第34話 鍵の行方
月明かりに照らされた古城のバルコニーに何やら怪しげな人影があった。
「んあ〜〜〜〜〜む……」
指で分厚いステーキ肉を摘み上げ、下から迎え舌で口の中へと運んでいく。直後、この美しい景観に似つかわしくない不快な咀嚼音が周囲を汚染する。
「兄貴ぃ〜、食いもんが無くなったぁ」
大岩を模ったような人影は、自分の顔がすっぽりと覆い隠れるほどの特大の皿を持ち上げ、綺麗さっぱり平らげたことをアピールする。
「オイオイ、もう無くなったのか……」
装備品を一つひとつ丁寧に床に並べて確認作業に勤しむ細身の人影は、呆れて溜息をつくのだった。
「ダメだぁ……まだ腹が膨れねぇ。また広場のメシおかわりしに行くとすっか!」
「いい加減にしろ。おかわりは3回までだと言ってるだろ? もうそれが3回目なんだぞ。お前が宴会中の広場まで食べ物を取り行く度に警備が手薄になるだろ」
「仕方ねぇだろ? 俺の腹がそう言ってんだからよぉ。それに、盗賊団が奪ったお宝を奪還しに相手方が軍勢を差し向けやがった時の為に、俺達が雇われたってのによぉ、誰一人来ねぇじゃねぇか!」
巨漢の弟は御託を並べる。
「お前の腹のことは知らんが、何かしらの追っ手が来ないのはやはり気にはなる。まあ、ちょうど得物の手入れが済んだところだし、一度、面倒だが雇い主に状況を尋ねに行くとするか」
細身の兄は装備品をまとめ、重い腰を上げる。
「オイッ! 兄貴っ! 抜け駆けはズルいぞ! あのデカい肉は譲らねぇぞ! 俺が唾つけてんだからな!」
「人の話を聞いてたかっ!? お前と一緒にするなっ!! 私は宴の飯が目当てではない!」
兄弟はあーだこーだ言い合いながら広場へ向かうのだった。
◇
「な、なによコレ……?」
「コイツら全員死んでんのか!?」
「いや、息はしてる…………寝てるようだね」
古城の広場には、宴をしていたと思われる盗賊団の面々が侵入者が現れたとたいうのにも関わらず、なんの反応も示すことなく屍のように一斉に眠りこけていたのである。
何も知らずに訪れた者にとってはさぞかし不気味な光景だっただろう。
「上手くいったようですね! 皆さん酒も入り効きも抜群のようです!」
クロロは自らが調合した薬の効き目に、十分な手応えを感じたようだ!
「その口振り……まさか! クロロが仕掛けたって言うのかい!?」
クロロの発言にアシルは驚嘆する。
「直接ではないですけどね。さっき説明しました協力者の方に睡眠煙を撒いてもらったのが効いているのでしょう」
「睡眠煙?」
「はい。睡眠煙は睡眠茸という睡眠効果を持ったキノコを乾燥させ、それを発煙作用のある素材と練り合わせた調合薬です。これに火を点けた時に発生する煙を吸うと、中枢神経系に働きかけ強力な眠気を誘うのです」
「なるほど、協力者にこの睡眠煙を撒かせ、広場の奴らを一網打尽にしたのか」
ジードは睡眠煙の燃え滓を指で摘み、調合薬の恐ろしさに冷や汗を垂らした。
エリザベットはというと、神妙な面持ちで辺りを見渡し、皆に語りかけた。
「みんな聞いて。私が見たところ、この中にシモンはいないわ!」
「本当かっ!?……ってことは、どこかに逃げ隠れしてんじゃねぇだろうな!?」
「どちらにせよ、この人たちが目を覚ます前に手分けして拘束しましょう!」
クロロ達はぐっすり眠っている盗賊団を、クロロ手製の拘束具で捕縛した後、数カ所にまとめてキツく縛り上げていく。
「皆さん! 縛り上げた人数を教えて下さい!」
「クロロ! 僕は8人だ!」
「俺は12人」
「よいしょっ!……わ、私は6人よ!」
クロロはメンバーそれぞれの証言をもとに人数確認を行う。
「アシルが8人、ジードが12人、エリザベットが6人、私が11人、あと見張りが3人で計40人……残り2。皆さん! 残党は"盗賊団"のシモンを含めた2人と、更に関係者2人プラスの計4人です!」
クロロからの報告に皆それぞれの返答をする。
エリザベットはというと、眠っている盗賊を精一杯引きずって一箇所に集め、今からまとめて縛ろうとしているところだった。
「フゥ……人間って……こんなに……フゥ……重たい…………のねっ……」
「エリザ! 変わりますよ」
四苦八苦するエリザベットを見兼ねてクロロが手を差し伸べた。
「あ、ありがとう」
クロロは手際良く盗賊たちを縛り付けていく。その傍らでしゃがむエリザベットは、含羞の色を悟られぬよう両膝で壁を作り、視線を誤魔化しながらクロロの作業を見ていた。
「クロロ……あ、あなたって何でも知ってるし、何でも出来ちゃうっていうか、その…………す、すす……凄い!……と、思うわ」
「いえいえ、そんなこと無いです。まだまだですよ。私がもっとサポート出来ていればパーティーを危険に晒すようなことも無かったじゃないかと……後悔と反省ばかりです」
「謙遜しなくていいわ!……謙遜しなくて………いい。この私が認めてあげるんだから」
「エリザにですか?」
「何よ。私じゃ不満かしら?」
「ふふ……いえ。不満などありませんよ。嬉しいです」
そう言ってクロロが優しくふっと微笑むと、エリザベットは胸の辺りがキュッと締め付けられる。
同時に、ある興味が沸いて出た。
「クロロ、あなたは何故サポーターになったの?」
エリザベットの質問に、クロロがまたふっと微笑んだ。
「……好きなんです」
「……えっ?」
唐突に言い放ったクロロの言葉にエリザベットは思わず耳を疑った。なにせ今し方、心の中で呟いた言葉だったからだ。
まるで言い当てられたかのよう。いや、もしかすると彼も私のことを……。
羞恥心と期待感とが入り混じった感情が私の顔を火照らせる。
とはいえ、心の準備もへったくれも何もあったもんじゃない! 展開が急過ぎてどう処理したらいいか分からないし、いちいち反応してしまう自分の身体が嫌になる。
感情入り乱れ停止する私にクロロが口を開いた。
「私は世界を見聞することが好きなんです」
「…………へ?」
一瞬、時が止まる。遅れて、そういう事かと理解し、エリザベットは淡い期待を抱いた自分を恥じた。
そして、クロロは片手間に話を続ける。
「私は生まれた時からずっと、訳あって外の世界と切り離され孤立した環境で暮らしていました。けれども、それ以外は何不自由ない日々を過ごしており、暇を持て余していた私は、この世界のありとあらゆることが記されている膨大な数の書物を、来る日も来る日も貪るように読み漁っていました」
突然、自らの生い立ちを語り出したクロロ。
エリザベットは意中の相手を知るチャンスとばかりに耳を傾けていたが、ここでクロロの表情が少し暗くなった。
「日々新たな知識が蓄積されていく中で、得た知識を体現しようにも禁足の身では叶えられませんでした。たまに外の事情を知る機会もあり胸を躍らせたのですが、それはそれで、外への憧れを益々募らせていくだけで、私の人生観は悲観的なものでした」
クロロの底知れぬ知識を生んだきっかけは、意外にも暇潰しだった事に少し拍子抜けするも、実は超がつくほどのいいとこの生まれかもしれないという事実に衝撃を受ける。
更にクロロは話を続ける。
「けど、ある事がキッカケで禁足状態から解放された私は、ずっと憧れていた外の世界へと踏み出す事が出来たんです! 外の世界は何もかもが新鮮で、眩しくて、私の心を満たしてくれる。だから、今まで得た知識を体現出来ているこの日々が堪らなく好きなんです」
クロロは今を謳歌している。
少し自分と境遇が似ているだけに羨ましいとエリザベットは思った。
一通り縛り終えたクロロは、手をパンパンと叩いて掌の埃を落とすと、立ち上がりざまに背伸びをする。そして、目一杯伸びきり力みを解放した時、駄目推しとばかりに思いを述べる。
「……私の夢はこの世界を隅々まで冒険する事。でも、この世界は領地間の通行も厳しく規制区域も多い。その点、冒険者であれば実力次第で自由に行き来できますからね。なので私は冒険者のサポーターになったのです!」
クロロはエリザベットに向かってニッコリと微笑む。
屈託の無い眩しい笑顔。
思わず、息が詰まった。
ーーーズルい。そして、悔しい。
エリザベットは少し不貞腐れて見せる。
何せ、人の気持ちを弄んだ挙句、あんな顔を見せられたら、クロロが夢を叶えていく姿を側で見届けたいと、そう思ってしまったからだ。
「あっ! すみません、なんだか熱く語ってしまって……」
「う、ううん。話してくれてありがと。あなたの事が知れて、その……嬉しかったわ」
エリザベットは恥ずかしそうに笑った。
◇
「な、何よコレ……? 何がどうなってるっていうの!?」
アジトに戻って来たサリィは広場の手前で異変を察知する。
なんと、仲間たちが侵入者と思しき数名に、一網打尽に囚われている光景を目の当たりにしたのだ。
こんな事、盗賊団始まって以来前代未聞の大事件である。
「まったく! 見張りは何やってたのよ!? 易々と侵入を許して!」
サリィは遠くの物陰に隠れて広場の状況を窺う。
おそらく、あの侵入者たちはクローネ・スピネル奪還に来た追っ手。
団服でない事から冒険者と思われる。
数は4人。古城近くには誰もいなかった事から間違いないだろう。
しかし、一体どんな手段を使ってこれほどの人数をこの短時間で一挙に捕える事が出来たのか。全く見当が付かない。
侵入者の中にそれを可能にした人物がいるとなると、安易な行動は避けるべきだ。
ーーー以上の事からサリィは状況を踏まえ、最善策を模索する。
結局、周辺を散策してもシモン様は見つからなかった訳だが、残す捜索場所は地下の宝物庫か、そこから更に奥にある玉座の間くらい。
侵入者の目的がクローネ・スピネルの奪還なら、奴らを地下に行かせなければ奪還を阻止出来る。
そして、地下へはシモン様と自分が持っている鍵がなければ立ち入ることが出来ない。よって……。
「この鍵は絶対に死守しないといけない」
サリィは捕えられている仲間たちに罪悪感を抱きつつ、ここは一旦この場から離れ、後の事は状況を察したシモン様かアイツらに任せる決断をする。
ところが去り際、ある会話を耳にした途端、離脱しようとするサリィの足がピタリと止まった。
「ちょっとクロロ、腰の辺りが砂埃で汚れてるわよ」
「あっ、本当ですね」
「もぅ、私が払ってあげるわ」
「すみません。ありがとうございます」
捕縛した盗賊たちを1箇所に運ぶ男女の仲睦まじい会話。サリィはその二人の関係に強い嫉妬心を抱いたのだ。
「ちょっと、何なの…………何なのよあの二人!!」
サリィは納得がいかなかった。
こちとら意中の想い人を探すも見つからず、何ならこれまで幾度となく好意をアピールするも報われない。それどころか、近頃は人が変わり、顔を合わす機会も減ってしまったのだ。
それなのにあの二人ときたら、敵のアジトにも拘らず色恋を私に見せ付けている。
まるで自分への当て付けのようで腸が煮え繰り返る思いである。
本当だったら自分もあんな風になれたのかもしれないのに……。
そう思った瞬間、サリィの自制心は突如として失われてしまい、有らぬ行動に出てしまう!
「ちょっと! そこのアンタたち!! 敵陣でイチャコラしてんじゃないわよっ!!」
クロロとエリザベットは威勢のよい声が聞こえた方に振り向いた!
そこに現れたのは、エナメル調のレオタード姿に、耳を模したデザインのフェイスマスクを頭に被り、極め付けは両手にモコモコのファーでできたグローブを嵌めた全身黒尽くめの女だった!
女は崩れた城壁の上から二人を見下ろしていた!
「誰っ!?」
相手の反応に、ハッと我に返ったサリィ。
しまった!……と自身の過ちに気付くも、敵前故に後悔している暇など無かった。
仕方がない。こうなった以上、このまま自分が侵入者どもを引き付けなければと作戦を変更する。
「アタシは"ファントムハンズ"の頭であるシモン様の側近! "猫拳のサリィ"よっ!!」
女は名乗ると同時にキメッキメのにゃんにゃんポーズを取るのだった!
しかし、いきなり現れた奇抜なファッションで、ふざけたポーズを見せる女に一同は言葉を失い、両者の間に静寂が訪れた。
「なっ、何よ!? なんか言いなさいよぉ!!」
あっけらかんとするクロロとエリザベットは一旦顔を見合わせた後、それぞれ意見を述べる。
「えっと……悪趣味ですね」
「同じ女として恥ずかしいわ……」
「うるっさいわねぇっ!! シモン様がこの格好を喜んでくれるからいいのよっ!!」
悪態をつかれたサリィは強い口調で反論した。
「クロロ! あのイカれた女、残党よ! アイツも捕まえましょ!!」
エリザベットの的確な意見に、サリィはカチンとくる。
「だ〜〜れがイカれた女じゃっ!! この下心見え見え女ぁ!!」
「なっ!? ちょっ!!……だっ! 誰が下心見え見え女よっ!?」
慌てふためくエリザベットはちらりとクロロを横目でみる。すると、不思議そうな顔をするクロロと目が合った。
「ちょっ! な、な、な、な、何見てんのよっ! 違うからっ!! 違うんだからねっ!!」
「……何が違うんですか?」
「もぉっ!! 今はそんな事どうでもいいでしょ!!」
ムキになっているエリザベットを見て、サリィはしたり顔をして煽る。
「あの女ぁ……」
エリザベットはワナワナと屈辱感を滲ませた。
粗方、侵入者の関心を向けさせたところで、サリィは話を切り出す。
「ところでアンタたち!! よくもまぁアタシたちのアジトで好き勝手やってくれたわねっ!! アンタたちがここに来た理由、クローネ・スピネルを取り返しに来たんでしょ?」
「そうよ! 名家の証、さっさと返しなさいよ!」
「やっぱりそうなのね……でも残念。クローネ・スピネルの在処はここの地下。でも地下に行くにはあそこの鉄扉からでないと行けないの」
サリィの指差す先、ちょうど離れた所にいるアシルとジードのすぐ近くにあった。
「あの鉄扉、こんな時のためにと今は閉めてあるの。そして、コレ……」
サリィは首からぶら下げた紐に付いている金属製の鍵を見せつけた。
「まさかそれって!?」
「フンッ! あそこの鉄扉の鍵よ! この鍵が欲しくばアタシを捕まえてごらんなさぁい!」
サリィはそう言い放つと、首からぶら下げた鍵を胸の谷間に埋め、その場から脱兎の如く立ち去ったのだった!
「あっ! ちょっと! 待ちなさいっ!!」
「私が追います! 皆さんは捕縛した人たちを見張ってて下さい!」
クロロは逃走したサリィを追うのに自分が適任だと判断し、直ぐさま後を追った!
「待って! 私も行くわ!!」
エリザベットも何か力になれればと二人の後を追うのだった……。
◇
「兄貴ぃ、雇い主の側近の女が誰かに追われてるようだぜェ? あっちに走って行きやがった」
「広場も宴を催してるようには思えん静けさだ。まだ中締めするような時刻でもなかろうに……」
「兄貴ぃ、女を追うか?」
「いや、まずはアジトの状況を把握することが先決だろう」
「へーい」
サリィの機転が功を奏したのか、戦力が分散されたパーティーのもとに曲者どもが忍び寄る……。
読んでいただき誠にありがとうございます。
皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。
シモンの側近、"猫拳のサリィ"さんですが、実はストーリーの構想段階では存在しないキャラでした。しかし、34話を執筆途中に突如、天からサリィのイメージが舞い降り急遽ストーリーに加える事にしました。
おかげで盗賊団に良い色味が加わり、それがストーリーにも反映できたんじゃないかなと思います。
よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。
では、次話でお会いしましょう。
※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。




