第33話 潜入! 古城マリキューロ
〜 古城マリキューロ 城郭都市跡 〜
湖畔の対岸に一本の大きな巨木が見えるこの場所は、50有余年前までは城下町として賑わっていた。だが今は、かつて栄えた情緒は見る影もなく、草木に埋もれる瓦礫と化した居住跡となり闇夜の中を物静かに姿をくらませている。
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「ハァ〜〜……俺もババさえ引かなきゃ、こんなとこで見張りなんてせず、あっち側でドンチャンやってんのになぁ〜……」
見張りの男は暗闇の向こうに明かりが溢れる古城を羨ましそうに横目で見る。
すると、一陣の風が草木を騒めかせながら辺り一帯を吹き抜け、それと釣られるように夜空にかかる雲も運んで行った。
「それにしても、今夜は月が綺麗だなぁ〜……これだけでも酒のツマミになるってもんよ」
「動くな……」
「へっ……!?」
いきなり耳元で聞き慣れない声がしたかと思えば、自分の生殺与奪の権利がこの声の主に委ねられている事を察する。
何故なら自分の喉笛にはナイフが当てがわれ、月明かりに反射する冷徹な刃が今にも掻っ切らんとしていたからだ。
ついさっきまで風情に酔いしれていたのが随分昔の事のように思える。突然の恐怖と緊張は、それほどまでに見張りの男の精神を支配していた。
「だ、誰だ……?」
「お前の質問に答える気など無い。お前はこちらの質問にだけ答えろ。然もなくば殺す」
「わ、わかった」
そう言いつつ見張りの男は敵襲を知らせる角笛やサーベルの位置を再確認し、隙が生まれた時の最適な初動を模索する。
「おっと、心しろ。私の読心術はお前の僅かな挙動も見逃さない。視線、呼吸、発汗、脈拍のズレ、微細な筋肉の動きや魔力の流れの変化からお前の思考を読み取ることができる」
「えっ?」
「例えばそうだな……お前はこの状況を脱する隙が生まれたなら、まずはこのナイフの振りが及ばないところまで距離を取りながらサーベルを抜き自分の間合いをつくる。間合いを詰められれば武器で応戦し、間合いが確保できれば角笛で敵襲を知らせる……といったところか?」
見張りの男は言葉を失った。まさしくその通りだったからである!
まるで未来を先読みしたかのような見事なまでの推測だった。侵入者の読心術は本物らしい。
「図星か? まあ、精神的に追い詰められた状況とはいえどもそれはただの方法だ。もっと思いもよらない策を講じろ。例えば、内ポケットに入っている癇癪玉を使えば相手を怯ませると同時に、周囲に異変を知らせることが出来るだろう?」
侵入者の手には、以前からポケットに入れたままにしてあった癇癪玉が握られていた。
見張りの男はぐうの音も出なかった。
「ちなみに私は1秒もあればお前の胴体と四肢を分断する事など造作も無い。お前がおかしな真似をした時点で命は無いと思え」
見張りの男が諦めにも似た深い溜め息を吐いたのを機に、侵入者は早速詮索に入る。
「ここにいる者たちは全員で何人だ?」
「……42人だ。それプラス、団員じゃない奴も2人いる」
男の口振からして用心棒といったところだろう。
「城下町エリアにいる見張りは全員で何人だ?」
「お、俺も含めて……4人だ……」
「ってことはそこの3人で間違いないな?」
見張りの男は耳を疑った。
そこの3人。確かに侵入者はそう言った。
一体どういう事だ?
見張り役はそれぞれの持ち場に居るため、この場所に居るはず無いのだ。
ところが、ナイフを握る手の人差し指が指すその先、目を凝らして見てみると、見張りの任に就いていた他の3人が縛られた状態で気を失い、折り重なるように横たわっていたある!
「ヒィッ……!?」
「どうなんだ?」
「あ、ああ、合っでまずゔぅ……」
侵入者の男は相手の反応を読み取る。
脈拍、発汗、目線などからして嘘ではなさそうだ。
更に質問を続ける。
「では、お前たちファントムハンズが盗んだクローネ・スピネルはどこにある?」
「俺たちも詳しくは知らねぇ。けど、アジトの地下にある宝物庫に保管してるか、シモンのお頭が持ってるはずだ」
「間違いないんだな?」
侵入者は首に当てがうナイフを強く握りなおし、見張りの男の精神を更に追い込む。
「あぐぅ……! 勘弁してくれぇ! ホントだって! 嘘じゃねぇってぇ!!」
見張りの男の肝は完全に縮み上がっており、足腰の踏ん張りも儘ならぬ状態であった。
「なあっ!? も、もういいだろ!? 洗いざらい話したぜっ!」
「そうだな……」
最低限の情報を聞き出せた侵入者はこの男の処遇について考える。
今のコイツの精神状態からして戦意なんてもんは喪失しているし、寧ろ、こちらの言いなりにならなければ命が危ぶまれることが脳裏に刻み込まれ、反抗することなんて微塵も思っちゃいないだろう。
侵入者は首に当てがったナイフを仕舞い、見張りの男を拘束から解放する。
命の危機から一旦解放された男は、心身ともに疲弊し膝から崩れ落ちる。まるで全力疾走したかのような状態で生きながらえたことを実感する。
「お前、名は?」
「……ホーキンスだ」
「じゃあ、ホーキンス。お前には最後に一つ仕事をしてもらうか」
「えっ……?」
◇
「……ったくクロロの奴、いつになったら戻って来るのかしら? ヘマなんてしてないでしょうね?」
「どしたエリザ? クロロのことが気になんのかぁ?」
「バッ、バカ言わないでよっ! 別にクロロの事なんか気になってなんかないわ!!……わ、私はただ偵察がバレて盗賊団に警戒されでもしたら作戦に影響が出るだろうから言っただけよ!」
「そ、そんなムキにならんでもいいだろがよ……」
「……なってない!」
「いや、なってるだろ」
「なってないわよっ!!」
エリザベットはクロロのことになると、ついムキになってしまう自分に戸惑いを覚える。
「クロロなら大丈夫だよ。もし、敵に見つかってたとしたら、きっとあの古城は物々しい雰囲気になっているだろうからね」
アシル、ジード、エリザベットがいる場所は古城マリキューロを眼下に見下ろす高台。
丁度、城郭都市跡から古城を挟んだ裏手に当たる山林の頂上に位置する。
3人はそこに背中合わせで身を寄せ合い、全方向に警戒態勢を敷きながら偵察に行ったクロロが戻って来るのを待っていたのだった。
高台からはアジトである古城の様子が見て取れ、この場所に到着して以降変わらずさんざめく様子が続いている。
「で、でしょ!? ホラっ! アシルも言ってるじゃないの!」
「まあ、俺はハナからクロロのことを信頼してるけどな!」
「ハァッ!? アンタがそれを言う!? あり得ないんですけどっ!?」
エリザベットは自分のことを蔑ろにしたジードに憤り、鋭い眼つきでクッと睨み付けた!……その時だった。
「私がどうかしましたか?」
「「「わあぁぁぁーーーっ!!?」」」
まさに神出鬼没! 3人の輪の中にいきなりクロロが現れた!
アシル、ジード、エリザベットは驚きの余り、その場で飛び上がるようにして驚くのだった!!
「い、いいいいつの間にぃ!?」
「ビッ、ビックリするじゃないのっ!?」
「ったく心臓に悪いぞテメェ!!」
「アハハハ……ごめん、ごめん」
クロロはエリザベットとジードから袋叩きに合う。
「イタイ、イタイ!……ちょ、ちょっと! すぐ近くに敵の仕掛けた罠が残ってるんですから、危ないですって!」
「それはそうと……クロロ、偵察はどうだったんだい?」
フルボッコにされていてもお構いなしに、アシルはクロロに問う。
「ここから古城までの道に仕掛けられたトラップはひと通り解除しました。あと、偵察中に見張り役に出会しましたが、オハナシが通じる方でなんとかかんとかして上手く情報を聞き出す事が出来ましたよ」
「なんとかかんとかって……何よ? そこ重要じゃない?」
「なんとかかんとかは、なんとかかんとかですよ?」
「いやいやいやいや……分からないわよっ!?」
エリザベットは全く納得がいかない!
「まぁ、クロロだしな。なんとかかんとかでイケるんだろ? なぁ、アシル?」
「そうだね。クロロだからどうにかこうにかしてイケるんだろうね」
「アンタはなんとかかんとかを言い換えただけでしょうがっ!!」
エリザベットは仲間内のノリに押され、不透明な理由を消化できないまま受け入れるしかなかった。
「ハァ〜〜……それで? 他の情報は?」
「はい、現状アジト周辺の見張りはいません」
「なんだ? 意外と手薄だな……」
「今宵はファントムハンズ結成から"一番の大物"が手に入ったとのことで、古城の広場で盛大な宴が開かれている為、警備が手薄なようです」
「"一番の大物"ってことはクローネ・スピネルで間違いないわね!!」
「それじゃあ、あの一際大きな明かりが見える所が広場だね」
「そうです、あそこで間違いないかと……そして、クローネ・スピネルの在り処は古城の広場から入る地下の宝物庫に保管、もしくはシモンが持っているようです」
「地下へは広場を通らないといけない……か。戦闘は避けられなさそうね?」
「でもよぉ、いくら宴の最中で隙を突いたとしても、広場にはわんさか賊がいんだろ? やっぱり俺たちだけじゃちと無謀過ぎねぇか?」
「そうだね。真正面から立ち向かえば返り討ちに遭う可能性が高い」
「絶対嫌よ……ダリスの自警団の応援が来るのを待つべきだわ!」
広場の状況からして、宝物庫への侵入が困難なのは明らかだった。
「大丈夫です! そういうこともあろうかと思いまして、オハナシが通じた見張りの方に協力して頂き、ある事をお願いしました! 上手くいけば間もなくアジトに変化が起こるはずですよ!」
「そんな!? 協力!?……寝返ったってのかっ!?」
「はい、実は以前に読んだ書物に、人族は魔族と違って短命故に感受性が豊かである反面、精神を意のままに支配するのが容易いと記してあったので試してみたんですよ! いやぁ〜、精神を甚振り、恐喝し、ジワジワと追い詰めていくと、眩暈や吐き気を催し、呼吸は激しく乱れて今にも意識が混濁しそうになっていきまして、その姿が実に滑稽で、それでいてとても愉快でしたぁ〜!」
……なんて、クロロは正直な事は言えなかった。
「あ、あの、その……見張りの男は盗賊団に不満があったみたいで、それでなんとかかんとか説得したんですよ!」
「でたわ! なんとかかんとか!」
◇
〜 古城マリキューロ城内 屋外広場 〜
古城の広場ではファントムハンズの面々が集い、盛大な宴を催していた!
特に今回、一攫千金の大仕事をやってのけたという事もあり、用意された品々も普段と比べものにならないくらい豪華はものが並び、その盛り上がりは天井知らずであった。
「おっ! ホーキンスじゃねぇか!」
「あ、ああ……お前ら楽しくやってるか?」
「おうっ! ホラ! この通り! 見てみろよ!」
上機嫌に話すのはカンドラ。
筋骨隆々で腕っ節が強くファントムハンズの中でもリーダー格の男である。
彼の周りには空になった酒樽が高く積み上げられていた。
「ハハハ……さすがは"大酒喰らいのカンドラ"だな」
「見張り役のお前には申し訳ねぇが、まだまだ飲むしっ! 食うしっ! ドンチャン騒ぐぜェ!」
「カンドラさんは相変わらずスゲェ飲みっぷりなんすから! 俺何回も酒樽持って来させられるんすよ〜!」
折角の豪華な宴だと言うのに落ち落ち食事にも有り付けない下っ端の事を思うと、ホーキンスは少しばかり見張り役で良かったと思うのであった。
「相変わらず品性のかけらもない宴よねぇ。まぁ、それが私たちらしいっちゃらしいんだけど」
突然、話の輪の中に若い女が入って来た。
彼女の名はサリィ。彼女もまたファントムハンズの統制を担う一人であり、頭目シモンの側近である。
「おっ! サリィじゃねぇか! お前ェも飲んでるかぁ〜?」
「飲んでるも何も、上の2人に食事を持って行ったついでに、万が一の時にいつでも出られるよう伝えに行って、今戻って来たとこなのよ」
サリィはそう話しながら下っ端に酒を持って来いと合図する。
「アイツらか……あの2人は完全にあっち側の人間だからな。素性もよく知らねーし、深く関わらねぇ方がこっちの身のためだ」
カンドラがその者たちと一線を引く理由。それは初めて顔を合わせた時に感じた、ある一線を超えた者に見られる特有の空気感にあった。
同じ倫理観が欠如している者の中でも、自分たちとは似て非なる冷酷にして非道な人種のそれだ。
「奴らとは金で雇ってるだけの関係っすから、何しでかすか分からねぇっすよ」
好きあらば寝首を掻かれる事だって有り得るかもしれない。そんな殺伐とした関係にサリィにグラスを渡す下っ端は冷や汗を垂らす。
「そうそう、分け前の話、気になってるでしょ? 聞きたい?」
藪から棒に、サリィはそんな話を持ち掛けた。
金と聞いて目の色を変えない者はこの盗賊団にはいない。
カンドラを始め、この場に居合わす数人はサリィのもとに集まり小さな輪を作る。
「ここだけの話、私の見立てだと闇ルートで売り捌いたとしてぇ、シモン様の取り分と私たちの取り分とで分けて、更にそこから分配したとしても1人当たり数千万メルスの配当金になるはずよ!」
「ウッソ!? マジっすか!?」
「グッヘッヘッヘッヘ〜〜……一体どんだけの酒が飲めるのか、想像しただけで笑いが止まんねぇや!」
「改めて俺たち、そんなスゲェことやったんすねぇ」
「確定ではないんだけどねぇ〜。でも、こんなことが出来たのも、あの名家のボッチャンのおかげよねぇ〜」
「そ、そうだな……ハハ……」
皆が浮かれ切っている中、一人だけ浮かない顔をしているホーキンスにカンドラは違和感を覚える。
「おーい、どうしたんだぁホーキンス? 嬉しくネェのかぁ〜?」
「そそ、そんな事はないさ……うう、嬉しいに決まってるだろ! ハハ、ハハハハハハ……」
「そう。なら良いが……それで、サリィよぉ。お頭はどこにいるんだ? 宴も勝手にやってろって言ったっきり姿見せねぇけど」
その質問を聞くなりサリィは少々不満げな表情を見せる。
「私も知らないわ。っていうかホント最近は別人のようで何考えてるか分かんないのよね。以前のような己の野望のために私たちを引っ張ってくれてたシモン様はどこへ行ったのかしら?」
「心配すんな。お頭も今回のデケェ案件にプレッシャーを感じてたんだろうよ。けどその案件の目的も達成したんだ。そのうち張り詰めてた気持ちも収まるだろうからよ、そしたらいつものお頭に戻るさ!」
本当にそうなのだろうか?
難色を示すサリィはその気持ちを払拭させるように、グラスに入った酒をグイッと一気に飲み干した。
「ハァ〜……でも、カンドラの言う通りかもしれないわね」
「そうだとも。さぁっ! 飲め飲め!」
カンドラはサリィのグラスに勢いよく酒を注いでいく。
その後も酒宴の盛り上がりは衰えを知らず、日付を跨いでも尚ファントムハンズの面々は飽きる事なく酒を酌み交わしていた。
そんな時だった。ホーキンスが思い立ったかのように口を開いた。
「そ、そうだ! きょ、今日はめでたい日だから、俺からお前たちに良いものを持って来たんだ!」
「良いものって何かしら?」
ホーキンスが取り出したのは片手ほどの大きさの紙で包んだ小袋だった。そして、徐に包みを開いて見せると、中身は得体の知れない乾燥させた小さな植物片と、見るからに怪しい色した粉末を混ぜて固めたものだった。
「何だぁこれ?」
「こ、これはだな、この間偶然手に入れた代物でな、こいつを燻した煙には軽い覚醒作用があるらしい。だ、だからよ、今日みたいな日に打って付けだなぁ〜と思ってよ」
「ほぉ〜、そいつぁ良いじゃねぇか! 気分も更に上がるってもんだ!」
「何か悪いっすねぇ〜ホーキンスさん」
カンドラを始め下っ端も乗り気なようで、ホーキンスは早速紙の包みに火を点けた。そして、煙が立ち上ると、徐々にその範囲を拡大していく。
「この独特の甘くてエモーショナルな香り、クセになりそうっす!」
「ひょっとして結構上物なんじゃねぇのか!?」
「気に入ってもらえて、良かったよ」
ホーキンスは安堵した。
実際、どんなものか知らなかったこの代物が思いのほか好評を得たからだ。
ところが、サリィだけは裏腹に浮かない顔をしていた。そして、不意にその場から立ち上がった。
「私、やっぱりシモン様がどこに居るか気になるから、ちょっと辺りを見て来る!」
どうやらサリィはシモンの事が頭から離れず、居ても立っても居られなくなってしまったようだ。
「そうか。なら、お頭に会ったら言っておいてくれ。早く来ねぇと俺様が酒を全部飲んじまうぞってな!」
「分かったわ。じゃ、ちょっと行ってくる」
サリィはそう言うなり広場を後にした。
「愛っすねぇ」
「ああ、愛だな」
カンドラや下っ端はサリィの遠くなっていく背中を見ながら感慨に耽り酒を飲んだ。
「ところでホーキンス、お前はいつまでここにいるつもりなんだぁ? 持ち場を離れたままじゃ不味いだろぉ?」
「そうっすよ〜。お頭にどやされるっすぜぇ?」
カンドラはホーキンスに問い掛けたが何の応答も無い。
不思議に思いホーキンスを見やれば、ホーキンスは俯き加減で座り込んだままだった。
その態度に苛立ちを覚えたカンドラはホーキンスに向かって何度も呼び掛けた。が、それでもホーキンスは変わらずピクリとも動かない。
遂に痺れを切らしたカンドラはホーキンスの肩に掴み掛かろうと詰め寄った。
すると、奇妙な事にホーキンスは目を瞑り、だらしなく口を開けたまま涎を垂らし意識を失っていたのである!
これは明らかに普通ではない。
さすがにカンドラにも焦りと動揺の色が広がる!
「オイ! どうしたホーキンス!? どうしたんだよ!! オイッ! オイッ!! ホーキンス!!」
尚もカンドラはホーキンスの肩を強く揺すって呼び掛けたが反応は無く、バランスを保てなくなった体は何の抵抗も無いまま地面に倒れた。
もしや、死んでいるのだろうか?
一瞬、そのような言葉がカンドラの脳裏を過ぎった。
透かさずホーキンスの首筋に手を当て脈を取る。
……良かった。カンドラの指はドクン、ドクンと規則正しい脈拍を感じ取る。
やれやれと、冷えた肝を落ち着かせる横でスー、スー、と吐息が聞こえた。
どうやら眠っているらしい。
堪らず大きな溜め息がカンドラの口から溢れた。
しかし、これだけ体を揺すっても起きないという事は、かなり深い眠りに就いているようだ。
ついさっきまで普通に会話していた相手がここまでの状態になるだろうか?
カンドラの心に疑問が残るも、ホーキンスも疲れが溜まっていたのかもしれない。なので、仕方なくこの場は見なかった事にしよう、そう思った矢先の事だった。
ーーードサッ、とすぐ近くで何かが地面に落ちたような音がした。
今度は何だと見てみれば、下っ端がその場に寝っ転がっていたのだった。
まさかと思い下っ端の状態を確かめる。
思った通り下っ端もホーキンスと同じように熟睡している。
こんな事が2人同時に起こる筈がない。
一体、2人の身に何が起こったのか?
不可解な怪奇現象に恐怖心が芽生える。
不意に、周囲の状況に違和感を覚えた。
やけに静かだ。
あの衰え知らずの盛り上がりがまるで嘘だったかのようにピタッと止んでいる……。
カンドラは意を決して周囲に目を向ける。
すると、目に飛び込んで来た光景に戦慄する……!
「オイオイオイ、何だよこりゃあ……」
いつの間にか広場に居る者は自分を除いて全て、ホーキンスや下っ端のように寝静まっているのであった!
「マ、マジで……何が起きていやがる……?」
不可解な怪奇現象はここだけでは済まされず、広場全体にまで広がっていた事にパニック寸前のカンドラ。
そんな彼にも、やはり容赦無く魔の手が伸びる!
「……お、おお? なんだコレ?」
いきなり頭がズシンっと鉛のように重くなったのを感じ、連動して瞼を開くのが困難になってきた。
これは、強烈な睡魔だ!
まだ酒樽10本目。これだけの量で自分が酔い潰れるなんて有り得ないのだ!
カンドラは原因が何であれ、一連の被害を齎した正体が酒以外のものだと確信する!
しかし、原因を探ろうにも意識を保つのが困難な状況では考える余裕など与えちゃくれない。
カンドラは必死に抗おうと悪あがきを働くも、睡魔はカンドラの意識の主導権を容赦なく奪おうとする。
軈て、断続する意識は着実に無意識の間隔を広めていく。
「ダ……ダメ………だ…………ち……く…………しょう……」
とうとうカンドラも強烈な睡魔に支配され、深い眠りについてしまうのだった……。
読んでいただき誠にありがとうございます。
皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。
よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。
では、次話でお会いしましょう。
※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。




