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第35話 各個開戦

 古城の広場を立ち去ったサリィは、侵入者を引き付ける為、高台へと続く山林を駆けまわっていた。

 サリィは後ろを振り返り、追っ手を確認する。


「ふふふ……来てる来てる!」


 サリィは自信に満ち溢れていた。

 なぜなら古城周辺は彼女の庭同然だからだ。

 ここいらの地形も、仕掛けられている罠の数も位置も全て把握済み。

 なので自分を追えば敵は罠に引っ掛かり勝手に自滅する。つまり、このフィールドに持ち込んだ時点で"勝ち確"なのだ。


「ほぅ。人間にしてはなかなかに早いな」


 サリィの後を追うクロロは、逃げ足の早さに感心する。


「……まぁでも、()()ならね!」


 クロロは走るトップスピードをぐんと上げた!


「地の利は私にあるわ! それにアタシは持久力、俊敏性、柔軟性には自信がある! このまま引き離せばそのうち諦めるでしょう。もしくは途中仕掛けた罠に掛かって返り討ち………………に?」


 サリィが再び後方を振り返った時だった、さっきまで遥か後方にいた筈の追っ手が、今はもう目と鼻の先の距離にまで迫り、あわや右手を伸ばして自身の首紐に手を掛けようかという瞬間だった!


「ヒッ!?」


 サリィは驚きと恐怖にも似た戦慄が体の中を走り、声にならない声を漏らす。しかし、咄嗟に身体をしなやかに翻し、首紐を掴もうとするクロロの手を間一髪のところで躱す事に成功する!

 ところが、助かった……などと、胸を撫で下ろす余裕などサリィには無かった。

 どうやってあの距離を一瞬で縮めたのかという不可解な現象がサリィの焦燥感を駆り立てていたからだ。


「ふふふ……オモシロい」


 だが、それは逆に彼女の対抗心に火を付けた!

 早速、サリィは仕掛ける!

 樹々の間を縫うように右に左にとジグザグに走り、追い掛けて来るクロロを慣性力で翻弄し、振り切ろうと試みる!


「これならどうかしら?……って、コイツ! アタシの動きにピッタリ着いて来てる!!」


 想定外の出来事に、サリィは激しく動揺する!!

 クロロは鍵のついた紐を狙って何度も手を伸ばす。サリィはその手を常にギリギリのところで躱す!

 二人はそのような応酬を高速で移動しながら何度も繰り広げていく!


「ハァ……アンタ! ハァ、……アタシの動きに着いて来られるだなんて……ハァ、……なかなかのものね!」


「敵に褒めて頂けるなんて光栄です」


 常に追い込まれた状況のサリィにとって、このクロロの余裕っぷりは、さぞかし嫌味ったらしく思えただろう。

 ところがその時、状況など全く顧みずクロロの探究心は悪い癖を発動させていた。

 それは、サリィの身のこなしにあった。

 彼女は身体能力の高さは勿論、反射神経も非常に良い。特に目を引くのは方向を変える時にスピードを殺さず移動している点である。

 恐らく女性特有の股関節の可動域の広さ、柔軟さがその動きを可能にしているのだ。

 クロロはそう分析するに至った。


「ふむふむ、結構良い体してますね」


 サリィはクロロの言葉に思わず耳を疑った。

 まさかと思いつつクロロの視線を追う。すると、クロロの視線はチラチラと自身の体に向けられていることに気付き嫌悪感を露わにする!


「ちょっと! アンタどこ見てんのよっ! この身体はシモン様の物なのよっ!!」


 サリィは辱めを受けたお返しとばかりに、反撃の一発をお見舞いする!


「来ないでよ! この! 猫掌底ネコパンチ!!」


 クロロは上半身を反らしてサリィの攻撃を軽々と躱す。


「あ、いや……そう言うわけじゃ……」


 クロロの誤解を招いた失言に弁解の余地は無さそうだ……。









 〜 古城マリキューロ城内 屋外広場 〜




「ジード、ここ……」


「ああ、これがあのイカれた女が言ってた鉄扉だな」


 アシルとジードの前には格子状の重厚な鉄扉が行く手を阻み、許し無き者の侵入を頑なに拒んでいる。

 不気味な静寂の中、アシルが施錠の確認をと鉄扉に手を掛けようとしたその時、背後から何かが空を裂いて迫って来たのを察知し、咄嗟に回避行動をとる!

 間髪を入れずに鉄扉のレバーハンドルに硬い物体が勢いよく衝突すると、周囲に衝突した反動で鉄扉がビリビリ振動する余韻が響き渡る!

 アシルとジードは直ぐさま現物を確認する。

 衝突した物体は鎖分銅だった!

 そのまま鎖分銅は引っ張られ、引き寄せられるようにジャラジャラと音を立て投擲者の元へと戻っていく。

 それを目で追って行くと、広場を囲む城壁の上に2つの人影が目に留まった。


「ほぅ。これを躱すとは、なかなかの腕利きのようだ……雇い主を尋ねて来てみたら、侵入者にここまで攻め入れられていようとは」


「雇い主……だと? 誰だテメェら!!」


 こちらを狙った主は細身でケープコートに身を包んだ男。その手には鎖鎌が握られ、先程放った鎖分銅が繋がっている。

 傍には脂肪太りの大きなお腹を晒した巨漢の男が並び、肩には刃の部分が自らの体と同じくらい巨大な両刃斧を担いでいる。


「おいっ! ビスク、周りをよく見てみろ」


「おっ! あそこに俺が目ェ付けてた肉、まだ残ってんじゃん!」


「違う! 食い物の事じゃない! アレだアレ!!」


「げげっ!? 盗賊団ファントムハンズの奴らが捕まってるじゃねぇか!? こんだけの人数引っ捕らえようものなら騒ぎが起こるはずなのによぉ、全く分かんなかったぜぇ?」


「そうだ。宴の最中とはいえ、これだけの人数を如何にして少数で捕縛する事ができたのか……大変興味がある」


 ジードは神妙な面持ちで彼等を見つめる。


「確かアイツら……」


 彼等の風貌に思い当たる節があり、過去の記憶を必死に思い返す。


「そうだ! 思い出した! アイツらはホグリッド兄弟!」


「ホグリッド兄弟?」


 アシルには聞き覚えの無い名前だった。


「ああ、デカい図体の方は弟のビスク・ホグリッド。そして、細身の方が兄のキルルク・ホグリッドだ。奴らは主に討伐クエスト第4〜3級の討伐対象を生業とし、時には気心の知れたメンバーでパーティを編成し、第2級をも討伐達成している。かなりの手練れだ!」


「第2級か……」


「しかし、ある時を境にめっきり評判を聞かなくなったんだ。冒険者の間では冒険者稼業から足を洗ったってことになっていたが……まさか、こんな賊の用心棒に鞍替えしてたとはなぁ?」


「兄貴ぃ、俺たち有名人だなぁ〜?」


「ふふふ……私達兄弟のことを知っていようとは。では、冒険者稼業から足を洗った理由、誤解が無いよう話しておきましょう………貴様、先ほど第2級討伐の話をしたな?」


 キルルクは片手に持った鎌でジードを指した。


「あァ!? それがなんだ!?」


「その時の討伐依頼の途中、事件が起こったのだよ」


「事件……?」


 キルルクはギラつく鎌の刃に自分の顔を映す。


「ある魔物の討伐依頼で、対象の魔物との交戦中、ちょうどこの鎌を勢いよく振り払った際、仲間に当たってしまい、運悪く頸動脈までパックリ…………そいつはパーティで唯一の回復魔術師ヒーラーだった。回復薬も底を突き、為す術もなく即死だった」


 キルルクは一度天を仰ぎ、軽く息を吐いた後、続けざまに話を続けた。


「こんなことは冒険者の間じゃ稀に起こる事故として耳にすることはあるが……私の場合は違った、何故なら私が殺めたその仲間は…………私の婚約者だったからだっ!! お腹には子供もいたっ!!」


 キルルクが打ち明けた衝撃的な事実に、アシルとジードは絶句する。


「私も仲間も、絶望のどん底だった…………しかし、ふと私の心の中にある感情が沸々と湧き上がってきたのだよ! "愉しい"という感情がっ!! 悲劇は喜劇に変わったんだよっ!!」


 キルルクは凶相の笑みを浮かべる。

 傍にいるビスクは手で口元を覆い、笑いを堪えているようだったが、啖呵を切ったかのように喋り出す。


「その場に俺はいなかったが、後からその事を聞いた時、俺にもその気持ちがわかってさあっ!! 興奮が止まらなかったぜぇ!!」


 ビスクは緩んだ口から自然と垂れる涎を拭ってみせた。


「その時、俺たち兄弟は気付いちまったのよぉ! 魔物を殺するより、人間を殺すほうが愉しいってことによぉ〜!! そんで結局、その時の仲間たちも俺たちが殺しちまった!」


「魔物と違い、人間は言葉が通じる……必死に命乞いし、生きながらえようと懇願する。時には痛い、痛いと哭き叫び、断末魔の苦しみに苛まれ絶命する……これ程までに愉快傑作なエンターテイメントがあるだろうか!?」


「奴ら……狂ってやがる!」


 ジードは彼等が私利私欲を満たす為、道義から逸脱した行為に及んでいる事に、胸糞悪さを覚える。


「ふふふ……なぁに、ただ標的を魔物から人に変えただけの話だ」


 ホグリッド兄弟は肩を揺らしケタケタと笑う。


「ふざけるなっ!! 人を殺めていいものかっ!!」


 アシルは正義感に駆られ怒りを顕にする!


「用心棒どころか、とんだシリアルキラーじゃねぇか!!」


「ふふふ……私達兄弟の事、少しはお分かり頂けましたか?」


「俺たち、追っ手が来ねえからずっと暇してたんだぜぇ? ようやく出番って訳だなぁ〜? 兄貴ぃ?」


 ビスクはどっしりと深く構えて臨戦体勢を取る。


「アシル、さっきキルルクが俺たちに仕掛けて来た鎖分銅、全体に何かがコーティングしてあった。きっと何か仕込んでいるはずだ! 気を抜くな!」


「気を抜く気なんて毛頭無いよ!」


「いや、気を抜くなとは言ったが容赦はしろよ? 魔物じゃないぜ、対人だからな?」


 ジードはアシルに諭す。

 というのも、一部を除いて多くの冒険者ギルドは人殺しを容認しておらず、そのような案件は請け負う事は無い。

 冒険者であれ人を殺めれば法のもとに裁きを受けるのだ。

 すると、アシルは近くにある一際大きな骨付き肉が乗っているテーブルのクロスを掴み、一気に引っ張った! そして、そのクロスを不滅の剣(デュランダル)の刀身に幾重にも巻き付けていく。


「よしっ! これで加減ができるだろう!」


 なるほど。ジードはアシルなりの策に合点がいった。

 納刀状態であれば重量的に過負荷となり太刀筋が鈍る。しかし、これならそこまでの負荷にはならず、相手にも峰打ち程度に収めれると考えたのだろう。


「あ〜〜〜〜〜〜〜っ!? 俺の肉ぅ〜〜〜っ!!」


 ビスクは大声を出しながら指を差す。その先には、先程アシルがクロスを引っ張った拍子に地面に落ちてしまった骨付き肉があった。


「あんの肉は……俺が!…………俺がっ!! 目ェ付けてた肉だったのにぃ〜〜っ!!!」


 ビスクは全身をブルブル振るわせ怒り心頭のご様子。その荒げた声は奇声へと変わり、担いだ大斧をアシル目掛けて投げつけた!!

 大斧は車輪のようにグリングリンと回転しながらアシルに向かって飛んでいくも、途中で軌道がズレてしまい食事が並ぶテーブルを真っ二つに粉砕して地面に突き刺さった!


「ちくしょお〜〜〜!! 許さねぇ〜!!」


「ふふふ……我が弟ながら、なんとも豪快な開戦の合図だ」


 ビスクは城壁から飛び降り、突き刺さった大斧の近くに豪快に着地した! そして、そのまま大斧の柄を掴んで高く振り翳した!


斧瀑閃風ふばくせんぷうっ!!」


「ぐっ!……危ねぇっ!!」


 アシルとジードの間を裂くように上から振り下ろされた斬撃。2人は上手く回避するも、強烈な風圧に煽られた2人の間には微妙な距離ができてしまった!

 これでは2人の特性を活かした連携が取れなくなってしまう!

 ビスクはその内のアシルを標的とし、更なる攻撃を仕掛ける!

 場数を踏んだ経験からなのか、それとも直感か、将又はたまた気紛きまぐれか。


「肉の恨みぃ〜〜っ!!」


 アシルを標的にした理由は単なる私情だった!

 ビスクはアシルに対し、大斧をひたすら振り回して攻撃する!

 当たれば一発で致命傷。そう印象付けるほどの轟音を立てて空を切る大斧。アシルは太刀筋を読み、敏捷な動きでビスクの攻撃を躱す!

 城壁の上のキルルクは、遠距離から鎖分銅を投擲してアシルとジードの妨害を図りビスクを援護する。

 ジードはアシルに近付こうにもビスクの過剰に大振りされる攻撃や、キルルクの鎖分銅による妨害によって分断を余儀なくされていた。

 特にキルルクの援護が厄介で、分銅はもとより鎖部分の巻き込まれによる拘束にも気を付けなければならず、なかなか思うように動けないでいた。

 いつもなら、あの距離にいるターゲットは銀星銃イスカをブッ放して即終了なのだが、相手が人間であればそうはいかない。


「チクショー!! やりにきぃぜ全く!!」


 アシルもジードも、相手が魔物ではなく人間相手というだけで手加減しなければならず、そのもどかしさに腹立たしさを覚える。


忌怨斬刄きえんざんばっ!!」


 ビスクは手元で大斧をグルグルと豪快に回しながら前進する!

 高速で回転する刃の渦に、贅を尽くした食卓が次々と飲み込まれると、それらは木っ端微塵に粉砕されゴミ屑へと化す!


「オラオラァ〜〜ッ!! お前なんかミンチにしてやる〜〜っ!!」


「破片が……くそぉ!」


 アシルは迫り来る刃に混じって飛んで来る飛散物に苦戦する!

 その隙を突き、キルルクはアシルの頭部目掛けて勢いよく分銅を投擲した!


「させねぇっ!!」


 やっとの思いでアシルのもとへと駆け付けたジードは、分銅を盾で弾いてアシルを守ることが出来た。


「ありがとう! 助かったよ!」


「気にすんなっ! こっから俺も応戦するぜ!」


 ここから暫く、双方一進一退の攻防が繰り広げられる!

 実力はほぼ互角。しかし、アシルとジードの攻守の切り替えの速さ、立ち回りの上手さが僅かに相手を上回り均衡が崩れ始めた!


「よしっ! 俺たちのコンビネーションなら押し通せる!」


「このまま片を付けよう!」


 アシルとジードの連携が軌道に乗り始めた矢先の事だった。


「このままじゃあ、ちと分がワリィぜェ」


 そう言うなりビスクは攻撃を止め、キルルクのいる城壁の側まで下がった。すると、城壁の上にいたキルルクが飛び降り、ビスクの横に着地する。


「兄貴! コイツらやるぜェ! 戦士の方は大斧の攻撃軌道を読んで上手く回避しつつ、隙を見て大斧を振る軸足の膝関節部分だけを攻撃し続けて動きを殺しにかかって来やがる!」


「ガードナーの方も目が良いのだろうな。盾に鎖分銅が巻き付かないよう的確に盾で分銅部分を弾いて私の援護を阻止している」


「久しぶりに骨のある奴らだぜェ!!」


「だが、強ければ強いほど痛ぶる時の高揚感は一入ひとしお故、この闘い、勝ち取りにいきたくなる!」


 ビスクはポーションを手に取り、歯で蓋を開け一気飲みして蓄積ダメージを回復する。


「んじゃあ兄貴ィ。いつもの頼むぜェ」


「ああ、任せとけ。ビクス」


 キルルクはビクスの背中をポンっと押した。まるで、喝を入れるかのように……。


「んじゃ、第二幕と行こうぜェ!!」


 ビクスは肩を回してほぐしながらアシルとジードのもとへ向かって行くのだった……。

読んでいただき誠にありがとうございます。

皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。


よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。


では、次話でお会いしましょう。


※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。

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