかりにシモンは大剣で仕留めに掛かるも、ジードが透かさず間合いに入り盾でパリィする!
そのまま悶えるアシルを後方へと蹴り飛ばして一旦退避させた!
「頼むっ!! 俺一人じゃ長くは持たねぇ!!」
ジードのその言葉だけで事態が急を要する事が伝わる!
エリザベットはすぐにヒーリングの魔法陣を念じて組み立てる!
クロロとエリザベットはアシルの腕の損傷具合を見て、思わず眉を顰めた。
アシルの腕は皮下組織から細かく縦に裂け、表皮の所々に赤紫の斑点模様が浮かび上がっている。おそらく内部の筋繊維や骨が膨張し断裂破壊しているようであった。
「ぐぐぅうぅぅぅ……」
回復魔法の柔らかい光に反し、依然として苦悶の表情が続くアシル。
「ダメっ! 私のヒーリングじゃ全快まで時間が掛かる!!」
「わかりました! 即効性のあるポーションも使いましょう!」
アシルの回復処置に躍起になる一方で、耳に入って来る音には切羽詰まるジードのくぐもった声と、殺戮行為に没頭するシモンの狂った声が聞こえる。
状況が芳しくないのは明らかだった。
「畜生! 体が痛ぇぇ!! コイツ、ずっとこんな大剣振り回してんのにバテねぇのかよっ!? 持久力あり過ぎんだろっ!?」
シモンは生唾を垂らし、狂ったように笑いながら粗暴な剣さばきで窮地に追い込んで来る!
「剣技・音切斬!!」
音の無い振り下ろし攻撃に、体勢の整わないジードは窮地に立たされる!!
「やっ、やべぇっ!!」
ーーーその時!
シモン目掛けてスティレットが投擲された!!
シモンは咄嗟の判断で振り下ろそうとした大剣のフラー部を盾にしてなんとか身を守る!
金属音を響かせて地面を跳ねるスティレット。よく見ると、元々シモンが投擲したものをクロロが擲ったのだった!
「すまねぇ! 助かったぜ!!」
クロロが隙を与えてくれたおかげで、ジードは体勢を立て直すことが出来たのだった!
「グギギイィィィッ……!!」
あと一歩のところで獲物を仕留め損なったシモンはクロロを睨み付け悔しさを滲ませる!
「エリザ、ありがとう……もう、大丈夫!」
「あっ! ちょっと!」
声をふり絞り、全快を待たずしてアシルは剣を支えに立ち上がり、そのままジードのもとへと駆けて行った!
「アシル! 戻って来たんだな!」
「ああ、すまなかった!」
再び激闘必至の舞台に戦線復帰し、アシルはジードに加勢する!……が、何やらシモンの様子がおかしい。
「くソォッおぉッ!! もうひと息ダッたというノニ……!! そレニ! お前が戻ッテ来るトワっ!!」
シモンは相手のしぶとさが癇に障ったのか、唸り声を上げる!
すると、体からドスの効いた紫色の靄のようなものがジワジワ溢れて出てくる!
「あ、あの靄みてぇなのは何だ!?」
「分からない! ただ、嫌な感じがするのは確かだ!」
シモンの変化は後方の二人にも確認する事が出来た。
「シモンの体から出てるの……あれ、魔力よね?……あそこまで目に見えるだなんて!?」
「異質な魔力の放出量が増幅したみたいですね。シモンもいよいよ本気を出して来たようです!」
更に猛攻仕掛けるシモンは一段と赤い目を光らせ、大剣捌きに拍車を掛ける!!
「ソロそろ始末してやル! お前たちゴトきにグズグズしてオられん。次の計画ニ移行せねばナラんのでナぁぁぁっ!!」
隙を与える事なく繰り出される剣撃!
アシルは再び想像の範疇を超えるダメージを負う恐怖に耐えながら、攻撃の撃ち払いと回避に専念し、隙あらば攻撃に転じる。そして、その一連の流れを繰り返し相手が崩れるのを待つ!
ところが、その熾烈を極める環境下に於いてアシルの感覚にある変化が生じる。
徐々にだが周囲の音が薄れ、自身の呼吸音と鼓動だけがはっきりと聞こえるようになる。更に、萎んでいた視界もやけに大きく開け鮮明に見える。
これらは意図せぬ事だった。
人間とは不思議なもので、精神を脅かすような状況であっても、ある程度時間が経過すればそのような刺激に対して慣れてくるのである。これは無意識に精神を保とうとする働きによるものだと考えられる。
そのような状況下に置いて稀に精神が肉体を凌駕するような境地に達することがある。所謂超集中力状態だ。
アシルは今、その境地に立っていた!
読んでいただき誠にありがとうございます。
皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。
よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。
では、次話でお会いしましょう。
※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。




